ココロが宿る
私達は三つ子と言われるくらい、そっくりだ。
身長172㎝。バスト80.5㎝。ウエスト60㎝。
常にスポットの光を浴び、ポーズを決める。
私達はいつも並んでいる。そして、密かに言葉を交わす。店員のスタイリングのセンスとか、私達の扱い方なんかを批評する。
「楪君はさすがね」
新作の萌木色のワンピースを着た一子が言う。
「わかる! 他の三人とは比べものにならないわよね。扱いが丁寧だし、全裸を晒す時間がだんとつに少ない。私達の心を大切にしてくれてるのがわかるわ」
水色のニットに白色のとろんとしたパンツを合わせ、左脚を組んで座っている二子が、前を見たまま言った。
「三子も楪君、いいと思うでしょう」
二子の隣で、やや俯き加減に立ち、黒色のブラウスに淡いパープルのロングスカートを合わせた私に一子が訊く。
「ええ。そうね」
楪君はこの春、異動してきた新しい店員だ。おそらく30代。アパレル店員らしく、店の服を上手く着こなしていて、ジーンズにライム色のTシャツといたカジュアルな格好も、ストライプ模様のバンドカラーシャツに紺色のストレートパンツのようなぱりっとした格好も似合っている。
そして、綺麗なアーモンド形の澄んだ瞳に、真っ直ぐ通った鼻筋、魅力的な口元、と顔の造作も素晴らしい。
彼がお店に異動してきてから、売上が伸びたと店長が話すのを聞いたことがある。
この店の顔である私達は、人気アイテムを次から次へと身に纏う。いろんな店員が交代でスタイリングを決めるのだけれど、中でも楪君のスタイリングセンスと、短時間で高いクオリティのウィンドウ構成をする才能は抜きん出ていた。
その上、手際がいい。楪君は私達をコーディネートする前に、アクセサリーやファッショングッズ、シューズまで事前に全てセッティングしておいてくれる。
決めかねる場合は、少し多めに用意しておくのも忘れない。
私達のうちの誰にどのスタイリングを着せるのか。
私達にどのようなポージングをさせるのか。
どの順番で私達を並ばせるのか。
それら全てのことを考えて、初めて私達に触れる。その指は細くて長く、爪も綺麗に整えられている。普段は人の温かさなんて求めない私達だけれど、楪君に触れられると、その温かさがじんわり沁みていく。
そんな風に思っているのは、私だけでなく、一子や二子も同じだと思う。
今日の楪君も素敵だった。
私達のスタイリングを終え、店の外から確認し微調整を加える。それが終わるとスポットが当たっているか確認する。そして、満足そうに微かな笑みをたたえて頷く。
私達は昔のそれに比べると進化を遂げ、可動率がアップしている。万歳はできないけれど、130度まで腕を上げられるし、膝、腰、指だって自由に曲げられる。
首、腕の部分は取り外し可。腰には安定パイプが付いている。
そう私達はマネキン。私達の名前は、店員が勝手に決めた。
私達が活躍する前までの先輩方は、私達より機能が優れていなかっただろうから、店員から酷い扱いを受けていたのではないだろうか。
今だって、同じような店員はいるけれど……
手際の悪い店員は私達を全裸にしてから、新たな服を着せるまでの時間が、無駄に長い。腕を引っ張ったり、捥ぐように首を抜いたりもする。そんな扱いを受けると、あぁ……この人は駄目だなと思う。
恥ずかしさとか、痛みとかそんなものは感じないけれど、ウィンドウの中で何も身につけず、ポージングをしたままだったり、惨殺死体のようにバラバラになった私達は、通りすがりの人から見たら異様だろう。
楪君は違う。
私達の服を脱がすその手つきは優しい。生きている女性に触れるかのようだ。
そして、私達が何も着ていない状態は、最小限に留めてくれる。着せ替えるのが、手早い。
楪君に触れてもらえる、彼女という立場の女性が羨ましいなんて思う。これまで何人の女性に触れてきたのだろう。
生身の人間の彼女に触れる時は、もっと優しく撫でるように触れるのだろうか……意外と情熱的に激しく触れるのだろうか……
最近は、そんな妄想ばかりしてしまう。
「三子で練習してみよう」
ある日の閉店時間後のことだった。楪君と新人の遠藤さんが、ウィンドウの中から私を出した。
遠藤さんはマネキンの私が言うのもなんだが、アパレル店員としてのセンスがないと思う。
私達のスタイリングを決める時も、時間をかけて悩んだ割に、それか、というような組み合わせを着せる。店長の直しが入ることもしょっちゅうだ。
それでもめげない。というか自分がアパレル店員に向いていないなんて、露にも思っていない様子だ。
それくらい神経が図太くないと人間は生きていけないのかもしれない。
遠藤さんが服を脱がせる時は、まるで剥ぎ取られるような感じがする。私の着ているカットソーに、遠藤さんが手を伸ばす。私は(実際に身体は動かせないが)身構えた。
その手が服に触れた時、楪君の声が聞こえた。
「遠藤さん。お客様とかモデルとか、生きている人間に服を脱ぎ着させる時も、そんな風にする?」
「え?」遠藤さんは呟くような声を漏らした。楪君の方を向くその横顔は、まだどこか幼さが僅かに残って見えた。
「自分のスタイリングを、お客様やモデルに着てもらう自信とか誇らしさも必要だけど、それよりも、『着てもらってありがとう』っていうような感謝の気持ちの方が大事だよ」
「感謝の気持ちを持てば、自然と触れ方が優しくなる。どんな風に着せ替えたら、三子が喜ぶか考えられる」
楪君が私の方を見る。きれいな瞳は琥珀色だ。
「たかがマネキンって思ってるかもしれないけれど、一子、二子、三子はうちの専属モデルだよ」
楪君はそう言って、にっこり微笑んだ。
遠藤さんは「はぁ……」と楪君の言葉の深さを、全く理解できていないような、頼りない声を出した。
「こんな風に」
楪君はそう言って、私の背中を支えカットソーに触れる。
背中に触れている楪君の掌からじん……と温かさが伝わる。意外とその手が大きいこともわかる。
――ねぇ。このまま、その手を離さないで
思わず声に出しそうになる。もちろん、私にはコエもココロもない。それでも、このままでは、いつかコエとココロが宿るのではないか。最近そう思うようになった。
私はもうマネキンじゃないのかもしれない。
読んでいただき、ありがとうございました。