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「結局冒険者ギルドにしか行ってないんだけど」
「うん」
「どうしてこんなことになってるの?」
「うーん」
食堂の隅で、私はニノちゃんと一緒に首を傾げていた。
何故か大繁盛だ。アーシェさんもシェリルちゃんもすごく忙しそう。さすがに放っておけないので、アーシェさんは遠慮していたけど、ちょっとした手伝いを私もしている。
私たちがしているのは、クッキーの管理。テーブルにクッキーを置いて、ご飯を食べた人にクッキーを売るお仕事。クッキー一枚で銀貨一枚は高いと思うけど、それでもみんな、買えるだけ買っていく。どうしてか、すごく緊張しながら。
「あ、あの」
「はい」
「精霊の、精霊のクッキーを、三枚」
「はーい。まいどあり、です」
冒険者のお兄さんから銀貨を三枚受け取って、小さい紙で包んだクッキーを渡してあげる。受け取ったら、何故かすごく感動していた。目に涙をためてる。本当に、何なの?
「ありがとうございます! 家宝にします!」
「いや食べてよ」
クッキーは食べ物です。飾るものじゃありません。分かってるのかな?
結局日が沈んで閉店の時間を迎えるまで、大忙しだった。本当に何だったのやら。
残念ながら宿泊のお客さんはなし。でもこれは今だけみたいで、何人かの人は、今の宿での宿泊が終わったらこっちに来てくれるらしい。
ふむう。たった一日でここまで変わるなんて。確かにアーちゃんのクッキーは美味しいけど、そこまでかな? それに、明らかに様子がおかしかったし。家宝って何ですか。
食堂の掃除を手早く終えて、私とニノちゃんは遅めの夕食を食べる。ちゃんと残してくれていたらしい。一安心だ。
「ごめんなさい。遅くなっちゃって」
「いえいえ。楽しかったです」
これは本当だ。今ままでにない経験だったからね。
「でも、どうして急に人が増えたのかな?」
もぐもぐ口を動かしながらニノちゃんが言う。口の中を空にしてから話そうね。
「あの、それ、私のせい、だと思う」
そう答えたのはシェリルちゃんだ。首を傾げると、シェリルちゃんは申し訳なさそうにしながら教えてくれた。
原因は、クッキーの名前らしい。精霊のクッキー。どこにでもありそうな名前だけど。
そう言うと、アーシェさんにため息をつかれた。
「すずちゃんは意外と知らないことが多いのね」
「あー……」
否定できない。そう思われたということは、何かあったってことかな。
シェリルちゃんが続きを教えてくれる。何でも、精霊というのは世界の管理をしているだけあって、すごく誇り高いらしい。プライドがすごく高い、らしい。
どういうことかと言えば、彼らは精霊の名前を勝手に使うことを認めない。彼らの固有名だけじゃなくて、精霊の、という名称もだめなんだとか。使うと必ずあからさまな罰を受けるから、この世界では常識みたいだね。
「誇り高い……? あれが?」
「お姉ちゃん、アーちゃんに失礼だよ?」
「いや、でも……。ええ……」
言い方は悪いけど、底抜けに明るいアーちゃんを思い出すと、誇りとは無縁のようにも思えてしまう。私が不思議に思っていると、アーシェさんが補足してくれた。
「特に精霊の頂点とも言われている、世界樹の精霊様は、とても厳しい方よ。世界樹という名称を商品とかに用いると、死が待っているらしいわ」
「えー……」
何やってるのアーちゃん。これは後で問い詰めないといけない。
でも、なるほど。納得した。
私たちはこのクッキーを精霊のクッキーだと言った。ギルドマスターさんはそれで驚いたんだろう。罰が下ると。でも、罰どころか何のお咎めもなくて。つまり、それは、本当に精霊が関わっているということに他ならない。
事実だしね。クッキーを作ってるのはアーちゃんだし。精霊が作ったクッキーを精霊のクッキーと言ってるだけだから、精霊たちも気にしないんだろう。気にしたとしても、関わってるのがアーちゃんだから、下手に手を出せないというのもあるかもしれない。
「これ、このまま続けると、いずれ精霊様に怒られるかな……」
シェリルちゃんの不安そうな声に、私は苦笑して言った。
「じゃあ、アーちゃんに聞けばいいんじゃない?」
「もぐもぐ。んー? 名称? 精霊のクッキー? いいんじゃない? もぐもぐ。事実だし。もぐもぐもぐ」
「食べながら喋らない! ニノちゃんが真似するでしょうが!」
「あいたー!」
代金と、そしてお礼として出されたステーキを食べながらアーちゃんが口を開くので、とりあえず頭を叩いておいた。まったく。教育に悪い。
「すずちゃんがぶったー!」
「…………」
「あ、これ本当に怒ってる。うん。ごめん。いや、うん。反省してます」
まったく。まったく! 誇り高いっていうのはなんだったのかな!
「誇り高いとか、笑えるね」
「すずちゃんが冷たい……。でもたまにはいいかもしれない。ぞくぞくする」
「…………」
「ごめん。冗談だからあからさまに距離を取らないで」
アーちゃんが変態さんになったかと思った。もしそうだったら付き合い方を考えないといけないところだ。
「具体的に言えば?」
「絶交」
「あははー。ごめんなさい」
「許しましょう」
「許されたー!」
とりあえずまあ、そんな自分たちでも訳の分からない掛け合いはおいときまして。
「で、実際のところはどうなのアーちゃん」
「ん? いや、別にいいよ。精霊のクッキーで。事実だし。他のやつらが何か言ってきても黙らせるから安心していいよ」
アーちゃんに任せなさい、と胸を叩くアーちゃん。頼りになります。
「あの、黙らせるって……。もしかして、精霊の中でもかなり上なのですか?」
「いいえ、木っ端精霊です」
「いや、無理があるよアーちゃん」
本当に木っ端精霊なら黙らせるとか無理だから。不可能だから。
でもアーシェさんもシェリルちゃんも、追求はしないことにしたみだいだ。まあ、藪を突っつく必要はないからね。蛇どころかドラゴンが出てくるからね。文字通りに。
「たくさん売ってね。頑張ってね。応援してる」
アーシェさんとシェリルちゃんの頬が引きつったのが分かった。うん。プレッシャーにしかならないよそれ。
「アーちゃん」
「あー……。ほどほどにがんばれ?」
もうそれでいいです。
とりあえず銀貨とクッキーを交換。大金持ちだー、とアーちゃんははしゃいでいる。近いうちに買い食いするらしい。すごく楽しみにしてる。
「じゃあ、今度一緒に行く?」
「おー。いいねそうしよう」
そういうことになった。すごく簡単に決めてしまったけど、アーちゃんは楽しそうだし、きっと大丈夫。……と、思う。
壁|w・)今日は休むと言ったな? あれは嘘だ。
いや、時間が作れただけです。はい。
ちょっと、遊びすぎたかもしれない。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




