03
アーちゃんの案内でたどり着いたのは、洞窟だった。洞窟というより、洞穴かな? そこから、今も誰かのすすり泣く声が聞こえてくる。
「迷子かな? アーちゃん、近くに村か何かあったりする?」
「あるよ。ここから徒歩五分ぐらい」
「え、近い」
ということは、迷子じゃないのかな。
一瞬だけそう思ってしまって、すぐに首を振った。迷子かは分からないけど、帰れないことに変わりはないはずだ。目の前すら見えないこの吹雪の中、近いからと帰ろうとしても、帰り着けるとは思えない。
とりあえず実際に話をしてみないと分からないかな。
「じゃ、入るよ」
「うん」
ニノちゃんと一緒に、洞穴に入ってみる。あまり広くない洞穴で、奥行きもそんなにない。明かりさえあれば、一番奥まで見ることができると思う。
その小さな洞穴の、一番奥に人影があった。うずくまった小さな人影。私たちにはまだ気付いてないみたいだ。
うずくまって、今もすすり泣いてる。やっぱり女の子だ。ニノちゃんよりも小さいんじゃないかな。多分だけど。
その子に近づいてみるけど、反応はない。肩に手を置いたら、びくりと肩を跳ね上げさせた。ちょっと驚かせちゃったかもしれない。
女の子が顔を上げて、私たちを見る。怯えた表情のまま、
「だれ……?」
「私はすず。こっちはニノちゃん。君の名前は?」
「あの、えっと……。リリ、です」
ふむふむ。リリちゃんか。
リリちゃんはやっぱりニノちゃんよりも小さな女の子だった。栗色の短い髪に、明るい茶色の瞳。泣いてさえいなければ、利発そうな子に見える。とりあえず撫でてみると、ちょっとだけごわごわした髪質だった。髪質というより、あまり手入れをしていないだけかな? もったいない。
「ここで何してるの?」
「あの……。これ……」
リリちゃんが差し出してきたのは、薬草だった。これ、見たことある。あの、私が最初に行った街でよく見たものだ。ポーションの原料にもなる薬草。この山にもあったんだね。
「村で、病気がはやってるの……。お兄ちゃんも、その病気で……。このままじゃ、お父さんとお母さんみたいに、死んじゃいそうで……。それで、薬草が欲しくて……」
「ん……。そっか」
かわいそうだけど、この世界ではよくある話だ。日本ほど医学が発達してないから、流行病が起きると村が全滅しかねないと、聞いたこともある。旅をする鉄則として、そういった村には近づかないように、とすら教わった。
流行病にできることなんて、冒険者には何もないから。
分かってる。私が助けたいと思うのは、自分勝手なことだ。たまたま見かけたから、助けたい。他にも同じ理由で滅びる村があると知っていても、偶然居合わせたから助けたい。
傲慢。身勝手。いろいろと言われるとは分かってる。
けれどやっぱり、私に子供を見捨てる選択なんて最初からない。
私はニノちゃんにリリちゃんの相手を任せて、アーちゃんを連れて少し離れた。
「アーちゃん。その流行病って……」
「インフルエンザ。日本でもあるやつだよ」
「え」
インフルエンザで? と思ったけど、それは日本の医学を知ってるから言えることかと思い直した。特効薬も何もないこの世界だと、なるほどかなり危ない病気だ。
「って、ちょっと待って。アーちゃん、本当に最初から全部知ってたの?」
「まさかー。その村にいる精霊に聞いてみたら、症状を教えてくれたよ。だから、多分インフルエンザ、が正しいかな」
アーちゃんは、ここに迷子がいるから私たちを連れてきただけらしい。リリちゃんの話を聞いて、すぐに調べてくれたみたいだ。
「あの、アーちゃん。無理なら、諦めるけど、できれば……」
「ふふふん。この特効薬が目に入らぬかー!」
アーちゃんがどこかから取り出したのは、白いビニール袋。薬局らしいお店の名前が書かれた袋で、アーちゃん曰くインフルエンザの特効薬が入ってる、らしい。私かニノちゃんがかかった時のために、買い置きしていたのだとか。
「これ、どれだけあるの?」
「一ヶ月分ぐらい!」
「そんなに飲み続けない薬だよこれ」
いや、今回はその量が助かるんだけど。助かるんだけど! なんだろう、納得できない!
「使っていいの?」
「うん。すずちゃんのために取って置いたお薬だからね。もしものためにまた買ってくるよ」
「ありがとうアーちゃん! 大好き!」
「わーい。褒められた!」
アーちゃんをぎゅっとしてなでなでする。それだけでアーちゃんはとても機嫌が良くなる。私もなんだか嬉しくなる。もっと撫でておこう。
リリちゃんに薬を渡すと、目をまん丸に見開いて驚いていた。ちょっとかわいいと思ってしまったのは内緒だ。
「お、お薬、ですか?」
「うん。この薬で絶対に治るとは断言できないけど、ね」
ビニール袋をリリちゃんに渡す。今更だけど、ビニール袋を渡すのは良かったのかな。折を見て回収しよう。
「ご飯の後に飲ませてね。たくさんあるから、他の人にも。でも、薬はこれで全部だから、他の村の人には内緒にしてね?」
「うん……! ありがとう! お姉ちゃん!」
よかった。笑顔になった。嬉しそうな笑顔を見ると、私も嬉しくなる。ニノちゃんも嬉しそうだから、きっと同じ気持ちだ。
「それじゃあ、私たちは帰ろ……」
そこまで言って、振り返って吹雪を見て、ふと思った。村まで帰れるのかな、と。
リリちゃんへと振り返る。縋るような目でこちらを見つめていた。ああ、うん。そうだよね。帰れない、よね。
「あの、アーちゃん。村まで案内とか、お願いできたりは……」
「仕方ないなあ」
アーちゃんが指を鳴ら……そうとして失敗した。二度目じゃないかな。どうしてそれにこだわるの? いや、いいんだけどね……?
リリちゃんの隣に、ふわりと精霊が現れる。でもリリちゃんは気付いていないみたい。もしかしなくても、見えてない、のかな?
精霊たちがリリちゃんの手を取ると、リリちゃんが目を丸くした。
「な、なに!? なに!?」
うん。混乱するよね。えっと、うーん……。
「それはね、お姉ちゃんの魔法なの」
私が何かを言うよりも先に、ニノちゃんが口を開いた。なるほど、魔法。
「ま、魔法?」
「そう。魔法。引っ張られるのに任せて歩いたら、村に着くからね。……だよね?」
壁|w・)設定上はインフルに似た別の病気で、お薬もアーちゃんが手を加えています。
が、そのあたりを差し込むとだらだらしてしまったので、さくっと。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




