04
「あー……。もしかして、奴隷、だったのでは」
私を見つけてくれた兵士さんの声。すっごく失礼な勘違いだ。
「ふむ。続けろ」
「はい。奴隷商人が馬車か何かで奴隷を連れていて、運搬費用を安くするために平原を突っ切ろうとした。けれどドラゴンに襲われて、この子だけが逃げてきた。奴隷だったことを隠すために、この子は落ち着いたふりをしている。どうです?」
「ふむ……。親を亡くした、よりは納得できるな」
できちゃうらしい。そういうもの、なのかな。
奴隷については私は何も聞いてない。日本にそんなものなかったから、そこまで考えが至らなかった。アーちゃんに聞いておけば良かったと思うけど、後の祭りだ。
奴隷と思われると、何か不都合でもあるのかな。あるんだろうな。隠すためにとか考えられてしまうぐらいだから。
「どうしましょうか、隊長」
「孤児院に預ける、というのが無難ではあるが……。年齢にもよるな。十三なら、職を探さなければならない。孤児院に預けようとしても、断られるだろう」
「ああ……。そう簡単に職なんて見つかりませんしね……」
会話を聞いていて分かったことは、この人たちがすごくいい人たちだということだ。見ず知らずの私のために、私が困らないようにしようとしてくれている。あの家を、おじいちゃんとおばあちゃんを訪ねてきた人は二人を追い出そうとする嫌な人たちばかりで、私もちょっと人間が嫌いになりそうだったけど、いい人もやっぱりいるものなんだね。
あまり困らせたくはないから、どうしたいかぐらいは話しておこう。
「あの」
声をかけると、三人が一斉に振り返った。そんなに驚かなくても。
「あ、ああ。すまない。えっと、どこまで話したっけ……」
隊長さんがしどろもどろになっている。他の二人も、視線を彷徨わせている。ちょっとだけ、ちくちくと胸のところが痛い。
「あの、この街で少しの間だけ働くことはできますか? 私、旅をしてるんです」
「旅? 君が?」
「はい。そうです」
隊長さんの目が怪訝そうに細められる。こんな子供が旅とか考えられないだろうと思う。
「ふむ……。身分証になるものは持ってるかな?」
「あー……。持ってません」
「そうか……。やはり奴隷だったのか……」
最後の部分、小声だったけど聞こえてるからね? そこの二人も、哀れみの視線を向けないでください。いや、否定しない私に文句を言う資格がないのも分かってるけど。
「隊長。俺から案が一つ」
そう言ったのは、私を見つけてくれた兵士さんだ。その兵士さんが続ける。
「身分証がない以上、犯罪者の可能性も、ないとは思いますが、捨てきれません。なので、この子は監視も兼ねて俺が預かりますよ。一度ギルドに連れて行って、カードを作ってもらいます。その後は、ある程度の金が貯まるまでは俺が面倒を見ましょう」
「お前、幼女趣味はだめだぞ?」
「娘いますからそんなことしませんよ!」
「まあ、その点は心配してないがな。それなら、お前に任せるとしよう」
「了解です」
話はまとまったらしい。この兵士さんが私を預かってくれるとのことだ。私のお金が貯まるまで。申し訳ないとは思うけど、ここで断るのも不自然だろうし、お願いしておこう。
それに、娘さんがいるらしい。どんな子かな。子供は好きなので、ちょっと楽しみ。
「そういうことだから。君はそれでいいか?」
「はい。よろしくお願いします」
私が頷いて頭を下げると、兵士さんも笑顔で頷いてくれた。
兵士さんと一緒に、街に入る。この街は東西南北それぞれに門があって、そこから大きな道が中央へと延びるらしい。中央には大きな建物があって、この街の行政関係が集約されているとのことだ。ちなみにその建物の最上階に領主さんが暮らしているという話だった。
領主と聞くと、私は大きな建物を持っていて贅沢な暮らしをしているっていうイメージがあるんだけど、どうやらここの領主さんはちょっと違うらしい。兵士さん曰く、自分のための家なんていらないから他に金を使え、という人なんだとか。
立派、なのかな? そこで働く人にとっては常に上司の目があるようなもので、すごくやりにくそうだけど。
私がそれを言うと、兵士さんは少しだけ難しい表情になった。
「なるほどなあ……。そういう考えもあるのか。確かに言われてみると、すごく嫌な職場だな」
「ちょっと休憩のつもりでちっちゃい食べ物を食べてたら、後ろに領主さんが……」
「うわ! 絶対嫌だ!」
兵士さんが笑って、私も笑う。案内してくれる人が気さくな人で良かった。私も話していて楽しい。
大きな道は石畳で舗装されていたけど、他はそうでもないらしい。ただ、馬車が行き交うのは大きな道ぐらいらしいので、特に不便はないそうだ。道の両端には等間隔で木も植えられていて、見かける住人もみんな笑顔。ここはすごく良い街みたい。
まあ、物語にあるような、圧政の敷かれた暗い街にアーちゃんが遊びに行くとは思えないから、よくよく考えなくても当たり前だったかもしれない。
大きな道を歩いて、兵士さんに案内されたのは、中央の一番大きな建物、その隣に建つ二階建ての建物だった。ここが目的地らしい。
ちなみに表は大きな広場で、たくさんの露店が並んでいる。美味しそうな串焼き屋さんもあって、私が思わずそこを見ていると、兵士さんが一本買ってくれた。いずれお金を返さないと。
「ここが冒険者ギルドだ。旅をするなら身分証が必要になるから、ここで登録してくるといい」
「えっと……。私、戦うこととか苦手ですけど、冒険者って何をするんですか?」
「心配しなくても、何でも屋みたいなものさ。詳しくはギルドで聞いておいで」
兵士さんに促されて、私はギルドのドアを開けた。
ギルドの中には多くの人がいた。談笑をしている若い人もいれば、隅の掲示板を睨み付ける強面の男の人もいる。大きな槍を背負ったおじいさんもいれば、五人ほどのグループの小さい子供たちもいる。なんだか不思議な空間だ。
「この子加入希望だ! 誰か頼む!」
兵士さんが私の肩に手を置いて、叫ぶ。すると大勢の目がこっちに向けられてきた。威圧感まで感じる。ちょっと怖いんだけど、どうしたらいいのこれ。
「加入希望だあ? こんなガキが?」
こちらに歩いてくる、筋骨隆々の男の人。すごく、強そう、なんだけど。え、何をしに来たの? いや、本当に、どうしてこっちに歩いてくるの!?
助けを求めて兵士さんを見る、けど、いつの間にか兵士さんはいなかった。逃げられた?
「おい、嬢ちゃん」
男の人が目の前に立つ。どうしよう、ちょっと、本当に、怖い。
「冒険者になりたいのか?」
その言葉に思わず反射的に頷くと、男の人は途端に笑顔になった。……え?
「そうかそうか! おーい、受付のねーちゃん! 新人だあ!」
「叫ばなくても兵士さんの声が聞こえてるわよ! 連れてきなさい!」
「はいよっと」
唐突な浮遊感に困惑してしまう。何かされたのかと慌ててしまうけど、すぐにその人に抱き上げられたのだと分かった。
いや、なんで? この人は本当に何を考えてるの? 変態さんですか? あ、椅子に下ろしてくれた。受付まで運んでくれたらしい。えっと、ありがとう、と言えばいいのかどうなのか。
「その……。ありがとう。変態さん」
「へん!?」
あれ、なんだかショックを受けてるみたいだ。いや、まあ、初対面で変態呼ばわりは失礼だと思うけど、他に言い方もなかったし。
壁|w・)ようやくギルド。
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ではでは。