06
おじいさんは私を見ると、すごく丁寧に頭を下げてきた。
「初めまして、すず様。ギルドマスターのガントと申します。ご足労いただき、感謝致します」
「初めまして、ガントさん。えっと、カード、ですよね。何が出てきたんですか?」
ケイトさんに促されてソファに座って、話を進める。何が出てきたのか分からないと、私もどう話せばいいのか分からないから。
「こちらをどうぞ」
そう言って、ガントさんが白いカードを差し出してくれた。手に取ると、小さな文字が浮かび上がってくる。私の情報が出ているとは分かる。分かるけど、根本的な問題に今気付いた。
私、この世界の文字、教わってない。
「ごめんなさい、読めません……」
すごく恥ずかしい。アーちゃんに教われば良かった……。
ガントさんとケイトさんも目を瞠っている。見ないでくださいお願いします恥ずかしいです。
「で、では僭越ながら、読み上げさせていただきますね」
「お願いします」
ガントさんがカードを手に取り、読み上げてくれた。
名前、すず。種族、神霊。年齢、五三〇。犯罪歴、なし。
突っ込みどころしかない……!
神霊って何ですか。私は妖怪です。年齢も実年齢じゃないですか恥ずかしい。あとでアーちゃんに聞いておかないと……。
「あの、よろしいでしょうか?」
ガントさんの声。彼の方を見ると、何となく恐れられているような気がした。気がしたも何も、多分その通りなんだと思う。
とりあえず、この世界での神霊がどんな扱いなのか、聞いておかないけないかな。
「先にちょっと聞いてもいいですか?」
「も、もちろんです」
うーん。ちょっと、会話しにくい。神霊なんて聞いちゃうと、仕方ないのかな。
「神霊って、どこまでの範囲でしょう?」
「は……? それは、どういう……?」
「えっと……。神霊と聞いて、誰を想像しますか?」
「はあ……。世界樹の精霊様です」
…………。あれ?
「だけ?」
「はい。そうですが……」
「先に言っておきますけど、私はアーちゃ……、世界樹の精霊じゃないです」
クッキーなんて食べてる場合じゃなかった。もう少しアーちゃんに詳しく聞いておけば良かった。
さすがにアーちゃんが何かを仕組んだとは思えない。あの子は私が困るようなことはしないはずだから。長い付き合いではないけれど、それぐらいには信用してる。
私と友達になった時のあの嬉しそうな笑顔は、嘘じゃないはずだから。
「では、世界樹の精霊様とは関係がないということでしょうか?」
「友達です」
直接的な繋がりがあるわけではないけど、そこは否定しない。あの子は私の大切な友達だ。恐れ多いとは思うけど、むしろ私がそう思うことを嫌がりそうだし。
「なるほど……。つまりは世界樹の精霊様と同格の精霊様なのですね」
「え……。あ、え、と……」
否定したいけど否定できない! 同格じゃないのに友達も変だし、ていうか神霊ってなっちゃってるし……!
「ごめんなさい、その、これから話すことは他言無用でお願いできますか?」
「もちろんです。このカードを見てしまった私ども二人以外には、誰にも口外いたしません」
それなら、いいかな。どこまで信用してもらえるか分からないけど、ざっくりとだけ言っておこう。
「実はですね、私は五年ほど前にこの世界に来た、異世界の妖怪なんです」
「ようかい、とは?」
「え……。せ、精霊みたいなもの……?」
「なるほどやはり」
墓穴掘った。中に入って丸くなりたい。
「そ、そこには私みたいなのは、というより私よりも偉い妖怪とか神様がたくさんいるんです! だから私は偉いわけじゃないんです! 経緯は省きますけど、ちょっと事情があってこの世界に来て、アーちゃん……、世界樹の精霊様と友達になっただけなんです!」
「はあ……」
これは、多分分かってもらえてない。異世界の事情なんて急に説明されても分からないか。それなら、言いたいことは先に言うしかない。
「神霊というのがいまいち分からないので、あとで世界樹の精霊様に聞いておきます。今はそこに触れないでいただけると、助かります」
その部分だけは納得してもらえたらしい。畏まりました、と頭を下げられた。
「では……。すず様とお呼びしても?」
「はい。それでいいです」
敬称なんていらないけど、そこまでは言うまい。話が進まないし。ただでさえ無駄に話が長くなってるし。
「では、すず様としては、できるだけ隠蔽したいということでしょうか?」
「できれば、はい……。お願いします……」
隠蔽と聞くととても悪いことのような気はするけれど、身分証として使うなら神霊となっているのは非常に困る。私はちやほやされたいわけじゃない。この世界を見て回りたいだけだ。だから、隠蔽できるなら、是非お願いしたい。
そもそも私としても、必要なければここに登録なんてしたくはなかった。何かしらの目立つ理由になりそうだったから。でも、旅をする上で身分証は必要そうだったから、カードが欲しかっただけだ。
「失礼だとは思うのですが、一つお伺いしたいことがございます」
「はい」
「すず様はどういった目的で、登録をするのでしょうか?」
「そうですね……。この世界での身分証が欲しかったんです。この世界を見て回りたくて、それには身分証がないと不便そうで」
「世界を見て回る……、視察? どこかで問題が……?」
ガントさんの小声。聞こえてしまったけど、私は何も聞いてない。そういうことにしておく。
「あとは、ちょっとお金を稼いで、美味しいものとか食べたいというのもあります」
「食事や金銭ならこちらでご用意できますが」
「いらないです」
「そうですか……」
そんなにがっかりしなくてもいいでしょうに。何か見返りでも求めてたのかな。私自身に大した力はないから、特に何もできないんだけど。
ガントさんはまだ少し何かを考えていたみたいだけど、意を決したように頷いた。
「分かりました。では、紹介状をご用意致します。それを門番に見せれば、問題なく街の出入りができるはずです」
「わ! ありがとうございます!」
「というよりですね……。申し上げにくいのですが、すず様の外見では、例えギルドカードを持っていても、それだけでは街から出ることはできませんよ。間違い無く門番に止められます」
「え……。理由は……?」
「ギルドメンバーだからとて、子供を外に出しては危険ではありませんか。子供は未来に繋がる宝です。生活のために街の中で働くのは構いませんが、外へ出すことなど考えられません」
「な、なるほど。確かにその通りです」
正論だ。ぐうの音も出ないほどに正論だ。この街は、少なくともギルドは、すごくしっかりした組織なんだと実感する。
「こちらのカードも、少し手を加えておきましょう。少し時間がかかりますので、明日またお越し頂けますか?」
「分かりました。お願いします」
色々と迷惑をかけてしまって申し訳ないとは思うけど、私としても妥協はできない。ここまできたんだし、協力してもらえることは協力してもらう。
壁|w・)子供は未来の宝です。
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ではでは。