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第5話



────放課後のこと。俺は真斗にこう言われたんだ。




「……噂?」


「ああ、実はな……倉瀬萌佳って子、1年生の中ではかなり嫌われてるらしいんだ」


「嫌われてる?」


やっぱり真斗の言っていることがよく分からず、何度も聞き返してしまう。


「ああ、ちょっと悪い言い方すると、蔑まれてるって感じらしいんだ」


「なんだよ、それ」


蔑まれてるって……とてもそんな風には見えない。


「まあ俺も聞いただけだからさ、なんとも言えないけど、噂っていうのが……その、なんていうか……」


何故か真斗はここで1度口を渋る。何か言い難いことなんだろうか。


「倉瀬萌佳の、男遊びがすごいって……」


その言葉を聞き、俺は一瞬耳を疑った。


「……本当なのか?」


「あくまで噂だからな。でも、高校に入る前からそんな噂があったみたいだ。尻軽女だとか、痴女だとか」


高校に入る前から……てことは、中学時代からそんな悪い噂が流れてたってことなのか。


でも、そんなこと有り得るのか。


あくまで噂と真斗は言っているが、こうも広く知れ渡っているとなると、全く信憑性がないとは言いきれない。



「だから、正直に言うとあの子は……」


真斗がそう言いかけた時、ちょうど倉瀬が教室に入ってきて、なんかあやふやになって────。


でも、俺は内心、噂のことはほとんど信じていなかった。


この時までは────。


「噂というのは、私が男遊びをしてる痴女……という噂ですよね?」


倉瀬の口から直接放たれた言葉によって、俺が偽りの枠に入れていた噂の信憑性が増してしまった。


「……あの噂は本当なのか?」


「まあ、半分以上は本当ですね」


「まじか……」


俺は彼女から視線を逸らし、再びモニター画面の方に首を戻した。


なるべく平静を装ってはみるが、コントローラーを握る手はは少し震えていた。


俺は動揺していた。


「そ、その、なんだ……半分っていうと、どの辺りが本当なんだ?」


「そうですね……私が色んな男の人と遊んでいたっていう辺りですかね」


過去形になっているところを聞くと、俺とゲームするようになってからはやっていないということだろうか。


しかし、それが半分ならば、もう半分は偽られた噂ということになる。


事実と呼ぶにはまだ早いのかもしれない。


「……何か、理由があったんじゃないのか?」


そういった行動に走ったのには、何か原因があったはずだ。


「……教えてくれないか?本当のことを」


なんで俺は、彼女を気にしてしまっているのだろう。


しかしどうしてか、俺の口からその言葉が放たれた。


「……知ってどうするんですか?」


「わからない。でも、なんか知っておきたいかなって。話したくないんならいいけど」


人に話せるようなことじゃないなら、それでいい。が、もし話してくれるのなら、俺は知りたい。


「……面白い話じゃないですよ?」

「別に面白さなんか期待してない」


「あはは……」


苦笑を浮かべてはいるが、視界の端に映った彼女の表情には翳りがあるように見えた。


「そう、ですね……」


そう切り出した後、彼女は淡々と語ってくれた。



───4年前。



倉瀬萌佳がちょうど中学に上がった頃、彼女の両親が離婚した。


理由は、父親が暴力を振い、娘と母親を怪我させたからだそうだ。


元々、暴力的な人間ではあったらしいが、その時とうとう、傷害を負わせるほどの暴行を行ったということで、家庭裁判所が動き、慰謝料を支払った後、即時絶縁という形で事態は治まった。


彼女と母親は解放され、平和な日常が戻ってくると思っていた。


しかしあろう事か、母親はまたすぐに新しい男をつくって家に連れてきた。


父親と絶縁して1週間後のことだ。


そして、母親の愚行はそれだけではない。


毎週のように別の男が家に訪れ、夜を共にしていた。


当時中学1年生の彼女だったが、2人が一体何をしているのか、何となく認識できていた。


家に帰ってこない時は、どこに行っているのか何となく察しがつく。


暴力を振るう父親がいた時よりは、確かに平和な日常が続いていたのかもしれない。


数えきれない男と交わる時の母親は笑っていたが、男が帰った直後には、いつも冷たい表情になっていた。


男といる時間が、そんなにも楽しいのだろうか。一体男の何が母親を狂わせているのか。


知りたい。


そんな風に思い始めたのが、中学2年の頃だった。


彼女は休みになると、1人で街に出かけた。


女の子が1人で街の真ん中に立っていれば、知らない男から声をかけられる。


遊びに誘われたり、食事に誘われたりして、彼女は全て受けていた。


それをどこかで見ていた生徒が、噂を流し、生徒感に彼女のイメージが根付いたのだ。




□□□



「という感じで、私が男に見境のない尻軽女……なんて言われるようになった訳です」


「……」


一瞬の間が空く。


画面から目を離さず聞いていた俺だが、その手は完全に止まり、画面上ではフィールドのど真ん中でアバターが停止していた。


どう返していいのか、俺は上手い言葉がまるで見つからなかった。


「そうか。そうか………」


俺の顔から動揺の色はほとんど消えていたが、嘯くのはそんな言葉だけだ。


「まあ、ただの自業自得です。先輩と初めて会った時も、私は1人で街に行っていました。あの日は誰からも声をかけては貰えませんでしたがね」


「そうか………」


やっぱり、彼女にかけてやる言葉が見つからない。


教えてくれと言っておきながら、俺は一方的に聞いていることしか出来ない。


「先輩も……私のやってる事はおかしいと思いますか?」


彼女のやっていることが無駄で無価値なことだということはわかった。


そんなことをしたって、何の解決にもならない。悪評がたつだけだ。


しかし、彼女にとってメリットがあったすればそれは……。


「おかしいかどうかは置いといて……それで、倉瀬さんはどうだったんだ?」


「何が、ですか?」


「楽しかったのか?その……男と遊ぶのは」


メリットがあったとすれば、それは正しい認識ができたかどうか、ということだ。


母親がどうして男に溺れてしまったのか、その理由がわかったのかどうか、と。


「うーん、どうなんでしょう。私ができたのは、男の人と遊んだり、ご飯を食べたりすることだけですから」


「……というと?」


「お母さんが楽しんでたのは、そういうことじゃないと思いますから」


先程語ってくれた話と裏付けを取ると、彼女の言っていることが何となくわかった。


彼女の母親が楽しんでいたのはそう……肉欲のことなんだろう。


「えっと、つまり倉瀬さんはその……そういうことをしたことがないってことで、いいのか?」


年下の女の子になんてこと聞いてんだ、俺は。


完全にセクハラじゃねえか。


「あ、すまん。話たくないよな。そんなこと……」


「別にいいですよ。……まあ結論を言うと、ないですね。私がしたのは食事までですから」


その言葉でようやく俺は納得がいった。


半分本当というのは、そういうことだったんだ。


それはそうか。彼女はまだ未成年だ。迂闊にて手は出せない。その辺りは今までの男もわきまえていたのだろう。


しかし、どうして倉瀬さんは……。


「どうして、それを皆に話さないんだ?」


噂されるほどの行為に理由があったこと。そして、ねじ曲げられた真実の釈明。


話せば、いくらか信じてくれる人はいるはずだ。


「話しても……事実が変わるわけじゃないですから」


「……そう、だな」


今までしてきたことが全て無しになるわけじゃない。


今までのことは……。


「……じゃあ、今は楽しいか?」


「え?」


「ゲームは、知らない男と遊ぶより、楽しいか?」



俺は画面から彼女の方に体を向け、彼女にそう聞いた。

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