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「今日はアーちゃんが一緒になりました」

「よろしくー」

「…………」

「ニノちゃんの視線が痛い!」


 こんなニノちゃんは初めて見るかもしれない。無理矢理言葉にするなら、まじかよこいつ、という言葉が聞こえそうな目だ。本当に申し訳ない気持ちになる。

 名称の許可を正式に取った翌日。早速とばかりにアーちゃんが朝から部屋に来ていた。昨日の今日で来るとは思わなかったよ。行動力ありすぎないかな?


「精霊って暇なの?」


 うわあ、ニノちゃんが辛辣だ。これはちょっと怒ってる。アーちゃんもそれを察したみたいで、少しだけ困ったように頬をかいた。


「まあ、忙しくはないよ。私たちが忙しくしていたら、それはいろいろと世界規模で大変な時だから」

「ふーん」

「すずちゃん助けて、ニノちゃんが冷たい」


 そう言われても私も困る。正直に言うと、どうしていいのか私にも分からない。


「うん。えっと。とりあえず、行こっか」

「諦められた!?」


 そんなこと言われても、私にも困る。とりあえず行きましょうそうしましょう。

 というわけで、一階に下りてシェリルちゃんに挨拶。シェリルちゃんとアーシェさんはアーちゃんを見て固まっていた。昨日話していた精霊が目の前にまたいるからね。それは驚くか。


「内緒で」


 私が二人に短く言うと、二人ともこくこくと無言で頷いてくれた。素直なのはいいことだ。


「シェリルちゃん。またちょっと買い物に行くけど、一緒に行く?」

「あ、ごめん。今日はちょっと仕込みをしないといけないから。昨日が忙しすぎて……」

「あー……」


 昨日は急だったから、食材とかももうぎりぎりかもしれない。それらの買い出しもあるだろうし、連れて行くのは迷惑か。残念だけど、仕方ない。


「それじゃあ、行ってきます」


 私たちが手を振ると、シェリルちゃんは笑顔で送り出してくれた。




「ほほう。この串焼き肉はなかなか……。さっきのスープも美味しかったけど、これもまたいいね。うん」


 もぐもぐもぐもぐ。アーちゃんの口は止まらない。ずっと何かを食べてる。なんだか小動物みたいでちょっとかわいいかもしれない。

 何故か悪くなっていたニノちゃんの機嫌も持ち直して、三人で食べ歩き中だ。あ、このジュース、結構美味しい。すごく濃厚。

 のんびり三人で歩いていると、不意に誰かが私たちの目の前に立った。


「やあ、こんにちは」


 聞き覚えのある声だ。視線を上げると、そこにいたのはいつかの男。アーシェさんに言い寄っていた人。一番大きい宿を経営している人、だ。

 ふむう。どうして急に話しかけてきたのかな?


「何か用ですか? 見ての通り、友達と一緒に買い物してるだけですけど」

「…………。買い物?」

「食べ歩きも買い物の一つだと主張します!」

「あ、はい」


 さすがに女の子が揃って食べ歩きをしてるとか、こう、ちょっと、察してほしいかなあ!


「で、ご用件は?」

「ああ、うん。聞きたいんだけどね。君たちが泊まっている宿で、クッキーを売ってるだろう?」

「はい。精霊のクッキーですね」

「本当にその名称なのか……」


 やっぱりすごく驚いてる。効果のある名前だね、本当に。


「それは、その、本物、なのかな?」


 あれ……? 疑っている、というよりは、なんだか心配しているような雰囲気だ。ちょっと不思議に思うけど、ちゃんと答えてあげよう。


「特に何も起きてないですよ」


 男が大きく目を見開いた。それから、大きなため息。それは失望というよりも、多分、安堵だ。


「そっか……。良かった」


 男はそう言うと、邪魔したね、と言って踵を返して歩き去ってしまった。本当に何だったのやら。とりあえず、今すぐどうこうしようとは思ってないみたいだけど。


「ふむふむ。あの人がねえ」


 アーちゃんの声。そう言えば静かだったなと振り返ってみると、ニノちゃんがアーちゃんにこっそり事情を話していたらしい。アーちゃんの目は、さっきの男へと真っ直ぐに注がれている。声を掛けるつもりはないみたいだけど。

 私の問いかけに、アーちゃんはうん、と頷いた。


「一年ほど前から、行方不明の親友を探してる人、だね。他の子、もちろん精霊たちね、目撃してて、私たちの間では結構有名なの」

「え……。それって……」

「つまりはそういうこと、だろうね」


 くすくすと、楽しそうに笑って歩き始めるアーちゃん。私はニノちゃんと顔を見合わせて、慌ててその後を追った。

 人間って、本当に分かりにくい。素直になればいいのにね。




 それから旅立ちの日まで、私とニノちゃん、時々アーちゃんはのんびりと食べ歩きを楽しんだ。

 宿の方はあれからずっと大忙し。当然ながらシェリルちゃんも案内とかできる状態じゃなくなったので、観光は私たちだけでした。シェリルちゃんは申し訳なさそうにしてたけど、私に不満はない。忙しいのはいいことだ。うん。

 でも不思議なことに、宿の方は結局私が旅立つその日まで宿泊客はいなかった。不思議だな、と思ってたんだけど、最後の最後でアーシェさんが教えてくれた。


「断ってたの!?」

「ふふ。そうよ」


 なんと、全ての宿泊を断ってたらしい。今いる子、つまり私たちが出て行くまではだめだ、て。理由を聞いてみると、静かなのは今だけだから、らしい。


「あなたたちのおかげで、今後の展望も見えたからね。せめてここに滞在している間は、ゆっくりしてもらいたかったのよ」

「はあ……。気にしなくて良かったのに」

「お礼、みたいなものよ。気にしないで」


 アーシェさんが小さく笑う。以前とは違って、とても余裕のある顔だ。顔色もすごくいい。なんだかつやつやしてる。毎日が楽しいんだろうな。

 シェリルちゃんは、少し寂しそう。最後は一緒に観光はできなかったけど、その分夜はたくさんお話をした。シェリルちゃんが私たちの部屋に泊まりに来たこともあったぐらいだ。すごく仲良くなれた、と思いたいけど、シェリルちゃんはどう思ってるんだろう。


「元気でね、すずちゃん、ニノちゃん。絶対に、また来てね」


 シェリルちゃんが、目に涙をためてる。もちろん、ニノちゃんも。二人に泣かれると私まで泣いちゃいそうになるんだけど。なるんですけど。ここは我慢だ。お別れは笑顔でしたいからね。


「それじゃあ、お世話になりました。シェリルちゃんも、またね」

「うん……! またね、すずちゃん、ニノちゃん!」

「ばいばい」


 ニノちゃんが小さく手を振ったのを最後にして、私たちは宿を離れた。これ以上は、ずるずると居続けてしまいそうだから。


「ねえ、お姉ちゃん」

「んー?」

「結局、あの人はもう来なかったね」

「あー……」


 ニノちゃんが言ってるのは、一番大きな宿の男の人。ニノちゃんが言う通り、アーちゃんと一緒にいた時に会ったきり、姿を見ていない。まあこれは、なんとなく想像できる。正解かは分からないけど、答え合わせをするつもりもないかな。

 あの宿ももう、心配はいらないだろうから。悪い人に目を付けられても、間違い無く精霊たちが守ってくれる。アーちゃんのお気に入りの宿だからね。安心だ。


「お姉ちゃん? 何か知ってるの?」

「んー? そうだねー……。素直になれない友達想いの人が空回りした、それだけの話だよ」

「むー?」


 首を傾げるニノちゃんの頭を撫でる。いつものように、ふわふわだ。ニノちゃんはしきりに首を傾げていたけど、諦めたのかため息をついて私に頭をこすりつけてきた。もっと撫でろ、ということらしい。


「なでなでなでなで」

「えへー」


 それだけで機嫌が良くなるニノちゃんにちょっと和みながら、私たちは門へと向かって歩いて行く。あの家の家族が、幸せになれますように。そう祈りながら。


壁|w・)第二話終了、なのです。明日はシェリル視点のエピローグです。

悪人なんていなかった。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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