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感情の色

感情の色〈淡紅梅〉

作者: 小池ともか

 うすこうばい/薄い赤紫

 ―――見るものすべて、ほんのりと色付いて。

 鳴り出した目覚まし時計を止めて、いつものように隣のスマホへと手を伸ばす。寝起きには少し眩しい画面には、新着メールの文字。

 おはよう。心の中で返しながらメールを開くと、いつもより浮かれた言葉が並んでる。

 また夜中に打ったんだろうな。

 嬉しいのと心配とが半々。ちゃんと寝ろって、言ってるんだけど。

 お互い生活リズムが違うから、寝てる間は着信音を切っておくって約束。もし忘れてたら起こしてしまうから、書いた返信は保留にしておく。

 ベッドから起き出し身支度をして。

 返信は、いつも通り会社に着く前に送ることにする。



 大学の講義で顔を合わせるようになった君。

 一般教養のだだっ広い教室なのに、いつの間にか君も僕の顔を覚えてくれていて。

 なんとなく話すようになってからは、自分でも驚くくらいすぐに仲良くなれた。

 こういうのを馬が合うっていうのかな。

 僕の『こうしたい』を君はよく理解してくれてて。

 君の『こうしたい』も僕にはよくわかって。

 一緒にいるとひとりでいるより落ち着いて。君を通して自分自身を見るみたいに、気付いてなかった自分にも気付けた。

 ちょっと落ち込むようなことがあっても。

 ちょっとムカつくようなことがあっても。

 君といると満たされて、まぁいいかって思えるようになった。

 四年の大学生活のあと、まだ学び足りないと大学院へと進んだ君。泊まり込みでの作業も増え、就職した僕とは全然会えなくなってしまった。



 通勤電車に揺られながら、ぼんやりと窓の外を見る。

 視界を通り過ぎていく景色はひと回りして、また色を帯び始める。去年は見た覚えのない淡いピンクの花並木に気付けるようになったのは、僕の気持ちが満たされてるから。

 卒業してすぐの春は、暫く喪失感を拭えなかった。

 いつも一緒だった君だから。思わず名を呼びかけて、いないのだと痛感して寂しくなる。

 多分君もそうだったのかな。いつからか、お互いメールを送るようになった。

 返事を待つようなメールじゃない。日記の延長みたいな、隣で今日のことを話すような、そんなメール。

 君らしいと笑ったり。大丈夫かなとちょっと心配になったり。会えない時間を埋めるように積もり重なる君からのメールは、僕の心の隙間も埋めてくれた。

 卒業からの一年、会えたのなんてお正月に一度だけ。もちろん会える方が嬉しいけど、今はそれでもなぜか、それなりに満たされてる。



 駅から会社までの道でも色々と目につくようになった。

 君と何度も来た場所だから、君との思い出に懐かしさと寂しさを覚えたりもしたけれど。

 今は『これだけ変わったよ』って案内してあげたいかな。

 駅を出てすぐの大きな公園を抜けながら。朝の空気と植物が多いところならではの清涼感に、車内での窮屈さから解放された気分になる。

 街の変化も、季節の移り変わりも、君に出逢えなければ気付けなかった。

 君と離れて一度はなくした景色だけど、離れていたって君はいなくなったりしてないんだってわかったから。今はこうして、またちゃんと気付ける。

 枯れているかのようだった木が花に包まれ、見る間に緑に染まっていったり。

 木の足元に増えた緑のそこかしこで白いまんまるが揺れていたり。

 きちんと手入れされてる花壇は、花が枯れきる前に植え替えられていたり。

 日々の中のそんな変化を、君にも話して。

 懐かしいなって、君が笑う姿を想像して。

 なんだかちょっと、嬉しくなって。

 隣にいないのに、君の反応がはっきりとわかる。

 だから僕は、まだ、満たされたままなんだ。



 公園を出る直前で足を止め、保留にしていたメールを送る。

 昼休みまでにはまたメールが来てるかもしれないし、来てなくったって構わない。

 僕が一方的に僕の目に映る景色を伝えるように。

 僕が独り言のように僕の気持ちを伝えるように。

 君だって、それでいいんだから―――。


 読んでいただいてありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 活動報告から参りました! 小池さんらしい繊細な作品ですね✨ 運命の出会いのような二人。お互いのことがなんとなくわかってしまうなんて素敵ですね。「こうしたい」という2センテンスがとても好きで…
[良い点] 特別なことがなくても話しかけられる関係っていいですね。たとえ相手が傍にいなくても、その存在をどこかに感じているのが好きです。ほどよい距離感で育まれる温かな感情という感じがしました。
[良い点] 会話のように相手の返事を待ちながらやりとりするメールだけでなく、相手と会えない時間を埋めるように、日記のように綴っていく言の葉。それも二人にとっては大切なもののように感じました。 「去年…
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