父さんな。今日からネクロマンサーで食って行こうと思うんだ。
水脈の跡を指でなぞる。かつては豊富な水があったのだろう。別に想いを馳せているわけではない。事件の手掛かりを探しているわけでもない。僅かに残る水が壁を伝って、ポタポタと落ちる音が聞こえる。ポタリポタリと荒廃の音がする。
地面には骨が散乱している。大きなものも小さなものも。これらもまた、命の形跡である。
ここは溜まった地下水を求めた動物達の生活の中心であったのだろう。
落ちているパーツが多すぎて、元の生命の形に戻すことはできない。骨接ぎは私の仕事でないし、できる訳がない。弔うというのも苦手。この行いには、無機質さを感じる。
そう感じるのは、私に人の心が無いんじゃなくて、こいつらが生きていた記憶や感情を知った気になって慰めることに嫌気がするから。だから、この行いは私にとって日常の中の一つの作業でしかない。と思うようにしている。
大骨、小骨を集め一箇所に集める。骨が折れる作業だが、これ以上に破損させないように丁重に扱う。骨が折れないように少女は何度も往復し、優しく運ぶ。骨には所有者の断片、記憶が詰まっている。こういったバラバラになってしまった骨は申し訳ないけれど、まとめて。せめて目に映る骨は全て拾い集めて。そして、それが終わったなら。
記憶を天に還す。
「再び生を受けるためには、記憶の貯蔵庫を満たさなければならない。いつしか、貯蔵庫が満杯になり、新たな姿で死が骨と記憶を別つときまで。即ち、それが、その状態が、蘇生。」と、暗記させられた。ちなみに通信教育テキストに書いてあった。
少女は骨に手を翳す。光が胞子のように骨から生み出されていく。正確には、骨と記憶を分離して、上へ上へと記憶の光を浮上させているから失われている。
ゆらゆらとふわふわと天に光が登っていく。天井にぶつかることなく、視界から消えていく。幻想的?いいや。見慣れれば眩しいネオン街のよう。騒がしさを連想する。
骨の記憶が離脱し終わると、物質は役目を終えて、朽ちる。こちらにあった記憶があちら側に移転し、記憶が100%、あちら側に。その状態が本来のあるべき姿。生と死の大原則。そうなれば、物質たる骨は、存在することを諦め、消える。未練とは霊として現れるのではなく、骨に残るのである。
骨からの光の放出がなくなる。
「終わった・・・。帰るか。」
疲労が発声させた少女の呟きは、洞窟で反響するまでもなく、消失する。
コツコツと革靴の音を鳴らして、気怠そうに帰路を歩く。この場ではスニーカーの方が適しているが、正装で行うべしという厄介なしきたりがある。
グレーの半袖ワイシャツに黒いネクタイ。同様に黒いハーフパンツ。ハーフパンツは革製で全くもって汗を吸収しないから夏の季節との相性は最悪で、気持ち悪いことこの上ない。・・・腹立たしい。
この衣装のどこに、格式高さがあるかは分からないが、儀礼は重んじるべきという少女の変に生真面目な性格が足への疲労を誘ったことについては彼女自身も後悔している。
・・・腹立たしい。
骨と記憶の分離。骨に付着した記憶のことを魂と呼ぶ者もいる。これがネクロマンサーと呼ばれる者の仕事の一つ。一般にネクロマンサーと聞いて、何を想起するか?
死者の蘇生?スケルトンの使役?
迷信である。というよりは、死者の蘇生については、限定的にはできなくもないが誰もやらない。
限定的には。つまり条件がある。
それは、骨が現世に全て揃っていること。魂が「あちら」に全て揃っていること。かつ、蘇生をネクロマンサーが行う際に精神が緊急の事態により焦燥しており、明白に蘇生が必要だと感じていること。
要約すると、蘇生したい者の骨が全部あって、本当にピンチなときにはできるらしい。
勿論、誰もやったことがなく、実現可能性が無いなら、当然に私は知らない。だから、それは迷信であると断言できる。私は蘇生をしたことがなければ、周りにも蘇生を行なったというネクロマンサーは聞いたことがない。
例えば、この2025年において、核兵器のスイッチは押されていない。そういったレベルの話である。
どこかには骨身を惜しまずに蘇生の研究をしているネクロマンシー機関があるとは聞いたけれど。少なくとも私は知らない。だから、それは存在しない。それでいいや。少女はリアリストであった。
自分にも蘇生したいと思う人がいるだろうか。それは、今のところ存在しない。知らない。
「はあ・・・。毎月のノルマはこれで達成。」
洞穴から出た少女は溜息をついた。
天然の光を浴びたのは3時間ぶりだ。ネクロマンサーにとって、昼とか夜とかは関係ない。ノルマがあるなら達成しなければならない。タイムカードもなければ、有給もない。とんだブラック企業である。ボランティアは素晴らしい行いだと思うし、小銭があれば募金だってたまにするが、だからといって、対価に見合わない労働を課せられている現状を受け入れられるかというとそれは別の話である。
今回は月末のギリギリまで掛かってしまった。来月の月初からは精力的に活動しよう。そんなことを毎月考えている。この思考を繰り返す。思い立っては諦め、また繰り返す。それが人間の性である。
・・・って!おい!
山を降りた少女は帰りのバスの時間表を確認して驚愕する。
「2時間後。」
もう一度、顰め面で時間表を凝視したあと、少女は肩を落とす。周りには何もない。いや、一つ。視界にギリギリ映る自動販売機。陰鬱な気分を爽快なコーラをゴクゴクと流し込んで解消したい。日差しもまだ照りつけている。腹立たしい。
向かうしかない。ネクロマンサーの危機である。
自動販売機のジュースを買うために、坂道を登る。山を降りた少女は再度、コンクリートの築山を登る。
地球の引力をと疲労を感じながらも喉を潤すために、歩き続ける姿はまるで、砂漠の遭難者。自分の惨めさに泣けてきます。
「腹立たしい・・・。」
現代において。
ネクロマンサーは儲からない。
◇◇◇
ようやくバスに乗ることができた。結局、2時間28分の待ちぼうけをくらった。過疎地で28分は誤差の範囲である。車内を見渡しても、乗客は私1人以外に誰もいない。中は空調が効いており、涼しい風が車内に行き渡る。平静を取り戻す。待機と灼熱という拷問からの解放に多幸感を得る。滝のような汗が引いていく。
さて、眠るには心地よいのだが、人のいない静けさはより一層に蝉の音を強調して、睡眠を妨害してくる。私は神経質なのだ。ノイズキャンセラー付きのイヤホンは半年前に無くしてしまった。高かったのに。コードレスイヤホンには無くさないようにコードを付けたらどうか。自分の天才的発想が恐ろしい。
こんなにも快適なのに私は寝付けずにくだらないことを考え続けている。眠りたいのに中々寝れず私は苛立ちを覚える。
それでも、変わらない景色に抱くアンニュイさが勝り、退屈が少しずつ思考を奪い、私の視界がぼやけていく。次第に景色も音も、気にならなくなって、ついに眠りに落ちる。なに、乗り過ごしても終点は家の近く。最悪、その地点から歩けばいい。だから、眠りの誘引には従うことにする。
そして、あの時の夢を見る。あれは4年くらい前の出来事。
過去の私だ。夢の世界は今の私を無視して、進行する。
私は西行 腐楽愛、13歳である。ネクロマンシーではまだない。どこで生れたか・・・確か、地元の病院。住まいは典型的な田舎。絵に描いたような田舎です。家からコンビニは7キロ先。コンビニの駐車場がデカい。
待てよ・・・?近々、カメダコーヒーができるらしいから都会かも知れない。そもそも、当時も今も都会を知らない。おそらく、カメダコーヒーやキンタッキーが沢山あるのだろう。憧れてしまう。欲望の渦巻く都会。
13年生きて、死を実感することはない。生を実感することもない。何故なら、仰天するようなイベントを体験したことがないからである。生や死を実感するとは、自身が生や死に触れることに他ならない。
精々、転けて痛かったくらいしか覚えていない。普通とは恐ろしいものである。人は普遍性が失われたとき、初めて大切さを知る。歯痛みたいなものだ。それくらい普通だったのだ。私と私を取り巻く環境が。
そんな普通の13年間はある日終わりを告げた。
今日と同じような蝉の素敵なサウンドと茹だるように暑い夏の日に、腐楽愛は体験することになる。
生と死の祝福を。
・・・。
と、何か壮大な物語がありそうであるが、実のところ、何もない。壮大な物語も強大な敵も究極の使命も。ない。ないったらない。今の私は知っている。
あの日のことは覚えている。今でも思い出すと腹立たしい。冷気を求めて、学校から家に帰ってくると、リビングのテーブルに朝、会社に行ったはずの父がいた。妙に溌剌とした様子。父が何故この時間に家に?不自然に思い腐楽愛が問う。
「ただいま〜。あれ、会社は?」
「おかえり、腐楽愛。父さんな、話があるんだ。」
「私に?」
手を洗い終えて、買ってきたバニラアイスを食べるためのスプーンをキッチンで探す。私はアイスを食べるときは、銀のスプーン派なのだ。アイスを銀のスプーンで食べる。それは拘りであり儀式であり、私にとっての大好きなアイスへの最大の敬愛だ。
「おかーさーん、スプーンは?」
母を呼ぶが返事がない。ただの留守のようだ。少しの可能性に賭け、再度呼ぶ。
「おかーさん?」
やはり返事は返ってこない。出かけているのだろうか。尚更、父がここにいる理由が分からない。
「・・・お母さんには席を外してもらった。」
いつもの父が絶対に見せることのない神妙な顔をしている。腐楽愛もこれはただならぬことだと思い、急いでアイスを冷凍庫にしまい、テーブルの椅子に父と向かい合うように腰掛ける。
「話って?」
「実はな。」
ごくり。唾を飲む。まさか。不況の煽りというやつ?真っ先にお父さんが肩を叩かれそうだもんね。晩ご飯のときにはいつも窓から見える景色の話ばかりしていたもん。
・・・ってそうだとしたら、学校はどうなる?こういう時はどんな言葉を掛けたらいいの?頑張れでいいのか?
思考の迷路で迷子になる私。問題はこの後だ。私を困惑させる予想を上回る驚きの発言が父から飛び出す。
「父さんな。」
「うん。」
「父さんな。今日からネクロマンサーで食って行こうと思うんだ。」
「うん。・・・は?」
意味が分からなかった。母も同じ気持ちだっただろう。憤怒を通り越して、意味不明である。脳内データベースが機能しない。母は帰ってこなかった。今も席を外したままである。
後に分かったのは、ネクロマンサー業の雇用契約を結んだ父にその資格がなかったこと。父が自分に感じていたネクロマンサーとしての力は、私から発する力の残り香のようなものであったこと。
確かに私にネクロマンサーの適性があるという事実には驚いた。しかし、もっと驚いたのは、契約不履行をした場合、財産の全てが差押えということである。他にも不利益なことが盛り沢山。契約書の定めに従い、父の代わりに、仕方なく私はネクロマンサーとなった。これが経緯である。腹立たしい。
ところで、ネクロマンサーの主な業務は今日のような骨集めである。というか、未だに骨集めしかしたことがないんですけどね!
「腹立たしい・・・。」
他に乗客のいないバスの中でひとり、腐楽愛は寝言を呟いた。
それが2時間前。このバスが周回バスで、乗り込んだバス停で目が覚めたときには、呪術でも習得してやろうかと思った腐楽愛であった。辺りはすっかり暗くなっていた。私の心と同様に。夜です。紛れもない夜です。ああ、本当に。
「本当に・・・腹立たしい!!!」
◇◇◇
遠路からなんとか帰宅した腐楽愛はまず、シャワーを浴びることにした。玄関に父の靴はない。「こんにちワーク」にはちゃんと行ったのだろうか。「こんにちワーク」とは職業案内所の名称である。
前の会社で突然、ネクロマンサーになるとタンカを切った父は、現在進行形で求職中である。会社を辞めてからも、ネクロ係長の異名は社内で語り継がれていると、自慢げに話してくる。全くもって腹立たしい。
嘲笑と侮蔑を名誉と勘違いしている。現代のドンキホーテ・デ・ラ・マンチャである。
当然だが、社会はネクロマンサーを許容しない。つまり、存在しない。
疲労を取るには湯船に浸かった方がいいのだが、汗ばんだ身体と汚染された心を一刻も早く洗い流したいという気持ちが先行し、湯を沸かすことなど微塵も考えなかった。
脱衣所で衣服と下着を脱ぐ。ベルトの金属部分がガチャガチャとうるさい。外せた。そのまま、それらを洗濯籠に放り投げて、浴室に入る。
シャワーの出るレバーを捻り、冷水がお湯になるのを待つ。暑いとはいえ、冷水をいきなり被るのには抵抗がある。次第に温度が上がり、丁度良いくらいになったので、待望の温水を浴びる。42度と夏にしてはかなり熱い温度だが、腐楽愛はこの温度が自分にとって最適だとシャワーの度に思っていた。至福の至高の至極のシャワーが暗黒に染まった私を洗い流す。
今日は厄日だった。
・・・訂正。
今日も厄日だった。ネクロマンサーになってからは毎日が厄日だ。良いことなんて一つもない。平日は高校に行き、土日は骨拾い。ノルマが未達になりそうなら、平日も放課後に骨を拾う。青春は全て骨拾いに捧げてきた。部員1人の非公認の部活。退部届けは提出したところで受理されない。
ノルマを達成して賄えるのは、生活費程度。成果に応じて報酬が変動することはなく、それが日々のネクロマンサー業務へのやる気を削ぐ。業績に応じた報酬をよこせと是非とも他のネクロマンサーには運動を起こして欲しい。私は御免だ。関わりたくない。
今日は次月のノルマがネクロマンシー協会から送られてくる。というか降ってくる。書いてある内容は全て、魂の救済をしろというもの。魂の救済とは、詰まるところ、今日のような骨拾いである。私にとって、その行為に意味はない。非合理性を受忍せざるを得ないところも私がネクロマンサー業務を部活と表現する所以である。
スウェットに着替えて髪を乾かし終え、ミネラルウォーターをがぶ飲みすると、腐楽愛はソファに横になった。自室に扇風機はあるが、とてもじゃないが耐えられない。リビング以外の部屋のエアコンは去年壊れてしまったので、バスでの眠りの続きをするために自分の部屋からタオルケットを引っ張りだしてきて、目を閉じる。ああ、今日も疲れに疲れた。
そして、また目が覚める。何時間経った?顔に何か貼り付いている。この少し湿った用紙には覚えがある。ネクロマンシー協会からだろう。手を切らない配慮なのかいつも、この用紙は湿っていて気持ち悪い。少し腹立たしい。
息苦しい。用紙が私に呼吸を許さない。私は死人ではない。来月の骨拾いは何件だろう?と顔から紙を剥がして確認する。
内容はいつもと違うものだった。紙に数字が書いていないだけで涙が出そうなくらい嬉しかった。ノルマとは害悪そのものである。腐楽愛は疲弊した営業部署のサラリーマンみたいなことを考えながら、それを読む。
◇異動確認書◇
西行 ひらめ 殿
協会は上記の者を中位ネクロマンサーと認める。
開示可能となった情報は後に伝達することとする。
所属を明日より、蘇生部とする。
異論は認めない。
以上
ネクロマンシー協会
「・・・ひらめって誰だよ!」
湿った確認書を床に投げつけ、腐楽愛は叫んだ。今度は遠くまで声が響いた。その後、帰ってきた父はピカピカの泥団子を手にして、興奮した様子で陶芸家になると息巻いていた。
どうやら父は「こんにちワーク」には行かなかったらしい。
腹立たしい。
◇◇◇
ネクロマンサーといっても色々いる。私のような骨拾い。死体の修復というものもある。修復は蘇らせるわけではなく、生前の状態に直すという技量のいる専門性が高い。
死に触れる仕事なら、それは大体がネクロマンサーの仕事である。ネクロマンサーの仕事とは、あるべき形を目指す技術の駆使であり、皆がネクロマンサーに抱く死人を蘇らせる人というのと現実のネクロマンサーは異なる。魂の行く先の案内人や死体をまるで生きているように綺麗な状態に加工する者もいるらしい。
手段は違えど基軸は一致している。ネクロマンサーによって。美しい死と生を提供すること。そして、死者と残された生けるものを慰藉する。
って通信教育のテキストに書いてあった気がするが記憶が定かではない。これも暗記だったから、もう忘れてしまった。
要するに。呪術を駆使するというステレオタイプのネクロマンサーは、現代において、狭義であって。業務は細分化されたのであった。
学校に行く準備をしている腐楽愛は慌てた様子で髪をとかす。いつもより遅くの起床をする。そんな忙しい最中、彼女は昨日来た通知のことを思い出す。
可笑しくて壊れた日常が、更に、壊れていくことを想像して、期待していることに。腐楽愛自身は薄々、勘付いていた。日常が崩壊していくことに少し期待していた。現状が改善されることを望んで。
通学路を歩く。均等な歩幅、コンクリートを叩く靴の音。等量に降り注ぐ太陽光。青い屋根の家。隣は空き地。最近まで何かが建っていたっけ。全く思い出せない。
記憶なんてそんなものだ。興味のないものは記憶に残らない。カメラに映る映像を拡大すれば、くっきりと視える部分の代償として周りの景色を失う。視認できなくなる。死人のように忘れ去られていく。
「腐楽愛!おはー!」
視認の外から、不意に声をかけられる。驚きはしない。聞き覚えがある声に安心感すら覚える。
「陽魅。おは。」
この茶髪のショートカットの女は陽魅。藤原陽魅という。茶髪は地毛だから問題ない。右耳の大量のピアスは髪に隠れているから、これも問題ないらしい。見た目とは裏腹に、素行は悪くなく性格も良い。ピアスは窮窟な世界への反抗だろうか。
陽魅はいつも鉛筆のように細長いチョコレートの菓子を狂ったように食べる。今もポリポリとそれを食べている。最後までチョコレートがたっぷり入っていているのが良いとのこと。
「今日放課後、シタバ行かね?」
「あー。今日はちょっと。」
腐楽愛は申し訳なさそうに、陽魅の提案を断る。月初から、骨拾いに尽力すると昨日決意したのだから。
「またかよ!しゃーねーな。また今度な。必ずな!」
「助かる。むぐぐ。」
腐楽愛の口に菓子を突っ込まれる。陽魅は私が忙しい理由を聞いてこない。この心根の良さに助けられている。私だって、放課後にシタバで茶をしばきたい。そう思っているよ。なのに。そうはさせてくれない。腹立たしい。腐楽愛は道路に落ちている小石を蹴った。今月は早めにノルマを達成して遊びに行こう。
「そういえば。ニュース見た?トレンドにもなってる!」
彼女がスマートフォンを私に見せる。
「・・・何?」
画面に映っている映像は。私達と同じくらいの背丈の人?のような物体が飛行している姿。漆黒に身を包んだそれには多少、私は心当たりがある。
それは私と同じような存在なのか。それとも、もっと高位の。あるいは、別の。存在なのか。
「ね?何かが飛んでるんだけど、人くらいの大きさなの。」
「へー。私も飛びたいな。空。」
腐楽愛は、何も知らないふりをした。それに、それが、それだと断定できる確証がなかった。飛行への憧れという無難な回答を選んだ。
◇◇◇
通学路でした陽魅との会話を思い出しながら、気怠い授業を受ける。不真面目というより、意味を見いだせない。テスト期間が近付いたときに集中して勉強すれば、そこそこの点数が採れることを知っているから。
普通なら進路に向けて勉強しなければならない時期であるが、少なくともテストの点は悪くないのだから、誰からもとやかく言われることはない。学校なんてそんなものだ。ましてや、父親はあんな感じだ。
惰性で生きているつもりはない。けれど、生や死を意識することも多いからという理由で、生きている現実を見め直すとか大事にするとか、そういうものも私にはない。まあ、骨拾いしかしたことないけど。
昨日までと今日以降が激変するような変革が起こる気がする。陽魅の朝の話は昨日の通知と連繋がある。
何にも手が付かない。あの通知が来たときから、腐楽愛の心中は穏やかではなかった。
・・・学校では目新しいイベントはなかった。下校の時間。いつものように、陽魅と瑠奈の3人で帰る。瑠奈も同じクラスの友人である。黒髪ロングで大人しそうな容姿であるが、内面はそんなことはない。頭の回転は良く、実は活発で行動的でもある。ただ、気の合う友人がいればそれでいいと考えているようだから、社交的であるとは言い難い。それは私も同じか。3人は最近見た面白い動画の話とかコンビニの弁当の容器が日に日に小さくなっていく話をして笑い合った。
別れ際、陽魅と瑠奈も別々の方に向かうことに腐楽愛は気付く。2人に問いかける。
「あれ、シタバ行かんの?」
「それは3人で。な。」
「な。」
こいつらが私の数少ない大切な友人である。
後に、腐楽愛は後悔する。今という大切な時間をもっと大事にしておけば良かったと。時間は遡らないで突き進む。
ネクロマンサーにはなりたくなかった。ならなければよかった。腹立たしい。