FLAMEⅢ
「おりゃあ!」
フィアはたまらずに後退する。それくらいの一撃であった。
クリティカルな攻撃が増えてきた。フィアに斬り合いは避けたいと思わせる程に腐楽愛は成長していた。何度、剣をぶつけただろうか。フィアは剣を交えながら、腐楽愛の戦闘センスと技術の向上を測量する。同じ相手と戦い続けるというのは、その相手の癖を見抜く、即ち、弱点を見抜くことに繋がる。
しかし、目前の黒髪の少女は、幾度の戦いを経て常に新しい戦い方をする。飽きがこない。単純な剣技においては、フィア自身も惜しみなく培ってきたものを発揮しているつもりではあるが、何れ越されることを予期させるくらいに、腐楽愛に気圧されている。
フィアはまるで自分の行動が掌握されているような不気味さを感じた。
「腐楽愛さんは私に取り得る最善の行動を誘導しているのではないでしょうか。正直、やり辛いですね。」
「わあ、嬉しい。でもね。全然本気を出してくれないんだってがっかりもしている。」
「そのようですね。おもちゃをねだる子どものような顔をしています。だったらこうしましょうか。」
ぼわん。フィアは剣の変化を解除し、その姿の戻った杖を地面に刺した。彼女は更に、杖の中から赤いボクシンググローブを取り出すとそれをはめて、ファイティング・ポーズをとった。
「殴られ屋さんって知ってます?」
「動画でみたことはあるけど。」
「今から私は殴られ屋さんをします。いや、この場合斬られ屋さんでしょうかね。どんな手段でも許容します。私を三分以内に殴るか斬るかして下さい。」
「本当?」
「本当です。」
「怒らない?」
「怒りません。」
「・・・わかった。」
確認は済んだ。腐楽愛は期待に胸躍らせる。これから、全身全霊を以ってして、強者に立ち向かうのだから。力でねじ伏せてやるのだから。全力で抗ってきて、私という危機を脱してくれ!それぐらいのことできるんでしょう!フィアちゃん!
何かが作動する音がした気がした。
銀色に包まれた我が剣が呼応するように、その光を増していく。剣から発生した神秘的な光が薄暗い洞窟を照らす。感情を愛翫に乗せて放出する。それは、本で読んださ。でも、愛翫の能力を引き出すのは、コツがいる。電力の消費という対価により愛翫が真価を発揮するのだ。それが出来るようになるまでが、大変らしい。が、できたから問題ない!やった!
「むー。むー?」
フィアちゃんの私を怪しむ眼差しが痛い。成長が過ぎただろうか。ある日外に出て行った猫が、一週間後4倍の大きさになっていたらどう思うだろうか。違和感しかない。そんな疑念を抱いている顔だ。ああ、そんなに熱視線を送られると照れちゃうな。腐楽愛はフィアに向かって走り出す。
「電力の消費を感じます。会得まで早かったですね。誰か他の人にお教えてもらいました?それとも、本でしょうか。本当の戦闘経験のない人がこんな短期間で、ねぇ。」
感がするどい。流石といったところ。愛翫の力をここでは使えないのは残念であるが、古代のオーパーツが作動するような感激がある。見たことないけど。
「まあ、いいです。こんな世界じゃ窮屈でしょう?解放してあげましょう。」
フィアの紫色の竜瞳がカメラのフラッシュのように一瞬だけ強く光った。その一閃にたじろぎ、腐楽愛の剣が止まる。これは、あの空間だ!
今日は事前に協会に申請して承認済です。上司から部下への命令です。・・・思う存分暴れてください!
え、なんで?これも想定済みってこと?
乙女の秘密です。
そう。
まあいいか。どうでもいい。
フィアちゃん!ありがとう!おらあっ!
ちょ!危な!不意打ちですか!?
期待に報いるのが部下の仕事!
腐楽愛は縦、横、斜めと多角から攻める。しかし、必ず、斬撃は空を切る。ならば、愛翫の力を使用するしかない。むやみに斬るのを繰り返えしたところで、現状は何も変わらない。強大な力で、現状を打開するしか方法はない。最大の攻撃を放てる予感はある。しかし、発動の方法が腹立たしいのである。
さあ!愛翫の名を叫ぶのです!
知ってるよ。でも嫌すぎる。腹立たしい。ありきたりな、こってこてのテンプレートじゃん。でも仕方ない。その腹立たしい儀礼を行なってやろう。
ヤンヤン・フォールシオン・・・。
私は、ぼそっと愛翫の名を言った。フィアちゃんは不満そうな表情をした。
最初だけですから。所有者が愛翫に能力を教えてあげるのです。みんなやってます!大丈夫です!すぐにやめられます!痩せます!さあ!さあ!
ダメ。絶対。しかし、仕方ないと受忍するしかないのだろう。はあ、と一度息を吐き出してから、新鮮な空気を吸い込んで叫んだ。
「ヤンヤン・フォールシオン!」
剣に刻まれた刻印が金色に光る。黄金よりも荘厳な浄化の光の放散。金と銀に空間全体が覆われる。幼稚園の記憶が甦ってきた。あれは工作の時間。折り紙の色の中で一番人気、二番人気であったことを思い出す。みんなが欲しがるから、諦めていた。ふふ。今はどうだ。ふんだんに飛散する憧れの色。私はついに手にした。
金と銀の放散を目で楽しんだ後に、ヤンヤン・フォールシオンから凄まじい衝撃波が発生する。波動の発生源に最も近い腐楽愛にとっては、この地球が振動しているくらいに感じられる。
世界の脈動が聞こえない。生命の呼吸が聞こえない。陽光が世界を照らさない。まるで世界が死んでいるようだ。
聞いたことがある。時間の経過を証明することは難しいと。時間は連続的であるとか、パラパラ漫画のように断片的な画像の一枚に過ぎないとか議論があるらしい。それがどうしたのかというと特に意味はない。ただ、1秒、世界が止まった気がするのだ。だから思い出したのだろう。誰に聞かされたかは記憶にない記憶の話を。
プツンと糸が切れた音がした。ああ、これは。またか。この空間で気を失うのが癖になっていないか?地面が好きすぎる。熱い抱擁とキスをする。恋に堕ちていく。そして何も見えなくなった。恋は盲目と言うだろう。
「・・・腐楽愛さん。腐楽愛さん!」
身体を揺さぶられている。さっきまであった電力を感じない。失ったのだろうか?まだ戦ってもいないというのに。それはそれで腹立たしい。会いたい人に会える力だったのに。垂らされた一本の蜘蛛の糸を確かに掴んでいたのに。それはそれで悲しい。
「やりましたね!」
何?出産中だっけ?幻覚を見やすいって聞いたことがある。
「凄い能力ですよ!腐楽愛さん!ただ、消費が激しすぎますから、少しずつ慣れていきましょう!」
どうやら、まだ終わらないらしい。・・・本当に腹立たしい。腐楽愛は目を閉じた。
「とても嬉しそうな顔をしています。何でもこなせるからこそ、不器用なんですよ。貴方は。その生き方は破滅的で脆くて。人間は感情の生き物なのです。もっと、言葉に出していいのですよ。誰も咎める者なんていないのです。だから、安心して。」
似ています。鏡を見ているようで。私のように可愛らしくて。小さくて。・・・精神は脆弱な癖に虚勢を張る。自分自身がそれを、その弱さを知っているから。
「腹立たしい。んですよね。わかります。」
フィアはボクシンググローブを外してどこからか現れた杖を掴む。
✳︎さて。演舞は終わりです。
ここからは上司に任せて下さい。どうやって今日だけは修行を断ろうかと画策していたんですが。そうしたら、能力を使って気配を消してくるなんて、全く。ですが、そんな凄い貴方でも流石に『宝石』は早すぎます。こんなところで命を落とすべきじゃない。
それに。貴方のお友達が既に。
フィアは腐楽愛を抱えて、力を使って空間の外へ転送した。それは戦いから彼女を離脱させるための行いであった。
奴はこの空間にいる。フィアの視線の先に。ずっと前から監視をしていた卑怯者。沈黙を破り『宝石』が言葉を向ける。
✳︎あなた1人で向かってくるのですか。そうでした。確かあなたは腐楽愛さんの隣にいた方ですね。あのときは微塵も感じなかった電力が確認できます。
✳︎腐楽愛さんにゾッコンなご様子で。
✳︎良いですよねえ。あの娘。可愛らしいのに力は強大。あんな原石が掘り当てられるなんて、私は豪運です。
フィアは憎悪で舌打ちをして眉を顰める。
✳︎生憎、あのときは品切れでして。今回は図らずも同じように腐楽愛さんの電力が空っぽになってしまいました。あなたは電力の少ないネクロマンサーには微塵も興味を示さないのでしょうか?あなたのクリスタル化を維持するのは、その対象となった方の電力でしょう?
✳︎だから、そもそもあなたのコレクションは電力の高い方たちばかり。腐楽愛さんのお友達を固めたところで少しの時間しか維持はできませんよ。その方たち、ネクロマンサーじゃないですから。力のない者に興味がないんじゃなくて、あなたの力が及ばないのです。
それを見抜かれて『宝石』は不敵な笑みを浮かべる。三日月みたいな口が不吉な未来を想像させる。歯は剥き出しで頬が上に上がりきっている。
✳︎ご明察!では、その紛い物を目の前で砕いて見せましょうか。
彼は手から出した小さなクリスタルを彼女の友人に見立ててゴリゴリと粉砕して嘲る。
✳︎ははは。そうですか。
笑顔でフィアが行動で答える。
バシャ。
バケツいっぱいの液体を『宝石』に頭から浴びせかけた。
✳︎なんですか、これは。
✳︎ブラスチングゼラチンです。そう言ってフィアはジッポライターを着火し投げつける。
✳︎ゼラチンですか。お菓子でも振る舞って頂けるのでしょうか。
暗黒は炎に塗り替えられる。豊穣のオレンジ畑でしょうか。朱色が空間を覆い尽くす。
✳︎アルフレッド・ノーベルさんの発明品でしたかね。よく燃えます。ノーベル賞ものです。あなたのようなゴミを処分するのには最適です。
✳︎反吐が出ます。世の中にとって悪影響しかない行いをするというのは私には理解が及びません。巻き込まないで下さい。迷惑ですから。
氷のような目で炎を見る。豪炎が発生しようとも、お互いにそれがただの演出でしかないことくらい理解していた。しかし、フィアは剣を向けるよりも上位な行動で敵意を表現した。
✳︎大いなる目的を遂げようと直向きにやってきたのです。ここで頓挫させるわけにはいきません。
フィン!
炎を裂く円月刀がフィアから放たれる。視界を埋める炎を貫通し『宝石』の肉すら裂くために力を込めた投擲であったが、その思惑は容易く阻まれた。彼の手から溢れる石には電力を寄せ付けない石を現出させるという効果がある。単純でこそあれ、小回りが利き、非常に便利なものである。フィアは鬱陶しそうにする。
✳︎電力を拒絶する力。それがあなたの本当の力。ネクロマンサーを石の中に封じ込めると電力は反発しながら循環する。それで、半永久的に保存ができる。
✳︎電力の放出による攻撃だけではありません。電力から構成される如何なる物質にも反発します。生命活動の維持のために人間は酸素を取り入れます。一方、ネクロマンサーは電力を身体に巡らせて存在を維持できます。つまり、私達は酸素か電力のどちらかを得ていれば問題なく生き続けます。
宝石が手を翳すと、碧色した石が5、6と現れた。それも、ひとつひとつがフィアの身長の2倍くらいあって、どれかに当たれば彼女はその石に押し潰されて絶滅することが簡単に分かるくらいである。それらが向かってくる。彼女と石の間に距離がなくなったのは1秒も掛からなかった。
彼女はなんとか身体を背けてかわすことに成功したが、一時的なものに過ぎなかった。
追ってくるのだ。石達が。意思を持っているかのように。想像し得る展開を止めるために彼女は『宝石』に近づくことを選択した。
電力を最大限に出力し急接近する。そして、あわよくば『宝石』に石を打つけることができれば。地震でも起きそうな勢いで地面を蹴る。猪突猛進!ちょっぴりの打算を加えてフィアは加速した。
✳︎先程、大義と言っていましたが、あるというのですか。あなたに大義が。
✳︎私が思うこと、私が抱く理想、私の計略、青写真。それらはどんなものであっても私の大義です。
電力を帯びた刀は『宝石』に届かない。フィアの刀を彼に近づけることすらままならない。恐れをなすように刀が硬化した腕によって磁石のように反発し、彼女ごと吹き飛ばされる。
フィアは空中で思索する。どうしたら良いものか。現状の把握。そこから糸口を見つけるようにと何度も上司に言われた。追い越したはずの巨大な石が近づいてくる。急旋回してぶつけようとしていた石は私にもう少しで追いつくだろう。空中だから逃れられない。
術を模索する。暗闇の中だから暗中模索である。
何故、石は私を追跡する?彼が生成する電力を弾く石が私を?
・・・この前は弾かれることなく『宝石』は腕を硬化させて防御した。今回は能動的に攻めてくるのは、風の吹き回しということで片付けていいのでしょうか。あのとき、私に電力がないと察知した彼は・・・。
・・・私と一緒?
フィアは僅かな可能性に賭けることにした。
✳︎腐楽愛さんは私の問いの答えが分かりますかね。
今更ですが、実演しましょう!こう叫ぶんです!まだまだ発声が足りません!
「我が愛翫!Apollōn Invention!!」
✳︎気でも違えましたか!?電力を強めればあなたを圧殺するまでの時間は早まります。惜しい。戦ってみて思いました。あなたこそコレクションに相応しい!だから、残念です。
日本刀を愛翫から取り出して、『宝石』に投げつける。円月刀は弾かれた。では、この日本刀は?
彼は右手を石化して防御した。それで、フィアは理解した。電力を帯びていない武器による攻撃を防ぐには、硬化を使うしかなくて。つまり。
✳︎答えは?
「ヤンヤン・フォールシオン!!!」
斬。
轟く叫びとは対照的に静かな一閃。最小の電力を込めた剣が最大のダメージを与える。
✳︎能力の同時使用はできない。だね。
「あ、あなたは。微塵も気配を感じなかった。・・・お願いします。絡繰を教えて下さい。」
崩れ落ちる『宝石』が優しく問いかける。鮮血を噴き出しながらも自分を攻略した者の実力を認め、敬意を払っているようで、そこに二人は狂気を感じた。
はあ、といつものように溜息を溢す少女の名前は西行腐楽愛という。
「お前はネクロマンサーの電力量を正確に視認できる。確かに私の電力は空っぽだったさ。けれどこの空間に入れば、電力は少しずつ供給されていく。鋭いお前なら直ぐに気付くはずだった。私がこの空間の外に飛ばされていないことと回復しつつあることに。それを隠せたのはフィアちゃんが起こした行動があったから。あとはね、私、気配を消せるんだ。」
発言を受けて『宝石』が納得した顔をする。
✳︎・・・あの炎か。くく、くくく。侮りました。私の完敗です。協力して戦っていたとは。
✳︎協力というよりは、信頼ですかね。上司が期待していたよりも部下は成長していましたが。私の炎だけでは、この奇襲は成功しませんでした。先程まで、腐楽愛さんが気配を消せるだなんて、私は知りませんでしたから。事前の打ち合わせなんてしてませんし。
フィアは腐楽愛の方を一度見る。腐楽愛は気恥ずかしそうにして、話を続けろと言わんばかりに下を向く。
✳︎私達が初めて出会ったとき、私の刀をあなたは腕で防ぎました。あのときは私に電力が残ってませんでしたから、あなたの防御方法は適切でしょう。つまり、向かってくる私に電力があるか無いかを一目で見抜いたことになります。私は電力を帯びた剣を自在に出せます。正確には変化ですが。
✳︎最初の刀はそれではありませんでしたね。まるで、ただの刀のように電力を感じとれませんでした。だから、あなたを『物知り』程度にしか思っていなかったのです。大変失礼しました。慢心は身を滅ぼしますね。
✳︎あなたの侮りだか慢心だかは知ったこっちゃないですけど。これ、ただの刀ですからね。もう一つあるんです。剣や刀を出す方法が。それは、収納ボックスから取り出すというものです。収納ボックスは愛翫に最初から備わっている機能でそこから取り出した刀。私の愛翫なら電力を使用することなく、武器を手に入れられるのですよ。
フィアは自機、アポロン・インベンションに刀をしまった。これ以上戦う理由はないからである。
「成程。羨ましい限りです。・・・時間がきました。では、またお会いしましょう。」
『次の存在』が命を落とすとき、次は到来しない。けれど、この消えゆく『宝石』は再会の言葉を残した。
「ぜっ・・たいに嫌です!!帰りましょう、腐楽愛さん!」
フィアはべぇ〜と舌を出し、腐楽愛の手を取って『宝石』に背を向けた。腐楽愛は思った。早く帰りたい。戦いの余韻なんて要らないと。それに、初めての殺しに手を染めた私を気遣ってか、フィアちゃんに退散を促されている気がした。
「うん。帰ろう。」
その提案に応じる腐楽愛。自分の部屋をイメージする。フィアちゃんが行き先を聞いてこないが、多分合っているだろう。
◇◇◇
私の部屋だ。夜になっていた。部屋の電気を付けるという微小な行動力すら残っていない。このままでいいやと、ベッドに横たわる。
「ぐえ。」
何か聞こえたが反応するのも疲れる。クッションか何かだろう。彼女の沸っていた血が引いていき、心を堰き止めていたダムが決壊して色々な感情が噴出する。
気付かなかった。手が震えている。手だけではなく、身体が震えているみたいだ。敵を倒して、スッキリと万事解決とはいかない。何か苦みの残るこの心情は、未だに私が人間だからだろうか。
彼は何をしたかったんだろう。彼の行動には裏の意図がある気がして、私が気づいていない他の誰かの思惑や世界の秘密がある気がして、こんなにクタクタに疲れているというのに今夜は眠れなさそうだ。
消えた『次の存在』の一人、『宝石』。彼は多くを語らなかった。彼の全容が明らかになることは期待できない。彼の心に近づくなんてのは難儀なことだし、理解をできる度量は私には無いだろう。
ただ、その度量がないから、『次の存在』と呼ばれる奇異な存在の孤独を感じてやれないことに持たなくてよい罪悪感を覚えてしまい、いつものように腐楽愛は思った。腹立たしいと。
「あのう、眠れないようでしたら。」
やわらかクッションが私に話しかける。
「コーヒーでも飲みながら、ずっと起きてましょうか。」
「いいね。・・・でももうちょっとだけ、このままにさせて。」
全体的には細いのに、今、私の頭を乗せている部分だけは大きくて柔らかくて。
優しい。
「あっ。思い出した。」
腐楽愛は目線を天井のままに、拳をフィアの頬にゆっくりと近づけて、ぐりぐりと押し付けた。
「な、なんですか。」
「殴られ屋さんを殴っただけだよ。私の勝ち。」
「3分以内って言いませんでしたっけ。・・・まあ、いいです。合格です。それ以上のことを成し遂げたのですから。」
フィアは絹を扱うように腐楽愛の頭を撫でた。目線は天井のまま。
「ところでなんだけど。報酬は貰えるんだよね。」
「ええ。貰えますよ。300万ギット。」
ん?ギット?後に知ったのだが、ギットとはあちらの通貨の一つで100ギットは約1円。後日、腐楽愛の口座には税金、手数料が差し引かれた約2万7000円が振り込まれていた。
ネクロマンサーは儲からない。あなたがそれになる機会に恵まれたとしても、拒まなければならない。父の貯金を切り崩しながら、我が家は将来に不安を抱えつつ、今のところ存続している。
本当に腹立たしい、と腐楽愛は思った。