終:変わらない日常
その日、退勤した俺は、鬼籍荘に向かう途中で、ふと足を止めた。
なんか、ここでの暮らしにもだいぶ慣れたな。
死んだはずなのに、まるで生きていた頃よりも「日常」というものを感じている気がする。
三途の川を渡れず、仕方なく始めたコンビニバイト。最初は戸惑いと諦めしかなかったのに。
と、その時。
「おや、ヘブン・イーヴンの……」
前からやってきたのは、懸衣翁のバイトをしていら灰田さんだった。
「あ、灰田さん。お疲れ様です」
「これから帰宅ですか?」
「はい。灰田さんは出勤ですか?」
「ええ。そろそろたくさんの死者がやってくる時間なので」
「死者がやってくる時間……?」
「ええ。地縛霊にならずここに来るためには、供養をされる必要があります。仏教であれば火葬されたタイミングですね。火葬は基本的に日中に行われますので」
「あー、なるほど」
納得して頷くと、灰田さんは「では、失礼します」と言って俺の横をすり抜けて行ってしまった。
ヨミちゃんが言っていた通り、真面目が服着て歩いている感じだ。生前に同じクラスにいたらまず関わらないタイプだろう。
此岸でのコンビニバイトという不可思議な環境で、自分は確かに、他者と関わりながら暮らしている。
俺は小さく息を吐くと、前を向いた。
彼岸に渡る日はいつか来るだろう。それまで、自分にできることをやっていこう。
「……よし。明日も、ちゃんと働こう」
小さな決意を胸に、俺は自宅へ向かって再び歩き出した。
あの世とこの世のあいだ。
渡し賃が貯まるその日まで、もうしばらくここで、頑張ってみよう。
死んだはずの俺に待っていた、まさかのバイト生活。
でも、ここでの生活も悪くないと、俺は思い始めていた。
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