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弐:バイト仲間

 品出しを終え、それを店長に報告すると、彼は未検品の山を指差した。


 次は検品作業か。


 生前のバイトでは、専用の端末で搬入された商品のバーコードを読み取っていた。

 ここも同じで、似たような端末を店長が手渡してきたので、それを使って商品のバーコードを読み取っていく。


 っていうか、ここはあの世なのに、この商品はどっから来てるんだ。

 そもそも、あの常連のお婆さんとか、どこに住んでいるんだよ。


 まだまだ謎だらけのあの世。

 俺はバイトを終えたら色々店長に聞いてみようと決めて、とりあえず検品を終わらせた。


「お、藍沢くん、流石は経験者だね。手際がいい」


 店長が感心した様子で頷き、時計を一瞥した。


「じゃあ、休憩入っていいよ。一時間ね。事務所使っていいから、ゆっくりして」

「わかりました」


 指示通り、検品を終えた俺が事務所の椅子に座ってぼーっとする。

 スマホがないので時間の潰し方がわからない。


 と、誰かがそこへやって来た。


「はざーっす……ん? 新人?」


 俺を見て首を傾げたのは金髪の若い男だった。


「はい。今日から入りました。藍沢悠汰です」

「へー」


 チャラチャラした印象の彼は、事務所にあったロッカーから自身の制服を取り出し、そのまま私服の上から着用した。

 下は腰履きのデニムのまま。


「俺は青川あおかわ光暉こうき。死因はバイク事故! よろしくなー」


 ここでは自己紹介で死因を話すのがセオリーなのか。

 変なカルチャーショックを受けていると、店長が事務所にやって来た。


「おお、青川くん、おはよう」

「はざっす」

「彼は新人の藍沢くんね」

「っす。今聞きました」


 短い会話を交わしたと思うと、店長は俺の前に弁当とペットボトルのお茶をひとつ置いた。


「まかないね。廃棄間際だけど消費期限はぎりぎり切れてないから」

「ありがとうございます……死んでも飯って食えるんですね」


 それに消費期限とか言われてもピンとこない。

 消費期限が切れたら腹を壊すのだろうか。死んでいるのに。


「ああ、まぁ、これは普通の食事ではないからね」

「普通の食事じゃない?」

「そっか。藍沢くんは死にたてほやほやだから知らないのか」


 死にたてほやほや。出来立てみたいに言うなよ。と思った矢先。


「ぷっ! 死にたてほやほやって……店長、変なこと言わないでくださいよ」


 青川がげらげら笑い出す。


「だって事実だろう? ……おっと、俺はちょっとレジに戻るから、食事の話とか、青川くんから教えてやってくれる?」


 事務所にある防犯カメラの映像を映すテレビを見て、レジに客が並んでいることに気付いた店長が慌ただしく出ていく。


「……じゃあ、死にたてほやほやの藍沢クン、この俺が説明してやろう!」


 わざとらしく言い出したので、俺は思わず噴き出した。

 そんな俺の反応に気をよくしたらしい彼は、得意げに説明を始める。


「まず、前提として死者に『食事』そのものは必要ねぇ。何しろ死んで霊体になっているからな。魂の状態では、食べ物を消化することはおろか、そもそも普通の料理は食べること自体できねぇ」

「え、じゃあ、この弁当は……?」

「これは、そもそも現世で食ってたもんとは別の概念のものなんだよ。魂魄エネルギーを具現化したもの、らしい」

「魂魄エネルギー?」

「そう。魂の状態を維持するのにも、エネルギーを必要とするんだとさ。これが尽きると、魂そのものが消失しちまう。当然、三途の川は渡れねぇし、天国にも地獄にも行けねぇから輪廻転生の環にも戻れねぇ」

「輪廻転生の環……?」

「ああ、生きとし生けるものすべて、死んだら輪廻転生の環に戻り、再び命として生まれるんだと」


 彼も、誰かの受け売りなんだろう。非常にわかりやすい口調で続ける。


「んで、三途の川の渡し賃が足りなかったり、川を渡るのを拒否った連中でいつの間にかこっち側に集落ができて、魂の状態を維持するための魂魄エネルギーをチャージするのに、色々思考錯誤を繰り返して、わかりやすい食事の方式になったんだと。川の上流に行けば、商品製造工場なんかもあるんだぜ」

「……あの世も、なんだか全然生前の世界と変わらないんですね」

「まぁ、あの世っつーのは、そもそもあっちの世界で死んだら来る場所だしな。集落作ったら、そりゃああっちの世界と同じような町になるわな」


 そう言われると妙に納得してしまう。

 確かに、生者と死者という違いはあれど、同じ文明を経た者達で集落を作れば、必然的に同じような文化の町や村になるだろう。


「……昔はその魂魄エネルギーとやらは、どうしてたんですかね」

「俺も聞いた話だけど、そもそもはあっちの世界で供養のために上げてくれた線香の煙が、こっちの世界に流れ込んできて霧になり、それを吸い込んでエネルギーにしてたらしいぞ。ただ、滅茶苦茶効率悪くて、消えてった魂がかなりたくさんあったらしい」


 そうか。それはいい時代に死んだな。

 妙な感慨深さがある。

 何て言うか、医療が進歩して新生児の死亡率が下がった、という歴史を学んだ時と同じような感覚だ。


「まぁ、つまり、この店で扱ってる食い物は、全部見た目と材料が一致しねぇってことだけ覚えとけばいい」

「見た目と材料が一致しない?」

「ああ、例えばその幕の内弁当みたいな見た目の弁当でも、結局全部元々は線香の煙や、供えられた花の生命エネルギーを変換したものからできてたりするんだよ。ぶっちゃけ、見た目が違うだけで中身は一緒なんだよ。ここの連中は暇だから、見た目だけでもいろんな弁当にしたかったらしい」

「……へぇ」


 もうキャパオーバーだ。

 今までは生前と同じような見た目のものばかりが登場していたので何となく受け入れてきていたが、魂魄エネルギーやら、それを吸収するために線香の煙を変換したとか、意味がわからん。SF映画かよ。


「はは、最初は意味わかんねぇよなぁ。俺もそうだった。あんまり深く考えるなよ。禿げるぞ」

「死んでから禿げることもあるんですか?」


 咄嗟にそう尋ね返すと、青川は虚を突かれたような顔をした。


「確かに! どうなんだろうな。まぁでも、死ぬとその時の姿のまま変わらねぇらしいから、禿げねぇんじゃねぇか?」

「ふぅん……死んだ時の姿のまま変わらないにしては……」


 俺は確か交通事故に遭ったと聞いた。それにしては、血塗れでもないし骨折している感じもない。

 死んでいるのだから当然か。


「俺もよくわからねぇんだけど、基本的に葬られる時に魂が天に昇り、ここへやって来るらしいんだが、その時に弔ってくれた人達の想いが、魂の形を作ってくれるんだと。逆に、地縛霊みたいに、天に昇れなかった魂は、魂の形作りに失敗して、死んだ時の姿のままだったりするらしいぞ」


 なんか妙に説得力があるな。

 もしそうだとしたら、俺の今の姿がボロボロじゃないのは、家族が俺の一番元気だった時の姿を想いながら葬ってくれたからなのか。


 ありがとう、みんな。

 まぁ、できれば六文銭だけじゃなく三途ポイントに換算できるようなものを棺に入れてくれていたらもっとよかったんだけど。


 そんな埒もないことを考えていると、茜原さんが事務所に入ってきた。


「お疲れ様です。アタシはあがりなので、青川さんレジお願いします」

「ほーい。んじゃ、藍沢クン、また後でな」


 軽い調子で、彼はひらひらと手を振って事務室を出て行った。

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