謎は雲を掴むように
ちょっと生意気でいけすかないが、微笑ましくも思える訓練兵たちを見送ったレギンは、緩んだ顔をすぐに引き締める。
日差しはまだ東に傾いており、午前の光は誰もいなくなった更地を照らしていた。
こんなにも早く訓練を切り上げたのは、勿論レギン含むコルト騎士団の人間が戦いに全力で備える為でもあるが──
何よりも気負うことがないように、という訳もあった。
まだ戦わせるには早すぎる卵たち。
自分達で終わらせる事ができなければ、意思をそれに託すことになる。
せめてそれまでは、楽に生きてほしい。
そんなレギンの思いは、ふとまた一つ老けたなと自身に思わせた。
「よお、地味に負けたなレギン」
「リグさん、見てたんですか」
そう返すと「ガリンでいいって」と、しょうがない奴だなという顔をした。
このやり取りはお決まりのようにしょっちゅう続いている。
おちゃらけたオジさんと、しっかり者では他人に対する距離が違った。
ある意味、自分のアイデンティティーがぶつかり合う頑固な一面とも言えなくない。……言える?
「サルバは既に本隊に入っててもおかしくないくらいだ。
ただ、身体がちと脆いな。7発いなしただけであれじゃあ、すぐバテちまう。
後お前さん、手抜いてたろ」
「刺突はしっかり力込めましたよ。あれを見切れるのは、騎士団内でも限られる。
大したもんです」
正直なところレギンは最初の一撃でよろめかせ、その追撃で勝負を決める予定だった。
初めて顔を合わせた、サルバが魔物の攻撃を避けた時。
その瞬間から、ただ者ではないということはわかっていた。
だからその分遠慮はいらなかったが、それすらサルバは越えてくる。
それはレギンの物差しが、まだまだということであろうか。
「そりゃあ、そうだけどよ。わざと本気出さすに負けて、それで示しつくのか?
俺なら見せしめにコテンパンにしてるけどな」
「いえ、十分そのつもりでしたよ。だからもっと示しがつかないというか、格好悪い」
別に呆気なく負けたわけでもなく、サルバの奇策はあのルールでしか通用しないということは、誰が見ても確かではあった。
それでも負けは負けであり、レギンにとっては相手をなめ腐った揚げ句圧勝するつもりが、逆に負けてしまったという事実は揺るがない。
レギンは自分のことはさておき、と一旦その思考を終わらせた。
「それで、フェンリーはどこへ?」
「気付いてなかったのか?後ろ後ろ。
起こすのに大分手間取ったよ」
振り替えると、ぶつぶつと呟くリファ。
直立不動なのと、大きい魔女帽が顔を隠しているのも相まって幽霊のよう。
しかも小さいので、想像力が豊かな人間なら子供の悪霊とでも思いそうである。
そう見るのであれば、呟かれるのはまるで呪詛のような。
「……いたのか」
「はい……具体的には見せしめの下り辺りから……はい」
「悪い、フェンリーお嬢にはちょっち重い話題聞かせちまったな」
勿論彼女の自爆であるが、レギンの繊細な感情を受け取ってテンションはかなり低い。
結構メンタルが弱いので、心を読むことがないように図書館に籠りがち。
制御は効くが、近付きすぎると否応なしに心が伝わってくるのだ。
それを含めての自爆。いや、引きこもりに甘んじていた罰とも言えよう。
「すまない……もっと早くに気がついていれば」
「その優しさが痛いんですレギンさん……いいんですよ、私なんて影薄いんですってば」
「そんなことはない。貴重な魔術士、鳥の獣人、白の髪に赤い瞳。どこにも影が薄まるものはないさ」
じゃあどうすればいいんだ。理不尽な。
とは言ったものの、何よりも影が薄いことの証明をしているレギンが、必死に弁明しているのは……
リファにとっては、それに何の裏もないことが一層"優しさが痛い"。
影が薄いことと、影が薄くなる要因がないということを両立させてどうする。
いじけることも出来ず、「そうですか」と棒が入ったような声で、励ましにも似た弁明を肯定する。
その後、リファは若干ため息をつくように続けた。
「それで、なんのご用ですか?」
「ああ、そうだったな……まずは、コルト街に落ちた隕石だ。
あれは魔術で再現可能か?」
石畳にできた焦げ目とその周りに散らばる石の破片。
誰もが空から石が降ってきたと考えるその状況は、人だかりができるほど異常だった。
リファは目をつむって少し思い出したあと、答えた。
「可能です。ですがマナへの"干渉力"に限界があるため、いきなりはるか上空で岩を生成する、なんて真似は出来ず自らをそこへ移動させる必要があります。
しかもマナの濃度は上を行くほど少なくなっていくので、マナをある程度保持しなければなりません。
かなり非効率な真似ですよ。要するに雲をわざわざ突き抜けたあと、うすい空気のなかで詠唱するんですから」
(マナの干渉力というのは、マナを自力でたぐり寄せられる力のこと。
マナによる神秘を発動させるには、一度体内にある"マナ結晶"を通してマナの形態を変化させるよう、促す。
そして変化を促したマナを再び大気に戻して、神秘を実際に発動させるという工程を踏まえているのだが、その変化を起こせる限界範囲でもある。
要するに聖術、魔術において銃の弾数、射程を決めるようなかなり重要なファクターであり、特に魔術士同士の対決においてはものを言う。
この干渉力が強いもの同士がかち合うと、どちらにも引っ張られたマナが悲鳴を上げて地面が割れてめくり上がったりする。
具体的な範囲を述べておくと、リファは自らを中心に半径5m程度。
魔術士の平均は数そのものが少ないが、3~4m程度。)
えらく具体的な答えが返ってきた。
現実的ではないから、偶然であると考えるには早計過ぎるとレギンは続けて問う。
「フェンリーはやったことがあるのか?」
「はい。一度だけ。当時は何も知らずにはしゃいで飛んでたら、魔術が使えなくってパニックになりました。
間一髪、地上に降りる寸前に風を起こして事なきは得ましたが……」
「そうか。貴重な意見、感謝する」
レギンは妙な引っ掛かりをおぼえて、目を少し細めた。
しかし魔術ではない別の何かか、ただの偶然か、どちらにしても確かめるすべはない。
考えすぎか、と自分の中で結論をつけ、本題にうつる。
「それからひとつ頼み事がある、サルバのお目付け役だ。
お前がついていれば、何か記憶の手がかりを掴めるかもしれん」
「ああ、それならもうサルバさんには、"使い魔"をプレゼントしておきました。
使い魔を通じてサルバさんから出たマナを、私が受けとる形です」
使い魔。
一言でいうなら、生き物もどき。
魔術と聖術の併用、形態変化の対象をマナではなく聖術そのものにしてはどうかとかいう、狂科学的な試みで生まれた生物たち。
聖術の力は一貫して闇を払い、生命を紡ぐという教義であるため、それから生まれたものは闇に対する耐性を持つのだとか。
生態はマナを動力にしている、食料が不要、生み出し手に忠実、使い魔同士はマナで会話する(リファ談)……
そんな事ぐらいしかわかっておらず、魔術と聖術双方を扱えなければ生み出すことが困難であるし、小さいものしか生み出せないわで、今ではほぼ廃れている。
勿論プレゼントされた使い魔はリファのものではない。
「いつの間にそんなものを? 本人は気付いていなかったみたいだが……」
「最初に話し合った時に、背中を勝手に拝借して取り付けたんです。
サプライズのつもりだったんですけど……意外と恥ずかしがり屋なのかも」
どうやってそれを忍び寄らせたのか、詳細は気になるが──
使い魔も人並みの感情を抱くのか、とレギンは感心する。
前者に関しては、一生リファの口から聞くことはないだろう。
具体的にはリネーラに出くわし、反射的に初対面の男に子供みたく背に隠れた隙にあわてて忍ばせた、なんて。
それも子供っぽい外見でも、関係なく敬ってくれた人なだけに──
その目の前で子供のような真似をしたのはショックだった。
子供のような自分に劣等感を抱いているリファには。
それが存外、子供らしいとも言えるが。
「ともかく、感情起伏はしっかり観測しています。
サルバさんの事はお任せください。この目でしかと監視しておきますから!」
「頼んだ。……サルバが気に入ったか?」
やけに用意周到で張り切っているリファに、少し頬を緩ませながら聞く。
「えっ」とそれに声を上ずらせたあと、顔を真っ赤にしてレギンをむっと睨んだ。
当然背の差があるので顔を上げたうえで上目遣いになるし、魔女帽もずり落ちそうなのか左手で押さえている。
「かっ、からかわないでください……そんな気、ありませんから」
言いながら、プイッと目を閉じてそっぽを向く。
そのあと「用事はそれだけですか?」とちらっとレギンを尻目に聞いた。
こくりと二人がうなずいたのを見たあと、早口言葉のように小さく何かを唱える。
それが終わると周りに突風が巻き起こり、それがリファを連れて宙へ飛び立って行った。
別れの挨拶もなしに。相当焦っていたと分析するのが正しいだろう。
辺りには砂煙ばかりが舞い、レギンとガリンはごほごほと咳をするはめになる。
「ごほっ、ごほっ……これを気に、お嬢がぐーたら生活やめるといいけどな。
つったって、からかうのはないだろレギン」
「好きの反対は無関心。こういうのは、逆撫でした方がいいですよ」
砂煙のなかで格好をつけた二人。
わずかに砂が入ったのか、じゃりっと喋るたびに音がなる。
「では、俺は東城壁へ行ってきます」
「じゃあ、飯つんだ魔車も持っていってくれねえか? そろそろ昼時だしな」
「はい」とそれにうなずくと、「こっちだ」と言いながらガリンはとことこ歩いてゆく。
矮人の宿命とも言うべきである酔っぱらいのような、がに股歩き。
男性限定で、大体10~15歳辺りでするようになると言われているそれは、おおらかな種族であることを象徴している。
レギンは特にそれに反応することなく、ただいつものリグさんだな、程度に思いながらついていった。
最早サルバのプライベートなど知ったこっちゃないのだと言わんばかりの三人は、そうしてそれぞれの役割へと戻っていくのであった。