09
「え、まさか気付かれてないと思ってたんですか?」
この人はちょっと私を舐めすぎじゃないかな? 私はこれでも人間よりもずっと長く生きてるんだ。忍者の薄い気配にだって、それが生きている人間なら、私は気付ける自信がある。
「気配でも感じたのかな? その年ですごい才能だ」
「うあ……」
舐めてるのは私だった! 普通の子供なら気付かないよね、そうだよね! えっと、えっと、言い訳、言い訳を……!
「その、気配というよりも、ですね。その……。一応は私の監視役になっていたのに、いなくなるなんて不自然だから、近くにいるのかなって……」
「ああ、なるほど。俺の方が不自然すぎたか……。反省するよ」
どうにか誤魔化せたらしい。良かった。
「話し相手になってくれて、ありがとな。あの子のあんな楽しそうな顔は久しぶりに見たよ」
「いえ。私の方も楽しかったです。……あの子の病気って、治らないんですか?」
フロストさんが、悲しげに顔を歪めた。それはつまり、そういうこと、なんだろう。
「一応、薬で治すことができる」
「え、あれ? そうなんですか?」
「でも、その薬がかなり高い。俺の年収の十倍以上だ」
「うわあ……」
なるほど、それはすごく高い。生活費があるから単純に十年貯めればいいわけでもないし、十年、フロイちゃんがもつかも分からない。
「ちなみに、材料費が高いの?」
「そうだな。調合が難しいから技術料もいるけど、ほとんどが材料費だ。すずちゃんが通った北の平原に、魔力をたっぷりとため込んだ魔力水晶ってやつがあるんだけど、それが必要なんだ」
北。つまりは、ドラゴンのテリトリー。なるほど、高くなるわけだ。普通の人間なら命がけになるのかもしれない。
「俺も取りに行ったけど、必ずドラゴンに襲われて、必死に逃げたことが何度もある。さすがにもう、諦めたよ」
ということは、ドラゴンたちにとって、その魔力水晶というのは大切なものらしい。クロスケさんに相談してみようと思ったけど、これは譲ってもらえないかもしれない。
「手に入れられたとしても、調合できる人がこの街にいないから、難しいんだけどな……。だから、治すのは、ちょっと無理なんだ」
「そう、ですか」
きっと、フロストさんは何度も挑戦したんだと思う。顔は、作ったような笑顔で、拳は硬く握られている。悔しいんだろう。その気持ちは、少しだけなら分かるつもりだ。
私も、何度も助けることを諦めてきた。私の力じゃどうしようもなくて、何度も子供を看取ったことがある。すごく、すごく悔しくて。
でも、フロストさんにとっては実の子供だ。きっと、もっと辛いんだと思う。
「おっと、変な話をしたな。忘れてくれ。それじゃあ買い物に行ってくるから、その後にご飯にしよう」
先ほどまでの悲壮な笑顔ではなく、楽しそうな笑顔。フロストさんはそのまま買い物に行ってしまった。
フロイちゃんは過敏症以外は健康らしくて、ご飯も問題なく食べられるらしい。フロストさんが用意したご飯がテーブルに並んでいく。
肉厚のステーキにサラダ、柔らかそうなパンに野菜たっぷりのスープ。フロイちゃん曰く、いつもより豪勢だとか。お金を貯めないといけないのに、気を遣わせちゃったのかな。
ちょっとだけ申し訳なく思っていると、フロストさんは笑いながら教えてくれた。
「今日の食材は俺の部隊の隊長からもらったんだよ。初日ぐらいいいものを食べさせてやれって。明日からはさすがにこんなご馳走、用意できないからね?」
「ステーキなんて久しぶりだね、お父さん」
「そうだな。隊長はフロイのことも気に掛けてくれてるからなあ」
思った以上に隊長さんは良い人みたい。フロストさんも信頼しているのがよく分かる。
「ありがとうございます。それじゃあ、その、遠慮なく……」
「ああ」
手を合わせて、いただきます。そうしてから、あ、と思った。二人を見てみると、案の定怪訝そうだ。伝わらないよね、これ。
「お姉ちゃん、今のってなに?」
「食前の祈りの代わりみたいだったな」
「同じようなものだよ。食べ物に感謝をこめて、いただきます。食べ終わったら、作ってくれた人に感謝をこめて、ごちそうさまでした。私の故郷の風習、かな?」
昔はともかく、今だと何となく言ってる人の方が多いだろうけど。それでも、やらないよりはきっといい。少しでも感謝があれば、きっと意味があると思うから。
まあ、私が言うとちょっとおかしいかもしれない。本来なら食べなくてもいいのに食べるんだから。ただこればかりは、私も譲るつもりはない。おじいちゃんとおばあちゃんと生活して、一緒にご飯を食べて、食べることが楽しくなってしまったんだ。
それに、無駄というわけでもないし。うん。大丈夫大丈夫。問題ない。ないったら、ない。
「そんな風習があるんだな。聞いたことがないから、かなり遠くから連れてこられたんだな……」
あたらずも遠からず、だね。遠いどころか普通では行けない場所から来てるわけだし。連れてこられたわけじゃなくて、自分の意志で来たんだけど。
「わたしも! わたしもやる!」
フロイちゃんが手を上げて言って、そのすぐ後に手を合わせる。
「いただきます!」
ぱっとこちらに顔を向けてくる。やっぱり子供はかわいいなあ。
思わず撫でてあげると、フロイちゃんは笑顔を見せてくれた。
「それじゃあ、俺も。いただきます」
フォークとナイフを使って、ステーキを切ってみる。意外なほどに簡単に切れた。すごく柔らかいみたい。口に入れてみると、噛むごとに肉汁が溢れてきた。
「お父さん! すごくいいお肉だよこれ!」
「おお……。隊長、奮発してくれたんだな……。お礼、言っておかないとな……」
「すごく美味しい……。何のお肉ですか?」
聞いて分かるとは思わないけど、とりあえず聞いておきたい。機会があれば、自分でも買って食べてみたいし、このお肉で他の料理とかも楽しそうだ。おじいちゃんとおばあちゃんへの土産話にもなりそう。
「俺も隊長からもらっただけだから、詳しくは知らないよ。明日、聞いておこう」
「すみません。ありがとうございます」
「いやいや、これぐらいいいって。いや、それにしてもこれ、明日からの夕食に困るな……。すずちゃん、本当に期待しないでくれよ。不味いとは言わないけど、これと比べると差があるからさ」
「はい。私もこれが特別なことはさすがに分かりますよ」
「ははは。ここで毎日これと同じぐらいのものを出せたら格好がつくんだけどな」
さすがにそれは無理だ、とフロストさんが笑う。私もちょっとだけ笑っておいた。
壁|w・)お薬一発で治るよ! でも特殊な材料だからぶっとんで高いよ!
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ではでは。