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壱:バイトの面接

 船着場の鬼に言われるがまま、俺は『ヘブン・イーヴン』へやってきた。


 見慣れた看板とそっくりな、色と文字が絶妙に異なるそれが掲げられた店構え。

 店の正面はガラス張りの出入り口と窓。

 驚くことにドアは自動だった。


 中に入ると、聞き慣れたメロディとそっくりな、しかし部分的に半音下がっていて妙に陰鬱な雰囲気の曲が流れた。


「いらっしゃいませー」


 気だるげな声に視線を向けると、レジに一人立っていた。

 店内は既視感しかない。生前バイトしていたコンビニと何から何までそっくりだ。


「……あの、今バイトって募集してますか?」


 レジに立っていた青白い顔の女の子に声をかけると、彼女は俺をじろじろと見て、それから店の奥に向けて声を上げた。


「店長ぉー! バイト希望だってー!」


 すると、バックヤードの扉が開き、奥からくたびれた店のロゴ入りシャツを着た、やつれた顔の男が現れた。

 見た目は四十代半ば、髪は寝癖ができていて、無精ひげ、目の下にはガッツリクマができている、なんとも清潔感に欠ける姿だ。


「はーい、じゃあ君、事務所こっち来てくれる?」


 覇気のない声で手招きされて、俺は戸惑いつつバックヤードへ向かった。


 生前のバイト先だったコンビニと同様で、バックヤードにはちょっとした事務スペースがあった。

 椅子を勧められたので座り、そこで履歴書など、本来バイトの面接に必要不可欠なものが何もないことに気づく。


 しまった、という顔をした俺を見て、店長が苦笑する。


「ああ、履歴書なんていらないよ。死ぬ時に持ってきてるはずないし」


 そりゃそうだ。どこの世界に棺桶に履歴書を入れてもらうやつがいるんだ。


「ってことで、行動で質問させてもらうよ。名前は?」

「あ、藍沢悠汰です」

「コンビニ経験は?」

「あ、夏休みの間だけですけど、バイトしてました」

「ほぉ! 経験者か! いいね! 採用!」


 ぱん、と手を叩いた店長に、思わずぽかんとする。


「へっ? そんなすぐ決めちゃっていいんですか?」

「いいのいいの。決定権は俺にあるから。あ、俺は店長の黒峰な。よろしく」


 軽いノリで採用が決まり、呆気に取られているうちに制服を渡された。


「んじゃ、早速品出しやってくれる?」

「え、今から?」

「どうせ行く当てもないんだろ? 今日から働いてくれるなら、住む場所も世話してやんよ」


 そう言われてはっとする。

 確かに、一日働いただけで渡し賃が稼げるとは限らない。

 

 となると、寝泊まりする場所は必要だ。

 まぁ、もう死んでいるのだから睡眠やら休息が必要なのか、甚だ疑問ではあるが。


「あ、ありがとうございます……」

「ん。じゃあ、とりあえずそれ着たらレジまで来て。今いるバイトの子を紹介するから」

「わかりました。よろしくお願いします」


 いわゆる白い和服の死に装束から、黒峰店長がくれた制服に着替えた。

 これも生前コンビニのバイトで来ていたのとそっくりだ。色が違うくらいである。

 ズボンは制服ではないが、死に装束では動きづらいことを考慮してか、ジーパンが添えられていた。ありがたい。


「着替えました」


 レジに向かうと、死に装束とは異なる白い着物を纏った老女が、おにぎりとペットボトルの緑茶を購入していた。

 かなり高齢に見えるが、背筋はしゃんと伸びており、髪もきちんと結い上げてシンプルな簪が挿してある。


「支払いはこれね」


 言いながら、見覚えのあるICカードとそっくりなものをレジの端末に翳す。


「ありがとうございますぅ」


 若者特有の語尾を伸ばす言い方をして、レジ打ちをしていた女の子がレジ袋に入れた商品を手渡す。

 老女は「どうもありがとう」と丁寧に受け取って、上品な所作で店を出て行った。


「……あんな上品な死者もいるのか……」


 我ながら意味がわからない感想を漏らすと、店長が苦笑した。


「ああ、芳江さんね。天寿を全うして、老衰で亡くなったんだと。渡し賃なんて余裕で支払えるくらいの供物があっただろうに、何故かこっちに留まってんだよねぇ。まぁ、俺の知ったこっちゃないけど」


 なるほど、常連なのか。

 頭の片隅に入れておくか。


 そう考えたのも束の間、店長はレジ打ちしていた女の子に向かって間延びした声を上げた。


「茜原さーん、この子、採用したから。名前は、えっと、藍沢くんね」


 店長が俺を指すと、彼女は小さく頭を下げた。


茜原あかねはら瑚羽こはねです」


 青白い顔に長い黒髪、やや気だるげな雰囲気の女の子だ。

 歳は俺と同じくらいだろうか。


「アンタは何で死んだの?」

「よく覚えてないけど、多分事故だと思う。自転車乗ってて、車とぶつかったような気がする」


 その瞬間の記憶はほとんどないが、船着き場の鬼も、タブレット端末みたいなもので俺の情報を見て、死因は交通事故だと言っていたし、多分そうなんだろう。


「そう。災難だったわね」

「茜原さんは?」

「アタシは病気」


 そうか、若いのに気の毒な。まあ俺もだけど。


 何て返そうか迷った一瞬、店長がすっと入ってきた。


「俺も病死だったよ。激務で不摂生してたら、心臓止まっちゃったの。いやー、まいっちゃうよねー」


 重めの内容を軽く話す店長に、妙に救われた気がして、俺はほっと息を吐いた。


「じゃ、さっき言った通り、まずは品出しから頼むよ。商品は裏に来てるから。わからないことがあったら聞いてね」

「わかりました」


 ほとんど説明もなく仕事を丸投げされた俺は、とりあえず言われた通りに商品を棚に並べることにした。


 バックヤードには納品用のケースが積み上がった山が二つあり、片方には『検品済み』と書かれた紙が貼られていた。


 こんな所も同じなのか。

 妙に感心しながら、俺は検品済みの山から一つケースを下ろして、中の商品を確認した。


 生前もやっていたバイトだ。俺は素早く手近の台車にケースを乗せ、店内に戻った。


 勢いのままバイトが始まってしまったけど、忙しい方が余計なことを考えずに済むので、助かるといえば助かる。

 まぁ、余計なことを考えたところで、死んでいるものはもうどうしようもない。


 俺はひとまず、目の前の仕事をきっちりこなすことに集中するのだった。

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