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ネクロマンサーは儲からない。  作者: ALP
ネクロマンサーは拒めない。
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ゆらめく・ふらめ・ふれいむ

割当てられたのは、『次の存在』の殲滅。


土曜日なのに今日は登校日。隔週で午前のみの集中授業があるからだ。腹立たしいので、腐楽愛(ふらめ)陽魅(はるみ)瑠奈(るな)の3人で学校が終わるとそのままシタバへと向かい、皆が新作の激甘飲料を嗜む。わざとらしいメロンの味が火照った身体を一気に冷却する。


かぁー!この一杯のために生きてるなあ。


「最近の腐楽愛、付き合いよくね?先月くらいから。めっちゃ奢ってくれるし。」


陽魅がフラッペを飲みながら不思議そうに私に聞いてくる。


「本来、私は付き合いはいいの。寂しかったか?よしよし。これからはお前らに愛情を注いでやろう。大丈夫、金なら入る。」


「駄目だよ。自分の身体を大切にして。」


心配そうな瑠奈の声。発言の意味を数秒遅れで陽魅も理解した。


「えっ!そうなの!?腐楽愛!?腐楽愛さん!?」


「おい。違うし。お前らは私が何をしていると思っている。それに、瑠奈はお会計のときにクッキーをレジに置いただろ!心配してるならやらないだろ、普通そんなこと!」


ぱくっ。もぐもぐ。

腐楽愛に指摘されて、彼女に見せつけるように瑠奈はクッキーを囓る。


「美味しいよ、腐楽愛。一生ついて行く。」


「ずるっ!私も!」


「嫌すぎる。」


「ちなみになんだけど、そういうのって幾ら貰えるの?」


テーブルの下から陽魅の太ももをつねる。中位ネクロマンサーとなったことで、私は知らなければ良かったことを沢山知ってしまった。だからといって、日常を手放すつもりはない。やはり、私の居場所はここに置いておきたい。どこからか悶える声がするけど、私には関係ないことだ。


皆と別れて、帰路の途中に腐楽愛を待つ者が1人。一か月ぶりだろうか。彼女が現れたということは、私にとっての悪いニュースの前兆になるのだろうが、それよりも彼女との再会が嬉しかった。我が上司、フィア・フィッツジェラルドは神出鬼没であるから、次はいつ会えるかが全く持って不明。


「おかえりなさい。腐楽愛さん。」


私に笑い掛けてくれてはいるが、どちらかというと浮かない顔を彼女はしている。フィアちゃんとて、再び『こちら』に来たこと、私に会えたことを喜んではいるだろうに、私達には情報の格差がある。私よりも知らないことを知っている。今日もその一部、断片を教えてくれるのだろう。


「ただいま。フィアちゃん。」


「今日は一応、休暇なので、遊びにきちゃいました。どこか人気の無い場所はありませんか。話がしたいです。お父さんには伝えてあります。」


フィアは水色と白色と灰色が上手く配色されたチェックのワンピースを着ており、『こちら』の住人として溶けこんでいる。


そうか、あの空間は協会の承認がなければ使えない完全予約制個室なのだから、休暇中には使用できない。そのための提案だ。

お話したいとかお父さんには伝えてあるとか誘拐犯みたいな台詞だけれど、彼女を信じることにした。


「いいよ。ついてきて。」


心当たりはある。あの腹立たしい場所。


洞窟。あそこまでは2時間はかかる。そう伝えるとフィアちゃんは私の手を取り言った。


「念じて下さい。一部分ではなく全体を。写真のように写しとって下さい。鳥のように俯瞰して下さい。」


腐楽愛は言われた通りに、目を閉じて情景を思い浮かべる。ええと、山があって、木があって。どこもそうだ。


「難しいな。」


「次にその場所の特殊性に着目して下さい。自然以外に何かありますか?」


「山を降りて、坂が。登りきると自販機が。そこでコーラを買った。バスがなかなか来ない。腹立たしい。」


「大体分かりました。では、行きますよ。」


フィアと腐楽愛は指と指を絡ませる。


「えっ。使えるの。力。」


「あいにく供給は受けておりませんが、問題ありません。力の消費は微々たるものです。『愛翫』も使いません。あっ。確認してなかったけど船酔いはするタイプですか?」


「えっ。船に乗ったことなんて。」


ない、と言いかけた次の瞬間にはあの洞窟の中に2人はいた。自分たちが移動したというよりは、空間が変わったような感覚。そして、経験したことのない吐き気が腐楽愛を襲う。


「うっ。」


胃酸が逆流する。腐楽愛は手で口を抑えて放出を堪えることを試みる。


「お腹空きました〜。食べてくれば良かったです。ステーキ。食べたいです。奢りますよ。あとで食べましょう!」


何の脈絡もなく、フィアは思い出したように自らの空腹を伝える。


「ん?腐楽愛さん?」


「うぉえぇえええぇ!!!」


腐楽愛の叫びは洞窟の中で遠くまで反響し、ビリビリと振動を起こし、少し経ってから消えていった。何があったかは想像にお任せします。


◇◇◇


洞窟の中を進んでいく。フィアちゃんがくれたミントキャンディとミネラルウォーターで先程まで残存していた気持ち悪さは軽減された。ただ足取りは重く、今にでも引返したい。


ついには行き止まり。最終地点へ到達した2人。腐楽愛が口を開く。


「これ以上は何もないよ。」


「そのようですね。ここならば、秘匿性は担保できそうですね。誰にも見られる訳にも、聞かれる訳にもいかないですから。」


「本当はヤツが現れたら、有無を言わせずに戦わせるのがマニュアルです。でも、来たるべき日に備えることは禁止されていません。今という価値ある時間を頂いて、私との時間とすることには、罪悪感があります。ですが、死なないための特訓です。是非受けて頂きたいです。」


「いいの?」


「こちらこそ、お願いするよ。死んだら意味ないじゃん。愛翫の出し方教えて。」


「腐楽愛さん。」


嬉しかった。同じ気持ちを持って教えを請うてきた腐楽愛。フィアは自分に付いてきてくれた、腐楽愛に感謝を込めて、杖を出したかと思うと、すぐに剣に変化させ、彼女の顔にそれを向けた。斬れ味抜群の日本刀。


「ありがとうございます。一度、死に触れ、愛翫を現出させたあなたなら容易に出せるはずです。」


「なんだ。そんな感じなんだね。」


腐楽愛が気を抜いた一瞬にフィアが踏み込み刀で斬りつける。紙一重で躱す。


「もう開戦しています。油断は禁物です。ってよく躱せましたね、今の。なるほど。漫然と生きてきた様ではなさそうです。」


フィアが刀を持ち直す。チャキと鋼の音を鳴らす。


「戦い方を教えてくれるんじゃなかったの?」


「教えていますよ。実戦式で。あなたには適切な指導方でしょう?お父さんから聞きましたよ。剣術の心得があると。私は見様見真似ですが、及第点と言えますでしょうか。」


突如、空間が歪み、虚空が裂けて、その裂け目から黒い火花が散る。バチバチと音を立てて光放つ銀色の大剣の顕現を演出する。腐楽愛はそれを右手で取り、フィアの刃を軽く弾く。キンッと心地よい音が鳴る。それだけで、刀が真っ二つになる。


「うん。及第点。ってかこの剣、軽っ!」


唖然。バナナみたいに容易く切断された柄の残った刀を見て、フィアの目の色が変わった。


「成程。これは失礼しました。見誤っていました。あなたを。少しばかり本気を出しましょう。恐るべき斬れ味ですね。あなたのヤンヤン・フォールシオンは。」


「前から気になっていたんだけど。ヤンヤン・フォールシオンって何。」


「その大剣の名前です。私がつけました。ああ、そうでしたか。気を失っていましたからね。」


「吐きそうなくらいダサい。」


「さっき吐いたでしょう。ふふ。」


フィアは杖を出す。杖が発光し再び刀になる。器用に振り回して、体に馴染ませる。


「だいぶ電力を使っちゃいました。今の私なら、さっきの日本刀6本分くらいで空っぽになります。ということは、電力の供給を望めない今、単純計算では、私の剣をあと6本折れば、私という戦力を無力化できます。思索して組み立てて、向かってきて下さい。選択肢は沢山あるはずです。」


「そうする。」


腐楽愛とフィアの各々の剣が交わる。剣で剣を捌く。継続する鋼で奏でられるサウンド。この演奏会に耳を傾ける者はいない。別々の独奏が調和する。その中の一つに自分とは異なる旋律がある。それに違和感と危機感を抱き、フィアは避ける。危なかった。感心する。腐楽愛の太刀筋に一切の乱れがない。


確かな実力があるのならば、この娘には次のステージでいい。そう私に決めた、いや、決めさせた一太刀であった。真っ直ぐな性格。なら、腐楽愛さんは手加減が嫌いなはず。最大の敬意を払い、尊厳を損なわせてあげましょう。


「ハンデです。私の能力を明かしておきましょう。私の杖は3つの能力を内蔵しています。1つ。大量の電力を消費して杖から人類が発明した武器以外の物を具現化して発射する。2つ。杖を剣に変化させる。剣を振るっている間は最初の能力は使えません。3つ。便利な収納ボックス。さて、どうします。」


「へえ。便利な杖だね。特に、3つ目。アウトドアに最適。」


腐楽愛はハンデを貰って不愉快そうにする。彼女は間合いを自分から詰めていき、壁際に追い込んでいく。大剣を小刻みに振るう少し奇妙な戦い方は、道理に適っている。剣は大きくとも、その体積からは考えられない程に軽いのだ。物理法則を無視した剣がフィアの刀を少しずつ削っていく。


「見事な技量。教えられるとしたらあとは。精神のコントロールくらいですかね。あなたは論理的な方です。ですが、闘争となると、どうやら熱くなる。その実力と才能に裏付けられた無鉄砲さは命取りですから。」


フィアは適切に剣を捌く。動きには軽快さがあり、まだ余裕が窺える。


「指導はこの攻撃に耐えられてからの方がいいんじゃない!?まだまだいけるよ!!」


「やってみて下さい。もう少し、謙虚な方だと認識してましたが、仕方ありませんね。」


落胆したように、冷たく遇らうフィア。剣の猛攻は終わることを知らない。腐楽愛は更に速度を上げて、手数を増やした。


「うおりゃぁぁぁああ!!」


「おっと。」


ガキィィィンと鍛冶場の音のような鍛えられた鋼の大きな音が響く。フィアの二本目の刀が折られる。切断された刃が回転して円を描き、遂には地面に深く刺さる。フィアは後退を余儀なくされる。


「2本分の強度でした。が、足りなかったようですね。これは称賛に値します。技能面においてですが。」


出した杖を手に取る。


「ねえ、杖はどうなってるの?剣に変わったのが折られても杖は元通り。なんで?」


「乙女の秘密です。」


腐楽愛の問いかけにフィアはそう答えると、杖を出して変化、小さなナイフにする。


「そこは答えないんだ。ところで、そんなので大丈夫?」


「ええ。大丈夫です。一旦、これでとどめを刺して、休憩にしましょう。」


「そうだね。気を失わせたらごめんね。」


腐楽愛は密かに拾った小石をフィアに投げつけ、彼女はそれをナイフで弾く。その隙に間合いを詰める。ここは、生殺与奪の距離。大剣では届くが、ナイフでは届かない。私が握っているのは大剣、ヤンヤン棒。さあ、射程圏内に入った!


「はあっ!!!」


腐楽愛は脚を力強く踏み込んだ。全力で振り下ろされた大剣。しかし、それは勝利にという果実に欲が眩み、力を込め過ぎて振り抜いた剣。彼女は戦法を自ら崩したのだ。


「感情に左右されないことを学びましょう。それに、そこは私からあなたへの圏内でもあります。」


そこにつけ込んで、フィアは剣を足で上から踏み付けて地面に刺す。そして、腐楽愛を目掛けてナイフの刃を射出する。発射式のナイフの刃が彼女の胸を貫く前に、変化を解除する。姿が杖として、フィアの手元に戻る。杖でトンと、腐楽愛を押して倒す。高等テクニックを目の当たりにして、最初から彼女の手のひらで踊らされていたことに気づく。


「スペツナズ・ナイフです。スプリングがナイフを発射します。」


「ぐぐ、ぐ、ま、参りました。」


悔しさと死への恐怖が入り混じり、涙が出る。降参を身体が拒絶しているようだ。何たる負けず嫌いでしょう。


「負けを素直に認めるのも嫌いじゃないですよ。実力を知った上で、成長していきましょう。暴言は失礼しました。あなたを煽り、状況把握を鈍らせるためのものです。」


いつもの優しいフィアちゃんに戻った。一方で腐楽愛は、次こそはフィアに一泡吹かせてやりたいと強く思った。ネクロマンサーや異能、次の存在のことは関係無い。目の前の到底敵わないであろう実力者の存在は、彼女に目的を植え付けた。それは単純明快な強くなりたいという目的である。


結局、善戦こそしたものの、フィアには一度も勝利出来なかった。久しぶりに剣を交える機会への喜びと、露呈する力の差を感じつつ、腐楽愛の小さな火はその大きさを増していき、炎、更には業火へと変容していく。が、どうやら体力の限界らしい。それはお互いにである。


「戻りましょうか。」


腐楽愛の目に見える疲労を押し隠しているのを見兼ねてフィアが提案する。腐楽愛は少し考えて、提案を受け入れることにした。


「うん、飽きた。全然勝てないし。」


その言葉が本心でないことなど、フィアにはすぐに理解できた。よろめく腐楽愛に肩を貸して、外へ向かって歩いていく。


「また、できたらお願い。」


「はい。お付き合いしましょう。」


「なんで、今日は来てくれたの?仕事じゃないのに。」


「嫌でしたか。」


「嫌じゃない・・・。」


照れくさそうに腐楽愛は答えた。


「ところで、なんで歩いているの。ワープは?心配してるの?急にフィアちゃんが食べ物の話とかしなければ耐えられるよ。」


「電力を使い果たしました。」


「えっ。それって。」


「バスを使いましょう。」


は?


「それに、まだ話してないことがありますから。この時間は貴重です。」


「理由は今考えたのではないんだよね?」


「も、勿論です。」


慌てた様子のフィアが全力で否定する。腹立たしいというよりも疑わしい。


「ま、いいけどね。こういうのも。」


2人は歩む。洞窟の外の光を求めて。

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