透明人間~2017年の思い出を添えて~
「違うだろぉ!!!」
おれは世界にむけて、全力で突っ込んでいた。
発端は去年の年末だった。行きたくもない研究室の飲み会の幹事をさせられ、教授に忖度しつつ、ごきげんをとり続けることに嫌気がさした万年助手のおれは、教授を抱きかかえながら一発逆転の夢をみた。そうだ、透明人間になる薬を作ろうと……。
透明人間。なんと、甘美な響きだろう。それになれば、教授から見えなくなり、すきな場所に忍び込み放題のやりたい放題だ。アメリカ軍にでも売り込んでみれば、多額の特許料をもらえるはずだ。いや、ノーベル賞も真っ青。あの嫌味な教授も、おれの助手としてこき使える。まさに、透明人間ドリーム。それ以来、おれは研究に没頭した。
世間が、49連勝で賑わおうが、JJアラートでパニックになろうが、研究を続けた。ストレスで、頭髪は抜け落ちたが、それでもおれは研究を続けた。おれは夢の特許料「25億」のために突っ走った。そして、奇跡が起きたのだった……。
それは、クリスマスの夜だった。窓の外はホワイトクリスマスになっていた。おれは、研究に没頭し、ついに試作薬を完成させた。そして、モルモットにそれを与えたところ……。
モルモットは完全に姿を消したのだった!
「やった、やった!」
おれはジャンプしながら喜び、あのむかつく教授のもとに走った。そして、こういってやったのさ。
「おまえの時代は終わった」と。もちろん、「You are fired.」という首を切るジェスチャーを添えたやった。
そして、やつのまえで完成したばかりの薬を飲んだのだ。体が沸騰するほど、熱くなる。その苦しさは、おれにとっては快感だった。もうすぐ、おれの夢が叶うのだ。
しかし、飲んで数秒が経つと、全身に激痛が走った。叫ぶことすらできない。体はどんどんなくなっていく。それは透明になるということではなく、消えてしまうのだ。絶対にこれはおかしい。そして、おれはひとつの可能性にたどり着いた。
「(もしかして、おれは透明人間になる薬ではなく、全身を消してしまう薬をつくってしまったのではないか)」
気がついた時はもう遅かった。あと、数秒でおれの体は、この世から完全に消えてしまう。臓器も脳もなにもかもだ。そして、訪れるのは……。
「違うだろ、この俺!」
おれの心の中のツッコミは誰にも届かない。痛みだけが、おれの心を叩いていた。
おとこが消えた後、研究室は騒然となった。
「おい、助手さんがいきなり消えたぞ」
「なんで、怖い」
「鳥取県警に被害届を出せ」
男は二度と目撃されることはなかった……。