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ネクロマンサーは儲からない。  作者: ALP
ネクロマンサーは拒めない。
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フィアー

待望の一枚の紙の飛来。昨日とは色が違う。黒い紙。それは夜8時頃に突然、現出した。天井に。ポスターを貼った覚えはない。貼っていないのに、最初から貼ってあったみたいに存在している。私はこれだと確信した。


朽ちた花の花弁が死を知らせるように、今にも落ちてきそうだ。健気に私が受け取るのを待っているのか、浮遊を持続している。紙が意思を持っているかのごとく、海月みたいにふよふよ漂う姿は可愛らしい。手を伸ばすと紙は役目を終え、重力に従って少しずつ下りてくる。


まだ手元には届かないが、この距離なら目視で確認できる。その黒い紙には白い文字で「今から行くよ」とだけ書かれていた。手書きなのか文字は全体的に丸く味がある。憚らずに言えば、汚い。その紙がもうちょっとで私に届く距離に近付いてくる。


「あー!持っちゃだめー!!」


「えっ。」


紙から注意を受ける。しかし、喚起は意味を為さなかった。腐楽愛は慌てて捨てようとしたが、間に合わなかったのだ。紙は黒い煙に包まれて、人型を形成する。


直ぐに煙が晴れて、腐楽愛の身長プラス1メートルから現れた女性が落下し、腐楽愛の首に腕を絡めながら抱きつく。顔が埋まり窒息しそうになる。


「ぐえ。」


柔らかくて・・・重い。バランスを崩して一緒に倒れ込む。


「痛てて・・・。ごめんね。だから言ったのに!」


 謝罪と叱責を同時に受けた経験は無く、返答に迷うも、私は謝罪を選択することにした。謝罪の相手方は見覚えのある衣服を身につけている。勿論、全体的に黒い。でもこれは、ネクロマンサーの衣装ではなくてリクルートスーツだ。


 顔からは判断できないが、衣服から察するに彼女との年齢は少なくとも5歳は離れている筈だ。そして、こちらの世界で生きていくには、些か不自然さを彼女から感じる。赤。その肩くらいまでの赤い髪には光沢がある。光沢とは光の反射であるが、その髪は、自らが光を放っているように輝いている。また、瞳は竜の眼の様。紫色した深淵に吸い込まれそうになる。


宝石を眺めるように、彼女を見る。綺麗だ。綺麗で、柔らかくて。


「重い。」


「重くない!」


発言を否定して赤髪がスーツの埃を払う仕草をしながら立ち上がる。私もようやく立ち上がることが出来た。腹立たしいようで腹立たしくない。何故ならあの柔らかさは癖になるからだ。赤髪が咳払いをして話出す。


「こほん。それでは、気を取り直して。ネクロマンシー協会のフィア・フィッツジェラルドでございます!」


「フィアちゃん。だね。」


フィア・フィッツジェラルドと名乗るこの女性を腐楽愛は親しみを込めて呼んだ。フィアちゃんと。勿論、初対面である。


「フィアちゃんって!私はあなたの上司ですよ!?なんでみんなフィアちゃんって呼ぶんですかね・・・?」


理由は何となく分かる気がする。背は私より少し低く、彼女には愛くるしい少女さが滞留している(局所的に大きい)。これをフィアちゃんと呼ばずして何と呼ぶのか。だから。


「よろしく。フィアちゃん。私は西行腐楽愛。」


「もうそれでいいです!但し、敬意は払うこと!・・・はあ。」


フィアは溜息を一つ溢し、自身の呼び名の訂正を放棄した。円滑な会話の進行を優先させるために。早く大切なことを説明しなければいけないのだから。彼女は些細なことには構わず業務を遂行することにした。


「それで、ひらめさん。」


「腐楽愛!ふ・ら・め!」


「えっ?確かに名前はひら・・・。」


フィアはスーツから取り出した手帳を確認し、誤りを理解した。そして「ひ」だか、「ふ」だかわからない発音でもう一度彼女の名前を呼んだ。


「それで、フュラメさん。」


「腐楽愛。」


冷たく切り捨てられる。言葉だけでなく、フィア自身も斬り付けられるような感覚。これは怒り。向けられている。彼女は怒っている。秘めたる刃の鋭さは未知数。先程、紙に手を伸ばしたのも、『あちら』と『こちら』の情報乖離に直ぐに気づいたから。選ばれるのも当然だとフィアは思った。


「ふ、腐落愛さん。」


「ん。なあに?」


怯えるフィアを見て腐楽愛に新たな感情が芽生える。


これは、加虐心?


◇◇◇


「改めて。説明します。」


「はい。どうぞ。」


 腐楽愛がフィアに司会進行を促すように手のひらを上にして右手を差し出す。


「では。伝達に言葉は必要ありません。だから音吐もいりません。」


「手短にね。」


研修用のDVDかな。眠くなるんだよね、ああいうの。腐楽愛は昔バイトで視聴させられた動画を連想して、表情筋を痙攣らせ、面倒くさそうにした。


 ぼう。フィアが右手の人差し指から漆黒の火を灯す。それは指に灯る火は蝋燭のようで、その漆黒は周辺の光を徐々に奪っていく。段々と勢いを増して、遂には隠滅の炎となる。遂には、遂には。私が視認できた小さな現実を燃やし尽くした。世界が黒に包まれる。そして、空間は無限の黒に拡張していく。何もない空間に腐楽愛とフィアの2人。


 ここは『あちら』の一部です。というのがマニュアル上の説明ですが、腐楽愛さん。あなたはおそらく疑うでしょう。ええと、要素と説明したら良いでしょうか。『あちら』の要素を展開して、擬似的な空間を『こちら』に創り出しました。移動はしていない。そのことに気付いているあなたは高い能力を持っていると推察できます。


「まじですか。ところで。それ、どうやるの。話さないで伝えるやつ。私もやりたい。」


 じきにできるようになりますよ。自分の意識を伝えたい人に流し込むイメージですね。『こちら』の人は投げるイメージが定着しているから、慣れるのに3日くらい掛かるらしいです。最初は一文字しか伝えられなかったり、余計な情報まで発信したりしますけどね。ふふ。


ば「かにしてる」?


カニさんですか?ふふ。いえ。そんなことはありません。続けますよ。あなたの居る世界を『こちら』と設定した場合、『あちら』は自分の居ない世界となります。『あちら』の説明は追々します。


手短にね。


わかってますよ!ってあれ?


◇◇◇


これを見て下さい。


フィアはスーツのポケットから物理法則を無視して、異界の巨大スクリーンを取り出した。


おお!凄いじゃん!


そうでしょう、そうでしょう。あれ、接続が上手くいきませんね。ちょっと待って下さい。ケーブルはこっちの穴?ではこのケーブルは?リモコン、3つあるけど、どれ?


ああじゃない、こうじゃないとケーブルを挿したり引っこ抜いたり、リモコンのボタンを押してみたりしている。あっ。こっちか。フィアの奮闘の末、ようやく、映し出される映像。


おつかれ。黒色の世界の侵食はやけに壮大な演出であったし、巨大スクリーンも確かに驚いた。しかし、これからすることは要するに研修用DVDの視聴と変わりない。そう捉えて、腐楽愛は退屈そうに地べたに足を組んで座る。


「よくわかるネクロマンサーのお仕事。こんにちは。」


こんにちは。軽く会釈する。横暴ぶってみても、やはり性格は真面目。フィアはクス、と腐楽愛を見て笑った。


「いきなり異動が決まったあなたは緊張しているかもしれません。落ち着いて下さい。この映像を見れば、あなたが何をすべきか理解することができます。わからなければ、上司に確認して下さい。あなたの上司の仕事はあなたの疑問を解消することです。安心して聞いて下さいね。」


✳︎ですってよ、フィアちゃん。


チラッとフィアを見て腐楽愛はニヤリと笑う。


✳︎映像に集中して下さい!当然です。私はあなたの上司ですから。初めての部下ですから。


そう伝えて、フィアは映像を目的のシーンに切り替える。


「蘇生部に異動したあなたへ。」


スーツを着た男性と女性のオフィスでのワンシーン。


「あなたは蘇生部に異動してきました。上司から業務の説明を受けます。」


「今日からよろしくお願いします。まずは蘇生部が何を業務とするかの説明をします。」


「はい!よろしくお願いします!」


「元気で良い返事ですね。では見ていきましょう。」


文字が表示される。


蘇生部の業務

①記憶の解読業務


「あなたの世界から送られてきた記憶を所有者ごとに仕分けます。記憶の帰属者(所有者)を特定するのは途方もない作業です。記憶を揃えられたときには達成感を得られます。」


「やりがいのある仕事なんですね。」


映像の女性の発言に腐楽愛はしかめっ面をする。


✳︎えっ。やりたくない。絶対嫌なんだけど。やりがい?いらないいらない。


✳︎安心して下さい。解読は腐楽愛ちゃんの担当ではありません。次のが腐楽愛ちゃんの仕事です。


腐楽愛はほっと胸を撫で下ろす。これをやらされるくらいなら拾いますよ、骨。なんだ。解読じゃなくて次、ね。


②いわゆる『種子骨(必要ないもの)』の排除

情報開示レベル3。進みますか?


字が赤い。情報開示レベル?嫌な予感がする。フィアの方に目をやるが、彼女はヘタクソな口笛を吹きながら、目を合わせようとしない。


ピッ。フィアがリモコンのボタンを押す。


本当に進みますか?


ピッ。


◇◇◇


空間が色を取り戻す。黒の空間が現出したときよりも早いスピードで。同じ経過時間なのに向かうときよりも、旅の帰り道が早く感じるのは何故だろう。腐楽愛が考えている内に世界は完全に復元された。『あちら』への擬似渡航が私達の住む『こちら』がこんなにも彩色に溢れた美しい世界であることを教えてくれた。


「・・・というわけで。やるべきことは分かりましたね?」


戻ってきて、開口一番にフィアが腐楽愛に問う。やるべきことを果たしたという満足気な表情で。


「いやです。」


即答した。問いの答えとしては彼女の発言はちぐはぐだが、明確な拒絶の意思表示であった。理由は勿論、情報開示レベル3、いわゆる『種子骨(必要ないもの)』の排除業務の内容を聞いたからだ。わざわざ空間で映像を流した訳が分かった。常識を覆す程の機密情報だからだ。それに加担、いや携わる、巻き込まれるのは御免である。


 種子骨とは機能のない先天性の骨をいう。骨と血肉で構成された人間。骨には記憶が宿っている。記憶は『あちら』へと飛んでいく。その記憶が貯蔵庫に満たされたならば、記憶は洗浄されて、全く別の人間として『こちら』に生命を宿す。これが、腐楽愛が知っていた全部と言っていい。


 種子骨には所有者がいない。無作為に人間に混じっている。通常、所有者の骨を100とした場合、抽出される記憶は100。所有者のない種子骨は記憶のプラス1と考える。骨100と記憶101となった人間がどうなるか。


『こちら』で先天性の種子骨を持った人間が生まれ、そして死ぬ。全部が直ぐに集まる訳ではない。記憶は砂時計の砂粒のように、じわじわと集積してゆく。僅かな砂でも上に残っているなら新たに生まれることはできない。紆余曲折は無視したとして、『あちら』で記憶が101となり、『こちら』に産み落とされた存在は・・・存在してはいけない。


先程の問いの答えは、異能を得る。


「気持ちは分かります。ちなみにですが。こちらが給与体系になります。」


フィアが腐楽愛に紙を差し出す。また紙か。辟易する。ろくな内容が書かれていない。手に取って疑わしい目つきで内容を読む。読んで、彼女の目が見開く。さ、さん・・・!?


「やります!いやー。やりがい感じちゃうなー!あー働きたーい!」


腐楽愛の熱い手のひら返しにフィアはやれやれと呆れたポーズを取る。


「現金なド畜生ですね。素晴らしい精神性です。見上げた根性です。ふう。やっと言質が取れました。最近は『あちら』でも『こちら』でも法令遵守が叫ばれている社会。異動に異論は認められないと記載されていましたでしょう?でも、その実、同意が必要でして。」


フィアが腐楽愛に笑い掛ける。しまった。良くない予感がする。嵌められたかも知れない。後悔先に立たず。反射的に同意をしてしまった。


「ちょっ!待って。・・・待てぇええ!撤回!ノーカン!ノーカン!」


「いやです。」


焦り取り乱す腐楽愛に非情なフィアの一言。撤回権はなかった。


「へっへっへ。西行腐楽愛さん。いえ、ネクロマンシー協会、蘇生部所属、公認ネクロマンサー、西行腐楽愛さんですね。」


フィアはポケットからスマートフォンのような通信機器端末を取り出す。電話の相手方は不明だが、『あちら』の住人だということくらいは分かる。


「おつかれさまです。はい。はい。では申請します。」


フィアが続ける。


「契約に従って情報開示レベル4の情報を開示。伝達手段は、研修を選択。指導者は私、フィア・フィッツジェラルド。」


「申請が承認されました。」


どこからか、『お風呂が沸きました。』みたいなアナウンスが流れる。ザァァとノイズのような音がする。また、あの黒い空間に染まる。どうやら、あの空間は協会の承認を得たとき、限定的に使用が許されるらしい。


「おお!承認が早いですね。タイミングが良かったのでしょうか。では。これより、新人研修を始めます!異論は、認められません!」


世界は再び黒く染まる。フィアはスーツのポケットから、先端が龍の頭の形をした大きな杖を取り出した。龍の口は紅い球体の石を咥えている。美しい形状と装飾品をもっと近くで見せて欲しいと思った矢先、彼女は炎を纏うその大きな杖を少女に向けた。


この空間では如何なる行為も罪に問われません。異能とは。この世界に存在してはいけないもの。私は今から攻撃しますが、その攻撃は異能によるものではありません。残念ながら、私達は異能を使えません。だから、これからすることは、ネクロマンサーにとっては通常の行為です。備わった技術です。個人差はありますが。フィアが言葉を伝達する。


 向けたのは杖だけではない。殺意も一緒に向けられている。瞳には感受性のかけらもない。ガラス細工のような瞳。視線は私を貫き、通り越してずっと先にある。杖に光が充填される。狼狽する腐楽愛が真意を確かめようとする。


フィアちゃん?本気?


マジ中のマジ、です。安心して下さい。私はあなたを殺します!なので死ぬ気で防いで下さい。防げないと確実に死にますからね!距離を取った方が良いですよ。発射以前に圧死します。


それを聞いた腐楽愛が向けられた殺意から逃げるために、実際にも走って距離を取る。室内なんだから、靴を履いていない。床は大理石のようにツルツルして走りにくい。力の充填を終えた杖の先端が更に眩しく光り、攻撃を明確に示した。フィアが叫ぶ。


「いきます。せーの。発射ぁぁぁああ!!!はい!あなたは死にまぁああすっ!!!どうか・・・死なないで!!」


轟音が鳴り響く。ドォォォン?轟音だからゴォォンかな?そんな衝撃音が鳴って杖から現れたそれが射出された。腐楽愛目掛けて綺麗なロケットスタートを決めたのは、本物のロケット。彼女に与えられた試練はそれを防ぐこと。剣よりも銃よりも強い。


「どうやってだよ!やだ!やだ!死にたくない!防ぐ方法、方法。ああ、もう!せめてマニュアルをよこせぇええ!!社会人だろぉおお!?死んじゃうよ?死んじゃうよぉ!!」


腐楽愛に向かって放出されたロケットが迫りくる中、彼女は叫んだ。叫びの途中でその声は掻き消される。ロケットの爆発によって。


バァァアアアアアアン!!


着弾。発射時よりも大きな音と衝撃に私の意識は断絶する。金属片と火炎の雨が降り注ぐ。そして、巻き上げられた後塵と大量の煙によって舞台は暗転する。着弾した先は私?それとも?


 空間は形状記憶で元に戻りたがる。空間の性質。硬くて冷たいが強い衝撃を受けると軟性を持ち、圧力を受け流す。煙が晴れたとき。死体は無かった。死体の代わりに横たわる腐楽愛を発見したフィアは嬉しそうに言葉を掛ける。


 やりましたね。腐楽愛さん。フィアは地面に座り、腐楽愛に駆け寄ると、彼女の頭をひざに乗せて優しく髪を撫でる。合格です。お祝いです。永遠の眠りの代わりに束の間の眠りをプレゼントしましょう。握り締めているそれがあなたの一生の相棒。名前は・・・。私が名付けてあげます。あなたはこれで正真正銘、初めての部下ですから。


 フィアは杖をしまい、ペンを取り出した。彼女が空に書いた文字がそれに貼りつく。


『yanyan -falchion(ヤンヤン・フォールシオン)』。


我ながら素晴らしいネーミングセンス。誇らしさにフィアは自分を称えずにはいられなかった。

 そう。フィア・フィッツジェラルドには命名のセンスが壊滅的に無かった。


 煌く銀色の大剣。鱗粉みたいな小さな光が剣を中心として漂う。腐楽愛は寝ながらも、その大剣を離さない。大剣もといヤンヤン・フォールシオンを手にしたことによって、西行腐楽愛の本当のネクロマンサーとしての人生が始まった。

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