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ネクロマンサーは儲からない。  作者: ALP
ネクロマンサーは拒めない。
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FLAME

バスの振動に揺られながら、物思いにふける。上司は無邪気な笑顔で眠っている。洞窟を出るまでの会話。その内容が延々とリピートされて止まない。フィアちゃんが教えてくれたこと。本当は伝えてはいけないことだと断った上で、私からもお願いして教えて貰った。


10年くらい前から大量の『次の存在』が『こちら』に現れている。殲滅作戦は本来、『あちら』の領域の仕事であるが、この未曾有の危機に備えて、教会は人員を『こちら』からも集めることにしたのだという。私も選出された1人であり、戦闘となれば、『あちら』のネクロマンシー協会からの要請を受けて駆り出されることとなる。


素質の無い者には、『次の存在』は認識できない。問題は、『こちら』でその者達が殺されたら、突然死や事故死扱いとなっていることだ。つまり、今まで、そのような区分で処理されていた中には、殺された人も含まれていたことになる。


敵が現れたなら、私は認識出来るが、他は出来ない。『こちら』で戦うことには不都合が伴う。だから、『あちら』の人間になる必要が生じる。当然、『あちら』の人間となった私は『こちら』の一般の人間には認識できない。存在の忘却とは最も恐ろしい死である。


フィアちゃんは『こちら』の人間から『あちら』の住人となったことも教えてくれた。そこにどんな苦悩や決断があったかを聞くこと出来なかった。


腐楽愛は考える。秘密を知ってしまった以上、選択をしなければならない。全てを投げ出し姿を眩ますか、全てを投げ出し『あちら』の存在となるか。何れにせよ棄てることに変わりはない。


お別れの挨拶もできず、存在が消失する。死までの猶予すらない忘却の死。教えてくれたことには意義がある。フィアちゃんは明かさないことも出来た。私には決意など何も無い。世界構造がどうなっていたとしても救世の代行者となる気はない。


ネクロマンサーという奇異な奇怪な奇妙な集団には属していることになってはいるが、私は嘘偽り無く西行腐楽愛である。願わくば普通の人生を歩みたい。平坦に続く道の尊さを知って、日常を破壊する変化を求めていた自分に後悔の念が生まれた。そんなものなんだな。人間って。


しかし、私の親や友人が非業の死を遂げる可能性があるなら、守りたい。けれど、それはいつ起こるかも分からず、起こらないかもしれない。漠然とした危機に立ち向かうために全てを捨てられるか?起こっていないことは存在しないという価値観で議論を放り出すのは許されない。苦難の扉の鍵はもう持っている。あとは開くかどうか。


決意とは剣を持つことではなく、剣を捨てるほどの高尚な覚悟。フィアの言葉だ。今なら分かる。彼女が伝えたいこと。決意の重さを実感する。


「むむむ、迷ったらお父さんに相談してみて下さい。むむむ。」


目を閉じながら、フィアがもごもごと言う。寝言、を演じているのだろうか、下手クソ過ぎる小芝居だ。


「起きてるよね?」


フィアの頬を自由に伸ばしみる。指で押してもみる。指が吸い付いたかと思うと、力強く反発して戻る。餅みたいな素晴らしい肌だ。


「ぎっ、むむむ。」


◇◇◇


「はっ!ここで降りましょう!」


腐楽愛はフィアの提案を快諾した。家の2つ手前の降り場で下車した理由は遅めの昼ご飯を食べるため。


ワープしなくて良かったのかもしれない。お陰で食事にありつける。正直なところ、沢山動いたので空腹だ。2人はバス停から見えたファミリーレストランに向かい入店し、席に通されると、柔らかい椅子にドカッと座った。疲れた。特にフィアちゃんの疲労が酷い。ぼーっと虚な目で料理を注文する。


「ステーキセット(300g)を2つ。お願いします。ライスは2つ、でいいですか?はい、それで。飲み物は私はアイスティーで。腐楽愛さんは?はい、オレンジジュースで。先で、お願いします。」


オーダーを済ませて、フィアは水を一気に飲んだ。空になったので腐楽愛は水を注いであげた。


「ありがとうございます。お腹空きましたね・・・。」


「ね。」


「全てが空っぽの状態なんて、何年ぶりでしょう。」


「何年ぶりなの。」


「あれは、あー、秘密です。」


「フィアちゃんっていくつなの。」


「むー、秘密です。」


15分後。疲労により言語能力の低下した会話を続けていると、待望のお肉が来ました。アイスティーやオレンジジュースよりも飲みたいのは肉汁だ。肉の焼ける音と匂いが近づいてくる。


「お待たせしました〜。ステーキセットで〜す。」


サラダ、ライス、そして熱々のステーキ!!

2人は目で合図する。うん。言葉は一つでいい。それ以外はいらない。このプレートの上の芸術にのみ集中する。


「「いただきます!」」


先ずは、サラダよりもライスよりも肉。ナイフで切ってフォークで刺して、口に入れる。なんと面倒な作業。直接手でいきたいくらいだが仕方がない。


噛む。弾ける。広がる。


切る。刺す。喰らう。


また噛む。弾ける。広がる。


これがステーキ。これこそがステーキ。肉の甘みがタマネギソースの酸味と合わさる。タマネギには繊維を柔らかくする効果もあるから、相性は抜群。肉の繊維が解ける度に美味さが拡散する。擦り下ろされたニンニクが食欲を増加させる。そしてこの脂身!脂身を残すなんてとんでもない。このぷるぷるの塊こそが旨味の源泉。噛むとじゅわっと溢れ出す。溢れ出したのは、幸せ。


20分に及ぶステーキとの激闘の末、腐楽愛とフィアは勝利を収めた。彼女達は勝利のコーヒーの苦味を堪能した。


楽しい時を過ごした。変なテンションになるくらいに楽しいひとときだった。ゆっくりしていけばいいのに、フィアちゃんは家までは来なかった。食事を終えて、そのまま帰っていった。彼女の家はどこだろう。『あちら』の家はフィアちゃんにとって安らげる場所なのだろうか。


腐楽愛は食後の運動を兼ねて歩いて家に戻ることにした。また1人で考える時間になる。


フィアちゃんは私への過度な干渉を嫌ったのではないだろうか。私よりも頼るべき人がいると。そして、最後に決めるのは自分自身であると。彼女は自己決定権を尊重したのだ。


先ずは帰ってお父さんに相談しよう。そう思っていたのに。


「何、あれ。」


40代くらいの男性。背丈は180くらいでスーツを着ており、身形はきちんとしているが不審だ。道路を行き交う車の中を見て、まるで人間を吟味しているかのようだ。注目すべきは男性がそれを行っている場所が道路の真ん中であること。車は彼の身体を擦り抜けていく。


彼を車が通過する。通行車が止まることはない。気付いていないのだろう。その存在に。異能を持つ者、次の存在。


彼の行為が私に何か実害があるか?止める理由がない。だが、何か起こってからでは遅いのは確かだ。危機が明白になってからでは間に合わない。確固たる正義を持ち合わせていない私には、剣を振るうことは出来なかった。


それに、愛翫を出すことくらいは可能だが、協会から電力の供給を受けていない『こちら』側の私に何ができる?そもそも通用するのだろうか。彼から場尋常じゃない力を感じる。不安が気泡のように沸き上がる。


自問自答の中、注視が目立ったのだろう。立ち尽くしていた私の視線を感じ取った男がこちらに向かってくる。


お嬢さん、見えているのですか。


戦慄する。答えるな。視線を合わせるな、遠くを見ろ。小刻みな震えを察知されたなら、何をされるか分からない。フィアちゃんを呼ぶことも出来ない。仮に呼んだとして、電力が空っぽと言っていた。彼女の死の光景が過り、腐楽愛は躊躇う。


焦燥の中、一つの考えが過ぎる。その自己の考えに腐楽愛は恐怖し、嫌悪を抱いた。先に殺してしまおう。そのように一瞬でも思ったのだ。絶望の淵に立たされた状況だったとしても、冗談ではなく、本気で私が思ったのだ。その事実は否定できない。


男性が私を観察する。舐め回すような視線に鳥肌が立つ。反射は抑えることができず、それをみて男性は私に話かけた。


「うふふふふ。貴方、ネクロマンサーですね。ずっと探していました。宝石と申します。貴方をクリスタルで固めて飾りたいのですが。よろしいですね。」


到底、理解が不可能な言語を用いる異能持ちに出会い、私の脳は死にたがっていた。


「あっ。あ、あ、あ、ああああああ!」


気付かれた!逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ!恐怖のあまり、死体に縋りつくように腐楽愛は啼泣する。身体が上手く動かせない。足が絡れて、つまづき、その場に倒れる。惨めだ。こんなところで終わってしまうのか。


お父さん、お母さん。陽魅、瑠奈。フィアちゃん。どんなに強い剣技を習得していても、自信に満ち溢れていても。鮮血流し、流させ、目前の脅威をぶった斬れなきゃ、あるのは死。乱れる呼吸。朦朧とし、遠退く意識。


じわじわと光が失われる直前に、私を呼び戻すように、赤い天使が舞い降りた気がした。それは私にとって、確かに、羽はないけど、天使だった。


「この変態がああああ!私の部下に何しやがる気だぁああ!!!」


一切の迷いなく、『次の存在』たる権能の収集家を日本刀で斬りかかる。硬化した右腕に防がれこそしたが、その行動は私の陰鬱で動かない脳に対して、思索をしろという号令となった。


我が上司、フィア・フィッツジェラルド。やや遅めの再登場!彼女は刃を持ってポーズを決めている。


「フィアちゃん!帰ったんじゃ!?」


「こいつは、自称、宝石です!ネクロマンサーを生きたまま収集する変態です!」


「えっキモ・・!」


「お褒めの言葉ありがとうございます。『宝石』と申します。お見知り置き下さい。貴方は?」


「腐楽愛さん。名乗る必要はありませんよ・・・あっ。」


おい。


嬉しそうに『宝石』と名乗る男は手帳に腐楽愛の名を記した。


「腐楽愛さんですね。うふふふ。どうしても手に入れたいです。また会いましょう。みたところお二人から電力を感じません。電力の供給を受けるようになってから回収しますね。私は几帳面な性格でして。まずは綿密な準備をします。全力で生活を脅かしますから、楽しみにしていて下さい。」


そう言い残して奴は消えた。腐楽愛は安堵する。問題なのは、『次の存在』と呼ばれる存在が異能を用いて、抱いた理想や持った目的を実現させることが出来るということ。腕力や知力、そして財力、何れの力をも超越する力が備わっている。『宝石』もまたその一人。彼の有り余る変態性を実現させるほどの力を有している。


「助かりましたね。『宝石』は大きな勘違いをしています。私までもが未だ電力の供給を受けていないと。たまたま、空っぽでしたからね。明日以降にはバレているでしょうが。気掛かりなのは、準備をすると言っていたことです。標的になるのは腐楽愛さん。あなたとあなたの関係者と予想できます。」


「うん。でも対峙して分かった。『宝石』には明確な正義があるわけでもなく、ただコレクションが欲しいという行動理念しかない。奴には相手の気持ちなんて考える必要すらない。迷っていたんだ。あちらにはあちらの心情や背景があるんじゃないかって。だから、『宝石』にはお礼を言いたい。」


「お礼?ですか?」


フィアは不思議そうに聞き返した。


「特殊な力を持つ者が私と私の周りに襲いかかるなら。私はネクロマンサーとして電力の供給を受けることにする。分かりやすい敵でいてくれてありがとうって。」


「そうですか。その覚悟が聞けたなら。電力はあなたに流入します。ほら。最初だけは満タンになるまで承認なしで貰えるんです。入ってくるのがわかるでしょう?覚悟がトリガーだったのです。こればっかりは自分の問題ですから、教えることが出来ないのですよ。」


充填という言葉が相応しい。一気に、力が目覚める。体の中に注がれた力が飽和し、これ以上は入らないという量まで一瞬で達した。残念なことに今のところ使用用途はないのだが。


「多分、満タン。・・・ところでなんだけど。」


「なんですか?」


「協会に電力の供給を申請すればフィアちゃんは戦えたんじゃないの?」


「恐らく承認が間に合わなかったでしょう。それに。居ても立っても居られませんでしたから。あなたを助けたくて。」


フィアちゃんは、こういうことをさらっと言うから困るんだ。


「ありがとう。」


「えっ?なんですか?」


少年漫画の主人公へのヒロインの告白みたいに腐楽愛の小さな感謝は彼女の耳には届かなかった。かもしれない。


◇◇◇


腐楽愛の部屋。


フィアちゃんが私を助けてくれたのは、どうやらあちらに帰る電力すらないことに気付いたからであった。だから、結局、またこの家に帰ってきた。宝石との対峙の後、危険性はまだ回避できていないとして、協会に報告を行い、更に、電力の供給の申請を行った。緊急性のない申請は大体、申請の翌日に承認され、身体に電力が巡るらしい。


そんなことはどうでもいい。今私は上司の、フィアちゃんの首を絞めている。まただ。このデジャヴ感。


「ぐええ。あなたはこちらの人間として、戦えますから、電力の供給を受けたとして死んだことにはなりませんよ。」


「早く言ってよ!」


「言いませんでしたっけ、ぐえ。締まる!」


5秒くらい経って、腐楽愛に疑問が浮かび手を離して彼女に問う。


「でもフィアちゃんは・・・。こちらで死んだことになってるんだよね。」


その問いの返答を模索するように、少し考えてからフィアは答えた。


「未練がなかったんでしょうね。あの時は。」


彼女は赤く輝く髪を触りながら、少し寂しそうに言った。部分的な肯定に何か含みがあることは発言から推し量ることができた。


「未練ね・・。」


しかし、そう復唱することくらいしか出来なかった。彼女は私に鏡の写し身のような共通点をいくつか感じているのだろうか。


「フィアちゃんは今日泊まっていく?」


「いえ。これ以上、家庭というものに触れるのが怖いんです。なんだか懐かしく感じてしまうので。昔は私も食卓を囲んだり、友達の家にお泊まりしたり。思い出は上書きせずに持っておきます。明日には電力も回復しますので。どこかに泊まりますよ。」


「・・わかった。またね。」


家庭的であれば、あるほどに傷つく。彼女はこちらで過ごした時間を大切にしたいのだろう。楽しかった過去が消えるわけではないのに、これ以上は辛いと言うのだから、現在も全てを捨ててあちらへ行ったことに未練がない訳がない。


何より、こちらの過去を大切にしたいと言っているのだから、それを未練と言わずに何と言うのだろうか。まあ、理由や言葉の定義を論じたところで、彼女の傷は癒せない。


「ええ。また。」


再会の約束をして、別れる。本当はもっと一緒に居たいことなんてお互いに分かっているのに。それに話をしないといけない人がいる。その為にフィアちゃんは去ったのだと腐楽愛は解釈することにした。


こんこん。


腐楽愛は階段を降りてドアをノックする。自分の言葉で伝えなければいけないことと、確認しなければならないことがある。


「はい。なんだい。腐楽愛。」


部屋の主から直ぐに返事がもらえた。そして床が軋む音が3、4回。


「・・・お父さん。入っていい?」

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