鍛冶矮人とレギン隊【前編】
体を包み込むような、ふかふかな床。上からは肌触りが心地よい布。
首筋から後頭部にかけては、柔らかい感触が。身体がそれらを知覚し始める。
「……」
目覚めると、木の節と木目模様のある天井。
ベッドから身を起こす。辺りは眩しいぐらいに照らされている。朝だ。
──俺は……どうしてここに?
不意に、頬を風が伝う。吹いた先を見れば、吹き抜けの窓。その瞬間、パズルのピースがはまっていく。
──火傷を負って……魔物に襲われて……いや、もっと大切なことが……
"サン・サルバドルの──"
──そうだ……俺は、サルバだ。
立ち上がり、かけられていた布をそっとベッドにやる。部屋を出て、階段を下りるとリビング。
テーブルと椅子があって、そこには昨日の、リネーラによく似た少女がいた。
「あっ……」
サルバを見ると、眼を見開き声を漏らす。
金色の髪は肩まで伸び、それに紛れた獣の耳が僅かに跳ねている。
深みのある翡翠の瞳は、どこか大人しげで、寂しげ。
「あの、昨日は……申し訳ない」
「えっ……?」
昨日の夜、怯えていたのを見て自分がそうさせている、と思い謝罪するサルバ。
それに意味不明とばかりに首を傾げるリーシャ。
出だしは、あまり良いとは言えなかった。
「昨日、俺を見ながら怯えてたので……」
「……あっ、あれは貴方に怯えていたわけでは……えーと、その、ごめんなさい」
自分でおかしいとは気付きつつも、少女相手にまで敬語を使ってしまう。
それは、自分が何者か分からないことへの恐怖からだろうか。
少女はおどおどしながら、それにうつむいて答える。
ギクシャクした空気。何とかしようとサルバは口を開く。
「いえ……俺は、サルバです。よろしくお願いします」
「あ、わ、私は、リーシャ・エドゥアルド、です……よろしく、お願いします……」
敬語とは、基本的に他人を敬う……つまり尊敬、謙譲する言葉。
それはある意味理解とは遠く、また他人との距離を置くための手段でもある。
それを不器用な人間が使ってしまうと、こうなる。
それも敬語を使われた事がないであろう人間に使うと。
「あの……サルバ、さん」
「ごめん、サルバでいい……互いに、敬語は無しで行こう。
改めてよろしく、リーシャ」
「……うん。よろしく、サルバ」
いや違う。これは尊敬じゃなく、距離を置いているだけだと気がつく。
言葉の壁が壊れ始めると、少女は微かに笑みを浮かべた。
その後、目の前に置かれていたパンとスープを手につけ始める。
「……行かなくてもいいの?」
「どこへ?」
「サルバがレギンさんの所の、練習に行くってお母さんが言ってたから」
「……ああああ!」
レギンは思い出す。図書館からここへ戻る所から、寝るまでを。
要約すると、コルト騎士団に訓練兵として配属される事になったから、朝起きたらすぐ訓練所へ向かうようにというものである。
「すぐに行かなければ……!」
「待って、私も行く。道案内は任せて」
椅子を下りたリーシャに向かって頷くと、サルバとリーシャは玄関を飛び出す。
「こっち、ついてきて」
図書館とは逆方向へリーシャが走る。下り坂になっていて、寮のような集合住宅がそれに沿う形に。ちなみに、一軒家はリネーラの家一つである。
サルバはそうして街並みを見ながら走っていると、人だかりに目を止める。
「何の騒ぎだろう?」
「ちっちゃい隕石が降って来たんだって。
夜に見つかってひと騒ぎになって、朝起きた人達がまた集まってるの」
人々は疑問を呈するもの、神に祈るものなど、そこには決して物珍しさはない。
そう直感させる、何かがあった。
「リネーラさんは?」
「お母さんなら、魔物が居ないか見回りに」
リーシャは不意に右を見る。
釣られて見てみると、壁の向こう側に山が空を遮っていた。
──あそこに、リネーラさんが?
「着いたよ」
立ち止まり、軽く荒いだ息を整えると目の前には広場。
そこには剣と剣で向き合う獣人たちに、板金鎧を纏い、鈍器で木をかち割るガタイのいい者たち。
「遅かったな、サルバ」
それらをサルバと同じく遠目に見るのは、レギン。
どこまでも落ち着いた顔立ちは、聡明さをかもし出す。
賢い、かっこいい、騎士。おお、アンタレス大陸界の3Kである。
「はい、すみません……」
「いいから早く防具をつけてこい、あっちのテントでな」
「はい!」
サルバはテント、仮設の鍛冶施設へ走っていく。
それを見届けた後、リーシャに目線を合わせるよう膝をついて話す。
「ありがとな、リーシャ」
「いえ、別に大したことは……」
「本当に助かっている、今年の訓練兵は目を離すと少々厄介でな」
そう言いながら訓練の様子を眺めると……
「レギン副長、結構年下好みなんじゃ……ねえの!?」
「俺もそう思う!」
鋼と鋼がかち合う間だけ失礼な、だが必死さを交えた声を出す訓練兵がいる。
レギンはリーシャの耳を両手で塞ぎながら、こう言う。
「アーチェ、デニー、私語は謹め……」
「いいじゃないすか、どのみちそういうことは覚えますって」
「そういう問題じゃない……黙って訓練を続けてくれ」
「いやいや……そう言わずに」
「飯抜きにしてやろうか?」
リーシャが訳の分からない顔するのを見るや否や、すぐに手を離した。
無垢な子供には悪影響であるから、遠ざけようと促す。
「ありがとう、先に家へ帰っててくれ」
「……私も、ここにいたいです」
「……どういう風の吹きまわしだ?まさか……」
「ええっと……サルバが迷子に、ならないように、見張るためです」
若干目を反らし、たどたどしく問いに答えるリーシャ。
サルバが単純に不思議な人間だと言うのは、少し失礼な気がしたから。
それを恥ずかしい何かを隠すようにも見えたレギンは──
「……もうそんな年か……頑張れよ、リーシャ」
「はっ、はい頑張ります……? お父さん?」
恋路だと思ってしまう。大丈夫かコイツ──
場面は、サルバの方へ。
「失礼します」
「おお、あんたが噂の新人かい。記憶を失ってるってのに、いい根性してる!」
テントの中には筋肉だるまのような、少し背が小さい半裸のオヤジがいた。
髪は真っ白で、顔にはシワが所々あるが引き締まった筋肉は剣を軽々割りそうだ。
「さて……名はなんて言ったっけ?」
「あ、サルバです。よろしくお願いします」
「そうかサルバだったか!わしゃガリン・リグ、しがない鍛冶矮人さ。
で、サルバ。お前さんには一つ選択してもらう事がある」
おちゃらけたじいちゃんは指差す。
先には板金鎧、動きやすそうな小具足と鎧が飾られている。
メイスは短いものから槍のように扱えるものまで。
剣はいずれも鋭く、突くためにあるかのよう。いずれも外で見たものに似ている。
「要するに部隊と装備選択さ。重装で身を固めて豪快に相手をカチ割るアルベイド隊と、俊敏に突き刺すレギン隊ってのがあってな。
魔物の骨が固すぎるってもんで、ある程度武器が限定されちまう上に、どっちもそれなりの技量と知識は要るからよ」
言い終えると、ガリンは採寸用メジャーでサルバのあれやこれやを計り始める。
野郎なので割愛させてもらうが、具体的にはスリーサイズとか。
「やっぱりあんた、アルベイド隊も行けるぜ。さ、どっちにする?選択肢があるだけでも幸運だぜ」
「……レギン隊にします。記憶も、思い出すかもしれませんし」
「……?あー、えっと……なんだ?あんた剣でも持ってたのか?」
「はい、見つけられたときに持ってたものらしいんですが──あ」
腰に手をやると、ない。黒い剣ない。
急いだツケがここにくる。だからと言っても、少々回りくどくなったぐらいだろう。
最前線を目の前にするにしては、やや気の抜けたものではあるが。
「忘れてきちまったのか。ここにもいくつかあるから、持っていくといい」
「すみません……」
「いいっていいって。で、レギン隊に入りたいんだよな?あんたのサイズだったら、ちょうど良いのがあったはずだ。あーっと……これだ」
不規則に置かれた木箱の一つを開ける。
そこには軽そうな鎧。胸当てに、籠手。間接を保護する小具足等が。
その木箱をサルバの目の前に起き、中身を見せるように持ち上げる。
「とりあえず付けてみなよ」
「はい。ありがとうございます」
「なんかあったら、右の部屋にいるからな。剣もここに置いとくよ、返さなくてもいいからな」
ガリンは右手を上げて、おおらかに笑いながら去っていく。
サルバは、ふと胸当てを持ちあげる。
「……?」
偶然か否か、サルバを沿うようにはまる胸当て。その他の小具足もパズルのピースのようにぴったりで。
右の部屋を覗くと、すぐにガリンがこちらを見る。
「終わったか?」
「はい。……これって、誰かの為に作られた訳じゃないんですか?」
「いや?そんなにしっくりきたか?」
「はい。ありがとうございました」
「あいよ。じゃ行ってきな、レギンが待ってるぜ」
後半へ続く。
サルバ寝すぎ問題。