世界
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東と西を間違えたところを修正しました。
東大陸が闇に溢れた魔物の大陸で、西大陸が人々が暮らしているところです。
そして西大陸の西にロードライトがあって、東にエイン王国があります。
ほんともう、ごめんなさい。
コルト街、図書館前。
去っていくリネーラを見送ると、サルバはゆっくりと目の前のドアを開けた。
ガラスのタイルが埋め込まれたドアの先には、暗い空間が広がっている。
「誰か、いませんか?」
図書館に声が響くと、奥から青い光が溢れだし辺りを照らす。
照らされた所には、身の丈より大きい棚たちと、それにぎっしりと詰められた本があった。
「──」
見たこともない光景に、サルバは目を──いや、何もかもを奪われる。
奥の階段から人の足音が降りてきて、声が響いた。
「見るのは、初めてですか?」
頼りになりそうな、しかし優しい声はサルバに目を向けさせる。
そこには魔女帽を被って、ローブを着て、杖を持った──まさしく魔女と呼ぶべき者がいた。
身長はリネーラの肩ぐらいで、ここでは少し困りそうではあったが。
呆気に取られながらも、サルバは彼女の問いに応じた。
「……はい」
「これはマナ。この世界における、ありとあらゆる神秘の源です。
では、神秘とはどのような物であるかというと──"照らせ"」
彼女の一言で、杖の先に青い光が集まっていく。
その光が消えて真っ暗になったと思うと、突然周囲がうっすら赤く照らされた。
上を見上げると、簡素なシャンデリアのろうそくに火がついていた。
火。不思議と、あの燃え盛る街が浮かび上がってくる。
サルバは、改めてここに来た理由を思い出す。
「綺麗ですよね。本が燃えないようにって、うちの鍛冶職人さんに作って貰ったんです。
……申し遅れました。私はフェンリー・ファレンシウス。気軽にリファとお呼びください」
「……あ、自分はただのサルバです。よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします、サルバさん」
互いに自己紹介を終え、いざ本題に入ろうとする。
──ここで、俺が誰だか分かるかもしれない。そして、人々の行方も。
想いを固めていたところに、リファがこう述べた。
「記憶を、失ってらっしゃるんですね」
「……なぜ、それを?」
「貴方の体を通して出るマナが、教えてくれたんです。生き物は全て、呼吸をするようにマナを空気と体を循環させていますが、私の力はそのときマナに込められた心や記憶を読む事ができるんです」
「……」
「あっ、それ意味ないだろって思いましたね!頭が覚えてなくても、体が覚えてる事だってあります!」
「……確かに。それを読み取るってことですか?」
サルバはそれを実体験したばかりである。
魔物の噛みつきを避けながら剣を取り、追い討ちに反撃まで行おうとした。
問いにリファはこくりと頷く。
「納得していただけた所で、本格的に見てもいいですか?」
「はい。始めてください」
「では。"我想う、故に。景色は紐解かれる"」
青い光が再び空間を満たす。さっきよりも強く。サルバからリファへ流れていく。
「くっ……ああっ!」
青い光は全てリファへ収束するが、彼女は糸が切れたように倒れてしまう。
サルバは慌てて駆け寄るが、鼻からは血が流れている。
「リファさん!?しっかり!」
「うっ……うーん……?」
「あっ、良かった……立てますか?」
すぐに目を開け始めるリファに安心していたが、それはすぐに消えることとなる。
「あなたは……誰、ですか?」
「──!?」
サルバは大きく目を見開き、動揺する。
もしかしたら、自分と同じように記憶を失ってしまったのではないかと思ったからだ。
焦燥に駆られながら図書館にいることから、さっきまでの出来事を話し始める。
「……なるほど、そんなことが」
「良かった、記憶を全部失った訳じゃないんですね」
「ええ、今日の夕飯も覚えていますし……ですがどうしても貴方の事も、記憶を取り戻そうとしたことも思い出せない。
原因は一つ、体の方の記憶が膨大過ぎて、私の脳ミソでは受け止められなかった。その証拠に、鼻血まで出てます」
血を拭いながら、申し訳なさそうに話す。
──記憶を取り戻すどころか、吹っ飛んでいるのにやけに慣れていた。
──……俺は、知らず知らずのうちに、彼女になんて事をしてしまったのだろう?
──軽んじていたんだ。だから、こんなことが……
「気にする必要はありませんよ?危険を隠していたのは、こちら側です」
「だけど──」
「だけどもクソもありません。そんなことより、貴方の記憶を取り戻す事が先決です」
彼女のプランは、要するにローラー作戦に近しいものであった。
この世界の知識を片っ端から突っ込んで行き、記憶が戻るきっかけを探すというもので、もしサルバが気がつかなくても、彼女の力は見逃さない。
「ではまず、この世界の常識についてお話しします。ここはアンタレス大陸といって、砂時計を横にしたような形をしています」
そう言って、リファは世界地図を広げる。
色あせた紙には、方位記号と大陸同士が繋がったような地形が描かれていた。
西ほど鮮明に描かれており、東へ行くにつれて曖昧になってゆく。
「砂時計の左側、西大陸には二つの王国があります。人間の国、西のロードライト王国。そして獣人の国、東のエイン王国です」
「獣人……?」
「はい。体のどこかに動物の特徴を持つ人間を、獣人といいます」
魔女帽を取り、白い髪に紛れた羽のようなものを手でつかみ、持ち上げる。
「基本的には人間についてる耳が動物のものに置き換わって、尻尾が生えているのが典型例です。
私の場合は鳥で、小さい穴の周りに羽が生えているだけですけど……」
「……自分は?」
「心配しなくても人間ですね……」
微妙な空気が流れる。コホンと一呼吸おいてから、リファは続けた。
「人間にはいくつか種族があって、サルバさんは人族に当たるかと。他にも少し背の小さい、器用な矮人族が代表的です。
話を戻しますが、人間と獣人の王国はそれほど仲がよくありません。争いをするほどではありませんが、もしここを出るなら気を付けたほうがいいでしょう」
サルバにとってそれは想像ができなかった。
なぜなら、目の前のリファに、レギンという存在がいたから。
「そして、東大陸には『闇』という、生物を否定するような現象が広がっています。
『闇』に触れれば、動物はたちまち魔物になって人を襲う。魔物に傷をつけられれば、それも魔物に……
そのため、東大陸にはおおよそ人と呼べるものがいない。東につれて、地図の情報量が落ちるのもその為です。
そして……私達の現在地は、ここです」
リファが指し示したのは、砂時計のくびれのやや西辺り、コルトと書かれた所だった。
そこから少し東によれば、山脈が東大陸への道を囲んでいる。
そして北に行けば、ルーク街があった。
「魔物の侵攻を食い止める、西大陸最初で最後の砦。私達は今、人と魔物が戦う最前線にいるんです。
さっき鐘がなったように、魔物がここまで入り込んでくるのは稀ですが……危険な場所です。
特に魔人と呼ばれる、魔物を統率する者達が現れてからは」
「魔人……」
その事実が、すべてを繋げていた。
街が物々しいのも、ルーク街の出来事がどれほど重要なのかも。
だが一つ疑問がサルバに残る。リーシャの存在。
──どうしてこんなところに、子供が?
「……そんな魔族とも言うべきものから砦を守るのが、人間と獣人の連合軍、変わり者の集まりであるコルト騎士団。そして聖騎士団です」
「聖騎士団?」
「はい。聖術という、人間にしか扱えない力……二種類の力があって、一つは『闇』を浄化する力。もう一つは異様なまでの治癒能力。
具体的には、貴方がルーク街で発見されてから丸一日程度なんですが、火傷が綺麗さっぱり消えているのは聖術のお陰です。
そんな聖術と、魔物と戦えるだけの剣術を扱える人達の集まりが、聖騎士団です」
聖術。たちまち人を魔物に変える闇への、唯一の回答。
サルバは、そこに興味を持った。
「その聖術は、どうやったら使えるんですか?」
「闇を払う、生命を紡ぐという法則に沿って詠唱を開始し、マナを操って文字を作ってそれを力に変える……そうです。
扱えるようになるまでは……んー……個人差がありますし、やってみないと分かりません……ので、これを差し上げます」
持っていたのか、リファは聖術Ⅰと書かれた本をサルバに差し出す。
ズッシリと重く、読むのに一月はかかるのではないかと思うほど。
「ありがとうございます」
「いえ、あまり物です。分からないことがあったらリネーラさんに聞くといいでしょう。ああ見えても聖術の達人です」
「わかりました。頑張ります」
「案外体が覚えているかもしれませんよ?こんなところに聖術なしで来る人間はいませんから」
そっと受け取りながら礼を言う。
もしリファの言うように聖術が使えたのなら、これもきっと記憶につながるはずであるから。
「では、さっきリファさんが使った神秘というのは、どうやるんですか?」
「よくぞ聞いてくれました、さっきのは魔術といいます。端的に述べれば、大気に存在するマナの形態を変化させ、様々な現象を引き起こすんです!」
ああ、キラキラしてる。
身長の低さも相まって、彼女の赤い瞳はまさにその魔術とやらに憧れる少女。
誰が裏切られるであろうか?というような顔にサルバは少したじろぐ。
主に空気の変化的な意味合いで。
「形態は火・水・土・風に大きく別れており、風を除く三種はマナの消費量に応じて強力になったり、金属になったりします」
会話が続く。得意なことを喋るのは、気持ちがいいものではあるからしょうがない。
シャンデリアのろうは、少しずつ溶け出していた。
「風はそれら三つの形態に方向性を持たせる重要な役割があって、魔術の中では特に重要視されてるんです!
……コホン、要するに、マナを自力で変化させることのできる者を、人は魔術士と呼びます。
聖術と違って、師弟関係を重んじるので数は少ないですが……」
説明しているところに、ガチャリとドアより音がした。
ゆっくりと開かれた先にはリネーラが。
それを見た瞬間、リファの耳もとい羽が逆立つ。
「いっ──」
そう声を残してサルバの背に隠れる。
訳が分からないサルバは、とりあえずリネーラに声をかける。
「これは、いったい……?」
「ああ、気にしないで。それより記憶は戻った?」
「……いえ」
「そっか……何かしていたようだけど、ひとまずは終わった?」
何したんだこの人とサルバは思わずにはいられない。
戸惑いながら返事をしたところに、リファが口を開く。
「はい。お役に立てず、申し訳ありません……」
「いいのよ。じゃあサルバ、行きましょう」
そう言い、図書館を出ていく。
二人だけになったところに、サルバは問う。
「何か、されたんですか──」
「見なかったことにしてください」
「……なんか、すいません。では失礼します」
死にたい、と書いてあるような顔で食いぎみに答えられる。
──こういうときは、一人にしたほうがいい……
そう考えたサルバは、非礼を詫びてリネーラについて行く。
「……」
その優しさすら、マナを通してある程度心が読めてしまうリファには……
自爆ではあるが。