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「というわけで、私の友達のアーちゃんです」
「どもどもー。むだにおっきな木を管理している木っ端精霊、アーちゃんです!」
木っ端……?
「隠す方針?」
呆然としているシェリルちゃんの前で、こそっとアーちゃんに聞いてみる。アーちゃんは頷いて、
「別に世界樹の精霊とか言わなくていいでしょ。最低限でいいよ」
「そっか。まあ、アーちゃんに任せるよ」
「あいさー。おまかせなのよー」
今日のアーちゃんのテンションはちょっと高め。これは少し緊張してるんだと思う。アーちゃん本人はあのクッキーは売り物にならないって思ってるみたいだから、それを売り込むということで緊張しているのかもしれない。
ちょっとかわいいかも。なでなでしてみよう。なでなで。
「ちょっと、すずちゃん。何するの」
「撫でてるの。だめ?」
「いいよー。私も撫でる!」
何故か二人で撫で合う。うん。どうしてこうなった。
そうしている間に、アーシェさんが我に返ったみたいだ。おずおずといった様子で、私たちに声をかけてきた。
「あの、申し訳ありません。あなたが、クッキーを作っているという精霊様、でしょうか?」
「そうだよ。無駄におっきな木を管理している木っ端精霊です!」
さっきもそれ言ってたけど、仮にも自分が守ってる世界樹を無駄におっきな木って言うのはどうなんだろう。無駄って言うけど、あの世界樹がないとこの世界滅ぶんだよね? すごく大事な木じゃないの?
「まさかクッキーを作る精霊様がいるなんて、思いもしませんでした」
「まあ、そうだろうね。さすがに私ぐらいなものだよ。ほとんどの精霊が、人間に興味なんてないからね」
これは実際そうだと思う。私も旅の間に、アーちゃん以外の精霊さんと何度か会ったけど、一人として人間に進んで関わろうとはしていなかった。直接会った私にすら、必要最低限のことしか言わなかったほどだ。
あの家にいてくれた精霊さんたちはみんな気さくだったから、てっきり精霊はそういうものだと思っていた。アーちゃん曰く、そういった子を集めただけらしい。淡泊な性格が圧倒的多数派なんだとか。
「それで、いくらで買ってくれるのかな?」
「そう、ですね……。一枚につき、銀貨一枚でいかがでしょうか」
おお。クッキー一枚に銀貨一枚はかなりの高値だと思う。味もすごく良いし、精霊が作ってるってことで高くしたのかもしれない。
いや、でも、大きな街では大銀貨のクッキーとかもあった。それを思うと、それほどでもない、のかな? いやいや。落ち着け私。高いはずだ。ちょっと金銭感覚が麻痺してきたかもしれない。気をつけないと。
で、アーちゃんの反応はと言えば。
「は?」
すっごく低い声で思わず私の体が竦んだ。アーシェさんとシェリルちゃんが体を竦み上がらせて、ニノちゃんですら私にひっついてきた。ちょっと体が震えてる。
安すぎたのかな。少しだけ張り詰めた空気の中、アーちゃんが手招きして部屋の隅に行く。なんだろう?
「どうしたの?」
「すずちゃん。なんだかすっごく高いんだけど。これ、騙されてない?」
「…………」
「すずちゃん? どうして撫でてくるのかな?」
アーちゃんはいい子だなあ。
アーちゃんに、大きな街のすごく高いクッキーは大銀貨一枚するよと教えたら、人間の正気を疑い始めた。たかがお菓子に大銀貨とか馬鹿じゃないの、だそうだ。
うん。私も思わなくもないけど、落ち着いて考えてほしい。
クッキーそのものが、いわゆる贅沢品だよ?
「そう言えばそうだった! ということは、私のクッキーをご飯にすることがあるすずちゃんはすごく贅沢してるってことだね!」
「食べきれない量を押しつけてくるのは誰かな……?」
「あ、ごめん。いや、ほんと、ごめん。だから怒らないで」
冷や汗をかくという珍しいアーちゃんと一緒に、アーシェさんの元まで戻る。そう言えば結局どうするのか聞いてないけど、アーちゃんはどうするのかな。高くするのか、安くするのか、どっちだろう。
少しだけ、どうしてか私も緊張しながらアーちゃんの言葉を待つ。
「じゃあ、クッキー一枚につき銀貨一枚でいいよ。でも、条件がある」
「条件ですか?」
「うん。このお部屋、ちょうだい?」
にっこり笑顔のアーちゃん。どういうことだろう?
「この部屋、ですか?」
「うん。今後ずっと、このお部屋は使わせてよ。私からクッキーを買い取る間、ずっと、ね」
意味は分かったけど、意図が分からない。アーちゃんが実際に泊まるとは思えないし、何に使うんだろう?
「何に使うのか分からないって顔だね、すずちゃん」
にこにこ楽しそうな顔で聞いてくる。私が頷くと、アーちゃんは答えてくれる。
「拠点が欲しかったの。ここがあれば、この街で食べ歩きもできるかなって。できるかなって!」
「ああ、そういう……」
アーちゃんの遊び場が増えました。……私は悪くないはずだ。多分。
「とりあえず今後は、欲しい枚数分の銀貨をこの部屋のテーブルにでも置いておいてよ。夜の間に取り替えてあげるから」
「分かりました。本当に、ありがとうございます」
深々と頭を下げるアーシェさん。ただ、私としてはちょっと疑問だ。こんなに高いクッキーを買いに来る人はいるのかな。
「ところでいくらで売るつもりなの?」
「銀貨一枚よ」
ん……? 原価と同じだと、利益がないんじゃ……。
「ここで食事、もしくは宿泊してくれた人に枚数を決めて販売しようと思うのだけど、どうかしら」
「なるほど。あくまで客寄せの商品ってことだね」
枚数制限とか少し驚いたけど、クッキーを作るアーちゃんに配慮したのかもしれない。そう言えばアーちゃんは一日何枚のクッキーを作ってるんだろ?
聞いてみると、アーちゃんは思い出すように視線を上向かせて、
「千枚ぐらいかなあ」
「…………」
なるほど。
「じゃあ、私の手持ちもたくさんあることですし、ちょっと宣伝とかしてきますね。ギルドとかに」
「本当? 助かるわ。お願いね」
私たちは聞かなかったことにした。アーちゃんが拗ねちゃったけど、なでなでしてあげるとすぐに機嫌を直した。こういうのを、ちょろい、て言うんだろうね。
壁|w・)昨日はちょっと忙しかったのです。申し訳ないのです。
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ではでは。




