UNCLE・POLICE②
この度は読んでくれてありがとうございます!
私の妄想がこうして読まれることは恥ずかしいですが、それでもどうしても西島秀俊さんのバディものが見たくて書きました!
途中出てくる白バイ隊員は吉瀬美智子さんがモデル。絶対カッコいい!
竹野内豊さんがハンバーガーが好きとのことだったので、冒頭部分はハンバーガー店にしてみました。
2人してもぐもぐしている姿を眺めていたい・・・。
そして今回も振り回されるのは村岡ならぬ岡田准一さんで、2人は面白がってやってるからなお質が悪い(笑)
でも家に帰ったら今度は松嶋菜々子さんに怒られる番。
成人した大の大人たちがしゅんとして正座してるところとか絶対おもし・・・自重。
気分次第なので続くか分かりませんが、合同捜査編も書けたらいいな!
でも事件を書くのは難しいから分からない!
チンピラ風の男が1人、閑静な住宅街を死に物狂いで走り回っていた。
振り返るとスーツ姿の強面の男達が鬼の形相で男の後を追っており、道端に置いてある障害物で彼らの行く手を邪魔しながらなんとか裏路地の物陰に隠れることが出来た。
「いたか?」
「いや、こっちにはいない!どこ行きやがった!」
「おい!向こうに行くぞ!」
男達が通りを走り去っていくのを見て安堵のため息をついた。
この命がけの鬼ごっこが始まってからどのくらい経ったか分からないが、捕まったら最後この男の身は保証できない。助けを呼ぼうにも目ぼしい仲間達は既に彼らの手中にあり、下手に連絡を入れればこちらの居場所を特定されかねない状況だ。
だがいつまでたってもこの場所に留まることは命取りになるの目に見えていた。
危険を承知で走り出さねばと立ち上がった時ふいに背後に気配を感じて振り向くと、1人の男が立っていた。
年齢は40代半ばの彫りの深い男で日本人男性の平均身長ほどしかない背丈であるがスーツの上からでも鍛えられているのが分かる体格をしている。だがチンピラ男も武術の心得があり、おまけに自分より身長も低い相手には負けないと絶対的自信を持っていた。
言葉はいらない。目と目が合った瞬間、男が素早く動き追手の男を倒そうとスーツに手をかけた。
「・・・え?」
「武術の心得があるようだがあまいな」
男の視界いっぱいにアスファルトが広がっており、それを認識するのと同時に身体中に痛みが走る。
僅かな隙をつかれて男は呆気なく地面に転がされてしまったのだ。
「13時24分。現行犯逮捕だ」
後ろ手で手錠をかけられ強引に立たされると今時風の若い男が路地裏に入ってきたのが見えた。
「先輩!」
「遅いぞ坂下。どこで油売ってた」
「遅いって先輩の指示で資料課2人の面倒見ながら仕事してたんですよ!?ちょっとは労ってください!」
「・・・労う前にお前、あの2人はどうした?」
「あ、え、え~っとぉ・・・」
坂下と呼ばれた若い男が言葉を濁し、先輩と呼ばれた彫りの深い男がたった今捕まえた男を連行しながらどこかに電話をかけ始めた。
***
同時刻、現場近くにあるアメリカンダイナーの窓側のカウンター席に男が2人並んでハンバーガーにかじりついていた。
警視庁組織犯罪対策部資料保管庫。通称資料課所属の御子柴勝己警部と八乙女飛鳥警部だ。
この2人は今回ある爆弾事件の捜査のためサポート要員として駆り出されたのだが、お目付け役の部下の目をかいくぐり昼食を楽しんでいた。以前は御子柴チョイスだったが、今回は八乙女チョイスの店でお手頃価格でガッツリ食べられると人気な店である。
チェーン店では味わえない本場のボリューム満点のハンバーガーに会話することなく無心でかじりついていると八乙女のスマホが着信を知らせ、相手を確認すると画面が見えるようそっと2人の間に置いた。
「出ろよ」
「嫌だよ。出た瞬間説教まっしぐらだ」
「じゃあ切れよ」
「それはそれで怒るだろ?あいつ」
「ならどうするんだよ。俺は出たくないぞ」
「俺だってそうだよ」
両者一歩も譲らず着信音も切れずそろそろ周囲の目も痛い。
仕方がないと両者手にしていたハンバーガーを置き構えをとるとじゃんけんを始め、奇しくも敗者となったスマホの持ち主の八乙女が電話に出た。はじめからそうすればよかったものを往生際が悪い奴だと御子柴は悪い笑みを浮かべて再びハンバーガーにかじりつく。
「あ~もしもs」
「”あんたら今どこにいるんですか!”」
電話口から漏れる怒声に八乙女は思わずスマホを遠ざけ、御子柴はこれは面倒くさいことになるぞと眉間に皺を寄せた。
「”この前も言いましたよね?捜査中に勝手に持ち場を離れるなって!あんたらこれで何度目ですか!”」
「いや~たまたまね。美味しそうなハンバーガーが目に入っちゃったもんだからさ。ほ、ほら、俺ってハンバーガー好きでしょ?」
「”知りませんよそんなこと!今日という今日は本気で許しませんからね!”」
「ごめんて」
「”ごめんで済んだら俺達警察はいらないんですよ!”」
これはそうとう頭に血が上っていると感じ取った八乙女は適当に話を切り上げてからスマホの電源を落とし、急いでハンバーガーを平らげる。
御子柴は既に食事を済ませており、サイレントモードのスマホを取り出して何十件と入っている着信を確認してから八乙女同様そっとスマホの電源を落とした。
復帰してからそう時間は経っていないにも関わらず、教育係の村岡を怒らせたのは数知れない。階級が上の扱いづらいと自覚している男2人に真正面からぶつかってくる村岡のことは御子柴も八乙女も内心気に入っているのだが、少々口うるさく感じることもある。まだ復帰して間もないのだから多少のことは見逃してほしい。
そんなことを考えていると正面の窓ガラスが大きな音を立てた。
「げっ!!」
そこにはヤクザ顔負けの鬼の形相を浮かべた村岡と苦笑いを浮かべている彼の相棒の坂下がいて、しまったと言わんばかりに声を上げた御子柴と八乙女をよそに店に入ると諸々の怒りを声の代わりに拳に乗せて形のいい頭2つに容赦なく拳骨を落とすのであった。
——————
爆弾事件の被疑者確保と同時に問題児回収まで終えた村岡は帰庁後、取り調べや報告書作成を早々に済ませて束の間の休憩を組対フロアの休憩所でとっていた。
時刻は定時をとっくに超えているが、本日締め切りの報告書相手に苦戦している坂下を見捨てるわけにはいかないと面倒見の良さが出てしまい、こうして疲れ切った体に鞭を打ち待っているのだ。
軌道に乗ってきた所で村岡は移動し、自動販売機で買った温かいコーヒー片手に昼間のことを思い出す。
今回逮捕されたチンピラ達は黒竜会との繋がりはない若者達で、圧力が無くなった今自分達が取って代わろうとあちこちで問題を起こしていたらしく被害届も出ていた。そして今回彼らが持っていたとされる爆発物だが、外装が多少似ていただけの偽物だと判明した。
約1か月前に黒竜会とその関連組織を一斉検挙してからの組対は、過去に類を見ない程の忙しさにみまわれた。
取り調べに始まり報告にあった各地にある証拠品の回収や報告書まとめエトセトラ・・・数えたらキリがない。おまけに普通の事件も舞い込むため毎日死に物狂いだった。
規模が大きかった割にそう時間がかからず忙しさのピークが過ぎたのもひとえに潜入していた御子柴と彼のサポートを行っていた八乙女の働きが大きかった。いつ死ぬか分からない極限の状態の中で作成されていた黒竜会本体のみならず関連組織全てにおける内部事情など細部まで綺麗に纏められた報告書のおかげであり、村岡達組対の人間はスムーズに事後処理に取り組むことが出来たのだ。
資料課に配属されてから問題行動ばかりが目立つ彼らだが、本来なら警部という肩書きで収まってはいけないくらい優秀な人材なのである。
また沸々と湧いてきた怒りを鎮めるためにコーヒーを流し込むと、普段このフロアで見かけることのない人物を見つけて慌てて立ち上がり声をかけた。
「お、お疲れ様です!武蔵警部!」
「あら。お疲れ様、村岡警部補」
現れたのは花形部署である捜査一課の女神、武蔵美月だった。
男社会に揉まれながらも優秀な頭脳で数々の難事件を解決してきた刑事であり、これまでの活躍と歳を感じさせない美しさから”戦乙女”などと呼ばれいる独身の村岡が密かに想いを寄せる刑事でもあるのだ。
その彼女が1つ下の階の組対フロアにいることを疑問に感じて尋ねると、彼女は資料課に用事があったらしく手元の封筒を見せてから少し疲れ混じりに笑みを浮かべた。
「資料課の教育係って聞いたけど大変でしょ?あの2人を相手にするの」
「い、いえ、そんなことは・・・」
「ふふっ。正直に言って大丈夫よ。誰も聞いてないし告げ口もしないから」
そう言って笑う彼女の美しさについ見惚れてしまう。
左手の薬指に指輪は嵌っていないが噂によると結婚はしているらしい。相手も同じ警察官だと聞いているがその正体については様々な噂が飛び交っており、結婚をして相手の方が近隣の警察署に異動になったとまともな噂から若い女性刑事と浮気してそっちに乗り換えただの仕事も家族も捨てて放浪の旅に出ただのとろくでもない噂まであり真相は定かではない。
だが仮にもし、ろくでもない方の噂が本当だとしたら指輪をしていない理由にもなる。
この仕事に就いてからは恋愛そっちのけで仕事ばかりしていたためこういった時に一歩踏み出すことが出来ず、今日もまた自分の想いを押し殺して彼女に接するのだ。
「・・・あ、ごめんね。もう行かなくちゃ」
「あ、あの!武蔵警部!」
「なぁに?」
「じ、自分、いつでもあなたの力になりますから!」
「え?え、えと・・・うん。ありがとう。何かあったらお願いするわ」
「はい!」
「村岡警部補も何か困ったことがあったら言ってね。相談に乗るから」
「はい。よろしくお願いします!」
「ふふっ。じゃあね」
「お疲れ様です!」
だが今日は想いこそ伝えなかったものの疲れもあるせいか想いが滲み出た感じもするが、それでも彼女は美しい笑みを自分に向けてくれた。
あまりの嬉しさに口元が緩んでしまうのをなんとか引き戻そうとしているところで、物陰からこちらを伺っている人物と目が合った。
「・・・・・・坂下」
「い、いや!先輩誤解です!ほ、ほんと、たまたまと言いますか、俺は決して怖いもの見たさで覗いていたわけでは!ほ、本当なんです!信じてください!」
「誰が信じられるか!」
恥ずかしさと八つ当たりの意味も込めて自分より身長の高い坂下にヘッドロックをかまし、報告書の訂正のため坂下を探していた係長に見つかるまでそのじゃれ合いは続いたのだった。
——————
その日は若頭としてのいつもの日常を送り、最近よく通うクラブのお気に入りのキャストが出勤しない日だったため大人しく仮の自宅に帰ろうと1人車を走らせていた時だった。
「”若頭大変です!うちの組に警察の犬がいました!”」
その連絡に全身の血の気が引いた。
自身とは別ルートで潜り込んだ潜入捜査官の話は事前に聞いていて、立場上接点はほとんどないながらもそれとなく様子を気にしていたのだが、どこから漏れたのか彼の正体がバレるとは思いもよらなかった。
幸いにも彼が逃げ込んだ先が近くだったため回収に向かうべく車を走らせながら、連絡係としてサポートしてくれている美月と八乙女に素早くメッセージを送る。
彼が逃げ込んだ先は廃工場エリアで既に何人かの組の人間がいた。
「お疲れ様です!」
「見つかったのか?」
「いえ、それがまだでして・・・」
「ぼさっとしてんじゃねえよ!いいか、必ず見つけ出して俺の前に連れて来い!分かったらさっさと行け!」
「は、はい!」
これでしくじったら自分達が殺されるとその場にいた者達は慌てて中に入り、御子柴も後に続いた。
ここはいくつもの工場が立ち並びそれなりに広さがあるため隠れるにはもってこいの場所ではあるが、人海戦術をとられたら救助が来る前に命を落とすかもわからない。
もし自分が同じ立場だったらと考えながら1人奥へと進み、静まり返った工場内を見渡す。
1つ1つ捜索場所を潰していき、ふと足を止めた。
・・・確かではないが、ここのどこかに彼が隠れている。刑事の勘がそう告げた。
拳銃を取って身を隠せそうな場所を慎重に探すが、相手も潜入捜査官でそう一筋縄には見つからない。
奥へと進み機械で入り組んだ道を進んだところで人の気配を感じ、同時に入り口から自分を呼ぶ声が響いた。
「若頭!そっちはどうですか?」
「・・・いや。こっちにはいない。他を当たれ」
目の前には冷や汗で顔を濡らし真っ青な男が1人いて、その男こそが報告に受けていた潜入捜査官、村岡龍之介だった。
村岡には声を出さないようジェスチャーで合図してから部下を他のエリアの探索に向かわせ、人気が無くなったところで声をかけた。
「組対の村岡龍之介巡査部長だな?」
「な、なんで、あんたが知ってるんだ?」
「安心しろ。俺もお前と同じだ」
動揺している村岡に対し時間がないからと御子柴は彼に構うことなく話を進めていく。
「お前のことは既に連絡してあるからすぐに迎えが来るはずだ。それまで何とかして逃げ切れ。・・・それとこれを渡しておく」
「・・・スマホ、ですか?」
「その中には現時点での組の内情が入っているから、帰ったら地下資材室で”満月”を待て」
「ま、満月?」
「そうだ。・・・恐らくだがお前を売った人間が警視庁内にいるはず。だからたとえ上司でも仲のいい同僚でも”満月”以外は誰も信じるなよ」
パトカーのサイレンが遠くで聞こえる。
助けが来たことに安堵した村岡に御子柴は、手にしていた拳銃をナイフに持ち替えて彼の手のひらを傷つけて血液を採取するとすぐさま袋に入れて近くの機械の隙間に隠した。
「念のため組に追われないようこっちでお前の死体を上げておくが、内通者がどんな動きをするかは分からん。くれぐれも気を抜くなよ」
「・・・は、はい」
徐々に大きくなるパトカーのサイレンに慌てて戻ってきた組の人間を連れだってその場を離れ、組長に報告を入れると現場にいた全員を連れて事務所に来いと呼び出された。電話口からでも分かるぐらい機嫌が悪い。
黒竜会事務所に入ると組長が額に青筋を浮かべて待っており、若頭である御子柴も部下共々その場で痛い処遇を受けた。
組長が事務所を出た後傷の手当てもそこそこに村岡が逃げ込んだ場所に戻ると3つの人影があった。。
「準備は出来ているな?」
「もちろんですよ~!」
「久々で腕が鳴りましたよ~!」
顔は似ていないが雰囲気がどことなく似ている男2人は満足げな笑みを見せて、御子柴は足元に転がるもう1つの人影に視線を遣った。
そこに転がっていたのはどっからどう見ても村岡龍之介本人だが、これは彼らが作り上げた全くの偽物だ。
彼らは裏社会の掃除屋として表に出せない多くの死体を処理するのが仕事なのだが、その他にこうしたドッペルゲンガーを作ることもしている。彼ら曰くただの趣味らしいがまんま同じ人物を作り上げるその腕前は確かなもので、ある事件で彼らが逮捕されそうになったところを口利きしてやってからはこうして仕事を頼んでいる。
恩を仇で返されることは日常茶飯事で彼らのことも裏切るのではないかと懸念していたが、意外と義理堅い性格をしているからなのかそれとも仕事量に対して多すぎるぐらいの大金を握らせているからなのかは定かではないが、今の所裏切っている素振りは見せていない。
今日も完璧な仕事をこなした彼らにちょっとばかしの色を付けた大金を握らせて彼らが去った後、こちらでも多少の細工をして村岡が自殺したように見せかけ、帰り際に渡された小瓶の中に入っている彼ら特製のDNA鑑定でさえ騙すことのできる血液を使って細工を施し、組長に報告するため写真を撮った。
この血液は村岡の手のひらを傷つけたナイフに付着したものから作られており、あの少量からでも短時間でこれだけの量を作ってしまうのだからまともな職に就いていたならノーベル賞ものだろうと感心するが、彼らはどこまでいっても犯罪者なのだ。
メッセージを送るとすぐに組長から連絡があった。
「”本人で間違いないな?”」
「はい。こいつとよく一緒にいた部下達に再度確認させますが、間違いないかと思います」
「”自殺か?”」
「奥歯の1本が取り外し可能になっていてそこに毒物を仕込んでいた可能性があります。・・・逃げ切れないと思ってサツの横槍が入る前に自殺したんでしょうね」
「”・・・分かった。部下達に犬の確認をさせたら後はお前に任せる”」
「分かりました。それでは失礼します」
電話が終わってから10分ほど経ってから部下数人が到着し、彼らが口々に村岡だと証言したのを確認してから黒竜会のやり方である顔を潰してから東京湾に沈め、遺体は潮の流れなど運が良かったのか翌日発見された。
その後は組対が今回の事件に関わっているのではないかと捜査しにきたのだが結局証拠は見つけられず、悔しい表情を浮かべながら彼らは去っていった。
そんな彼らと今では同僚で、資料課に配属された初日は”黒竜会若頭”として何度も顔を合わせていた男が警視庁内を堂々とうろついていると飛び掛かられた。だが相手は数々の修羅場を潜り抜けてきた潜入捜査官で、見た目の割に意外と動きが鈍い男達をすぐさまねじ伏せた。
——————
「それで?いい歳した大の男達が、こんな深夜に、一体、何を、やっていたのかしら?」
「そ、それは・・・」
「よ、酔っぱらっててつい・・・」
「アハハッ!!マ、マジヤバいんだけど!アハハハハッ!!」
深夜2時の御子柴家のリビングでは、勝己と息子の旭が般若を背負った美月の前で仲良く並んで正座をしていた。
彼女の後ろではスマホ片手に爆笑している桜の姿あり、息絶え絶えになっているにも関わらずこんな面白い瞬間を逃してなるものかと根性でこの間抜けな姿を撮り続けていた。
そんな間抜けな姿を晒している男2人の後ろには見るも無残な姿になった食器やビール缶、それと定位置からだいぶ移動してひっくり返っているソファがあり、まるで強盗に入られたかのような酷い散らかりようだ。
必死に目を逸らしてその場をやり過ごそうとしている2人だが、目の前にいるのは現役捜査一課の刑事であり彼女は取り調べのプロだ。加えて言えば、身内だからこそ一切の容赦はしない。
「今日は金曜日。明日は珍しく勝己が非番で旭も学校が休みだからと2人で飲み明かすのは晩御飯が終わってから言っていたわね。私と桜が寝室に行ったのが夜の10時頃でその時はまだ2人共正気を保っていた感じだったけど」
「流石に飲みすぎだよね?ビールに焼酎に日本酒・・・あ、ワインまで空けてる!」
「そして時刻は深夜2時。今日は確か今映ってるチャンネルで1時からプロレスの特別放送をしていたわよね?」
「リアルタイムで見たいって帰ってきてからめっちゃ言ってたよ!」
「番組を見て何があなた達の心を躍らせたのかは分からないけど、酔っぱらってる勢いもあったんでしょうね。あの技なら俺も出来るとか年甲斐もなく言ってみたり」
「・・・ギクッ!」
「俺だって出来るし!とか言っておっさんの挑発に乗って出来もしない技をかけようとしたりして」
「・・・ギクギクッ!」
「その結果が、これよね?」
「大変申し訳ありませんでした!!」
酒のせいではない青ざめた顔で仲良く土下座する2人に美月は、久々のベッドでの安眠を邪魔された怒りもあって2人の後頭部をきつく睨みつけた。
「朝までに原状回復すること。髪の毛1本残すことも許しません。勝己は今日このままここで寝てください。寝室に入ることは許しません」
「え”!嘘だろ!?俺は美月がいないと眠れないのに!」
「旭は朝食の準備をすること。そうね・・・久々に駅前のパン屋さんのクロワッサンが食べたいわ」
「じゃあ私メロンパンで!」
「うっそでしょ!?あそこ超人気店で休日は2時間は並ばないと買えないところじゃん!しかも結構お高いやつ!」
「それから2人共。当分お酒は禁止です」
「ちょ、それだけは!」
「勘弁してくれよおふくろ!」
「・・・一生禁酒にされたくなかったらつべこべ言わずにさっさとやりなさい!」
「は、はい!!」
怒りの一声に2人はすぐさま立ち上がり慌てて片づけをし始め、その光景に加えて深夜テンションなのか笑いが止まらない桜にも頭を抱えた美月は、大きなため息をついてダイニングチェアに腰かけて賑やかな彼らの様子を見守る。
勝己が帰ってきて早1か月が経とうとしているが、未だにこの光景が夢なのではないかと感じることがある。
10年という歳月はあまりにも長く、八乙女をはじめ多くの人の助けがあったものの思春期真っ只中の子供達を育てるのは相当過酷だった。
突然いなくなった大好きな父親のことを聞かれても事情を話すことが出来ず、それがまた溝となり会話もままならない冷え切った家庭になっていくのを母親としてフォローすることが出来なかったのだ。
そしてそれが仕事にも影響するようになってしまい、見かねた2つ歳下で白バイ隊員の幼馴染、長瀬夏海警部補が八乙女も誘って外食に連れ出してくれた。
2人が懸命に話を盛り上げようとするが旭も桜もそして美月でさえも会話に加わることはなかった。
初めての食事会から約2年が経ち、旭は高校1年生、桜も中学2年生になったが未だに関係は修復できないままで、そんな状態でも続けられているある日の食事会で彼らはある衝撃の光景を目にすることになる。
華の金曜日というだけあって多くの人で賑わう繁華街に足を踏み入れた一行は、八乙女が予約したちょっと豪華な店までの道のりを楽しむことなく各々のペースで歩き続けていく。
***
「ボス!待ってください!」
騒がしい繁華街に響いた聞き覚えのある声に一行は立ち止まった。
声の主は彼らからそう離れていないキャバクラやクラブが入っている建物の前にいて、ガラの悪い男達に止められてなお必死に抵抗している。
彼の視線の先には一見普通のサラリーマンに見える男と20代前半の着飾った女がいて、男は騒がしく人の目を引いている男達を窘めた。
「何の用だ?浅倉」
「もう一度、もう一度だけチャンスをください!お願いします!」
「チャンスだと?おかしなことを言う奴だな」
明らかに堅気のやりとりではないものの、怖いもの見たさで周囲も遠巻きで彼らを見始める。
だが彼らはそんなことお構いなしで話を進めていく。
「盃を交わした時に言ったはずだぞ。失敗は許さない、とな。それなのにお前は今日、兄貴分が任せてくれたデカい仕事をダメにした挙句怪我まで負わせた。・・・見ろ、全治1か月の重傷だ」
タイミングよくたった今到着した車から出てきた男は骨折したのか右腕を吊るしており、彼が話に出てきた兄貴分だと推測できる。
兄貴分は車から降りるや否や弟分の顔面を思い切り殴りつけ、倒れたところを今度は足蹴りで何度も何度も蹴り上げた。
周りが悲鳴を上げる中、我慢の限界に達した旭が飛び出そうとしたところをすかさず八乙女が止めに入った。
「なんで止めるんだよ!あれは俺達のおy」
「旭」
厳しく制した声とは裏腹にその表情は悔しさや悲しみといった感情を必死に押し殺そうとしているように見え、夏海も美月も涙を堪えて美月に抱き着いている桜も同じような表情を浮かべてただ真っすぐ前を見ていた。
・・・そう。全員が分かっているのだ。
旭が視線を戻すと激しい暴行を受けて怪我を負っているにも関わらず自分の足で立ち上がり、ふらつく身体で懸命にボスを見続ける男の姿があった。
「お願いします、ボス。もう一度、チャンスをください」
「しつこい奴だな。お前も」
「おね、がいします。もう一度、俺にチャンスをください」
「・・・と言っているが牧田。どうする?もう一度チャンスを与えるか?」
「なっ!?冗談じゃないっすよ!こいつのせいで俺はこんな怪我まで負ったんですよ!?」
「そうだな」
「だったら!」
「だがあの状態で怪我を負ったのはお前たった1人で他はかすり傷1つない。弱い奴はいらない。俺はこうも言ったな」
「・・・っ!」
「浅倉」
「・・・はい」
「チャンスが欲しいか?」
「・・・っはい」
「今度こそ絶対に失敗は許さない。必ず成功させろ」
「はい!」
「そうか。それなら今ここで誠心誠意謝って見せろ」
「・・・は?」
ボスの言葉を必死に理解しようとしている男をよそに、ボスはそれはもう楽しそうに彼に笑いかけた。
「誠心誠意謝るってどういう・・・」
「言葉の通りだ。この場でお前が心の底から悪かったと謝ったら許してやる」
「・・・っ」
男はこの言葉の意味を理解した。
人通りが多く自分達を見つめる堅気も自分達ヤクザ者も納得させる謝罪をこの場でしてみせろと言っているのだ。
冷たく硬いアスファルトの上で静かに膝を折って両手をつき、額を地面に擦りつけて謝罪の言葉を口にする。
「本当に、申し訳ありませんでした」
「聞こえねえな」
「・・・っ本当に、申し訳ありませんでした!」
「聞こえねえなあ!」
「本当に申し訳ありませんでした!」
ボスをはじめ周りの男達は盛大に笑い、遠巻きで見ている人間も小さな声でこそこそ話したりスマホでその様子を撮ったりしている。
今すぐにでもあの場に入って止めさせたい。だけど旭の腕をつかむ震える手がそれを許してくれない。
怒りを通り越した感情が悲しみに代わる中、今まで黙っていた女がボスに甘えるように身を寄せた。
「これ昨日のドラマでやってたよ!俺の靴を舐めろとか言うんでしょ?」
「一体どんなドラマを見てたんだお前は。・・・そうだな。あかり、さっき酒を零されてヒールが汚れたと言っていたよな?」
その言葉に次の展開が容易に想像できた。
やめろ、もうやめてくれ!
心の中で悲しみが声を上げる。
「そうなの~!買ったばかりのやつなんだよ?信じられない!」
「だそうだ、浅倉」
「・・・・・・は、い」
頼むからもうやめてくれ!
声にならない声がとうとう涙となり旭の頬を濡らした。
男はゆっくり顔を上げてから女のヒールに手を伸ばす。
「・・・しつれい、します」
静かにヒールを舐めるその姿にまた周りの者達が笑う。
涙を流しているのは、旭達だけだった。
一頻り男を笑いものにした後ボスは女と部下達を連れだってビルの中に入り、男は立ち上がって彼らの姿が見えなくなるまで頭を下げ続けた。
表情は見えないがきつく握られている拳が、雄弁に男の感情を物語っていた。
顔を上げた男の顔は何かを決意した表情をしており、ふらつく身体で1人人混みに紛れていった。
見世物が終了すると一気に興ざめした周囲は元の日常に戻り、一行も涙もそのままに八乙女が予約した店に向かった。
完全個室の席に案内されて一通りの料理やドリンクが揃うのを待つ中誰も口を開くことはなく、すべて揃ってからも誰も料理さえ手につけなかった。
沈黙に耐え切れなくなった八乙女がビールジョッキを傾けて一気に飲み干し、勢いよくテーブルに叩きつけた。
「警察学校時代からあいつは優秀だったよ。同じ所属になることはなかったけど本庁にいても所轄にいても、あいつの噂で持ちきりで・・・そのせいで、あいつは上から目を付けられたんだ」
「・・・・・・旭。桜」
ここで沈黙を貫いてきた美月が静かに口を開いた。
「今まで黙っていてごめんなさい。でも、これだけはわかってほしいの。・・・私達警察官には守秘義務があって、家族でさえもその内容を話すことは許されないの」
「・・・でもっ」
「寂しい思いをさせてごめんなさい。でもね、これはあなた達を守るためでもあるのよ」
「ぱ、ぱ・・・っ」
「・・・出ていく前の夜にね、あの人が言っていたわ。”俺は必ず生きて帰ってくる。だから信じて待っていてほしい”って・・・あの人ね、ああ見えてすっごい泣き虫でね、あなた達の写真を見て、一晩中泣いていたのよ・・・っ」
溢れた涙が頬を伝う。
「出かける前もね、あなた達は眠っていて気付いてなかったと思うけどちゃんとハグもしていったの。・・・私が不甲斐ない母親なばっかりにあなた達に苦労も寂しい思いもかけてしまっている。本当にごめんなさい」
「美月、それはちが」
「でも、本当にこれだけはわかってほしい。・・・あの人は、あなた達のパパは、あなた達のことを心の底から愛している。だから、あの人を信じて待ってあげて」
そう言って頭を下げる美月に旭と桜はとうとう声を上げて泣き始めた。
1人孤独な戦いをする勝己も残された美月も旭も桜も全員が苦しくて悲しい思いをして、それぞれが心に大きな傷を負ってしまっていた。
「旭くん。桜ちゃん。今日さ、何の日か知ってる?」
目元を赤く染めた長瀬が優しい笑みを浮かべながら尋ね、2人は静かに首を振った。
「今日はね、勝己さんのお誕生日なのよ」
「・・・お、やじ、の」
「・・・おたんじょう、び」
「いつもと違ってちょっと豪華な料理でしょ?このお店ね、2人が生まれる前からよく来ていたの店で勝己さんのお気に入りの店なの」
テーブルの上に並ぶのは、いつもの様に子供達に配慮した料理の他にちょっと渋めのテイストの料理も入っている。
「私があの人とお付き合いするようになったのもプロポーズを受けたのもこのお店。あなた達が生まれてからも何度か来たことのある、思い出のお店なの」
溢れた涙が止まらないまま美月は料理に箸を付けて、やっぱりおいしいと微笑んだ。
それを見て旭、桜と続き、涙ながらに食事をする親子に八乙女と長瀬は顔を見合わせてから彼らも食事を始めた。
・・・これからは、どんなことがあっても親子で乗り越えて行ける。そんな気がした。
あの日以来今までが嘘だったかのように家族関係は良好となり、その後戻ってきた勝己と共に今はちょっと騒がしい幸せな生活を送っている。
******
「・・・ぅき。美月」
「・・・んん」
「こんなところで寝たら風邪ひくぞ」
「・・・ぅん」
ついうたた寝してしまったらしく、美月はテーブルに突っ伏しているところを勝己に起こされた。
懐かしい夢を見たなと思いながら、目の前にいる勝己を眠気眼で見つめる。
あの頃よりだいぶ歳をとったが、今でも変わらず噂の渦中にいる愛おしくてかっこいい最愛の夫だ。
「美月?寝ぼけてるのか?」
しょうがないなと笑う彼は、戻ってきてからことあるごとに美月のおかげで2人は立派に育ったというが、彼らが変わったのは外で1人戦う父親の姿を自分達の目で見たからだった。
今や様々なコンテンツが充実していて、警察を題材にした作品も多い中勝己の様な潜入捜査官を取り扱った作品も多くある。それはドラマだけでなくアニメやマンガなど小さな子供達が見るような作品でもそうで、彼らはそういったものから父親の職業を理解していったのか不満を口にすることはなくなった。時折寂しそうではあったけれども、そこはこれでもかというぐらい母親の愛情を注いで3人で長い時間を乗り越えていった。
「・・・ムカつく」
「なにが!?」
それでもやはり、母親として負けた感じがしてならない。
「勝己のばーか」
「えぇ~?な、なんだよ急に・・・」
だからこうして自分もちょっとした仕返しをしてやるのだ。
酒臭い情けない顔をした勝己に美月は小さく笑うのであった。
——————
———組織犯罪対策部第一会議室。
「全員知っていると思うが、神奈川との県境で指定暴力団源組の構成員とその敵対組織である九条会の構成員が遺体で発見された。初動捜査の時点では互いの勢力争いのための見せしめで殺害されたもの考えられ、近々デカい戦争が起こるという話だったが・・・少々事情が変わった」
「事情ですか?」
資料課も含めて組対の全捜査員が会議室に集められ、組対部長の宮下保が重々しい表情で告げる。
「現在、都内で発生している連続殺人事件を知っているな?」
「老若男女問わず様々な手段で殺されているっていうあれですか?」
「そうだ。渋谷の絞殺、八王子の毒殺、町田の刺殺、大田の射殺。場所も手段もばらばらだが、遺体の額に万年筆のインクが付けられていたことから連続殺人と判断された。今日の県境での事件のガイシャの額にも同じように万年筆のインクが付けられていたことから、今回から組対も加わり捜一との合同捜査を行うことが決定した」
その言葉に会議室が騒がしくなった。
これまでに多くの事件で捜査一課と合同捜査をすることがあったが、どれも互いの捜査方針やプライドがぶつかり合ってスムーズに捜査が出来たためしがない。おまけに部長同士も仲が悪いため、ぶつかり合いにより拍車がかかるのだ。
「何としてでも捜一より先にホシを上げろ!いいな!」
「はい!!」
資料課2人を除く対抗心に燃えた組対が心をひとつにしている一方で、捜査一課でも同様のことが行われていた。
———東京都内連続殺人事件捜査本部。
「組対の合同捜査ですか?」
「今回のガイシャがそっちの人間である以上奴らと組むのは止む終えんだろう。・・・武蔵、例の拳銃の件はどうなった?」
「確認を取りましたが、やはり黒竜会が扱っていた物の1つで間違いありませんでした。御子柴警部にも話を伺いましたが顧客名簿の人間は全て逮捕されており、もしかしたら組員が上に報告せず勝手に取引した可能性もあるとのことでしたが、彼が内部で担当する前から取引はあったので現状では何とも言えないとのことです」
「黒竜会はクスリに手を出さない代わりに銃器の違法売買を主に資金源としていたからな・・・」
武蔵の報告に刑事部長の平塚泰三は、重々しく眉間に皺を寄せた。
今日のを含めて5件の殺人事件は世間を賑わせ、内からも外からもくる猛烈なバッシングが捜査一課を焦らせていた。
10代後半の女子高生から80代の高齢男性まで何も接点がない人間が狙われいるにも関わらず、防犯カメラなどの位置まで徹底して調べられた計画殺人であり、眉間に垂らされた一滴のインク以外犯人に繋がる証拠が挙がっていない。
潜入捜査をしていた御子柴に話を聞くも自身が管理する前から大勢の人間が買っているから購入者の特定は難しいと言われ、被害者周辺を当たってみるも事件につながるような揉め事もなかった。
そんな状態で今組対と手を組むと、もっとややこしい状態になりかねない。
「今回のヤマは元々俺達捜一のものだ。ぽっと出の奴らに後れを取ることは許さん。必ずホシを上げてみせろ!」
「はい!!」
これ以上被害者を増やすわけにはいかないと硬い決心をする捜査一課。
———2つのプライドがぶつかり合う。