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ちょっと暇つぶしにうろうろ散歩してたんだけどね? こっちに向かってくる、というかおっきな魔物に追われてる馬車があったの。いや追われてるっていうか、襲われてるっていうか。うん。ほとんど全滅してた。
かわいそうだから埋葬ぐらいしてあげようかなって魔物を追い払って、穴を作って、遺体を放り込んでたんだけどね。なんとびっくり、その子だけ無傷で生きてたの。多分一緒にいた誰かが守ってあげてたんだろうね。
起こして話を聞いてみたら、変な人に捕まって、奴隷にされてしまったらしくて。うん、そうそう。違法奴隷。情報が早いね。さすがすずちゃん!
あ、うん。ごめん。続けるね。
これも何かの縁だと思って故郷に返してあげようかなと思ったんだけど、残念ながらなーんにも覚えてないみたいで。名前だけは首輪にあったんだけどね。うん、そう、首輪。それそれ、銀色のやつ。本名かどうかまでは分からないかな。
記憶を消す魔法? あるよ。忘却魔法ってやつ。うん。封じるわけじゃなくて、忘却。だから、記憶が戻ることはない。こればっかりは、私でもどうにもできないよ。私は、長く生きただけの精霊だから。
でも、多分強く記憶に刻まれてて、ぎりぎり残ったんだろうね。故郷の景色とか、両親の顔とかはうすぼんやりと覚えてるみたいで。帰りたい、会いたいって泣いちゃって。どうしていいのか分からなくて、眠らせちゃった。
いつ? えっと、三日前ぐらい。眠ったままっていうか……、その、時間、止めてるの。この子の時間。だからこの子にとってはさっきの出来事。
ぴゃ! ごめんなさい! 悪気はなかったの! いやほんとどうしていいか分からなくて! 反省してます! ごめんなさい!
う、うん。次からすぐに相談するね。うん。気をつける。うん。
えへへー。すずちゃんやっぱり優しいなー。
そんな説明だった。時間を止めてるって聞かされて怒った私は悪くないと思う。気持ちは分からなくはないんだけど。
今は、私が住んでいたあのおじいちゃんとおばあちゃんの家にいる。クロスケさんに送ってもらって、ここまで来た。理由は、服だ。
この子、首輪の名前を信じるなら、ニノちゃんは奴隷だったらしくて、着ていたものは薄汚れた布きれのような服だった。さすがにこのまま連れ歩くのは問題しかない。兵士さんに捕まる未来しか見えない。
なので、何か服をもらっていこうと思ってここにいる。
「おじいちゃん。おばあちゃん。服をちょっともらっていくね」
お墓に手を合わせて報告してから、箪笥や押し入れの中を探していく。大人の服は大きすぎるので、この家に昔住んでいたという子供の服が欲しいところだ。できれば動きやすい服があるといいんだけど。
ちなみにニノちゃんの容姿は、薄い栗色のちょっと長めの髪で、外見は十歳かもう少し上ぐらい。つまりは私よりもちょっとだけ小さいぐらい。そして何よりの特徴は、狐のような耳と尻尾。
そう。つまり、獣人だ。亜人なのか獣人なのか分からなかったけど、アーちゃんが言うには獣人で正しいらしい。むしろ亜人はどちらかというと蔑称だから気をつけるように、と言われてしまった。
その耳も尻尾も、当然髪も、汚れていてちょっと見ていられないぐらいにかわいそうなことになっている。お風呂にも入れてあげたい。というわけで、アーちゃんにお願いしてお湯を用意してもらっている。
この家の電化製品は全部動く。ガスも出るし水道も出る。どうしてかと聞かれれば、至って単純で、アーちゃん配下の精霊さんたちが常駐してくれている。ごめんねと謝っておいたら、久しぶりの仕事だと張り切っていた。ありがたいことだね。
「あ……。これなんか良さそう」
見つけたのは和服、ではなくて、忍者服。どこかのお土産屋さんで買ってきたのかな。ピンク色で可愛らしい、と思う。……目立つと駄目な忍者なのにピンク色ってどうなんだろう。気にしたらだめだとは分かってるけど。
逆転の発想だ。むしろ目立つことで他の仲間を逃がす! きっとこれだ! ……まず見つかるなって話だよ!
ともかく、服を持ってニノちゃんを寝かせている部屋に入ると、すでにニノちゃんは起きていた。ただまだ意識がはっきりしてないみたいで、なんだかぼんやりとしている。
「おはよう、ニノちゃん。よく眠れた?」
私が声をかけると、ニノちゃんがびくっと体を震わせた。驚かせちゃったかな。
「あ、の……」
「うん。落ち着いて。私の友達がニノちゃんを保護して、自由に動けないその子の代わりに私がここまで連れてきたんだよ」
「…………。ありがとう、ございます……」
「いえいえ」
まだ状況は飲み込めていないだろうに、しっかりと私にお礼を言ってくる。見た目以上にしっかりした子だ。
「とりあえずお風呂にでも入ろっか。お湯はたっぷりあるよ」
「おふろ……?」
「ん……? お風呂のない文化、かな?」
そう言えば、あの街にもお風呂はなかった。
この世界には魔法がある。つまりは魔法一発で体を綺麗にするこもできたりするのだ。初めて見た時は感動したけど、同時に寂しくなった。お風呂がないとかこの世界の人はもったいないにもほどがある。
実際には、あるらしいけど。ただやっぱり贅沢品なんだって。
ぼんやりしたままのニノちゃんの手を引いて、お風呂に向かう。服を脱がして、浴室へ。
「わあ……」
湯気で満ちる浴室にニノちゃんが感嘆のため息をもらした。ちょっとだけ得意になる。ふふふ。お風呂の魅力はまだまだこれからだよ。
「とりあえず体洗おうね」
たっぷりとお湯で満たされた湯船にニノちゃんの視線が固定されてるけど、とりあえずは体を洗わないと。あっちこっち泥だらけだ。
石けんをつけたタオルでごしごし洗っていく。大人しくしてくれているので、洗うのが楽だ。髪を洗う時も特に嫌がらなかったけど、耳と尻尾は嫌がった。自分で洗う、とのことで手でごしごしこすっていた。ちょっと触ってみたかったんだけどね。
その後は、お風呂へ。
「はふうぅ」
おお、ニノちゃんがとろけてる。気持ちいいでしょ? お風呂はこれだからやめられないのだ。
五分が経って。十分が経って。……いやまだ出ないの?
「ニノちゃん。そろそろ上がろう?」
「やー」
気に入ってくれるのは嬉しいけど、さすがにこれ以上はのぼせてしまう。
「ニノちゃん」
もう一度、名前を呼ぶ。私の声色の変化が分かったみたいで、ニノちゃんははっとして私の顔を見て、ちょっと残念そうにしながらも頷いた。
素直でいい子だ。うん。かわいい。
しっかりと体を拭いてあげてから、用意しておいた服を着せてあげる。初めて着る服に戸惑っているみたいだったけど、気に入ってくれたみたいでくるくる回っていた。
「変な服!」
ぐさってきた! 和服系統が変ってことかなそれは!
分かってる。和服がないこの世界の人から見れば、和服って変な服だよね。もちろん分かってる。私、怒ってない。本当だよ? だからニノちゃん、そんな怯えた顔をしなくてもいいんだよ?
壁|w・)キツネな獣人ちゃんです。今作のもふもふ枠。
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ではでは。




