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世界転生 -反逆の救世主-  作者: ただのあほ
第一章
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はじまりを繰り返す場所【前編】

 不規則な長方形の石がいくつも積み重なり、灰色の壁はサルバの目の前を覆いつくしている。それの巨大な城門を塞ぐ古ぼけた木の扉には、補強するためか鋲で取り付けられた鉄筋が直角に交差していた。

 城門の上には、二本の平行な木の支柱のようなものがはまっていて、その先から伸びきった鉄の鎖は木の扉に繋がれていて──早い話が、引き上げている。

 サルバはいざルーク街へ近付こうとするが、水の流れる音に気が付いて動きを止めた。足下をちらりと見ると、泳いで渡れるかどうかの川があり、城壁を囲むよう流れている。目の前に橋などはなく、サルバは地面のないところで足をつけようとしていた。


 普通に歩いていればすぐ気が付くほど目立つのに、見落としていた。記憶を取り戻すことに必死になって視野が狭くなっている。アリンの言う「急ぎすぎ」というのは、恐らくこういうことなのだろう、とサルバは冷や汗をかく。

 そして視線を感じて振り替えると、やはりアリンが不安げな、曇った瞳でこちらを見ていた。目が合えば、サルバは「ごめん。君の言う通り、急ぎ過ぎてた……」と後ろ髪を引かれながらも前へうつむく。

 緩やかに見えて体を持っていかれそうな勢いの川は、水面にうつる木の葉と青空、城壁の色が混じりあい、それに水の濁った色が足されて青みがかった深淵のような色をしていた。見覚えがあるとすれば、魔物の血。


 顔なんかはうつらない水面にべっとりなサルバを見て、リファは隣に立ちながら語りかけた。


「水堀です。大陸全土で見ても、珍しいでしょうね」


 自分はそんなにもうつむいてしまっていただろうか、と急に目の前の城壁を見ながら「そうなんですか?」とサルバは聞いた。ただ、記憶の手がかりになればと。


「ここは水郷沿いの城郭都市で有名ですから。水堀に落ちてしまえば、運が悪いと水底の杭に刺さってしまいます」


 急に不穏な言葉が混じり、場の空気が変わるのを感じた。張り詰めた空気からは、やはりどこまで行っても逃げられない。


「ので、くれぐれも気をつけてください。リーシャちゃんもアリンさんも、私から離れないで。

 はっきり言って、今のルーク街はめちゃくちゃです。ここから先は、瓦礫が崩れることもあるでしょうから」


 暗い表情ひとつ見せずリファははっきり言う。アリンもリーシャも、浮かない顔をしながらこくりと(うなず)くのを見ると、「ではサルバさん、肩車してください」とせがむように両手を前へ広げる。

 ……


「すみません、私と杖だけじゃぎりぎり届かなくて」


「いえ……」


 サルバはひたすら無心であり続けた。何か思ったらそれはもう……彼女なら見通しかねないと警戒しているからだ。

 しかし、本当に鳥が止まったかのような軽さが気になってしまう。思えば、足も手も全く筋肉がついていないように見える。まるで皮と骨しかなく、倒れれば砕けてしまいそうな勢いだった。


「リファさん、なんで……俺なんです?」


「私は鳥の獣人ですので、浮くように色々軽くなっているんです。……その分、ひ弱で……」


「……? それと、アリンに頼まないことに何の関係が──」


 むしろ、女の子の方が安心できるのでは……とサルバが思っていると、城門上にある一対の木の支柱が傾いて倒れてくる。合わせるように鉄の鎖が鋭い音を立てて、引っ張っていた巨大な木の扉を勢いよく下ろしていく。

 扉の影はだんだんとこちらへ伸びてくる。そして、ざぶん、と木の扉が水面に叩きつけられ、水しぶきが上がる。サルバ達は迫力のある光景に怯み、地面はひとときの間、舞ってしまった水に激しく打たれた。

 城門を塞いでいた扉は川を渡る為の橋となる。俗に言う、跳ね橋というものだった。


「すみません。驚かせるつもりはなかったんですが、こうするしかなくって」


「些細なことです、気にしないでください」


 そう、空っぽな自分を埋める──生きる意味を求めて、ルーク街で起きた地獄と向き合うことに比べれば……


 開かれた城門の先を見据える。まだ、水の枯れた、土が剥き出しの田畑が広がっているのを見て、少し安心しながらもサルバはゆっくりと足を進めた。


 まるで農村のような、のどかな景色が続く。いくつも土を踏みしめる音が響き、白い雲が漂う青空は辺りを一層穏やかにし、少しの日差しは光と影で緑を引き立てていた。

 そんな中でもアリンは気が気じゃないのか、ずっと深刻そうにうつむいている。ずっとこれが、続けばよかったのに。そうしたら、誰かが無理に背負う必要もないんだ──サルバは思い込んでいると、ふと焼け焦げた匂いが鼻を伝う。

 すると突然、アリンは必死に前を睨みながら走り出す。「アリン!」と言いながらも、サルバは彼女を追いかける。みんな、こんな光景を見に来たわけじゃない。ただ、確かめねばならなかった。誰かに聞いたわけでもない、しっかりとこの目で。


 田畑を覆っていた草花は進むほど焼けていく。土を踏みしめ、やがて石を打ち付ける音に変わり、やはり現実はこうなのだと思い知らされる。

 むせるような灰まじりの空気を口で吸い、アリンが立ち止まったかと思うと、辺りの景色は最早のどかとは言えず、ただ虚しく失ったという事実だけが広がっていた。


 リファの言った通り、ルーク街はめちゃくちゃだった。それでもなお、元はコルト街のように人々が生活していたことはわかる。けれどもそんな生活の跡も、僅かにしか残っていない。

 崩れ落ちてばらばらになった朱色の屋根と、綺麗だったはずの砕け散ったガラスは黒く(すす)けて、折れて焼け焦げた支柱や炭混じりの木片が、水の滴った辺りに広がっている。

 石畳にはところどころ水溜まりがあり、それにうつる青空だけがただ輝いて見えた。どこにも希望などはありもしない。目の前にうつった光景は、まさに絶望がたたえられた後。


 サルバは、ルーク街の人々がまだ生きているだなんて、とても言えなかった。やはり、あの日見た地獄は本物で、自分が助かったのは奇跡なのだと思ったから。

 一体、何人が助けを求めて手を伸ばした? どれだけの人がすべてを諦めて、炎のなか瞳を閉じた? そして、何故自分だけが生き残った? 頭によぎるのは最初にここへ来た時のことばかり。

 この街はまだ燃えている。終わってなどいない。消えた人々の無念を晴らすまで、晴らしても、忘れるべきじゃない。


 サルバはただ目を見開き、ただ胸が締め付けられるのを感じた。アリンはその場で両膝をついて「ごめん、ごめんね……」とただ彼らへ祈りをささげた。祈りをかたどっている自らの手にすがるように。

 リーシャはただうつむき、リファはただ魔女帽を下げ、自らの顔を覆い隠した。


「アリン……」


「いいの。私、ずっと、逃げてただけ……ようやく、向き合えたから……」


 声を震わせながらも、アリンは言う。嬉しそうだけど、全然嬉しそうじゃない。「だから、もう少しだけ……祈らせてほしい」と言う彼女の言葉は、とても弱く見えるかもしれない。ただ、アリンは向き合うだけの強さを見せている。

 サルバは「違う……」と呟いた。こんな彼女が見たくて、来たわけじゃない。ただ、気負わず微笑んでいて欲しかっただけ。向き合うことは正しいのかもしれない。

 だけど向き合わせているのは、アリンを背負わせているのは、きっと記憶のない自分──ここで、大切なものを落としてしまった自分のせい。


 サルバは表情と声を強張らせ、辺りに広がる地獄を睨みながら言い放った。


「大丈夫だ。この街を焼いた理不尽は、俺が正してみせる。無念で終わらせはしない!」


 サルバはただ石畳を蹴り、走った。そして、必死に周りを見て探した。車輪の折れた馬車──違う。むき出しになった工房、いくつもの剣と戦鎚──違う。道いっぱいに転がる小具足──違うッ!

 死物狂いで違和感を探した。引っ掛かりを覚えるもの、ふと目に留まったもの──もう一度、高原で思い出しかけたときのように、鍵となる場面を探した。


「待って! サルバ!」


「妨げてはなりません」


 立ち上がって追いかけようとするアリンを、リファは腕で(さえぎ)って静止を促す。


「でもっ……!」


「サルバさんもまた、自らの記憶と向き合おうとしています。彼にしかできない、彼だけの方法で。私たちにできるのは、見守って背中を押すことくらいなんです。

 心に踏み込んでも、背負わせるくらいしかできませんから」


 哀しさを浮かべて言うと、「では、こっそり追いかけましょう」とリファは微笑んで付け加えた。その赤い目は、やはり作り笑いかのように(いびつ)なまぶたをしていた。




 サルバは崩れ落ちた街のなかで、唯一煤けながらも原型を保つ教会を見ると、なりふり構わず扉をこじ開けて中へ入った。並べられた長椅子は何か事があったかのよう乱雑に置かれ、祭壇は最早見る影もなく破壊されている。

 ここだけは地獄じゃない気がして立ち止まっていると、心臓が身体中に鼓動を響かせていた。まるで、ここだと言っているように。ようやく冷静さを取り戻し全身の力を一度抜くと、眉に力を込め、踏み込んだ。


 ところどころ抜けた床を避けながら、ゆっくりと歩く。そのたび、ぎしりと木の板が悲鳴を上げた。そしてふと、長椅子に立て掛けられている胸鎧を見付ける。自分のつけている物──訓練の前に、ガリンから貰った物と全く同じ。気がつけば手を伸ばして触れていた。

 瞬間、踏みしめた地面は水面に置き換わって、サルバはざぶんと、音を立てながら、泡と共に光の差さない水の中へと引き込まれていく。


 また、誰かの記憶なのだろうか。息は出来るが、その度にとても暗く冷たい何かが全身を駆け巡る。上がろうにも見にまとった鎧と小具足が邪魔をして、体は言うことを聞かずただ沈んでいく。

 だが、不思議と悪くない。自分には似合っているとサルバは感じた。

 やがて水底へ足をつけると、黒い水で満たされた平坦な景色ばかりがうつる。当てもなく、サルバは歩き出そうとすると、「待て」と水の中なのに、はっきりと重い声が聞こえた。


「何をしに、ここへ現れた?」


 声に振り向くと、黒い鎧に身を包んだ者が立っていた。ひん曲がった黒い鉄格子のようなうわべをした兜が、何よりの特徴だった。顔の見えない謎に包まれた者。

 なぜか、疑問は湧かない。貴方は何者だ? だとか、どうしてここにいる? という言葉が、不思議と頭のなかで浮かんでこない。ただサルバは声高に話す。


「俺は、ここで起きたことを知らなければいけないんです。ルーク街の人々がどこへ消えたのか、どうしていなくなったのかを……みんなに報いるために。

 そして今度は、コルト街がこうなってしまうかもしれない。みんな、不安がってる……」


「皮肉なものだな」


 サルバの何もかもを見透かしているような口ぶりで、黒鎧は一蹴した。


「運命から逃れようと、より大きな運命にからめとられようとしている」


「定めなくして、我らは生きていけぬ。だが、定めを引き受けることはできる」


「任せておけって、言うんですか」


 サルバの問いに、黒鎧は答えずただ沈黙を守る。「肩の荷も降りるだろう」とやっと声を出したかと思うと、重い声はやはりサルバを見透かしたように話す。


()く失せよ、貴様では何も出来ぬ。さもなければ、地獄を見ることとなる。それはまるで、翼をもがれた鳥のように惨めな。地獄の果ては、永い悪夢(ゆめ)に似た絶望を知るだろう」


「それでも……それで済むって言うんなら、逃げません。コルト街のみんなが居なかったら、俺はここで終わってた」


 胸に手を当てて、サルバは言い張る。その強いまなざしには願望と義務感が入り交じって宿っていた。黒鎧の鈑金の腕が握り拳を作っていく。


「自分も、他人も救えるならそれでいいって、背中を押してくれた人がいるんです。もっと頼ってほしいって、こんな自分を知りたいって、言ってくれた人がいるんです!

 ……俺は、それに応えたい」


「……ならば、餞別(せんべつ)をくれてやる。旅の苦しみが、僅かでも和らぐように」


「餞別……?」


 言うと、黒鎧は手の平を差し出した。真っ黒で、まるで人間の手かのように繊細な籠手。その上には、黒い炎のようなものがゆらめいでいた。見つめていると、ぴりぴりと緊張が頬をつたい、思わずサルバは手を伸ばし、それを受け取っていた。

 黒鎧は見届けると、変わらず重い声で語った。


「"闇"。命という光が生み出した陰り。願い、想い、果ては心そのものを紡いで形を成す、虚無の使い。だが──」


 触れていると、自分の胸に押し当てたくなってしまう。まるで、欠けていたものが綺麗にはまっていくような感覚。だが、同時に何かが違う。異物としか思えなくて……これは自分のものじゃないと思ってしまったとき、サルバは思わず"闇"を握り潰した。


 頬に汗が伝うのを感じていると、"闇"を握った手のひらから、皮膚が焼ける痛みと共に、誰かの声が聞こえた。幾多の声が重なりあって、雑音のよう。ざらざらと鋭く、頭に響く。「……ッ……ぐっ……!」と苦痛に歪みながらも、息も絶え絶えにサルバは呟いた。


「これは、俺の……俺になる前の……記憶……」


「貴様が闇を知ろうとしたように、闇もまた……貴様という存在を知ろうとしたのだろうな」


 儚げに、しかし傍観するような声を黒鎧は出す。初めて感情を(あらわ)にした。けれども、想いを()せているのは目の前の存在──自分ではないと、サルバはすぐに感づく。


「俺が、闇を、知ろうと……した……?」


「ああ。記憶を求めるのなら、じきに貴様もそうなる」


 "闇"が全てを握る鍵となる。サルバには、とてもそう思えなかった。どこまでも相容れぬ気がして、その身に宿せばたちまち自分が自分じゃなくなる──本能が警鐘を鳴らし、だが踏み込まなければという使命感がサルバの背中を押す。


「身を委ねろ。その闇が覚えているのは、貴様の"はじまり"だ」


 握りこぶしを開くと、闇はなお手のひらでゆらめいでいる。懐かしく暖かい、黒い灯火。やがてそれは全てを覆い尽くし、記憶の残滓をサルバに見せた。

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