08
私たちが入った瞬間、店中の視線がこちらを向いた。どの視線も怪訝そうというか、珍しそうというか、そんな感じ。子供が入ってくることなんてまずないだろうからね。
ああ、シェリルちゃんが萎縮しちゃってる! 大丈夫大丈夫、怖くないよ? ほら、ニノちゃんの尻尾でももふもふしておくと、落ち着くよ?
「お姉ちゃん?」
「冗談です」
でもニノちゃんは尻尾をシェリルちゃんに差し出してる。さすがニノちゃん、撫でてあげよう。
私たちのそんな様子に毒気を抜かれたのか、誰もが苦笑いだ。お店の雰囲気も軽くなったところで、カウンターに向かう。まずは煮物。それがないと始まらない。
「煮物ください!」
「あん? ……ああ、そう言えば昼に来た奴が、子供に教えたから来るかもって言ってたな。嬢ちゃんたちのことか」
店長さんかどうかは分からないけど、髭を生やした格好良いおじさんが納得顔で頷いた。こういうのを
ダンディっていうのかな。それともはーどぼいるど? 違う?
「待ってな、すぐ作ってやるから」
おじさんはそう言うとカウンターの奥にある部屋に入っていった。多分そこが厨房なんだろうね。
「ガキが来るところじゃねえぞ? ここは酒を飲むところだ」
私たちが座ると、隣の男の人が声を掛けてきた。
「うん。でも煮物が美味しいって聞きました。食べたいなって」
「それでも酒場になんて来るもんじゃねえんだよ! いいか? 酒場ってのは酔っ払いの巣窟だ。特に嬢ちゃんたちはかわいいんだから、変な輩が寄ってくるかもしれねえだろ!」
いい人だなあ。
「おいおい、誰がそんなことするんだよ!」
「むしろそんな変態はお前だけだろ! 嬢ちゃんたち、はやく逃げてこっち来い!」
「うるせえよボケ共!」
仲いいなあ。
私がにこにこそのやり取りを見ていると、ニノちゃんがちょんちょんと肩をつついてきた。どうしたのかと振り返ると、料理が運ばれてきたらしい。すごく早い。
「早いですね」
私がおじさんに言うと、彼は少し呆れたような目を向けてきた。
「朝から仕込んでるんだよ。でないと一人で酒場なんて切り盛りできるわけないだろう」
「なるほど?」
それはつまり、作り置きってことでは。本当に美味しいのかな? いやでも、味が染みこんでるとも言えるのかな。
不安になりつつ、置かれた煮物を見てみる。お魚の煮付け、かな? この世界で見るとは思わなかった。何のお魚かは分からないけど。
シェリルちゃんはお腹がいっぱいらしいので、食べるのは私とニノちゃんだけだ。さっそく煮付けを食べてみると、意外なほどに美味しかった。しっかりと味が染みこんでいて、これはこれでいいかもしれない。
普段はお肉ばかり食べるニノちゃんも、これには満足みたいで尻尾がぱたぱた揺れてる。でもねニノちゃん。やっぱり骨ごと食べるのは、どうかと思うの。ほら、おじさんがニノちゃんを見て目を丸くしてるよ? あ、美味しい? そうですか、ならいいや。
でも確かに、骨も結構柔らかくなってるんだよね。だから食べられないことはない。ほら、こう、ばりっと……、ばり……と……。
「嬢ちゃん。無理はしない方がいいと思うぞ俺は」
「くっ……! 妹にできて私ができないとか! 姉の威厳が!」
「張り合うところ間違えてるからな?」
ですよね。仕方ないので諦めよう。……あ、ニノちゃんが食べるの? いや、いいけどね?
私が食べ終わった骨までばりばり食べ始めたニノちゃんをみんなで何とも言えない表情で見守る。獣人ってすげえな、と隣に座る人が零した。私もそう思います。
「ところでですね。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
おじさんに話を振ると、こちらへと視線を向けてくれる。話せ、てことかな?
「この子の、ニノちゃんの両親と故郷を探して旅してます。難しいとは分かってるんですけど、何か知りませんか? 子供を探してる狐人さんとか」
「うん……? てことは、特例持ちはお前らか」
「あ、はい。そうです」
噂にでもなってるのかな? 特例持ちは珍しいから仕方ないかもしれないけど。
「こいつの両親ねえ……」
おじさんはばりばり骨を食べているニノちゃんをじっと見る。見られていることに気付いたニノちゃんもおじさんを見る。うん。とりあえず食べるのをやめようか。
「あー……。わからん。おいお前ら! ちょっと来い!」
おじさんが大声で叫ぶと、冒険者さんたちが集まってきた。おじさんが事情を説明してくれて、みんながニノちゃんを見る。そんな中で骨をばりばりし続けるニノちゃんは大物になれるかもしれない。いや、褒めてないからね、ニノちゃん。
シェリルちゃんはすっかり萎縮しちゃって、小さくなって水をすすってる。先に帰してあげれば良かったかもしれない。
冒険者さんたちがあーだこーだと言い続けて、結論はいつものものだった。つまりは、分からない。期待してなかったとはいえ、やっぱり少しがっかりしてしまう。
「悪いな、力になれなくて」
「いえいえ。仕方ないですよ。正直に言うと、駄目で元々なので」
「そうか。もし何か分かれば連絡しよう。どこの宿だ?」
すっごくいい人だ。ありがとうございますとお礼を言うと、おじさんは少しだけ頬を染めてそっぽを向いた。
「今はこの子の宿に泊まってます」
「ん?」
おじさんがシェリルちゃんを見る。冒険者さんたちもシェリルちゃんを見る。
そして。みんなが、顔をしかめた。
んー……?
「何ですかその反応」
「いや……。その、なんだ……」
「宿でしたらすごくいい宿です。とても、いい宿です」
確かに場所は悪いかもしれない。でも、アーシェさんもシェリルちゃんもすごくいい人で、隅から隅まで掃除が行き届いていてすごく気持ちが良い。場所によっては高いだけで汚い宿もあるのを考えると、すごくいい宿だと思う。
だから、悪く言われるのはちょっと気分が悪い。
そう思っていたんだけど。
「いや、そうじゃなくてだな……」
何故かみんな、煮え切らない言葉だ。言うべきか、言わざるべきか、とても悩んでる。おじさんは少し悩んだ後、私へと言った。
「じきに分かると思うが、それでも俺の口からは言わないでおく。知りたいことがあれば、また来い。今は、言えない」
やっぱりよく分からない。私たちは首を傾げながらも、お金を払って酒場を後にした。
壁|w・)魚の煮付けは、実際には味を染みこませない方がいいらしいです。
きっと作中の煮付けはお魚にとてもとてもよく合う煮汁なのです。多分。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




