第7話
「先輩。起きてください、先輩っ」
ぼやけた意識の中に、そんな声が入り込んでくる。
そして、腹部になんだか妙な違和感を感じた。
「……んん」
俺はゆっくりと目を開ける。
視界に映るのは見知った天井。そして……倉瀬萌佳の顔だった。
「あ、やっと起きましたね」
そう言う、倉瀬の顔から視線を下にずらしていくと、彼女が俺の上に跨っている光景が見えた。
「うわぁぁあああ!?!?」
俺は驚きのあまり飛び跳ね、2メートルほど後ろに下がった。
「な、ななななな何してるんだ!?」
「えー?だって先輩、全然起きないんですもん。もうストーリー20までやっちゃいましたよ」
「おお、そりゃ凄いな!……て、そうじゃなくて!なんで俺の上にっ……!?」
起きたら美少女が馬乗りになって顔を覗き込んでくるとか、普通にありえないだろ。
「先輩こういうの好きかなぁって」
「べ、別に好きじゃないし!」
「じゃあ、先輩はどんな風に起こされたかったですか?」
「普通に起こしてくれればいいだろ!」
なんなんだよまじで。俺が寝る前はあんなネガティブで卑屈になってたのに、とんだ手のひら返しだ。
というか、俺はどのぐらい寝ていたんだろう。
部屋の壁にかけられた時計を見ると、針は7時半を指していた。
「うわ、もうこんな時間かよ。倉瀬さん、大丈夫なのか?家に帰らなくて」
流石にこんな遅くまで男の家に留めておく訳にはいかないだろ。
「平気です。今はお母さんと別々に暮らしてますから」
「それって……一人暮らしってことか?」
「いえ、親戚の人の家に住まわせてもらってます。お母さんは多分今日もどこかで男の人と遊んでるんじゃないですかね」
……やっちまった。
せっかく落ち着いたのに、嫌なことを思い出させてしまったか。
「……悪い」
「別に先輩が謝ることじゃないですよ。先輩のおかげでなんか色々と吹っ切れましたから」
俺に罪悪感を抱かせまいと、彼女は笑顔を作って見せた。
「そ、それならいいけど……」
「はい。というか、先輩の方こそ大丈夫なんですか?お母さん、帰ってくるんじゃないんですか?」
「ああ、うちも心配ない。母さん基本帰ってくるの夜中だから」
母は2年前から、それまで務めていた病院の看護師として職場復帰した。
本当はもっと早めに帰れるらしいのだが、息子の俺や大勢の人に迷惑をかけたせめてもの償いとして、最大限働きたいとのことらしい。
「そうなんですか。じゃあ、もうちょっとだけここにいてもいいですか?」
「あ、ああ。そっちが大丈夫ならいつまでいても構わないけど」
「やったあ!先輩はやっぱり優しいですねぇ」
そんなことを言いながら、俺の膝にだらんと体を乗っけてきた。
「ちょ、な、なにやってんの!?」
「なんか先輩の膝に飛び込みたくなりましたぁ」
なんじゃそりゃ。
てか、さっき跨がれてた時にも思ったけど、こいつ……なんかめっちゃいい匂いする。
シャンプーの香りとはどこか違うような、甘くて心地のいい香り。
女の子ってのは、こんなにいい匂いがする生き物なのか?
それに、さっきから膝になりやら柔らかい感触が……。
こいつ……見た目より結構……。
て、そうじゃない!!
「ちょ、まじで離れろって!」
俺は彼女の肩を持って無理やり引き離した。
危ねぇ……もう少しで下半身が爆発する所だった。
もしあんな体勢で、理性を失ってたら人生終わってた。
「あ、ごめんなさい。つい」
今日で何度聞いた事か。今回ばかりは「つい」で済まない所だったぞ。
「はぁ……まあいいや。じゃあまたゲームするか。あ、そうだ」
俺はふとあることを思い出し、テレビ台の下からもう1つのコントローラーを取り出す。
「ストーリー20まで進めたんだよな?」
「は、はい。そうですけど」
「じゃあようやくだな」
そう言って俺は持ってきたもう1つのコントローラーを彼女に渡した。
「?何がですか?」
「ストーリー20まで進めると1画面で2人同時プレイができるようになるのさ」
この仕様は初代アインツゲイルから変わっていない。
ストーリー20までクリアすると、一緒に冒険する仲間を1人加えることができる。
RPGは基本1人用のゲームなので、CPUの仲間として一緒に戦うというのが主流だが、このアインツゲイルシリーズは違う。
コントローラーが2つあれば、画面を2分割して、1人がメインアバターを、もう1人が仲間のアバターの同時操作ができるようになっている。
「てことは、これで先輩と2人で同時に遊べるってことですか?」
「その通りだ。じゃあとりあえずは仲間を選ばないとな」
俺はコントローラーを操作し、新しい仲間を加入する場所へ向かった。
そして画面には、男女合わせて5人のキャラクターが映っていた。
この中から1人選ぶことができるようだ。
「さーて、どれを仲間にするか」
これからの冒険に大きく影響してくるからな。慎重に選ばないと。
と、そんな時だった。
「先輩!この子にしましょう!」
彼女が指さしたのは、職業が盗賊の女の子だった。どことなく彼女と容姿が似ている気がする。
ステータスは悪くない。ビジュアルもなかなかだ。しかし。
「はあ?違うね。ここはこのお姉さん魔道士だ!」
俺のステ振り的に、仲間にするなら魔法職が適している。
回復支援役がいるのといないのでは戦闘の質が全然違ってくる。
それに、このキャラのビジュアルが俺の好みど真ん中だ。
長い髪にキリッとした瞳。そして妖艶なまでのスタイル。特にその豊満な……。
「えー?先輩はお姉さん系の方が好きなんですかぁ?」
くそっ、やけに感の鋭いやつだな。
しかもなんだ、その上目遣いは。
「べ、別に好きとかじゃないし……」
「怪しいなぁ」
彼女はそう言いながら、上目遣いを続けたまま俺の肩に自分の肩を触れさせてきた。
「……っ!?」
「先輩、本当に好きじゃないんですかぁ?」
なんなんだよ、その言い方……。それになんで、肩くっつけてんだ?狙ってやってるのか?
だとしたらあざとすぎる。
だめだ。肩が当たってるだけなのに、意識が集中して……女の子って、なんでどこもかしこもこんなに柔らかいんだよ。
よく見たら、やっぱりめちゃくちゃ可愛い……。
それにこんなことされたらますます意識してしまう……。
瞬間、俺は心の中でこう叫んでしまった。
───こいつ、まじで反則すぎる!
読んでくださりありがとうございます!一応、次の話で完結にしたいと思います。