03
その後は、最寄りの街の方角を聞いて、解散になった。いや、解散までもまだ色々あったんだけど。
例えば、リュックサック。おばあちゃんが作ってくれた大切なものだと言ったら、なら長く使えるようにしてあげる、と魔法で何かされていた。空間魔法を使って、中をすごく広くしたらしい。広いだけじゃなくて、入れたものは念じればすぐに取り出せるのだとか。魔法すごい。
ただ、これは人間たちでは使えない魔法らしくて、人間が似たものを持っている場合は例外なくダンジョンなどで手に入る、いわゆるアーティファクト、というものらしい。興味があるなら自分で調べてねと言われて、詳しくは教えてもらえなかった。
さらにお裾分けだと、あのクッキーを大量に、本当に大量に、リュックに詰め込まれた。どれだけの量かと言えば、クロスケさんがお腹いっぱい食べられる量は間違い無くある。いつの間にこんなに作ったんだろう。
そういった餞別をたくさんもらって、私は改めて出発した。名残惜しそうに手を振るアーちゃんに見送られて、南へ。南には少し大きな街があるんだって。楽しみだ。
姿を消して、のんびり歩く。ドラゴンたちの住処を離れると、最初は動物の気配がない土地になった。これは多分、ドラゴンを恐れて近づけなかったってところかな?
少し寂しく感じてしまうけど、こればっかりは仕方がない。困ることがあるとすれば、そう、道がないことぐらい。
ないのだ。獣道すら一本も。方角は何となく分かるからいいんだけど、本当に南に真っ直ぐで合っているのか不安になる。もしも少しずれた方角なら、このまま大陸の端っこまで行っても不思議じゃない。
いや、まあ、さすがにそれまでに道は見つけられると思うけど。
少しだけ不安を覚えながら、私は誰も見当たらない草原を歩き続けた。
一週間ほど歩いた。夜はさすがに少しだけ休んでいたけど、それでもずっと歩いた。
それだけ歩いて、ようやく。本当にようやく、アーちゃんが教えてくれた街が見えてきた。
……遠いよ! 一週間も歩くことになるとは思わなかった! 聞かなかった私も悪いけど、教えてくれても良かったんじゃないかな、アーちゃん! 結構本気で不安になってきたところだった!
まあ、ともかく。ようやく目的地がはっきり分かって、足取りも軽くなった。食べなくても平気だといっても、さすがに一週間ずっとクッキーっていうのは飽きるものだ。美味しい料理があれば嬉しいなあ……。
日もすっかり高く昇った頃、ようやく街にたどり着いた。
「大きい……」
思わずそんな言葉が漏れるぐらいには、大きな街だ。
この世界の街は、どこも大きな壁に囲まれてる。魔物に襲われないようにするためらしいけど、アーちゃん曰く、どちらかと言えば賊とか、つまりは同族を警戒しているらしい。
魔物や野生の獣は、人の集落はあまり襲わないんだとか。弱い魔物は大勢の人間というものを怖がるし、強い魔物であっても、今度は集落を襲ったことによって敵に回る可能性のある精霊を恐れるらしい。つまりはアーちゃんを。
ちょっと人間贔屓なアーちゃんも、森に迷い込んだ人や少数で移動する馬車とか、そういったものまでは気にしないそうで。寄り合いの馬車とかで移動する時は気をつけてね、と言われている。
つまり何が言いたいかと言うと。どうせ魔物には関係ないんだからもっと小さい壁でもいいと思う。入口どこですかー!
街は見つけた。壁だけど。入口が分からない。左右を見てもそれらしきものが見当たらない。これは、つまり、壁に沿って歩けと。そういうこと?
「ぬか喜びだよもう……」
大きなため息をついて、壁に沿って歩き始めて。
でもすぐに、そんな必要はなくなった。
「おーい!」
微かに聞こえる、声。なんだか上方向から聞こえてくるような。視線を上げて、壁の上へ。すると壁の上に人が立っていた。多分、見張り用の場所なんだと思う。弓とか持ってるし、兵士さんかな?
兵士さんらしき人は私に手を振ると、大声で言った。
「君! どこの子だ!」
「どこ……。えっと、旅してます!」
「親は!」
「いません!」
厳密に言えば、妖怪を生み出した神さまがいらっしゃるはずだけど、その方も地球にいるはずなのでここにいないことに変わりは無い。
ただ、兵士さんは私の言葉を聞いて、何故か一瞬固まった。天を仰ぎ、なんてこった、みたいなことを呟いている。微かに聞こえただけだからはっきりとは分からないけど。
「あー……。すぐ側に、勝手口みたいな扉があるはずだ!」
言われて、壁を探してみる。よく見ると、確かに小さいドアがあった。門と言えば大きなものというイメージがあったので気が付かなかった。反省しないと。
「鍵がかかってるから、その前で待っていてもらえるかな!」
「分かりましたー!」
私の返事を聞くと、兵士さんらしき人はどこかへ行ってしまった。多分、迎えに来てくれるんだと思うけど。
ドアの前に行く。ドアは片開きの小さなドアで、多分だけど普段は使っていないんだと思う。人の気配が全くしないし、ドアの前も草で覆われてしまっている。草が踏み固められている様子もないし、こっち側には人は出てこないらしい。
どうしてだろう。畑とか、作ろうと思えば作れるはずだけど。
不思議に思っていると、ドアの鍵が外される音が聞こえた。ドアが内側に開いていく。そうしてドアの向こう側に立っていたのは、三人の兵士さんだ。お揃いの鎧に、槍を持っている兵士さんが二人と、弓の兵士さんが一人。弓の兵士さんが、さっき私に声を掛けてくれた人だ。
「これは、驚いた。本当に子供がいるじゃないか……」
槍の兵士さんの声。目を大きく見開いて、すごく驚いているみたいだ。
「言ったでしょう、隊長。女の子がいるって」
「うむ……。驚いた。嬢ちゃん、君はどこから来たんだい?」
嬢ちゃん!? え、わ、私のこと、だよね……?
嬢ちゃん……、嬢ちゃんかあ……。いや、うん。分かるよ。私は見た目ちっちゃいからね。言われてもおかしくない。うん。むしろ言われて当たり前だね。でも、これでも人間よりずっと長く在るんだけど……。説明はできないから、諦めよう。
人間は理解できないものを恐れる傾向にある。それはこの世界でも同じだと思うから、私は人間のふりをすることにしている。妖怪だ座敷童だと言って、理解してもらえるとは思えないしね。
「どこから、というと困りますけど……。北からです」
「北の国ってことか。やはり、世界樹の平原を突っ切ってきたのか……」
あの広い草原は世界樹の平原と呼ばれているらしい。多分世界樹があるからだとは思うけど、そのまんますぎないかな。
「嬢ちゃん。ご両親はどうした?」
「えっと……。いませんけど……」
隊長と呼ばれていた兵士さんが顔を歪めた。なんだか、すごく苦しそうな顔だ。どうしたんだろう。
「隊長、これは、どうなんでしょう」
「ふむ……。家族と平原を通って、生息しているドラゴンに襲われて一人だけ逃げてきた、というのが一番理解しやすいのだが……」
「それにしては、落ち着きすぎですからね……」
兵士さんたちの小声での会話。私に聞かれないようにとしているみたいだけど、残念ながら筒抜けです。人より身体能力は高いからね。もちろん、聴力も。
それにしても、なるほど。確かに私は怪しいと思う。隊長さんの話が一番説得力があるだろうけど、親を失ってすぐの子供がこんなに落ち着いてるわけがない。かといって、私だけで一人旅というのも、普通は親が許さない。改めて思うけど、私の一人旅って無茶すぎたかもしれない。
壁|w・)子供一人で旅なんてしたら、そりゃ不審に思われるよっていう話です。
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ではでは。