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ネクロマンサーは儲からない。  作者: ALP
ネクロマンサーは拒めない。
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FLAMEⅡ

「来ると思っていたよ。僕の部屋に入るなんて久しぶりじゃないか?さあ、おいで。」


きい、と音がしてドアがゆっくりと開く。


「うん。ちょっと聞いてくれる?」


腐楽愛は部屋に入って父がいつも寝ているだろう小さなベッドに座る。見渡す限りの本。父の部屋には色々な本がある。思えば、物心ついたときから、この部屋には書棚に本が入りきらないほどに集積されていた。母が居なくなってからは、この部屋が父の部屋となったが、そのことに私は気にも留めていなかった。


腐楽愛は今日あったことを説明する。言い漏れがないかを確認しながら、出来事の一つ一つを話していった。


「そうか。ネクロマンサーの本質や次の存在、そして電力供給の承認を知ったんだね。それは疲れただろうに。安心して。こちらの人間に電力が供給されてもあちらに飛ばされることはない。」


「う、うん。お父さん、理解が良すぎない?」


「まるで事情を知っているかのようだ。と、考えている顔だ。」


父はそう言うと、散乱する本の中から一つを取り出して私によこした。


『The Book of Necromancy』。


どうやら写本のようだ。誰かによって日本語で訳され、手書きで書かれているその本を手にした途端、怖い題名の本であるのに、温かみを感じた。


「これは?」


「あちらの本を僕が書き写した。いや、正しくは、お母さんがあちらで本を記憶してきた内容を僕が書いたから、ちゃんとした本ではないけどね。」


「お父さんが?それに、お母さん?どういうことなの。」


「順を追って説明しないとね。まずお母さんはあちらにいる。愛想を尽かして出て行ったんじゃない。」


「もしかして、ネクロマンサーだったの?」


「そうだ。優秀すぎた。出会ったときは勿論、こちらの人間だったさ。」


こちらからあちらの人間となった場合、その者は、自然に、合理的に処理される。母の場合は、失踪という形が取られたのだろう。全てが嘘と分かった今、それについてを聞く必要はない。だが、腐楽愛は心がざわつくのを感じる。


「あちらは反転世界のようなものなんだ。」


父は付言する。私の心情を理解した上で優しくゆっくりと話す。


「この世界とあの世界の両方に存在することはできない。生と死、存在と不存在。一方の世界で生きているならまた一方では死んでなければならない。」


「ねえ。」


感情が高まるのを理解した。父の説明は穴抜けのない内容で完璧だ。だからといってこの感情を抑えられるほど、私は良い子ではない。この感情は苛立ちだ。


「なんだい?」


「当時の私にこの話をしてあげなかったのは何で?気遣い?」


「そうだろうな。今思えば、話してやるべきだった。すまない。でもこれはお母さんも望んでいたんだ。こうも言っていた。『心配しないで。いつか私の娘はネクロマンサーとして現れる。』って。」


いつもと違い真剣な眼差しで私を見る父。こんなに真剣な顔を見たのはあのとき以来だ。それは、ネクロマンサーで食っていくと言い放ったとき。ならばあの発言には意図があったということになる。冷静さを取り戻し、一過性の苛立ちは消え去った。父がどんな心境でいたのかが気になった。だが、それよりも先行して確認したいことがあった。


「最後に会ったお母さんはどんな顔だった?」


「笑顔だったさ。」


「そう。」


何故かそれだけの事実で心が満たされる。母は生きているし、父は内緒事が一つ減った。そして、私は一つ謎が減った。しかし、心の充足とは一瞬のもので何とも欲深い人間というものは一つ謎を解明すると、新たな謎を解明したくなる。噴出する素朴な疑問を父にぶつけてみる。


「じゃあお父さんが急にネクロマンサーになりたいって言い出したのは?」


「本気だ。私が腐楽愛の代わりにネクロマンサーになるんだって。お母さんに合わせるためにって考えてな。結果的には腐楽愛がなる運命は変わらなかった。精々、僕にはネクロマンサーが認識できる程度の能力しかなかった。」


「あっ、そこはマジなんだ。」


「会社辞めた後にネクロ係長と呼ばれていたのは嘘だよね?」


「それも本当だ。」


「それもマジなのか・・・腹立たしい。」


◇◇◇


腐楽愛は写本を父から借りて自室で読む。小説を読むように書かれた世界に没頭して没入してゆく。淹れたホットコーヒーの湯気と香りは空へと拡散して消えてしまった。


どれくらいの時間、世界に触れたかは分からない。情報という深海に沈んで呼吸を忘れたような感覚から限界がきて、ようやく海から上がって酸素を取り入れる。


本を一通り読み終えて、椅子にもたれかかる。


「はあ。」


溜息が出る。本から沢山の知識、見識を得た。勿論、全てを理解した訳ではないが、絡み合うコードを解くために、情報の整理をしようと思う。


腐楽愛は付箋を挟んだ頁を開いた。


先ずはネクロマンサーの認識について。ネクロマンサーだけができる選択がある。こちらの世界からあちらの世界へと住む世界を変えた場合、一方は生で、もう一方は死。存在しなかったことにはならず、元いた世界では、死、若しくはそれに類する処理がなされる。


死と類する処理の区別は、完全にあちらの住人となる契約を結んだならこちらでは死。条件付きなら類する処理となる。ただ、この条件付きというのが厄介で、それを知るのはネクロマンシー協会、そして契約者の本人

しか知らないのである。


次の付箋の頁に小指を引っ掛けて、ゆっくりと開く。


本契約の成立を告げる電力の供給。私がこちらに存続できる理由はこちらの住人であるからに他ならない。つまり、あちらの住人であるフィアちゃんと私の契約内容は異なる。私があちらの力を貰い戦うときは、私の存在は揺らぐ。


生と死の狭間で灯火のようにゆらめく命。戦いが終わり、電力の供給が止まったなら、再びこちらの住人として、時間を埋めるように生きていたと仮装され私の存在が継続する。


フィアちゃんがした契約と私のしたそれは一線を画する。こちらの人生を代償にして、彼女は何を得たのだろうか。それはこの本、『The Book of Necromancy』に書いていない。これらのネクロマンサーに関わる情報の概要については、私は知ることが許されている。


しかし、それ詳細な情報にはレベルが求められ、フィルターがかかる。時折あるフィアちゃんからの情報の不足は情報レベルによるものだろう。細部の情報は本来なら私は聞くことも触れることもできない。けれど、この本は写本だから問題ない・・のかな。


つまり、情報は原本には高い情報取得レベルが必要になる。お母さんは強いネクロマンサーだ。お父さんは、まだ謎が多い。


直接に伝えられないこともあるだろうから、この本を渡してきたのだ。


最後に父が、フィアちゃんを認識できた理由。それは、ネクロマンサーに関わる情報を沢山見たり聞いたりしたからに他ならない。


ネクロマンサーに係る情報は一般人の脳には通常、起こりうる範囲内の情報として補完される。しかし。腐楽愛はテーブルに置かれた古い熊の人形を見つめる。


つぎはぎだらけの人形から綿が出るみたいにその補完が多くなれば、いつかは限界に達してしまう。限界点を超えた秘匿情報はついにはまやかしの霧を晴らし、脳が正しい情報として受け入れる。


こうして、ネクロマンサーではないが、あちらとこちらを知る者が完成する。その者達を協会は『物知り』と名付けた。疑いを挟む余地はなく、父は『物知り』だ。けれど、それ以上のことは謎のままだ。


パタンと腐楽愛は本を閉じ、冷たくなったコーヒーを一口啜り、本の感想を述べた。


「腹立たしい・・・。」


読書を通して他にも得たものはあった。それは本来であれば今の私が習得してはいけない技術だったのかもしれない。しかし、こちらの理が身勝手に崩されるのなら、自分もその技術を使用すること何の躊躇が必要かと思い、腐楽愛は折角だからと使うことにした。それと同時に使うときが訪れることのないようにと願った。


「ふああ。」


そして、大きな欠伸(あくび)。疲労のあまり、腐楽愛に睡魔が襲う。


「次に起きた時も。こちら側でありますように。おやすみなさい。」


腐楽愛は熊の人形におやすみを告げて、そのまま眠った。


「うふ、うふふふふ。」


窓に映る眠る少女を見守る者が一人。


「寝る子は育つらしいですが、それは困りますねぇ。成長過程の真っ只中が最も美しい輝きを放つのです。固めたい。ああ固めたい。固めるべきです。固めましょう。固めなきゃ。凄い!凄いです!凄いですよお!ネクロマンサーの力をビンビンに感じます!」


恍惚の表情を浮かべる40代の男性。趣味はネクロマンサーのクリスタル・アートリウムである。彼の名は『宝石』。彼の居住する空間には、沢山のクリスタルが保管されている。その空間から腐楽愛を愛おしそうに眺めながら、何かを探している。


「ありました。ご覧なさい。貴方のお友達となる腐楽愛さんですよ。」


宝石はコレクションの中から探し出したお気に入りのクリスタルに嬉しそうに語りかけた。それは、腐楽愛と同じくらいの少女のクリスタルだった。クリスタルは話さない。時間の静止した中で少女の瞳は抵抗をし続けている。


◇◇◇


「じゃね。」


「今日も用事?」


「ああ。そうだ。寂しくて泣くなよ。」


そう言い残して、慌しく教室を出て行く腐楽愛。彼女が去った後、友人の二人はまだ教室に残っている。陽魅が瑠奈の机に足を組んで座る。瑠奈の座る椅子からの視界は陽魅に遮られる。密会をするように二人は静かに話しをする。


「流石にこの間までは付き合いが良すぎたといいますか。」


「うん。つるむのはこれくらいの頻度が通常だった。だけども、今はもっと違和感。」


「放課後になると、5日のうち2、3日は急いで帰る。まるで逃げるかのように。これは。」


「これは?何でしょう!?なんなんですか!?」


「えん・・。」


「彼氏か!?彼氏なのか!?」


「ああ、なんだあ。そっちかあ。」


「そっち?瑠奈。私達友達だよな。」


「ズッ友。」


「共通の友達が事件に巻き込まれているかも知れない。そうしたら、とる行動はひとつ。」


「うん。素晴らしい友情だね。私も同じこと考えてた。」


「「尾行!」」


陽魅には、腐楽愛の向かう場所に心当たりがあった。それは、駅。腐楽愛は電車を使って遠出をしている。最近、この辺で夕方に出会ったことがある。用事かと問うと、腐楽愛は狼狽した様子で曖昧にはぐらかした。


怪しい。とても怪しい。


トントンと瑠奈が陽魅の肩を優しく叩く。


「いた。あれは絶対、腐楽愛だ。」


「本当にいた!電車に乗りそう!ど、どうする!?」


「なんで陽魅が慌ててるの。それは勿論、私達も乗るしかないでしょう。」


「よ、よーし!」


何がよーし!だ。腐楽愛は二人の尾行に気づいていた。修行の成果あって、私は自分に向けられた意識を感じ取ることができるようになっていた。但し、その修行とは、自主鍛錬だ。行く先を問いただされて慌てたふりをしたのは、そろそろ二人が痺れを切らして後をつけてくるように思えたからだ。


 初めて電力を供給されて以来、新たに電力を得てはいないが、一向に力の枯渇や身体の疲労を感じることはなかった。『こちら』では力を使用できないのだから、本当ならそれでいいのだが、実は、私は既に力を使用したことがあるのである。フィアは『こちら』のネクロマンサーは限定的な空間でしか力が使えない言った。


そう、暗黒の空間。しかし、あの本によると、下位の能力については、その空間でなくとも使えるとある。これは、明らかな矛盾だ。矛盾の理由はすぐに分かった。この情報は協会に資質や技能を認められることで解禁されるからだ。それまでは、指導者、例えフィアちゃんであっても、その存

在は明かしてはならない。


下位の能力とは、端的に言うと自己完結する能力であると定義される。他者への加害行為には使えない。自身にのみ作用する能力であり、具体的には、尾行に気づいたように、知覚の領域を拡大したり、鋭敏にすることや、気配を消すことがそれにあたる。ということはフィアちゃんとした言葉を用いない会話もおそらく下位の能力ということになる。あの空間でしか使えないという彼女の発言も疑わしくなってくる。


つまり、私は外形上では、『こちら』においては、愛玩の剣を振るうに留めなければ、使用許可の出ていない能力を発動させたとして、違反行為をしたことになってしまうらしい。


だが、知ってしまった以上、その便利な技術を、会得してしまった技術を手放したくはない。それに、発覚した事例については本には何ら書いていなかったのだから、私はそんな前例はないと判断する。西行腐楽愛の考え方はぶれない。揺るぎない楽観的な思考の下、自身の選択を正当化する。良いと思った考えをそのまま実行に移すのは、昔からだ。論理が破綻していたって構わない。私にとっては理路整然なのだから。これはお父さん譲りの愚直さだ。


腐楽愛は、試すように気配を消してみた。


陽魅と瑠奈の二人は、ぽかんとして、不思議そうにキョロキョロと何かを探している。


「あれ。腐楽愛がいないよ!」


「見失ったか。曲者め。」


曲者ではないのだが。まあいい。実験は成功した。収穫もあった。それは私が気配を消したからといって、探している対象は変わらず私であること。悪いね。また遊ぼうね。瑠璃、陽魅。


そして、今日もあの洞窟へ。腐楽愛の修行は続く。

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