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プロローグ

壁|w・)座敷童の女の子の異世界ものです。

山も谷もないので暇つぶし程度にお楽しみいただければ幸いでs。


 深い山、豊かな緑の中に、その家はありました。昔ながらの日本家屋で、老夫婦が二人で暮らしている家です。庭には小さな池や花壇があります。花壇はおばあさんが世話をしていて、ちょっとした自慢でもあります。

 特に今は、日本では見かけない不思議な花を咲かせています。もしも知人に見せることができれば、きっと驚くことでしょう。


「静かだなあ」


 縁側に座って庭を眺めながら、おじいさんが口を開きました。その隣で、お茶をずず、とすすりながら、おばあさんは頷きます。


「静かですねえ」


 本当に、静かです。鳥のさえずりや虫の鳴き声は聞こえてきますが、その程度です。車の音などといった人工的な騒音は聞こえてきません。

 それもそのはず。だってここには、そんな文明はないのですから。


「おじいちゃん。おばあちゃん。お茶のお代わりはいる?」


 二人の背後から、ふわりと女の子が現れました。赤色を基調とした和服に身を包んだ女の子で、髪は黒色、少し長めのそれを首元でくくっています。女の子が持つお盆には、湯気の立つお茶で満たされた湯飲みがありました。


「おお、ありがとう、すずちゃん」

「いつも悪いねえ」


 老夫婦はそれを受け取ると、ゆっくりとお茶を飲んでいきます。冷めてしまったお茶は、さりげなく女の子が回収しました。


「ここで良かったかな? 困ってない?」


 女の子が不安そうに問いかけます。老夫婦はうっすらと苦笑を浮かべて、


「ほんとに毎日聞いてくるなあ。大丈夫だよ、すずちゃん。困っていないとも」

「ええ。この場所に連れてきてくれて、感謝しているのよ」

「そう? それならいいんだけど……」


 女の子はそう言うと、何かお菓子でも持ってくるね、と言って、ふわりと姿を消しました。どこかへと歩き去ったというわけではなく、本当に姿を消したのです。


「本当に、わしらにはもったいないほどだよ」

「ええ。そうですね」


 二人は熱いお茶を飲みながら、のんびりと一年前のことを思い出します。




 一年前。過疎化してしまった村で、最後の住人となっていた二人は、様々な人から何度も引っ越しを説得されていました。理由は詳しく覚えていませんが、開発か何かだと言っていたはずです。

 住んでいる家は、二人にとって思い出のある大切な家です。手放すことなんて考えられません。そう言ってずっと断っていました。

 それでも大勢の人が説得しにきます。毎日毎日、飽きないのかと聞きたくなるほどに。あまりにもしつこくて、人の相手が嫌になってきた頃、その子は突然現れました。


 ある日、二人が起床すると、布団の側に見たこともない女の子が正座をして待っていました。じっと、おじいさんとおばあさんを見つめてくるのです。驚く二人がその子に声をかけると、女の子は小さく頭を下げて言いました。


 初めまして。私は座敷童のすずと申します。お二人が望むのなら、他人との関わりを絶てる場所へご案内致します。もちろん、この家と一緒に。


 二人は驚きました。本当に、驚きました。そして詳しい説明を求めました。

 女の子はずっと昔、それこそおじいさんが生まれるよりも前からこの家に取り憑いている座敷童なのだそうです。人の営みに関わらず、ただ静かにこの家と家族を見守ってくれていたそうなのですが、最近の二人が置かれている状況には胸を痛めていたそうです。


 何かできることはないかと考えて、女の子は自分の持つあらゆる伝手を頼り、そして人との関わりを絶てる場所と、そこへ行く手段を得られたのだとか。

 ただしそれは一方通行なのだそうです。行く先はこことは違う世界であり、日本へは二度と戻ってくることができない。必然的に、この世界での繋がりを全て捨てることになる、とのことでした。


 おじいさんとおばあさんは、子供はいましたが、十年ほど前に亡くなっています。孫もいますが、こちらとはもうずっと疎遠になっています。最後に会ったのは十年も前のことです。手紙のやり取りすらもないので、自分たちがいなくなってもきっと大丈夫でしょう。

 友人たちも、先に旅立っています。この土地に思い残すことはない、と言えばそれは嘘になりますが、けれど今の状況を考えれば、別の土地というのも悪くありません。静かに余生を過ごすのには最適なのでしょう。

 おじいさんとおばあさんは少しだけ相談して、そう結論づけました。

 そして次の日、起きるとそこはもう、知らない土地だったのです。


 その日以来、座敷童のすずは二人の前によく姿を現して、色々と手伝ってくれるようになりました。異世界へと連れてきたのだから、最後までちゃんと関わるのだそうです。

 そうして異世界で座敷童を家族に迎えて、静かな日々が始まったのでした。




 あれから一年。夫婦と、そして座敷童と暮らす生活はなかなかに楽しいものでした。今ではすずのことを、孫娘のように思っています。夫婦がお願いすれば、子供が残していった服を着てくれたりもします。そんな日はいつも恥ずかしそうにしているのがかわいいのです。

 一年の間に、すずの言葉も随分と柔らかくなりました。最初は敬語で、老夫婦のこともおじいさま、おばあさまと呼んでいたのですが、今では自然な口調で、おじいちゃんおばあちゃんと呼んでくれます。


「うん。やっぱりすずちゃんはかわいいなあ」

「わきゃ」


 せっせと夕食の準備をしていたすずをおじいさんが後ろから抱きしめます。変な声を出したすずは自分の両手で口を押さえ、すぐにおじいさんへと振り返りました。顔が真っ赤です。


「おじいちゃん、危ないからやめてって前も言ったよね?」

「そうだったかなあ?」

「そうだったの!」


 まったく、と悪態をつきながらも、すずは笑顔です。仕方ないなあ、とでも言いたげに。


「あらあら、またやっているの? おじいさん、すずちゃんに嫌われますよ? 愛想を尽かしてどこかに嫁いでしまったらどうするんですか」


 おばあさんが顔を出して、笑いながらそう言います。


「なんと。それは困る。この子はわしらの孫だ、嫁には出さんぞ!」

「話がずれてないかな!? あと私は妖怪だから嫁も何もないよ!」


 ぷりぷりと怒るすずを、おじいさんは笑いながら撫でていました。




 ある日。ずっと家に引き籠もるのは体に悪いとすずは考えたようで、おじいさんとおばあさんを連れて山の散策に出かけました。見知らぬ植物ばかりですが、害のあるような毒の植物がないことは、ある存在を通して確認済みです。

 そしてその方から、すずはこの山で素敵な場所を聞き出していました。きっと気に入ると思うよと言われた場所で、おじいさんたちが眠った後に一度見に行きましたが、なるほど綺麗な場所でした。

 というわけで、そこへ向かうために、二人を連れて歩きます。もちろんゆっくりと。二人が辛くならないように。


「ピクニックみたいですねえ。すずちゃん、重たくないかい?」

「だいじょうぶ!」


 すずが背負っているのは、この日のためにおばあさんが作ってくれた、薄い赤色のリュックサックです。小柄なすずの体格に合うように、小さめに作られています。そのリュックサックには、今日のお昼ご飯になるお弁当や水筒が入っています。

 人間の子供には重たいかもしれませんが、すずにはこの程度へっちゃらです。鼻歌を歌いながら、のんびり山を歩いて行きます。

 やがて太陽が真上へと昇った頃、三人がたどり着いたのは、大きな湖でした。


「ほう……」

「綺麗ですねえ……」


 そこはとても大きな湖でした。太陽の光で輝いているように見える湖で、湖面が周囲の景色を映しています。近づいてみると水は澄んでいて、泳いでいる魚がよく分かるほどでした。

 おじいさんとおばあさんはこんなに大きな湖は見たことがありませんし、こんなに綺麗な景色も初めてです。とても幻想的な光景でした。

 二人がほう、と感嘆のため息をつきながら景色を眺めている間に、すずは凹凸の少ない場所を探し出して、シートを広げていきます。お弁当箱と水筒を取り出して、ご飯の用意はばっちりです。


「よし! おじいちゃん、おばあちゃん、ご飯!」


 すずが大声で呼ぶと、二人ははっと我に返って振り返りました。少しだけ恥ずかしそうにしながら、すずの元に戻ってきます。靴を脱いで、シートの上に座りました。


「いやあ、まさかこの年になって、景色に見惚れることがあるなんてなあ……」

「貴重な体験でしたねえ」


 二人は朗らかに笑いながら、すずが広げたお弁当からおにぎりを取ります。塩と海苔だけのシンプルなおにぎりですが、二人はこれが一番好きなのだそうです。すずもやはりおにぎりは塩だけの方が好きなので、気持ちは分かります。たまには鮭とかも食べたくはなりますが。


「近くにこんなに綺麗な場所があるなら、この世界、でしたね? 他にもありそうですねえ」

「うむ。わしらは見ることはできないだろうがな」


 二人は若くありません。むしろよく今もまだ生きてるいものだと二人で思うぐらいです。ですから、この近辺の土地を巡ることすらできないでしょう。

 今日を逃すと、最寄りのこの湖にすら来れなかった可能性もあります。


「すずちゃんは暇になったら見てくるんだよ。きっと楽しいぞ」


 おじいさんの言葉に、すずは困ったように笑いました。


「それは無理だよ。私は座敷童、お家があって、そこに住む人がいて、それでこその妖怪だから」

「それはつまり、私たちがいなくなるとすずちゃんは……」

「んー……。のんびりとあのお家を守ることになるかなあ」


 当たり前ですが、誰かが引っ越してくるはずもありません。たまに来るであろう来客を待ちながら、静かにあの家と共に過ごすことになるでしょう。

 それを聞いた二人は、何故かとても泣きそうな顔になっていました。慌ててすずが言います。


「ま、まあまだまだ先のことだから! それよりほら、もっと見て回ろう? 見る角度でいろんな顔がある湖だって、アーちゃんから聞いたんだよ!」


 アーちゃん、というのはこの世界に住むすずの友人だと、二人は知っています。そういった子がいるなら、きっと大丈夫なのでしょう。そう思っても、おじいさんとおばあさんは胸にしこりができたような気持ちになっていました。なぜなら、すずが何かを隠していることに気付いてしまったためです。

 ですがこれ以上すずを心配させるわけにもいきません。おじいさんとおばあさんは頷き合って、この話題には触れないことにしました。

 その後は片付けをして、のんびりと三人で景色を楽しんだのでした。




 そんな毎日。

 わいわいと。静かな、けれど騒がしい、楽しい日々。




 ですが当然ながら、そんな日々が続くはずもなく。


 ある日から、老夫婦は起きている時間が少しずつ短くなってきました。少しずつ、けれど確実に、別れの時は近づいています。

 早すぎる、とは誰も思っていません。老夫婦は百間近の高齢だったのです。むしろ今までが元気すぎたほどでしょう。ここまで元気でいられたのは、それこそ座敷童の加護なのかもしれません。


 おじいさんとおばあさんは、どちらかが先に死ぬことを、つまりは相手を残すことを憂慮していました。それをすずに話したところ、すずは少しだけ寂しそうに笑いながらも、どうにかすると請け負ってくれました。

 その後、聞かされた話では、少しだけ寿命を調整して、ほぼ同時に亡くなるようにしたそうです。その時もやはり、寂しそうな笑顔でした。

 そうして、この世界に来てから五年。二人はついに、立ち上がることすらできなくなりました。




 老夫婦が寝たきりになってから、すずは二人の側を離れなくなりました。食事を作りに行くことはあっても、それだけです。姿を消すこともなくなり、ずっと二人を見守っています。二人との時間を、少しでも作るかのように。

 すずがじっと二人を見守っていると、おじいさんとおばあさんが目を開きました。


「おはよう、おじいちゃん、おばあちゃん。何か飲む?」

「おはよう、すずちゃん。今はいいかなあ」

「私も大丈夫よ」


 二人は辛そうにしながらも、優しい笑顔を浮かべてくれます。二人が長くないと、嫌でも分かる笑顔です。少しだけ、すずは泣きたくなりました。


「すずちゃん」


 おじいさんが呼びます。


「なあに?」

「ずっと、気になっていたんだがな……。すずちゃんは、わしらが死んだら、どうするんだ?」

「それは……」


 言えません。言えるはずがありません。すずが口を閉ざすと、おばあさんが困ったように苦笑しました。


「すずちゃん。きっとあなた、自分も消えてしまうつもりなのでしょう?」

「あ……。…………。はい……」


 すでに、二人は気付いていたようです。すずが小さく頷くと、おじいさんがため息をつきました。

 けれど、すずにとって、家はここだけなのです。もちろん座敷童としては別の家に、それこそ地球でないここであっても、別の家に取り憑くこともできます。ですがそれでも、すずにとって、家はここだけなのです。すずの家族は、二人だけなのです。

 座敷童という妖怪を孫娘だと言ってくれた、二人だけなのです。

 それを聞いた二人は、嬉しそうな、けれど少しだけ怒っているような表情を浮かべました。


「すずちゃん。わしらを家族と言ってくれるなら、生きてほしい」

「でも……」

「そうよ。どうやってこの土地に来たのかは分からないけれど、すずちゃんにとってもここは、知らない場所なのでしょう?」


 それなら、と二人は言います。


「わしらのことは気にせずに、こんな古い家のことなんて気にせずに、自由に生きなさい」

「たくさん色んなものを見て、経験して、しっかりと楽しんで。ずっと遠い未来で、私たちに話してほしいわね」


 いつか、いずれ、すずが妖怪としての生を終えた時に。どれだけ先かは分からないけれど。

 二人の言葉は、祝福であり、そして呪いでもあります。すずに死を選ばせないための。死ぬことができないようにするための。優しい呪いです。


「すずちゃんはわしらにたくさんの幸せをくれた。わしらに尽くすのは、ここまでで十分だ」

「今度はその幸せを、色んな人に届けてね。心配しなくても、見守っていてあげるから」


 優しい笑顔の老夫婦。大好きなおじいちゃんとおばあちゃん。二人はすずを連れて行くことを望んでいません。生きてほしいと、願ってくれます。

 すずは座敷童です。家と、そして住む人がいなくては、存在意義すらなくなる妖怪です。それでも。


「私は、生きていていいの……?」

「当たり前だろう」

「それに文句を言う人がいるなら、私たちがひっぱたいてあげるわ」


 しっかりと、頷いて言ってくれます。心から、そう思ってくれていると分かりました。


「うん……。分かった。私、この世界を見て回る。たくさん見て、いつかおじいちゃんとおばあちゃんに、話してあげる。すごく楽しかったよって」


 すずが笑顔でそう言うと、二人は安心したように微笑みました。

 きっと、彼らにとって、すずのことが心残りだったのでしょう。


「ああ、ありがとう。すずちゃん。ほら、泣いてないでおいで」

「すずちゃんの温もりが欲しいわ。一緒に寝ましょう」

「うん……」


 すずは、おじいさんとおばあさんの布団の中に、彼らの間に潜り込みました。

 そうして大好きな二人の温もりを感じながら、静かに目を閉じました。


 翌朝。それ以降も。二人が目を覚ますことはありませんでした。




 家の庭に大きな穴を掘って、おじいさんとおばあさんの体を横たえます。しっかりと、二人の手を繋いでおきます。あちらでも、二人でいられるように願いをこめて。

 二人に土をかけて。穴を埋めていきます。いつの間にか視界はぐちゃぐちゃで、涙が溢れていました。

 穴を埋め終えた後、誰もいなくなった家で、すずは一人で過ごしました。一週間、一ヶ月、そうして一年、家の管理をしながら、過ごしていました。


 一年間それを続けて、やがてすずは荷物をまとめました。荷物といっても、妖怪であるすずに必要なものはそう多くありません。食べ物や水すら、あれば嬉しいという程度で、別になくても生きていけます。以前おばあさんが作ってくれた小さなリュックサックに入れたのは、老夫婦の写真と思い出の品をいくつかだけでした。

 和服にリュックは似合わないなあ、と思いながらも、まあいいかと諦めます。どうせこの世界に和服なんてないのですから、誰も気にしません。多分。

 すずは最後に、老夫婦を埋めた庭の前に立つと、しっかりと頭を下げました。


「おじいちゃん。おばあちゃん。行ってきます」


 顔を上げたすずは、薄く涙を浮かべながらも、明るい笑顔でした。



 そうして、座敷童の異世界の旅が始まったのでした。


壁|w・)次回からすずの一人称。軽くなります……!

シリアスはここまで、です。

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