第3話:出会い…?
「おはようランド、今日も良い天気だね」
店に入ると、カウンターの中にいるマスターが話しかけてきた。
この人間が、顔を見ずに話しかけてきたのはクルシス母さんが前もってランドがここに来ると言うことを伝えておいたからかな?とランドは思った。
ランドは、カウンターに座っている女を見た。サラサラと金色の綺麗な髪をした女性だ。
女性もコチラを見ていたが、直ぐにまた前を向いた。
ランドは気にも止めずにお金の入った袋をマスターにつきだした。
「ランド…これは、何だい?」
マスターは袋を受取りながら聞いた。
「水…」
口を開いたがこの空間に人間が2人も居る事もあり、上手く話すことが出来ない。
「水が入ってるのかい?」
マスターは再度ランドに聞いた。ランドは首を横に振るとまた口を開いた。
「水…欲しい…お金…人間の」
マスターは静かに袋の口を開けると、袋の中には手紙と共にお金が入っていた。
マスターはその手紙を出して読む。しばらく店の中は長い沈黙に捕われていた。
マスターは手紙を読み終わると、それを綺麗に畳んでポケットに入れた。
「そっか、ランドはもうすぐ17歳になるのか」
マスターはランドを見た。17歳にしては、顔はかなり若く見えまだまだあどけなさが残っている。
「水…欲しい」
ランドはマスターを見た。父さんと同じで、鼻の横から髭が生えている人間。母さんや父さんは、この人間は友人だと言っていた。
友人って何だろう…?この人の名前かな…。
マスターは、また袋の口を縛るとカウンターの方へ歩いて行きカウンターに座っている女性──プリムに袋を手渡した。
いきなり、袋を手渡されきょとんとした顔でマスターの顔に目を向けた。
「プリムちゃん、暇でしょ?ちょっとだけお使いを頼んでいいかな?」
マスターは、口の横に手を当ててプリムに小さな声で頼む。
あの少年は水が欲しいと言ってきたので、多分水を買いに行くのだな…とプリムは思った。
「水くらいだったら、そこの水道水を何かに詰めてあげれば良いんじゃ無いの?」
プリムはカウンターの奥にある水道に目を向けた。
「水は後で沢山あげるつもりだけど、その前に服を買ってあげたいんだ」
マスターは片目を閉じてウインクをし、手紙を取り出した。
プリムは手紙を受けとると読み始める。
『親愛なる人間様…この度は、うちの息子が人間の歳で17歳を迎える事になりました。人間は、年を取る度に贈り物をするらしいが、ランドに贈り物をした事が無い故に何をあげれば分かりません。と言っても、分かった所で私達には買いに行く等は出来ない為に何か1つ知恵を貸しておくれなさい。お金を同封します。いくらあるか分からないけれど、これでランドに何か買ってあげて下さい
クルシス・グルフ・ロクサス』
かなり読みづらく、文法も少しおかしいが、プリムは全て手紙に目を通した。
「つまりは、あの子のお母さんやお父さんは病気で家から出れないけれど、代わりに私があの子に何かを買ってあげれば良いんでしょ?」
ランドの父や母が病気では無いが、家から出れないと言うことは合っているのでマスターは頷いた。
「大丈夫!任せて!私が、立派な服を選んであげる!」
プリムは、いきり立つとランドの方へと歩み寄った。
「少年よ!私に任せて!私が、最高の服を選んであげるからっ」
プリムは目をキラキラと輝かせてランドの肩を強めに叩いた。叩いた衝撃で、ランドの服からは土埃が舞い上がる。
ランド自身は、何が何だか分からない状態であった。ランドは、人間のお金と水を物々交換をしに来ただけなのに…。
プリムは不思議そうにつっ立っていたランドの腕を強引に引っ張り店の外へと連れだす。
本当に何が何だか分からないランドは、ただただ人間の女に腕を掴まれて引きづられて行った。
店に残ったマスターは、2人に手を振っていた。
店の外に行くとプリムはランドの手を離し、まじまじとランドの姿を見始めた。
土や埃にまみれた汚い髪の毛…ボロボロになっている服…靴は履いていない…
「君は、家が貧乏なの?だから、そんなに汚い格好をしているの?」
プリムは、人が気にする様な事をハッキリとズバズバと言い放つ。
しかし、ランドは何も答えなかった。ランドにとっては、"君"とか"少年"とか呼ばれた事は無い…プリムの質問は自分に向けられた物では無いと思ったからである。
「君は、耳が聞こえないのかな?」
プリムは、真正面の相手が質問を無視した事に少し苛立ちを覚えながらも再度ランドに話しかけた。それでもランドは、ただ店のドアを見つめていた。
「ねぇっ!貴方に聞いてんのよ!」
プリムの怒りは頂点に達しランドの肩を強く引っ張る。ランドは驚いた風にプリムの方へ目を向けると自分に指を指した。
「そうよ!貴方しか居ないでしょ?」
プリムは怒り、ランドの胸ぐらを掴んだ。
「貴方…あなたって、何?俺はランド…あなたって名前じゃない…」
ランドは胸ぐらを掴み上げる女の手を掴むと、力一杯にその手を引き離した。
「馬っ鹿じゃないの!貴方ってのは、貴方の名前じゃ無いわよ!名前を知らなかったんだから、貴方って言うしか無いじゃない!」
プリムはランドを睨んだ。
「良いランド?私は、ランドのお母さんに頼まれて、ランドに何か買わなきゃいけないのよ」
ランドは首を横に振る。
「俺が母さんに頼まれた。人間の町に行って、水を取ってくるって…人間は頼まれて無い!」
ランドは歯を見せ喉をグルグル鳴らし威嚇を始めた。
「違うわよ!それとは別に、私が貴方のお母さんに頼まれたの!」
そう言って先程マスターに渡された手紙をランドの前に広げた。
「ほらっ!ちゃんと書いてあるでしょ?」
プリムはその部分を指で指す…が、ランドは字が読めないらしく首を傾げた。
「もう…ここで言い争ってても始まらないから、さっさと行くわよ」
そう言ってプリムは急ぎ足で町の方へと歩きだした。だが、直ぐにランドの方へと振り返る。
「それと!私の名前は、プリムだからね!」
そう言うとまた振り返り町の方へと歩き出す。
ランドはどうして良いのか分からず、とりあえず母から貰った袋をあの人間が持っているので付いて行く事にした。
しばらく歩くと、人間が立ち止まり人間の石の家を指差す。
「最初に、ここで髪を洗って頂戴!」
赤と青と白の帯が3つ並びクルクルと回っている。
「カットはしなくて良いから、まずは服の前にその汚い髪を洗いましょ」
そう言い放つと、扉を開けて中に入っていく。
ランドも少し戸惑ったが、後から中に入る。
何だか良く分からない臭いに鼻が曲がりそうになり警戒しながらも、中へと突き進む。
すると何人かの男がいきなりランドを掴むと、フカフカの椅子に座らせてランドを縛り上げた。
ランドは暴れて逃げ出そうとするが、暴れれば暴れるほどランドを縛る何かはきつくなっていく。
遂に観念したのか、ランドはおとなしくなると男はいきなりランドの頭を掴み前へと押し倒した。
そして、頭の上から熱いお湯をかけだした。
ランドは人間に殺されると思い、ずっと目を閉じていた。何か、色々な音が聞こえる。
数分後…やっとお湯をかけるのを辞め、また椅子に座らせられると次は、熱い風がランドの頭を駆け抜ける。
「王女様、こんな物でいかがですか?」
人間の声が聞こえた。
「うん。すっごぃ綺麗になったわ」
先程の人間──プリムは答えた。
ランドは訳が分からずに目を開けると、自分の前に綺麗な茶色の髪をした人間が椅子に縛られてコチラを見ていた。
「お前も…縛られているのか?」
ランドはその人間に聞いた。その人間は、口を開く物の言葉が聞こえなかった。
ランドの横に立っていた人間はランドの体を自由にする。真正面に居た人間も同じように解放された。
ランドはその人間に興味を持ち近づいて行くと、その人間もランドに近づいて来た。
「それ以上近づくな人間!」
ランドは急に叫ぶと人間を睨む。すると、相手の人間も同じように睨んできた。
ランドはいきなり敵意剥き出しの人間に対して、威嚇を始めると相手の人間も威嚇をし始めた。
「人間!それは、俺に対して決闘を申し込むと言う事か!」
ランドは半歩前に足を出すと、向こうの人間もランドに近づいて来た。
「近づくな人間!」
ランドは更に歯を見せて威嚇をするが、相手の人間も同じように歯を見せて威嚇をする。
「ちょっと!何をやってんのよ」
相手の人間の所にプリムが近づいてきた。
「気をつけろ!その人間は、何をするか分からないぞ!」
ランドは相手の人間に目を離さずに叫んだ。
「何をするか分からないの?鏡相手に何をしてんのよ」
プリムは手を腰に当ててコチラを見ていた。
「とにかく、ソイツから離れろ!危険な奴だ!」
ランドは更に、威嚇をする。喉を鳴らし、一瞬の隙あらば相手の喉に喰らいつこうばかりに相手を睨んだ。
「ほら、遊んで無いで行くわよ!」
プリムは、相手の人間の首を掴んだ。
「馬鹿やめろ!殺されるぞ!」
そう叫ぶや否や、凄い力でランドは後ろに引っ張られた。向こうの人間も、プリムが引っ張っていくのが見えた。
「チッ!この勝負は引き分けだからなっ!」
ランドは叫ぶと、何故引っ張られるのか後ろを振り向くと、プリムがランドを引っ張っていた。
この人間…俺が負けると見込んで、俺とアイツを離したのか…クソッ!
ランドは少し苛立ちを覚えた。
「次は、服を買って靴を買えばオッケーね」
店の外までランド引っ張っていくと、プリムはやっとランドを解放した。
「オイッ!何で俺の勝負に水を差すような真似をしたんだ!」
ランドは離されると、少し離れてからプリムに問う。
「鏡相手に遊んでるから、私が手を加えただけでしょ?」
プリムはまた腰に手を当てながら答えた。
「鏡…?鏡って名前なのか?今の人間は!」
そんなランドの言葉にプリムは驚いた。
「貴方…鏡を知らないの?」
鏡なんて言葉は聞いた事が無い!それもそのハズ、森の中に鏡自体あるわけが無いからだ。
「まぁいっか…それよりも後は靴と服を買わなきゃね!」
プリムは、また先導し先に歩きだした。
ランドはふと思う。何故自分はこの人間に付いて行かないといけないのか…。
母に人間から水を貰って来いと頼まれて人間の町まで来たのに、変な人間の女に連れて行かれ…人間に殺されかけて…俺はこいつに食われるんじゃないのか?ランドはそう思うと急に寒気がしてきた。
このまま付いて行けば、確実に明日の晩御飯に食卓に並ぶ…コレはマズイ!
前を歩いているプリムに気付かれない様に気配を消してまたBARの方へと走り出した。
「次のお店に行っても、また鏡と喧嘩するのは止め…あれ?」
後ろを振り向くと誰も居なかった。いや、通行人の姿はあったがランドの姿だけは消えていた。
「どこに行ったのよ!」
プリムは意味なく叫ぶと辺りを見回すと、数百m離れた先でランドが全速力で走る姿を確認出来た。プリムは走り出す。
追い付けないのは分かっていたが、なぜ彼が逃げ出したのか…その理由を知りたかったからだ。
一応、プリムの視界の中ではランドの姿を追い掛ける事は出来た。
ランドはそのまま、またBARの中へと入っていった。
プリムは息を切らせながらBARの扉の前まで辿りついた。
一旦息を整えてからBARの扉を乱暴に開け放つ。
何だかんだで、ランドと買い物?に出掛けてから1時間は経っていた。BARには、仕事終わりの人やこれから狩りに行く人達でごった返していた。
プリムはその中を突っ切って行くと、マスターの近くにランドの姿を発見した。ランドは何か焦っている様にも見える。
「な…なぁ、早く水をくれよ!殺される…あの人間に食べられる」
ランドの声は、店の雑音にかき消されて聞こえなかった。
プリムはランドの背後に立つと、いきなり片手でランドの頭を掴んだ。
「あんたねぇ…レディを1人残すなんて…」
プリムは怒り狂っている。それもそのハズ、プリムは一応王女なので誰かが取り残して去る等今までに1度も無いからである。
ランドは恐る恐る振り向くと、後ろには鬼神が立っていた。ランドの脳裏には殺されるの文字しか焼き付いていない…。
「ラーンードー!」
まるで、地獄からの使者の様に声を出し掴んだ頭にも力が入る。
「おや?こんな時間に居るなんて珍しいね」
不意に、プリムの後ろから声が聞こえた。プリムはランドの頭を離し呼吸を整え笑顔で振り向いた。
「あっ!ガライさん!奇遇ですね」
ガライと呼ばれた男は、一見して普通の男に見えるが、これでも旅の剣士らしく腰には4本の剣が刺さっていた。年の背は20代前半らしい生き生きとした青年だ。
「やぁプリム、良いねぇデートかい?」
ガライはプリムの後ろでガタガタと震えているランドを見ながら聞いた。
「えっ?違いますよ!アレです!彼は…ただの付き人です!はいっ」
今までの殺気は何処へ行ったのか、プリムはこれ以上に無い笑顔で答える。
「そっそれより、今日はどうしたんですか?」
ガライの方からランドの姿が見えないようにガライの前に立つプリム。
「実は最近、森に近付いて行った町の者が誰かに斬られる事件が相次いでね…その事件を解明する為に、今日は何人かと一緒に森を探索しに行くんだよ」
神妙そうに話すガライにプリムは少し心配になった。
「でも、森って言えば聖なる狼が発見されたって言ってたじゃ無いですか?もしかしたら、狼が何とかやってくれますよ!」
いくら剣士と言っても、切り裂き魔と戦えば無傷では済まされない…プリムは行くのを辞めさせようと必死に説得をするが…。
「実はね、その切り裂き魔の正体は聖なる狼だって言う噂があるんだよ」
ガライは小さな声でプリムに囁いた。
「えっ…聖なる狼は人間の味方なんじゃ無いんですか?」
聖なる狼…その単語が聞こえランドが少し反応を示した。そんなランドを見据えたガライはプリムの口を塞いだ。
「しっ…声が大きいよ。聖なる狼を讃えてる人は少なく無いんだ」
宗教とまでは行かないが、聖なる狼は代々人間を守ってきた守り神的な存在なので、この町のほとんどの人は聖なる狼を讃えているのだ。
そんな狼が切り裂き魔なんて噂が流れたらこの町は大変な事になる。
「プリム…この件は、くれぐれも内緒にしてくれよ?そこの彼にも…な」
ガライはランドの方をチラッと見た。
プリムもランドの方をチラッと見るが、すぐにガライの方へと視線を向け頷いた。
ガライは確認をすると後ろを振り向いた。
「よしっ!今から切り裂き事件の調査に向かう!命が惜しくない者は着いてこい!」
騒がしかった店内が急に静まりかえった。
「プリム…まぁ、俺は大丈夫だと思うから心配しないでくれ」
ガライはプリムの方へと振り向くと、優しく笑って見せた。そしてそのまま店の外へと歩きだした。その後を、4〜5人の男達が付いて行く。
プリムは心配そうに彼の背中をじっと見ていた。
「な…なぁ、あの人間は何しに行ったんだ?」
先ほどからプリムとガライが内緒話をしていたので、ランドは気になりプリムに問いかけた。
しかし、プリムはランドの問いには答えずにカウンターに座り出した。
「オイッ人間!」
ランドはしつこくプリムに問いつめようと手を伸ばすが、BARのマスターはそれを阻止すると首を横に振った。
「ここは1人してあげようじゃないか…ほら、ランドもそろそろ帰らないとあの恐いお兄さんに怒られてしまうよ」
ランドは本来の目的をすっかり忘れていた。水だ!水を持って帰らなくては…。
ランドはマスターの方を向いた。マスターは既に水の入った樽を用意していてくれていた。
人1人くらいは入れるんじゃ無いかくらいの大きな樽をランドは力一杯に担いだ。
「あっ…ありがとう…」
ランドは不器用にお礼をすると樽を担ぎながらしっかりと前を見据えて歩き出す。
「また、いつでもおいで!」
後ろの方でマスターの声が聞こえたが、ランドは振り向きはしないで真っ直ぐに森へ向かって行った。