第5話:最後の幸せ
時間は少し遡り…
「オイッ!起きろ!起きろぉぉぉ!」
ランドの顔に柔らかい物やとがった物が触る。それは、ロクサスの手だなと意識が朦朧とした中でも感じた。
「早く起きろ!」
頭の中でガンガン響くロクサスの声に少し不機嫌な顔でランドは目を覚ました。
「やっと起きたか」
ふぅ…とため息をつくと、朝御飯にと兎をランドに差し出した。
ランドはそれを受け取ると、兎の腹をおもいっきり引きちぎる。内臓も骨も頭も構わずに口に頬張り噛み砕く。
ランドは生まれは普通の家庭で産まれたのだが、数十年前に起きた戦争により、2歳の頃にこの森に捨てられた。
そして偶然なのか、クルシスに出会いこの洞窟で育てられたのだ。
体は人間なのだが、心は狼。それがランドである。
「あれ?父さんは?」
ランドは兎を食べ終え辺りを見回した。いつもなら、母さんの隣に父さんが居てランドの隣にはロクサスが居たが、今日は母さんの隣に父さんの姿が見えなかった。
「お父さんなら、世界狼サミットに呼ばれて隣のアクアランドに出かけたわよ」
クルシスは座る位置が悪かったのか、1度立ち上がりまた座り直しながら答えた。
「そうなんだ…って!また、狩りを教えてくれないの!?」
ランドはその場に落胆する。
「あはははは。狩りなら俺が教えてやるって言ってんのにさ」
ロクサスは笑いながらランドを前足でつっつきながらからかった。
「えぇー!兄さんの狩りの仕方は雑なんだもん」
ランドは前足でつっつかれながらも反論をする。
「俺の何処が雑なんだよ!とにかく追い掛け回して、相手の喉を食いちぎる!息の絶えた頃に、そいつを囮にして更なる大きな獲物を狩る!策士だろ?」
誰も何も言わなかった。そもそも、その作戦が上手く行った事は無いからだ。大抵は、大きな獲物に獲物を取られ、更に追い討ちをかけられコチラが獲物になりそうなことが何度もあったからである。
「ほらほら、そんな理想な話をしてるんだったら今日の作戦を考えなさい」
そんな沈黙を打ち破り母が言う。
「作戦?」
ランドは聞き返した。
「そうだ!今日の夜に、ゴブリンが湖で祭を開くんだよ」
ゴブリンとは、主に肉食のモンスターで単独で生活をしているが、たまに集まっては仲間達と宴を楽しむのだ。
「じゃ…じゃあ今日は」
ランドは目をキラキラさせヨダレを垂らしながらクルシスを見た。
「そうよ!ご馳走よ!お父さんが帰ってきたら、みんなで食べましょ」
ゴブリンはあまり動かない為か、お腹に脂肪がたまり栄養も高い生き物なのだ。
ランドは考えただけで、お腹がなりだした。
「そうだぜ!ランド、アイツらが集まる前に茂みに隠れて待機だ」
ランドは頷いた。
森には時計が無いために、普通は太陽の傾きなので時間を知るのだが、森に住む生き物達は大体の予想で朝か夜かを判断する。
ランドは表に出て太陽の位置を見た。大体、昼の1時か2時くらいだと判断する。
「兄さん!早く行こうよ!あと2時間くらいで、夜になるよ!」
洞窟の入口からランドは叫んだ。声が反響して木霊になり帰ってくる。
洞窟の奥から茶色の狼がのそのそと歩いてきた。
「よし…じゃあ今日は、大量に取ってくるかっ!」
ロクサスはニヤリと笑った。
「おぉーっ!」
ランドは片手を挙げて気合いを入れる。
今日はご馳走!ゴブリンを一杯取って母さんを喜ばせるぞ!
しかし、この狩りがロクサスにとって最後の狩りになるとは、その時は誰も何も思わなかった。