05
「自己紹介がまだでしたね。私はシェリルの母、アーシェと申します」
アーシェさんが丁寧に頭を下げてきたので、私も下げておく。
「名乗りましたけど、すずです。こっちはニノちゃん。二人で旅をしています」
私がそう言うと、アーシェさんは少しだけ驚いているうようにも見える。やっぱり子供の二人旅っていうのは、聞いていてもそう簡単に信じられないみたいだ。
「ところで、今更なんですけど、一泊いくらですか?」
私が聞くと、アーシェさんの目がまん丸になった。知らないとは思ってなかったみたいだ。アーシェさんが呆れたような視線をシェリルちゃんに向けて、シェリルちゃんの頬は引きつっていた。
普通はシェリルちゃんが私たちを連れてきたんだから、すでに教えているものと思うよね。
「一部屋銀貨五枚となります。ですが、もし不足しているようでしたら、こちらの説明不足ですのでその分は……」
「あ、いえ。大丈夫です。ちゃんとあります」
こう見えてもお金には困ってないのだ。私たちはお金持ちです。ふふふん。
冗談だからニノちゃん、その呆れ果てた視線をやめてね?
「六泊お願いします」
私が大銀貨を三枚差し出すと、アーシェさんはしっかりと受け取って、
「頂戴致しました。ところで明日からのご予定をお伺いしても……」
「あ、アーシェさん。そんな固い口調じゃなくてもいいですよ?」
お客といっても、私たちは見た目子供だし、それになんとなく、すごく壁を感じてしまう。どうせなら、自然な感じで話してほしい。私の我が儘かもしれないから、無理にとは言わないけど。
どうかなと思ってアーシェさんを見ていると、小さく苦笑したのが分かった。
「分かったわ。これでいいかしら」
「うん。ありがとう」
うん。この方がやっぱり話しやすい。
「それで、明日からの予定も聞いてもいい? よければシェリルを案内に使ってくれてもいいけれど」
「え」
シェリルちゃんは寝耳に水だったみたいで唖然とアーシェさんを見ている。よくお手伝いしてるってあの常連さんたちが言ってたし、明日もそのつもりだったんだろう。
「いいの?」
「いいわよ。人手が足りないほど忙しくないから」
すごく返答に困る。でも、うん。それなら、シェリルちゃんには街を案内してもらおう。ギルドにも行かないといけないし、食べ歩きもしたいしね。
お願いしますとシェリルちゃんに言うと、笑いながら頷いてくれた。
「あのね、ところですずちゃん。このクッキーは食べていいの?」
「いいよ。食べちゃだめなものを出さないよ」
「そ、それじゃあ、一つ……」
シェリルちゃんがクッキーを手に取る。食べて食べて、たくさん食べて。いくら食べても減らなくて困ってるから。絶対アーちゃんがこっそり追加入れてるから。
「わ……。なにこれ、すごく美味しい……!」
「え? わ、私もいいかしら」
「どうぞどうぞ。たくさんあるからね」
アーシェさんもクッキーを口に入れる。大きく目を見開いて、何度も噛む。
うんうん。美味しいでしょ? 最初の頃よりさらに美味しくなってるからね。アーちゃんの努力がうかがい知れる。お菓子作りに全力な精霊ってどうかと思わなくもないけど。
「これは……本当に美味しいわね……。ここまで美味しいクッキーは初めて食べたわ」
「ふふん。そうでしょ? まだまだあるからたくさん食べてね。ニノちゃんも、ほら」
「うん」
その後はみんなでクッキーを食べ続けた。シェリルちゃんとか一心不乱だった。そんなに気に入ったのなら、またあげるんだけどね。
深夜。ぐっすり眠っているニノちゃんを撫でてから、私はいつものようにアーちゃんを呼んだ。
「アーちゃん」
「はいはーい。クッキー作りにどはまりしてる変な精霊のアーちゃんだよー。はい、今日の分」
ふわりと出てきたアーちゃんは、そのまま大きなバスケットをテーブルの上に置いた。どうやってか知らないけど、木の枝で編まれたバスケットには、たっぷりとクッキーが入ってる。
さすがに大きすぎるんじゃないかな。テーブルよりも横幅があるってどういうことなの?
ちょっとだけ頬を引きつらせつつ中を見ると、なんだかいつもと違うクッキーだった。黒いつぶつぶが入ってる。チョコクッキーかな?
聞いてみると、アーちゃんはにんまりと笑って、
「大正解! 今回はチョコクッキーです! チョコは日本のコンビニから買ってきたよ!」
「お菓子作りのためにさらっと世界を越えるのやめよう?」
普段からちょくちょく日本に行ってるのは何となく分かってたけど、まさかお菓子の材料を買いに行く目的だとは思わなかった。気軽に世界を越えすぎだと思う。
でも、だからこそ私を拾ってもらえたことを思うと、ちょっとだけ複雑な心境だ。
「アーちゃん。クッキーをこの宿の人にあげたけど、よかったんだよね?」
「もちろん。たくさん作ってるからね。……何か感想、言ってた?」
「今まで食べたクッキーで一番美味しかったって」
「おー! ちょっと嬉しいかも!」
機嫌良さそうに笑うアーちゃん。もしかしたら結構気にしてたのかな。普段は私とニノちゃんしか食べてないし、他の感想も聞きたかったのかもしれない。
「よっし、もっとたくさん作っちゃおう!」
「それはやめて」
「えー」
放っておくと、次は部屋いっぱいのクッキーを渡されかねない。そろそろ本当に自重してほしい。
「ところですずちゃん。今はどんな街にいるの?」
持ってきたクッキーを自分で食べ始めたアーちゃんに思わず苦笑しながら、私はこの街のことを話した。もっとも、あまり多くのことは話せないけど。まだギルドにすら顔を出してないし。
全て聞き終えたアーちゃんは、ふむふむと頷いて、
「すごく退屈そうな街だね!」
「なんてこと言うかな!?」
私もちょっと思っちゃったけど、それは言っちゃだめなやつだよアーちゃん!
でも本当に、聞けば聞くほど何もなさそうだ。名産になるような何かがあって自然とできあがった街じゃなくて、街と街の行き来のためにできあがった街。
「でも、だからこそ美味しいものとかいっぱいありそうじゃないかな」
「そうなの?」
「そうなの」
そう思いたい。
「ま、いいや。美味しいものあったら、またお土産よろしくね」
「うん。任せて」
すっかりアーちゃんも食べることが大好きになってしまった。誰のせいかと聞かれれば、間違い無く私が原因だ。美味しいものがあったらこっそりリュックにしまっておいて、街を出てからアーちゃんにお裾分けをするというのを繰り返している。
そうしているといつの間にかアーちゃんもそういった料理を楽しみにするようになってた。困ったものだね全くあははー。
「それじゃあ、またね!」
「うん」
アーちゃんが忽然と姿を消してから、私はニノちゃんが眠るベッドに戻った。
壁|w・)チョコよりバターが好きです。
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ではでは。




