第8話
「本当に、好きじゃないんですか?」
反則級に可愛すぎる彼女に問い詰められ、俺は本音の3割程を口にしてしまった。
「ちょ、ちょっとだけ……な」
「やっぱりー!……先輩は胸の大きな人が好きなんですね」
「そ、そんなんじゃないし!顔とか髪型とか服装とか、色々ひっくるめて、ちょっとだけいいなって思っただけだ」
なんてこと言い出すんだこいつは。
まあ確かに、ないよりはある方がいいという考えがあることは否めない。
そんなこと口には出せないけど。
「へぇ、ふーん……」
「な、なんだよ」
「別にぃ。じゃあ先輩……えい!」
無邪気な声をあげながら彼女のとった行動は衝撃しかなかった。
「な、なにをっ!?」
「えへへー、私も小さくはないですよー?」
彼女は俺の腕に飛びつき、自身の胸部を押し当ててくきたのだ。
……や、やっぱりこいつ、意外と……。
いやだから、そうじゃないっての!!俺のアホが!!
「何すんだよ!そっちは男慣れしてるのかもしれないけどな、俺の方は経験ないんだからこういうことは……」
そう言って引き離そうとした時、彼女は俺の腕に顔を埋めていた。
「……私だって、こんなことしたの先輩が初めてです。めちゃくちゃ恥ずかしいですよ」
俺からは顔が見えないが、とんでもなく赤くなっている耳を見て、それが事実なんだと確信した。
「だ、だったら、無理にこんなことするなよ」
俺はゆっくりと彼女を引き剥がし、コントローラーを持って仲間を選んだ。
選んだのは……盗賊の女の子だ。
「ほれ、これでいいか?」
「……先輩、いいんですか?」
「まあ、あれだ……職業的にはだいぶ損だけど、ビジュアルだけならこっちでもいいかなって……」
これ以上何かされたら、本当に理性が飛んでいきそうで怖い。
「……ありがとうございます」
コントローラーで顔を隠しながらお礼を言って、画面の方に体勢を戻した。
はぁ……色んな意味どっと疲れた。もう1回爆睡できるわ。
「んじゃまあ、早速そのアバターの装備の調達にでも行くか」
「そ、そうですね!よーし、頑張りますよぉっと」
そして、俺達は分割された画面の中で、それぞれのアバターを操作し始めた。
そんな時……。
『ぐぅぅぃ……っ』
2人して腹の虫が鳴った。
「あ、あはは……お腹減っちゃいましたね」
後頭部に手を回しながら恥ずかしそうにそう言う。
まあ、張り切っていざ始めようって時のコレだからな。恥ずかしくもなる。
「そうだな……倉瀬さんは家で何か作り置きとかされてるのか?」
「いえ、普段は自分で適当に作ってますよ」
「そっか……なら、家で食っていくか?まあ、家も最初から作らないとだけど」
普段は俺も1人で食ってるけど、ぼっち飯って意外と寂しいんだよな。
「勿論、倉瀬さんの方がいいならだけどさ」
「はい!食べたいです!先輩とご飯!」
「お、おう、そうか」
おぉ、凄いはしゃいでるな。やっぱりぼっち飯は寂しいんだろう。すげぇわかる。
「それじゃあ何作るか。何か食べたい物とかある?」
俺は冷蔵庫を開けて、今ある材料を確認しながら彼女にそう聞く。
「ハンバーグが食べたいです!」
チョイスは意外と子供っぽいんだな。
しかし、冷蔵庫の中にハンバーグ用のひき肉がなかった。
「ありゃ、ひき肉がないな。どうしよ」
「じゃあ先輩!一緒に買いに行きましょう!」
確かに、この時間なら半額で帰るかもしれない。
だが、買いに行ってまで食べたいのか?よっぽどハンバーグが好きなんだな。
「そうだな……よし、買いに行くか。別に家で待っててくれてもいいぞ?」
「私も行きます!」
「そ、そっか……」
まあ、1人で待たせるのも悪いか。
そして俺達は戸締りをして一緒に家を出た。
夜道を女の子と2人で歩くなんて初めてで、なんだか気まずいな。
「今の私達って、周りからどういう風に見られてるんですかね?」
隣で少し前かがみになりながら、俺の顔を覗き込んでくる。
質問の意味と、俺にどんな回答を期待しているのかはなんとなく察しがつく。
が、簡単に乗せられてたまるか。
「普通に兄妹とかだろ」
「じゃあ、こうしたらどうですか?」
彼女は先程同様、俺の腕に抱きついてくる。
「ちょ、だからやめろって!倉瀬さんも嫌なんだろう?」
「別に嫌なんて一言も言ってませんよ?」
……嫌じゃないなら、この行為にはなんの意味があるんだ。
もしかして、まじで俺のことを……。
いや待て。冷静になれ、俺。これで1度痛い目を見てるんだ。これ以上の勘違いは許されない。
「それと先輩、私のことは名前で呼んでくださいよ」
急に話が変わったな。
しかし、歳の近い女の子を名前で呼ぶなんて、今まで1度もなかったからな。
「別にいいだろ。倉瀬さんで」
「嫌ですぅ。萌佳って呼んでくださいよぉ。それとも……私のこと、嫌いですか?」
彼女は更に強くしがみつきながら、上目遣いでそう聞いてきた。
なにそれ……やばいってまじで!
こんな状況で俺は正常な判断が出来なくなりつつあった。
心地のいい感触が腕全体に広がってもう……あかん!
俺はなるべく腕から意識を逸らす。
「き、嫌いじゃない、けど……」
「じゃあ萌佳ってら呼んでください」
「……呼んだら離してくれるか?」
「はい!」
理性の保持と女子の名前呼びじゃ天秤にかけられない。背に腹はかえられない、か……。
「……も、萌佳。これでいいだろ」
「はい!じゃあこれからもちゃんと名前で呼んでくださいね!」
そう言いながら、彼女は俺の腕から離れ、普通に歩き出した。
……名前呼びって、思ったより恥ずかしいな。
結局その後は、何を話したのか覚えていない。
いつの間にかスーパーに着いていて、材料を買って家に帰り、ハンバーグを作って、食べて……その後しばらくゲームをしてから、今回はお開きとなった。
「大丈夫か?途中まで送っていこうか?」
夜道を女の子1人で歩くのは非常に危ない。
「大丈夫です。それより、また明日も遊びに来ていいですか?」
明日も来る気かよ。
今日こんだけ遊び倒したのに……。
まあ、断る理由はないか。
「あ、ああ。別にいいけど」
「やった!じゃあまた明日学校で!お邪魔しました」
最後はにこりと満足そうな笑みを浮かべて俺の家を出ていった。
玄関の扉が完全に閉じた瞬間、俺はその場に仰向けになりながら倒れた。
「はぁ……まじで疲れたぁ」
特に、精神的にここまで疲弊したのは人生で初めてかもしれない。
女の子と家で遊ぶってだけで、衝撃すぎて頭回らなくなるのに、更には彼女の度重なる謎の行動。
抱きついてきたり、上目遣いをしてきたり、からかってきたり。
あざといんだか甘えたがりなんだかよくわからないが、もう俺の心は色んな意味でズタボロだ。
これからこんな日が増えていくんだと想像すると、また自然と溜息が出る。
でも、そんなネガティブ思考とは裏腹に、俺はどこかでわくわくしていた。
ゲームをしている時の彼女は、本当に幸せそうだった。
あんな話を聞いた後だからだろうか。
俺は彼女に、もっと幸せな時間を過ごして欲しいと心から願っていたんだ。
仰向けになり顔の上半分を腕で覆い隠すが、その口には小さな笑みが現れていた。
「また……明日、な」
そんな言葉が自然と零れ、俺は立ち上がってリビングに戻って行った。
これから始まるであろう、面倒くさくて楽しい毎日に、密かに胸躍らせながら─────
終わり方はあまり良いとは言えませんが、これで一応完結とさせていただきます。もしかしたら、もう少し続けて欲しいと思ってくださる方がいるかもしれませんが、もともと息抜きで書いたものなので、その辺はご了承ください。
それでは、この作品を読んでくださった皆様。本当にありがとうございました!!