4:懸念
『Side→Mirai AYANOHARA』
自分でも間抜けだと思えるけど、世界が終わった日、私はそれに気付かずにのほほんとゲームをしてた。やっと部屋から出て、現実に戻ったころには唯一の家族の母親は奴らに殺されて、何もかもが崩壊してた。
吃驚だよね、そんなの。
画面の向こう側にあったはずの世界が、たった少しの時間で目の前の現実として現れるなんて。というか、ゲームより酷いことになってた。あのゲームじゃ、終わっていたのは一つの街だったけど、こっちは街どころか国自体がほぼ終わりかけてたんだからさ。
途方に暮れてた私は、なんとか気を取り戻して拳銃を一丁だけ手に入れてまだ安全な場所が無いか彷徨い続けてたんだ。家から脱出して、その時空を飛んで行ったヘリも、私が追い付いたら既に墜落して炎上してた。ガプンコ製ヘリかよって。まあ、それはいいとして。ショッピングモールや、学校、球場……感染者を防げてそうな場所には兎に角足を運んでみたけど、どこもかしこも、感染者だらけで生存者は見つけられなかった。
放浪していく内に、感染者を殺す力だけが身についていった。最初のころは泣け叫びながらだったのに、今じゃこの鉈を使って躊躇なく首を掻っ切れるくらいにね、女子力なんてあったもんじゃないよ。
で、本題に入るとしようか。
彷徨い続けて三か月頃……今から一か月前になるかな、私はその頃九州の方まで行ってたんだ。そこの、とあるラジオ局にちょっと留まっていたんだけど何気なく電波を合わせていたら、とある伝言……? みたいなのを受信したんだ。
『こちら楽園島……こちら楽園島……どこかにいるであろう、生存者……同胞達に次ぐ……ここは感染者がいない、安全な島だ……食料も、豊富である……生きてる者がいるなら……我々は歓迎する……こちらは楽園島……所在は……千葉県沖……元”砦島”……』
私は物凄く興奮した。長らく聞いていなかった、ヒトの声。テンションが上がらない訳がなかった。その放送はリピートされているようだったから、ラジオ局に放置されてたカセットテープに録音したんだよね。
それからすぐに私は身支度を済ませて、飛び出した。そして一カ月かかってやっとここまで来たんだ。
―――――――――――――――――――――
「楽園島……砦島、ですか。初めて聞きました、そんなの」
私は一通り彼女の話を聞き終えると、静かに呟いた。
「私もだよ。だから、此処に来る前に図書館を見つけたから調べてきたんだ。砦島についてね」
彼女は床に置かれたリュックから、一枚の地図を取り出した。それは、千葉県が大きく取り上げられた地図だった。そして一か所に大きく赤いペンで丸が描かれている。
「ここが砦島……調べたら、太平洋戦争末期に旧日本軍が本土決戦に備えて作った人工島らしいんだけど、結局使われず放置されていたらしい。本当かどうかはわからないけど、そこが楽園島って通信では言ってたね」
「楽園島……。そこを目指して、此処まで来たっていう事ですか?」
「そうだよ」
彼女はきっぱりと言った。
「そうだ、君たちもどうかな。この楽園島に一緒に目指してみない……?」
「え……?」
彼女の言葉に思わず変な声をあげてしまった。
「無理にとは言わないけど、味方は多いほうがいいからさ」
「……」
彼女は気軽そうに言うが、私には様々な思惑が引っ掛かる。まずその楽園島まで安全に辿りつけるか分からない。もしかしたら、道中に感染者に襲われ命を落とし自分もまた感染者になるかもしれない。それに、仮に安全に楽園島に着いたとして、そこが本当に感染者のいない場所かどうかの確証はない。既に島に感染者が侵入して壊滅状態である可能性だってある。そのリスクを考えると、此処に留まる方が少なからず安全だ。
「……すみませんけど、お断りします」
私ははっきりと答えた。
「……こう言っちゃ悪いですけど、その島まで安全に辿りつく事が出来るか分からないですし、何より……本当に島が安全かどうかなんて、分からないですから」
「そっか……」
彼女は少し悲しそうな顔をした。
「私には今のこの状況が……変だとは思いますけど、愛おしいんですよ。私と、親友……喜咲の二人だけで、生きていく今の状況が」
「…………」
「――お詫びと言ったらなんですが、食料なら分けれます。どうしますか?」
「……じゃあ、頂こうかな」
そう言って私たちはその場から立ち上がった。
【二〇一七年 二月二十八日】
生存者――彩乃原未来が此処を去って早くも二週間が経った。突然私の前に現れた彼女は、楽園島という小さな希望を追い求め直ぐに去って行った。彼女はもう、その島に辿り付いただろうか。その島は本当に安全な場所だったのだろうか……。二週間たった今でも気になってしまう。
ふと横を見る。置かれているのは一丁の拳銃と、楽園島の場所が記されたもう一枚の地図。
『もしも君たちがここから出る気があるなら、これを使ってくれていいから』
此処から去る間際、彼女が言ってた事を思い出す。
そして、もう一つの言葉を思い出す。
『此処に引き籠ってやり過ごすのは、それはそれで確かに正解かもしれない。でも、永遠にこんな事が続くことなんて、絶対にないから。……それじゃあね、いつかまた会おう』
――分かっている。理解してる。
多分、喜咲だって心の奥じゃきっと察している。こんな平穏が永遠に続くとは思ってはいない。地下にある大量の食糧や物資だって、いつかは底を尽く。絶対に、此処を出ていくことになる。そんなことよく分かってる。だけど、その時までは喜咲と二人平穏に暮らしたいのだ。
「繭芽、どうしたの? ぼーっとして」
正面で文庫本を読んでいた喜咲が尋ねる。
「うん? いや、何でもないよ」と、私は彼女をはぐらかした。
とはいえ、また別の可能性を考えていた。以前、一瞬で世界が壊れた様に、今の私たちのこの暮らしが突然終わりを告げる時が来るのではないか、と……。
「ぼーっとしてちゃ呆けちゃうよ、何か別の本読む?」
喜咲が自分の読んでいた本を置き、近くに山積みされた文庫本を漁る。数冊の本を取り出すと、それを私に差し出した。
「『ザ・スタンド』……スティーブンキングの小説、か……」
分厚い文庫本を受け取ると、私は表紙を捲り、文章を読むことに没頭した。頭の中を巡る様々な思惑をかき消していく勢いで――。