07
「では、お預かりします」
ガントさんがケイトさんにカードを渡す。ケイトさんは恭しく受け取ると、私に一礼して部屋を出て行った。あの人は結局あまり喋らなかったな。顔面蒼白だったから、私も話しかけなかったけど。下手に話しかけたら気絶しそうだったよ。
「ところですず様。本日の宿はお決まりですか?」
「あ、いえ。兵士さんの家に泊めてもらう予定です」
そう答えると、ガントさんの目が据わった。殺気まで感じるほどに視線が鋭くなっている。兵士さんが疑われてる? いやいや、あの人はいい人だよ。
「大丈夫です。優しい人でしたよ」
「すず様、もう少し警戒心をお持ち下さい」
「あ、はい。すみません」
確かに警戒心が足りないことは認める。認めるけど、あの兵士さんは大丈夫、のはず。
「えっと、娘もいるって言っていましたし、大丈夫ですよ」
「そうですか……。まあ、まともな親なら、子供がいる前ですず様に手を出そうとは思わないとは思いますが」
少しは納得してくれたようだ。ほっと安堵のため息をつく。どんな子なのかと楽しみだったから、反対されると困るところだった。
お話は以上とのことで、私は応接室を後にする。何かあればいつでもお声かけ下さい、と言われたので、その時は遠慮無く頼ることにしよう。
カウンターの前に戻ると、入る前と同じように大勢の人が集まってきた。新人がギルドマスターに呼び出されるなんてまずないことらしいので、話を聞きたいらしい。
これは、少し困った。ギルドのことはあまり詳しくないから、どうやって誤魔化していいのか分からない。
助けを求めてカウンターへと振り返ると、ケイトさんが微笑んで頷いてくれた。任せていいってことだよね?
「すずちゃんのカードに不備が見つかったので、そのためにギルドマスターと話をしていたのよ。特殊な事例だから、色々と確認しておくためにね。それ以上でも以下でもないから、全員戻りなさい。新人さんが怖がっているでしょう」
なんだそうなのか、と皆さんが戻っていく。なんというか、随分と聞き分けがいいね。もっと色々と聞かれると思って、少し警戒してしまった。
「それじゃあ、すずちゃん。また明日、来てね?」
ケイトさんが笑顔で言ってくれる。さっきまで緊張していたのが嘘みたいな切り替えの早さだ。私も見習わないといけないかな。ただ、まだ少し頬が引きつっているような気がするのは、きっと言わない方がいいんだろうな。
ケイトさんに頭を下げて、ギルドを出る。するとやっぱりというべきか、兵士さんが待っていてくれていた。
「戻ったか。時間がかかってたみたいだけど、どうした?」
「えっと……。ちょっとギルドカードに不備があったみたいで、それでギルドマスターさんとお話していました」
「へえ……。え? なんでカードに不備があっただけで、ギルドマスターとの話になるんだ?」
「さ、さあ……」
ケイトさんと同じ説明をしてみたけど、兵士さんは納得しなかったみたいだ。でも、兵士さんの方が正しいと思う。カードに不備があったら交換すればいいだけじゃないか、となるはずだ。
よくあの説明で納得してくれたなあ……。
「いや、悪い。嬢ちゃんに言っても仕方ないな。ギルドで何らかの取り決めがあるんだろうし。とりあえず家に案内するよ。いい加減休みたいだろ?」
私自身は疲れていないけど、気遣ってくれているのが分かるので頷いておく。初めての街だし観光もしたいけど、それは明日でも大丈夫だ。ギルドに寄ってから、何か仕事を考えて、観光する。うん。これだ。
「ところで嬢ちゃん。今更だけど、自己紹介してなかったな」
兵士さんの声。確かに名前を言っていない。……いや、よく入れてくれたね。名前とか聞いておくものじゃないのかな。
「北から人が、しかも子供が来ることなんて初めてだったからみんな慌ててたんだよ。そういうことにしておいてほしいな」
私の表情から考えを察したのか、兵士さんが苦笑して肩をすくめた。私に不都合があるわけじゃないから、別にいいけど。
「すずといいます。よろしくお願いします」
「ああ。フロストだ。よろしく」
フロストさんが握手を求めてきたので、その手をしっかりと握っておいた。
お世話になります。
フロストさんの家は北側、私が入ってきたあの小さい門の側だった。こぢんまりとした家だけど、すぐ側には井戸もあるから便利そうだ。
この近辺は兵士さんとその家族が住んでいる家が多いらしい。多いだけで、もちろん他の地区に住んでいる人もいるらしいけど。北側に多い理由としては、北から来る魔物に備えて、とのこと。北の平原は比較的強い魔物が生息しているらしくて、ごく稀に側まで来ることがあるそうだ。
ただし、今のところは門までたどり着いた魔物はいないそうだ。食べ物を探すドラゴンに捕食されているらしい。
アーちゃんか、もしくはクロスケさんの指示かな? アーちゃんはこの街に遊びに来るらしいし、ここがなくなると困るのかもしれない。遊び場所がなくなるという意味で。
「小さい家だけど」
フロストさんが言う通り、その家は周りと比べても一回り小さい。部屋も二部屋あればいい方かもしれない。娘と二人暮らしだから困らないし、井戸が近い方が良かったからここを選んだとのこと。その理由ならもっといい場所があったと思うんだけど。
「そうだけどな。ただ、もし何かあった時に、すぐに帰れる場所にしたかったから」
「何か、ですか?」
「うん。あー……。そうだな。言い忘れてた」
家の扉を開けようとした体勢で、フロストさんが振り返る。じっと、私の目を見てくる。私の反応を見逃さないように。
「実は、俺の娘はちょっと病気でな。日常生活に問題はないんだけど、たまに発作がある。その、なんだ。発作で血を吐いたりも、する」
それってとてもまずい状態なのでは。それは私が入ってもいいものなの? 心労で余計に負担にならない?
「でも、伝染病じゃないんだ。うつることはない。俺が元気なのが証拠だ」
フロストさんはそう言ってから、視線を泳がせた。心配そうな、そして、迷子のような顔。これは、言葉の通り私のことを気にしているらしい。フロストさんとしては、私に泊まってほしいみたいだけど、どうしてだろう。
「その、やっぱり、嫌だよな……? 宿、探そうか?」
む。その言い方はちょっとだけ、不愉快だ。伝染病ならともかく、そうでない病気なのに、それを理由で避けるようなことはしない。
「うつらないんですよね?」
「あ、ああ。そうだ」
「じゃあ、大丈夫ですよ。私の方は平気です。でも、それだと逆に、私がいることでその子の負担になりませんか?」
「い、いや! 多分大丈夫だ! 外の世界に興味を持ってる子だからさ、よければ少しでも話し相手になってやってほしい」
なるほど。それが目的らしい。ただ、私も旅を始めたところだから、外の世界のことなんてほとんど分からないんだけど。
私の世界の話を少しだけぼかして話せばいいかな……?
壁|w・)今回のおうちはこちら、なのです。
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ではでは。