04
ニノちゃんは私のことが嫌いらしい。よく分かった。ああ、よく分かったとも。
額にできたたんこぶをさすりながら、ニノちゃんを一瞥する。ニノちゃんは視線をあっちこっちへ彷徨わせていた。反省してほしいんだけど。
「あのね、お姉ちゃん。あの……。ごめんなさい……」
しゅん、と落ち込むニノちゃん。かわいいなあもう。
「でも許さない」
「あ……」
「尻尾をもふもふさせてくれたら許してあげる」
「いつもしてるような気がするんだけど」
ニノちゃんが小さく笑いながら、尻尾を差し出してきた。
ふふふ。この尻尾は本当に魔性の尻尾だ。毎日毎日丁寧にお手入れしているからか、心なしか輝いて見える。いずれ九尾の狐よろしく尻尾が増えるんじゃないかな。
「お姉ちゃん。ご飯に行こうよ」
おっとそうだった。シェリルちゃんが、いつでもいいと言ってたんだった。いつでもいいということは、今からら行っても大丈夫ってことじゃないかな。
というわけで、名残惜しいけどニノちゃんの尻尾を放して一階に行くことになった。
「お姉ちゃんって尻尾大好きだよね。どうして?」
「んー? だってニノちゃんの尻尾、ふわふわだからね。触り心地がいいの」
歩きながら、ニノちゃんと話をする。ふむう、とニノちゃんは首を傾げると、自分の尻尾を抱きしめた。やっぱりよく分からない、といった様子に見える。
これはあれだよね、持っている人は持っていない人の気持ちが分からないってやつ。違うか。
階段を下りた先、食堂にはまだお客さんがいた。
食堂はあまり広くなくて、カウンター以外にはテーブルが三つあるだけだ。シェリルちゃん曰く、忙しい時は予約制になってたらしい。今はそんなことはなくて、カウンター席に知らない人が三人座っているだけだ。
おじさんとおばさん、あとおじいさんが座ってる。多分夫婦とそのお父さん、だと思う。予想だけどね。
彼らは私とニノちゃんを見つけると、嬉しそうに手招きしてきた。
「どうする? ニノちゃん」
「お姉ちゃんと一緒ならいいよ」
「じゃあ、お邪魔しちゃおう」
ニノちゃんの手を引いて、カウンター席へ。席は五つあって、左側二つを空けてくれていたのでそこに座る。
「宿の利用客って久しぶりね。ありがとうね」
おばさんの声。この宿の人なのかなと思ってしまうけど、ここでご飯を食べてるってことは違うんだよね。宿の人とお友達で心配してるってところかな?
「シェリルちゃんがいい子だったので、きっとここもいい宿なんだろうなと思って来ました」
嘘偽りなくそう答えると、あれ、カウンターの奥から何かを落とす音が聞こえてきた。すぐに奥からシェリルちゃんが顔を出してくる。奥は厨房か何かになってるのかな。
「すずちゃん、そんな理由で決めたの?」
「いやいや。人は大事な理由だよ。嫌いな人の宿になんて泊まりたくないし」
商人さんなら利便性を求めるのかもしれないけど、私たちは観光目的だ。滞在中の宿は好きな人がいてほしいんだよね。嫌いな人といても息が詰まるだけだ。お互いに。
私がそう言うと、おじさんは納得して何度も頷いた。
「なるほど。理解はできるよ。それにしても、観光か……」
おじさんが、すごく困ったような表情になった。
理由は知ってる。ここは街と街を繋ぐ中継点の街。小さなキャンプ地から少しずつ発展してできた街だそうで、名産品とかそういったものは全くない、らしい。ここで買えるものは前後の街でも買えちゃうのだ。
だから、本当ならあまり長い期間滞在する必要はないのかもしれない。ないのかもしれないけど、どうせならしっかりと見て回りたい。現地の人だと気付かないものもあるかもしれないしね。
それにニノちゃんを休ませたい、というのもある。疲れてなさそうだけど、念のため。これが一番の理由かな。
「あ、すずちゃん、ニノちゃん、食べられないものってある? お野菜がだめとかお肉がだめとか」
シェリルちゃんが聞いてきたので、私は首を振って答える。
「何もないよ。何でも食べる。特に私の妹は腹ぺこだから何でも食べちゃう」
「お姉ちゃん……」
じと目のニノちゃんもかわいいなあ。なでなで。
「事実だよね?」
「…………」
そっと目を逸らすニノちゃん。串焼き肉を食べた時も一番に食べ終わってたからね。
「あはは。それじゃあ、大盛りでお願いしてくるね」
「うん。お願い」
シェリルちゃんは頷くと、奥に戻っていった。ご飯はニノちゃんもたっぷり食べられそうだ。
うん。謝るからそんな目で見ないでね、ニノちゃん。
「ところで、宿の人がいない間にちょっと聞きたいんですけど」
おじさんたちに声をかける。シェリルちゃんには聞けなかったことを聞いておきたい。
「シェリルちゃんからお父さんはいないって聞きましたけど、どうしてですか?」
私の質問に、三人が揃って苦い表情を浮かべた。ああ、うん。これは、やっぱりそういうことみたいだ。出て行った、とかじゃなくて本当に亡くなっているらしい。まあ出て行っただけなら、経営が怪しくなった時点で別の職を探してるか。
きっと、ここを守りたいんだろうな、とは何となく感じていた。
そうしている間に、おじいさんがぽつりぽつりと話してくれた。
シェリルちゃんのお父さんがいなくなったのは、一年前らしい。狩りに行ったきり、戻ってこなかったんだそうだ。死体は見つかってないけど、血まみれの剣や衣服の切れ端が見つかったから、魔物に食べられたと判断されたんだって。
かわいそう、だとは思うけど、けれどしばらく旅をして分かったことは、決して珍しい話でもないということだ。どこの街にも孤児院があって、孤児院で暮らす子たちは大なり小なりそんな過去を抱えている。だから、気にしすぎる必要はない。
ない、けども……。
「んむー……」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「何でもないよ。もふもふ」
とりあえずニノちゃんの尻尾をもふもふして落ち着こう。ニノちゃんは、今回は何も言ってこない。この子は察しがいいから、こういう時はいつも許してくれる。
「私に死者蘇生ができればいいんだけどね……」
「お姉ちゃんは神様にでもなりたいの?」
私の呟きに、ニノちゃんが嘆息して反応してくれる。そういうわけでも、ないんだけど。
「まあ、今はとにかくご飯だよね」
「お姉ちゃんも十分食い意地が張ってると思う」
食べ歩きは旅の醍醐味だからね!
夕食を食べた後は、そのまま食堂で明日の予定を決める。部屋で決めてもいいんだけど、ここにはシェリルちゃんもいるからね。この街で暮らすシェリルちゃんの意見も聞きたいところだ。
というわけで、あの三人が帰った後の食堂で、テーブル席に私たちは集まっている。私とニノちゃんが並んで座って、シェリルちゃんとそのお母さんが向かい側。テーブルの中央には、私が用意したクッキーを出している。
これは私の我が儘だ。話を聞いてもらう、意見を聞かせてもらうつもりなら、こちらも何かを差し出さないとだめだ。
いや、それがクッキーっていうのはどうかと思うけど。しかももらい物だしこのクッキー。
このクッキーはアーちゃんからもらったものだ。まだ余ってる。むしろ増えてるのは気のせいかな……?
壁|w・)増殖するクッキー。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




