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ネクロマンサーは儲からない。  作者: ALP
ネクロマンサーは拒めない。
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めんつゆ

ベッドで横になりながら、腐楽愛は教えられたことを反芻する。ネクロマンシー協会、蘇生部。メイン業務は2つ。1つは記憶の解読業務。もう1つはいわゆる『種子骨(必要ないもの)』の排除。私は後者を担当することとなった。


『種子骨』とは異能になるための骨。種子骨を持った者が死ぬ。そうすると、『次の存在』として生まれたときにその存在は異能を持つ。前世の記憶を継承するとかではない。スケールが違う。異能は、社会秩序を揺るがす。誰も『次の存在』が人間だなんて言っていない。あるときは、人間の形をした何か。またあるときは、異形。


 ネクロマンシー協会は、生と死の原則を重んじる。例外である『種子骨』の記憶を含んで生まれた『次の存在』を許さない。『次の存在』を討滅する。それが蘇生部のネクロマンサー。通常の力で異常に立ち向かう者達。 


 『あちら』では通常といっても『こちら』では異常な能力。それすらを超えた力、異能。私はまだ異能、異能のもたらす厄災を知らない。


 窓からは小雨が降っていることが確認できる。外出はやめておこう。遠くのビルの赤いライトが目に映る。腐楽愛はフィアという赤い髪の女性を思い出した。彼女に私は殺されそうになった。紛れもなく事実である。


けれども、彼女は敵ではない。向けられた殺意には僅かな不純物が入り混じっていた。99.9%の殺意と0.1%の不純物。その不純物とは、愛情のような温かい感情。それを感じられたから、フィアちゃんはきっといい人なんだろう。


「フィアちゃん、か。」


「いい名前の上司ですね。おそらくその上司は、瀟洒で聡明なのでしょうね。」


声のする方に振り返る。私のベッドに座っているのは、件の我が上司、フィア・フィッツジェラルド。


「フィアちゃん。」


「なんだ、驚かないのですね。がっかり。」


腐楽愛の素っ気ない反応につまらなそうにフィアはくるくると輝く髪を弄ぶ。腐楽愛は彼女に近づき、勢いよくベッドに押し倒した。同時にフィアの左手を右手で押さえる。


「ふ、腐楽愛さんって。そういうのも・・・?ドクロ様が見ていますよ・・・?」


だめです。私は上司ですよ。慌てて腐楽愛の手を振り解こうとしたが、力が強くて解けない。少女の顔が近い。呼吸の音が聞こえる。聞かれている。腐楽愛に聖母のような優しい眼差しを向けられたフィアが緊張した面持ちで目を閉じる。彼女は脱力して抵抗を諦めた。


 そして。沈黙は破られる。腐楽愛は彼女の頬を力一杯につねった。ぎゅううううううう。〜!!!トルコのアイスばりに伸長するフィアの顔。苦痛を脳が理解して、次の瞬間、彼女は叫んだ。


「痛っ!痛ぁぁぁああ!!」


「ふざけんな!!死ぬところだったんだ!!パワハラホットラインに通報してやる!史上最高に腹立たしい!!」


「ああああぁぁぁああ!!!」


逃れるために起き上がってベッドから降りようとするフィアの背に回り込み、彼女に綺麗な裸締めを決める腐楽愛。有名なネクロマンサーが言っていた気がします。完璧に決まった裸締めは、絶対に逃れることができない、と。遠くのお母さん。お父さん。フィアは元気な部下と楽しくやっております。


◇◇◇


「あなたは、覚えていないかも知れませんが、あのとき、あなたはヤンヤン棒を出して私の攻撃を防いだんです。正しくは、切った、ですが。」


フィアは痛む首をさする。絞め落とされそうになって、首から上が上気している。私が攻撃を防いだ。思い出せない。だが、私という存在が分断されずに継続してここにいるのだから、それが証明となって納得できる。ん?ヤンヤン棒?なに?


「死ねば無意識領域の記憶の因子が読み取れます。死にますか?それとも、ぶった切って脳を解析しますか?あとは、もう一回試すとか。次こそ必ず殺してみせますよ!」


「折角の打診の数々だけれど、丁重にお断りします。」


そうですか、とフィアは残念そうにする。彼女は、あっそうだと言って、鞄をごそごそとして、何かを探し出してそれを取り出す。


「これは今月のです。はい!」


腐楽愛がまた紙を手渡される。いつも、物語は紙から始まる。その記載が私にとって利益か不利益か。何れでも、書かれた内容が予想を裏切り、驚倒させ、凌駕することくらいは分かる。都度、その内容に肝を冷やすことになる。なので、私は物凄くそれを見たくないのである。おそるおそる、少しずつ目を開けながら内容を見る。


◇今月のノルマ◇


「次の存在」の殲滅。


以上


「ん?これは?」


随分とあっさりした記載内容に拍子抜けする。今までみたいな件数ではない。もしやこれは、努力目標?頑張れ的な?


「骨拾いより、こっちの方がマシな気がするんだけど。そんなことは無いんだよね。」


「ええ。悪魔の言葉ですよ。」


フィアに聞くと、彼女は、暗いトーンでそう答えた。


「因みにこの漢字は読めますか?」


彼女が指を指したのは、殲滅の文字。


「せんめつ、だよね。いっぱい『種子骨』によって生まれた『異能』、つまり、『次の存在』を討てってこと。」


「その通り。目の前の敵だけじゃ物足りない。これは自分で探し出して『次の存在』を討てとの指令です。」


「腹立たしい指令だね。それは。」


 そう言った後に、腐楽愛は考え込む。一つだけ気掛かりなことがある。『次の存在』は生と死の例外であり、ネクロマンシー協会にとっては巨悪。ネクロマンサーはネクロマンシー協会の指揮命令に従って、協会の意向を反映させるために存在し、使役され、あるときは意図を汲んで自ら行動する。否定する気はない。


けれど、見えないのだ。全容が。ネクロマンサーとは。ネクロマンシー協会とは。次の存在とは。知らないからこそ、私には、それらが空虚に感じる。


「確実な死は誰も与えられないのです。必殺という言葉は文字通り必ず殺すってこと。死なないことを期待しているからこそ、必殺技は輝くのです。死ねという言葉は死なないから使うでしょう?」


「死に予兆はなくても過程はあります。生命を受けた瞬間、始まる秒針の僅かな動きでも。それは生きた証で、過程。そういう意味です。」


フィアはとても楽しそうに死という概念を饒舌に語る。死についての自分なりの解釈を無邪気に披露する機会は中々ないだろうし、身振り手振りを用いて説明する彼女には、狂気を感じる。


「う、うん。」


ちょっと引く腐楽愛。彼女はネクロマンサーに、死に染まり過ぎたのだろうか。


「ああ、脱線しましたね。それで、あなたも持つ『愛翫(あいがん)』についてですが。」


愛翫は、ネクロマンサーの武器のようなもの。一つとして同じ物はなく、各々がオリジナル。武器は戦闘に用いる道具だが、愛翫はその効果によっては、戦闘には役立たないものもある。所有者となる者の死を退けるために発現する愛翫には、未だに解明されていないことが数多ある。


 フィアが攻撃してきた理由。それは、腐楽愛に攻撃型の愛翫を発現させるため。強大な力による殺害。その死の未来を変えるために必要なのはそれを超越する力。生と死は隣り合わせで、その瞬間、その境界線でのみ愛翫は現れる。


「愛翫はそれ単体では、効果を最大限に発揮できません。力を供給する必要がありまして、器具を使用します。その器具とは、そうですね。」


指で長方形を描くフィア。


「例えるなら、モバイルバッテリーみたいなものです。買ってすぐに充電できますよね?あれ。最初だけは。愛翫も発現した瞬間は微量のエネルギーが含まれているんです。でも、使用できるけれど、本来は常にエネルギーを供給する必要があるんです。」


「いや、あれも充電しているだけ。別に最初からエネルギーが詰まっているわけじゃないよ。工場で電池が劣化しないようにギリギリの電力を入れているらしいよ。」


「えっ。」


「えっ。」


そうなんだ、と恥ずかしそうに赤面するフィア。顔を両手で覆い沈黙する。


「『こちら』のモバイルバッテリーはそうなんですね。話を戻しましょう。こう何度も脱線すると、何を伝えるのかさえ忘れてしまいます。」


『あちら』のモバイルバッテリーが気になるところであるが、業務の詳細説明という彼女の仕事を邪魔しないで、全うさせてあげようと腐楽愛は口を慎んだ。そもそもバッテリーに『あちら』も『こちら』も無いような気がしたが、慎んだ。


「我々はその供給を受ける力を電力と呼んでいますが、正確には電力ではありません。でも、そんなことは些細なことです。それよりも、覚えて頂きたいのは、電力が協会の承認を以って供給されるということです。はい、一旦、質問コーナーです。腐楽愛さん。」


手も挙げていないが、一般の黒髪の少女が指名される。疑問を持っていることが、彼女には推察できたのだろう。とりあえず、手を挙げてみる。考えてみると、フィアはやたらと、無駄な動作が多く、そこに愛らしさがある。この上司は、どんなに職位が上がったとしても、フィアちゃんなのだろう。


「はい。その器具ってどこにあるの?」


「私達のことですよ。」


質問を予見していたかのようにフィアは即答した。


「愛翫を出せる空間、即ち『あちら』全域と『こちら』の擬似空間。そこでは、力の供給は先ず、器具たる私達に流れて、愛翫へと向かう。協会からの電力の供給量は皆同じ。でも、その器が他者よりも大きいとしたら。」


「優秀なバッテリーであることが強いネクロマンサーの必須条件ってことだね。」


「そうなりますね。」


器具。それは私自身。協会より電力を得て愛翫を操る者、ネクロマンサー。協会の要請に従ってのみ力を行使することができるということか。その不自由さを理解して、腐楽愛は呟いた。


「腹立たしい。」


「そうですか?あなたには無限の可能性があるというのに。出てきたヤンヤン棒にも。」


話ながらフィアは部屋にあるミニ冷蔵庫からペットボトルを取り出した。喉が渇いたのだろう。


「そのヤンヤン棒って・・・あっ!それ私のお茶!」


「いいじゃないですか。一本くらい。暑いし。今度何か奢りますよ。」


フィアはゴクゴクと喉を鳴らしてそれを一気に飲んだ。液体が喉を通過しても、何故か得られない清涼感。これは?


「私のお茶・・・じゃなくて。めんつゆ。」


ブフォッ!大量に飲んではいけないと察知した身体が拒絶し、まだ口にあった分を噴き出した。


「ゲホゲホゲホ!もうちょっと早く言って下さい!なんで、自分の部屋の冷蔵庫にめんつゆなんて入れているんですか!?可笑しいでしょう!?」


「さて・・・可笑しいのは、どっちでしょう?」


フィアがハッとする。腐楽愛の顔や髪から液体がポタリ、ポタリと。彼女からは、めんつゆのいい匂いがする。そうだ。今日はお蕎麦にしましょうか。


夕飯の献立を決めた刹那、フィアに腕固めが決まる。


「あああああああああぁぁぁああ!!!お、折れるぅ〜!!!!」


「・・・なんだか騒がしいなぁ。でも腐楽愛、楽しそうだ。」


キッチンで腐楽愛の父は蕎麦を茹でながら、呟いた。鍋からはぐつぐつと音がする。湯気で眼鏡が曇る。湯気によって失われた視界の中、父は蕎麦の硬さを箸で確認する。うん。あと1分くらいで完成。


「おーい。腐楽愛〜。ちょっときて。」


腐楽愛が父に一度リビングに呼ばれる。


「はーい。ん、ちょっと行ってくるね。フィアちゃん。」


「は、はい。」


腕固めとその痛みから解放されたフィアは安堵した。今日はもう伝えることは腐楽愛に伝えたので、帰っても良かったのだが、部屋のものを何か汚損してしまったかも知れないとの申し訳なさから、フィアはまだここに留まることにした。


 圧倒的な暴力によって、先ず私の罪は清算されたのでは、とも考えましたけどね。腐楽愛さんが怒るのは無理もない。私に殺されかけて、更にはめんつゆを顔面にかけられたのだから仕方のないことです。


 でも。ちょっと怒っただけで、全てが清算された気になっているのは、彼女も同じ。私は、彼女の優しさに甘えていたのかもしれないですね。ネクロマンサーである以前に、まだ純粋な少女であることを失念していました。心の底からの恐怖を感じたことでしょう。私は死や殺しの意味を軽んじていたかもしれません。


慣れって怖いですね。私が配属されたときは最初、どんな気持ちだったんだろう。どんな葛藤があって、乗り越えて忘れたんだろう。私も『こちら』の住人だったのに、『あちら』の住人として振舞うようになってしまった。


急に1人になったことによって冷静に振り返るフィア。自分の新人時代を思い出す。大変でした。紆余曲折という一言では、言い表せないほどの苦悩がありました。厳しい世界です。


でもあなたなら大丈夫だと信じます。だから腐楽愛さんの好きなようにやらせます。私は彼女にとっての嫌な上司には絶対になりたくない。あの頃は大変だったとか言って、自分が体験した苦労を無理矢理に味合わせる上司なんていらない。困ったときには、頼ってもらいましょう。それだけでいい。


足音が近づいてくる。そして、ドアが開く音。腐楽愛が戻ってきて、フィアに伝言する。


「父がお友達もご飯食べていったらどうだ、とのこと。」


・・・腐楽愛さんのお父さんは私を認識できるのですね。


「いいんですか?迷惑じゃないでしょうか。」


「蕎麦もう3人分茹でちゃったって。」


「わーい!早くいきましょう!腐楽愛さん!」


「・・・うん。」


腐楽愛の手を取り、それこそお友達のようにフィアは下の階のリビングに先陣切って向かった。腐楽愛にとっても父以外の人を交えての夕食は久しぶりであった。


「フィア・フィッツジェラルドと申します。腐楽愛さんとは親しくさせて頂いております。」


「ああ、これはどうも。腐楽愛の父です。娘がお世話になっております。こちらに座って待っていて下さいね。」


互いに畏まりながら、定型じみた自己紹介を終えて、フィアと腐楽愛はテーブルにつく。

そのやり取りを見て、父とフィアがとても大人に感じた。感心していると、父が料理を運んできてくれた。


「はい。どうぞ。」


暖かい蕎麦。かまぼこが猫ちゃん。父の自家製である。この意欲を別の所に活かして欲しい。


「これはこれは。美味しそうなお蕎麦ですね。ありがとうございます。ご相伴に預かります。」


「礼儀正しいお友達だね。」


「あー、ネクロマンサーの上司だよ。」


「ああ、そちらの。腐楽愛をどうかよろしくお願いします。それでは。冷めないうちに。」


「「「いただきまーす。」」」


ずぞぞぞぞ。啜る音は嫌いじゃない。日本人に蕎麦を啜る文化があるなら、嘲弄するのは私の流儀に反します。それならば。


ずぞ、ぞぞ。難しい。けれど美味しい。食べながらフィアは思考を巡らせる。娘は躊躇い無く、ネクロマンサーという言葉を使った。父も当然のように受け入れる。ネクロマンサーだということは家族においても内緒である場合が大多数。そもそも、素質がなければその存在を知覚できない。


「美味しいです。とても。懐かしい感じがします。腐楽愛さんのことは任せて下さい。彼女は力のある方です。ところで、お父さんは腐楽愛さんがネクロマンサーということを知っているんですね。」


「ええ。私がなるべきだったんですけどね。ネクロマンサーを志願したのは私ですから。適性がありませんでしたので。守ってあげられないのが残念です。」


この人は、秘密を知っている。それ故の言葉。優しさとやるせなさを感じる。


「適性ならありますよ。腐楽愛さんの父としての。」


この小さな安寧だけは守ってあげたいのですけれど、まもなく音もなく崩壊するでしょう。彼女に生き様を変えざるを得ない場面が訪れます。


あなたが手にしているのは、剣。


決意とは剣を持つことではありません。


剣を捨てるほどの高尚な覚悟です。


これは『こちら』から放逐された私が辿り着いた見地です。それを腐楽愛さんが理解したならば。


あなたの光源の眩しさにあなたを退ける闇はきっと畏怖することでしょう。

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