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2.唯一の不足

 ビーチから帰ると、君は夕食を用意して待ってくれていた。


 キッチンには海老ドリアが仕上がっている。パリパリの焦げ目がついたチーズが溶けていて、香ばしいバターライスにたっぷりとかけられたホワイトソースがぐつぐつ煮えていた。


 実際、絵にでも描いたように完璧だ。なんの文句もつけようのない仕上がりだ。


 でも僕は、ため息をついた。うんざりした表情にもなったかも知れない。この『美味しそうな』海老ドリアを見て、全く心が動かなかったからだ。


 いや、むしろ逆に癪に触る、と言わなかっただけ、ましかも知れない。


 とにかく今、僕は自分がこの完璧な海老ドリアを「美味しそうな」と思ったこと自体に腹を立てたのだった。


「いらないの」

「もらうよ」


 これはもう、いつものやり取りだ。海老ドリアは、好物だ。食欲がないわけではない。それでも、何故か気が乗らないのだ。そしてそれは、妻も同じようなのだ。


「君は食べないの?」

 僕の問いに、君は物憂げに答えた。

「あとでね」


 僕は知っている。そうは言うものの、結局、君が何も口にしないで眠ることを。


 この島では、珍しくない現象だ。適応障害の一種で、診察に通っている人もいる。噂に聞いたとき、僕たちには無縁だと思っていたのだが、そんなことは無かったようだ。


「ま、ホームシックのようなものですね」


 と、僕たちの担当医は淡々としたものだった。


「私たちはこの島へ来るのに生まれたときから、あったものを喪ったのです。普段、意識していなくても心のどこかには、心残りがあって当然です。発作のようにそれが、強くなることもありますよ」

「そうなんです、先生。普段は特に意識してなくても、たまに耐えきれないくらいひどくなる」


『火』への渇望。


 それが例えば『火』を通した食べ物への飢えとして、僕たちの生活にストレスとして忽然と立ち現れる。担当医の言うように、それは発作のようなもので、突然、やって来るから始末に終えないのだ。


「何にせよ、今度の発作は、長いです。次は食べ物を見たら、気持ちが悪くなるかも知れない」


 抗不安薬と睡眠薬の処方がなされた。気分を変えて、眠って忘れろと言うところだろう。


 だが僕たちは、すでにそんな段階にいなかった。


 カタログから食品を選ぶのが物憂くなるどころか、仕事に手をつける気力もなく、日中も光を避けて部屋に閉じ籠るようになってしまったのだ。


「何だか寒くて起きる」


 眠れない君は、毛布を被ってソファにうずくまってしまった。


「仕方ないですね」


 と、僕たちの担当医は暗い顔で言った。適応障害が長引けば、島から退去することも考えなくてはならない。でもいざ、この生活を手放すのはあまりに惜しい。実際、『火』のことさえ考えなければ、この生活にはなんの不足もないのだ。


「一つ、根本的な治療法があります」


 と、担当医は言い出した。退去を勧めるかと思ったのに、意外だった。


「絶対に秘密を守れると誓えるなら、ご紹介できますがどうしますか?」









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