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09


 酒場の人たちの態度の理由が、あっさりと判明した。


「ですからね、アーシェさん。そろそろこんな宿は引き払って、こちらの宿で働きませんか?」


 私たちが宿に戻ると、見た目格好良い男の人がアーシェさんに話しかけていた。アーシェさんは無視して机を拭いてる。でもずっと同じところを拭いているから、平静ではないみたいだ。


「どうせ客も来てないだろう? 借金をする前に見切りを付けた方がいいと思うよ?」

「余計なお世話です」


 アーシェさんの冷たい声。すごくいらいらしているのが私にも分かる。


「僕はね。君たち家族のことが純粋に心配なんだよ。分かるだろう?」

「分かりません」


 なんというか。ある意味ですごく分かりやすい人かもしれない。絵に描いたような悪役さんだ。聞いてる私でもちょっとむかっとしちゃう。


「シェリルちゃん。あれは?」


 小声で聞いてみると、シェリルちゃんは困ったように眉尻を下げた。


「この街で一番大きい宿の人。私たちとは今まで何の関係もなかったはずなんだけど、お父さんがいなくなってしばらくしてから、こうしてお母さんを誘いに来てる」


 つまり、えっと、なんだっけ? へっどはんてぃんぐ、とかなんとか、テレビで聞いたような気が……。そういうのかな。


「その宿に行かないの?」

「うん。お母さんはこの宿を守りたいらしいから」

「あー……。そっか」


 その理由なら、どれだけ条件が良くても別の宿になんて行かないだろうね。きっと、アーシェさんにとってこの宿は、私のとってのあの山の家と同じなんだ。手放せるわけがない。

 この家で暮らしながら別の宿で働く、とかはしないのかな。でも、それだと、宿を守ってるとは、言えないのかな。その辺りはアーシェさん次第だろうから何も分からないけど。


「どうせ客もいないんだ。今からでもどうだい?」


 男の人がそう言うと、アーシェさんはすごく呆れたような目になった。


「特例持ちの子が泊まっていますが」

「え。は? そんな馬鹿な。いやでも、そんな一人だけのお金じゃもう立て直すことはできないだろう? 諦めなよ」


 ふむう。話を聞いてる限り、男の人の言い分もちょっと分かる。多分、というより間違い無く、このお宿はかなりぎりぎりだと思うから。

 でも、だからってそれは赤の他人が言うことじゃないと思うんだけどね。

 気に入った宿をなんだか馬鹿にされたような気がして私もちょっと腹が立ってきたから、追い返すのに協力しよう。


「あのー。戻りました」


 私が声をかけると、アーシェさんは驚いたように振り返った。ああ、うん。気付いてなかったんだね。


「お、おかえりなさい、すずちゃん。夕食の用意をするわね」

「お願いします。ところでこの人は誰ですか? お客さん?」


 私が視線を向けると、男の人はちょっと戸惑ったようだった。なんだろう、ちょっと警戒されてるような気がする。まだ何もしてないと思うんだけど。


「ああ、その人は、気にしなくていいのよ」

「そうですか? じゃあいいです。それよりもご飯が楽しみですし」

「あら。そう言ってもらえると嬉しいわね。それじゃあもう少し待っていてね」


 アーシェさんはそう言うと、厨房へと歩いて行く。残されたのは、私たちと男の人だけ。


「あの、邪魔ですよ?」


 私が声をかけると、男の人は肩を竦めて出て行った。物わかりが良い人で良かった。




 夕食後。改めて詳しい話を聞くことにした。


「聞いて楽しい話でもないわよ?」

「それでも、です。話したくないのなら諦めますけど」

「そこまで、でもないのだけど」


 アーシェさん曰く、あの男の人はオスカーという人で、シェリルちゃんから聞いた通り一番大きな宿の経営者さんらしい。宿の経営という同じことをしている人だけど、立地の違いもあって特に競合するようなこともなかったんだって。

 でも、一年前、旦那さん、つまりはシェリルちゃんのお父さんがいなくなって一ヶ月ほどしてから、こうしてこの宿に来るようになったらしい。その度に、自分の宿で働くように誘われているのだとか。

 なんだろう。ヘッドハンティング、だっけ。それかと思ったけど、なんだかお父さんがいなくなったから声をかけてるような気がする。まさかとは思うけど……。


「そのせいかしらね。あの人は私に懸想していて、旦那が帰ってこないから声をかけにきてると噂になってるのよ」

「あー……」


 うん。まあ、そう思っても仕方ないと思う。私もちょっと思ったし。


「実際はどうなんですか?」

「分からないわよ。ただ少なくとも、あの人からそういったことを言ってきたことはないわよ」

「あ、そうなんだ」


 ということは、やっぱりただの勧誘なのかな。

 まあ、こればっかりは私たちで考えても分かるはずもないか。本人に聞いてみないと。


「ただ、正直言うと、話を受けないといけないかもしれないの」

「え」


 シェリルちゃんが驚いて目をまん丸にする。どうして、とシェリルちゃんが震えた声で聞くと、アーシェさんは悲しげに眉尻を下げてしまった。


「蓄えも、もう尽きそうなのよ。借金だけはしたくないし。シェリルの将来に、余計なものは残したくないもの」

「それは、でも……!」


 アーシェさんにとって、この宿はどうしても守りたいもの。けれどもそれよりも、自分の娘の方が大事ってことなんだろう。シェリルちゃんに借金を残してしまうぐらいなら、この宿を手放す方がいいらしい。

 当然と言えば当然だけど、シェリルちゃんはそれで納得できないわけで。でも、解決策もない。あったら、最初からやってるよね。

 重々しい雰囲気で黙り込む二人。ふむう……。


「お姉ちゃん。どうにかならない?」

「ニノちゃん、無茶言わないで。さすがに二人を養うときりがなくなるし」

「そうじゃなくて。宿を人気にしたり?」

「それこそ無茶だよ。立地が良くないからどうしても何か明確な強みがいるだろうけど、そんなもの私には分からないし……」


 いや、待って。ちょっと待って。

 強み。シェリルちゃんのお父さんがいる間は、お父さんが狩ってきたものを使った、美味しくて安い料理。さすがに私にはそれはできない。ずっとこの街にいるわけでもないから。

 でも、強みになるものを提供することはできるのでは? 例えば、そう。

 これ、とか。


「まあまあ、とりあえずこれでも食べて落ち着こうよ」


 クッキーを、差し出す。お皿に入ったクッキーを。シェリルちゃんはちょっとだけ元気になってクッキーを食べ始めた。うん。子供はやっぱり笑顔でないとね。

 アーシェさんもどうぞ。美味しいでしょ?


「ところでアーシェさん」

「なにかしら」

「このクッキーは目玉になりますか? よければ、作ってる子を紹介しますよ」

「え」




 突然だけど、私の友達のアーちゃんは、よく人の街に遊びに行くらしい。買い食いもするみたいで、その時のお金はちょっとしたお手伝いとかして手に入れてる。魔力結晶を売らないのか聞いてみたところ、目立つからだめ、とのことだった。ですよね。


 実際に旅をしてる私が売るのはともかく、普段はどこにもいないアーちゃんが、ふらっと現れるたびに結晶を売る。うん。すごく怪しい。

 それなら、と私は思うわけです。


 クッキーを売ればいいんじゃないかな?


壁|w・)クッキーの旅立ち。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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