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というわけで。翌日から早速宣伝に出かけることにした。ニノちゃんとシェリルちゃんを連れて、再びギルドへ。ギルドに入ると、やっぱり視線を感じる。私を見ても何もないよ?
クッキーしか!
というわけで、視線を巡らして誰に声をかけようか考える。こういう甘い物って女の人に勧めてみた方がいいよね?
女性の冒険者って意外と多いんだよね。身体能力なんて魔法でどうにでもできるから、性別で向き不向きなんてない、らしい。むしろ護衛依頼の場合は護衛対象が女性の場合、やっぱり女の人とかに限定されちゃうから、ある意味では女性の方が有利なのかもしれない。
いや、でも、男性限定の依頼もあったし、そうでもないのかな?
とりあえず、あの人に声をかけてみよう。桃色のローブの女性。魔法使いかな?
「こんにちは!」
その人に声を掛けると、何故かびっくりしたみたいで目を丸めていた。
「ど、どうしたの?」
いや、なんで緊張してるの? いや、いいけどね。人見知りする人かもしれないし。
「美味しいクッキーはいかがですか! 試食です!」
手に持っていたバスケットを差し出す。バスケットには山盛りのクッキー。もちろん全てがアーちゃんのお手製だ。
「えっと……。試食? お金はいらないの?」
「はい。無料です。でも、一枚だけですよ?」
女性は頷くと、一枚取ってくれた。さてさて、どんな反応かな?
「ん……。なにこれ美味しい! すごく美味しい! こ、これ! どこで買えるの!?」
わあ。すごい食いつきだ。でも、予想はしていた。女性は甘いものが好きだからね。……偏見かな? でも、この人も例に漏れなかったみたいだ。
「これは試食です。シェリルちゃん」
私がシェリルちゃんを呼ぶと、おずおずといった様子でシェリルちゃんが前に出た。女性は首を傾げている。
「この子の宿で提供しています。夕食を宿で食べてくれたら、三枚。宿に泊まってくれたら、十枚、販売します」
「へえ……。うーん……」
「お値段は銀貨一枚」
「銀貨……。一枚で一枚?」
「はい」
うん。悩んでる。
多分だけど、ご飯を食べに来るのは大丈夫なんだと思う。でもやっぱり、銀貨一枚っていうのは高いんだろうね。その夕食よりも高くなってるんだから。
「すぐに決めないといけないわけじゃないので。それに、他の人にも宣伝しなきゃ、ですし」
ちらりと後ろを見る。いつの間にかこっちに来ていた他の女性に、ニノちゃんがクッキーを渡して私と同じことをしていた。続いて、少しずつ、主に女性、中には男性も集まってくる。
「そう、そうね……。ありがとう。必ず行くから」
「はい。待ってますね」
にっこり笑ってサービスだ。残りのクッキーを名残惜しそうにかじっていたから、きっとこの人は来てくれるだろう。
私はその人に背を向けると、ニノちゃんやシェリルちゃんを手伝い始めた。
「次からは事前に許可を取ってほしいのう」
「ごめんなさい」
ギルドの奥の、ギルドマスターの部屋。私たち三人は、苦笑しているマスターさんに頭を下げていた。
早い話が、怒られちゃいました。でもまあ、よく考えなくても当たり前だったよね。ギルドの中で勝手に宣伝を始めたんだから、怒られるのは当たり前だ。でも許可なんて下りないと思うし、仕方ないよね。悪いとは思うけど。
そう思ってたんだけど、マスターさんは首を振った。
「いや、許可なら出したとも」
「そうなんですか?」
「うむ」
マスターさん曰く、宿屋というのは初めてだけど、武器とか鎧を作ってる職人さんはたまに自分の作品の宣伝に来るらしい。荒事を担当する冒険者さんにとっては武具というのはとても大事なものだ。
冒険者にとっては新しい職人の武器を試せるし、職人さんにとってはお得意先を得られるかもしれない。双方にとってメリットがあるから、事前に申請すれば許可が下りるのだとか。
わざわざ新しい武器屋ができたからって行くのは面倒だもんね。なるほどと納得した。
「宿屋にとっても、他の街から冒険者が来ることは多々あるからのう。そういった者からすれば、どの宿がいいかは他の冒険者からの情報でしか知ることはできないものだ。こうして宣伝に来てくれれば、参考にもしやすいじゃろう?」
なるほど……? まあ、うん。マスターさんがいいなら、いいんだろう。
「えっと、それで、どうしたらいいですか? 罰金とか、ですか?」
「いやいや、子供の君たちにそんなことを言うはずがなかろう? その代わりに、わしにもクッキーをもらえるかのう?」
「…………」
えー……。なんだろう、この、色々な台無し感。悪いことしちゃったな、とは思ってるけど、なんだか一気に空気が弛緩したような気がする。
「さっきまでの話って、本当ですよね?」
「もちろんだとも」
本当かな? 疑問に思ったところで、私には確認することなんてできないんだけど。
とりあえずマスターさんにクッキーを三枚渡す。迷惑をかけたのは事実なので、特別に三枚だ。マスターさんは早速一枚食べて、大きく目を見開いた。
「なるほど、これは美味い。宿でご飯か宿泊で、買えるのだったね」
「はい。もっと欲しい時は、利用してください」
あの宿のためにやってるんだからね。これ以上はただで上げない。そう宣言すると、マスターさんは朗らかに笑って頷いた。
「うむ。よかろう。ところでこのクッキー、商品名は決まっておるのか?」
「え」
なにそれ。考えてなかった。すかさずシェリルちゃんに視線をやる。シェリルちゃんは勢いよく首を振った。二人でニノちゃんを見る。どうして私を見るの、とばかりに戸惑っている。かわいい。なでなでしよう。
「ふむ? 決まっておらんのか? それなら……」
「精霊のクッキー!」
シェリルちゃんが慌てたように言う。精霊のクッキーって、そのまますぎるよ。いや、でも、私たち以外にはちゃんとした意味は伝わらないだろうけど。精霊が作ったみたいに美味しいクッキーっていう意味、で押し通せば……。
そう思っていたんだけど、マスターさんは口を半開きにして呆けていた。
「そ、その名称で、本当にいいのか?」
「はい!」
「そうか……。何も起こらないということは、そういうことなのか……」
待って。ちょっと待って。なにこの反応。どういうこと?
「問題など起こらないだろうが、成功を祈るよ」
マスターさんが最後にそう言ってくれたけど、すごく気になる。特に、クッキーを危険物でも扱うようになったその態度に。
あとでシェリルちゃんに聞かないといけないね……。
壁|w・)いつものことではありますが、明日と明後日はお休みです。多分。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




