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世界転生 -反逆の救世主-  作者: ただのあほ
第一章
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光と、願い【後編】二

「そ、そんなことより! あれ、言わなくて良いんですか!?」


 何か逃げるための話題を取り繕ってあたふたしながらも、アリンはサルバの上辺りを指差す。

 リファがわけもわからず目をまんまるとさせ、当の本人は「俺の、頭の上?」とつむじに手をかけようとすると、腕にふわふわな感触が巻き付いた。

 特に動じもせず、サルバはずっと頭に乗っけていたものの正体を目の前に置いて確かめた。白い蛇のようで、しかし毛が生えすぎるというほどあるし、よく見ればちっちゃーい四本の足がサルバの腕を掴んでいる。

 その姿に思わず彼は、感想にも似た呟きをする。


「……イタチ?」


「気がついて……なかったんですか?」


「はじめに会ったときから、ずっと俺に?」


「ええ。申し訳ありませんが、その……ええっと……"へんなの"で、勝手に心の揺れ動きを観測させていただいてました。サルバさんの記憶の手がかりを見付ける指標にしたかったんですが……」


 "へんなの"呼ばわりされたのを怒ったのか、白い毛玉はリファに襲い掛かり鼻めがけて体当たりをかける。むぐっ、と彼女は攻撃を容易に許してもろに食らうと、そのへんなのを両手でつかんではまるで犬猿の仲かのように睨んだ。

 両者は、互いの目のにらみ合いで火花をちらし「お師匠様のものだからって、調子に乗らないでくださいよね……!」とリファはなんだか、対抗意識を燃やしていた。


「ああ、ええっと……ありがとうございます。二人とも」


 戸惑いながらも自然と出たサルバの言葉に、ふわふわのへんなのとリファが彼のほうを向く。(いさか)いは止まったかに見えたが、直後リファが「どういたしまして」と言いながら自らの魔女帽を持ち上げてはへんなのを中に入れ、再度かぶった。

 もごもご、と不満を訴えるように藍色の魔女帽は形を変えるが、抵抗むなしく解放されることはないだろう。うん。何事もなかったかのように「話を戻しますが……」とリファは真剣な眼差しで続けた。


「出来ることなら、魔物がなりを潜めるまでコルト街に居てほしかった、というのが正直なところです」


 リファは丁寧な口調で言いきったあと、口をつぐむ。

 そして、本当なら行かせたくはない、と引き止めるような目をして「けど……やはり気になるのでしょう?」とリファはサルバをゆっくり見据えた。


 どんなに小さいことでも記憶を取り戻すということは、もう一人の自分を追いかけるに等しいと彼女は知っている。リファの場合はもう一人が請け負った残酷な事柄を、せめてもの義務感で知るが、彼は、自分がどんな人間だったのかさえわからない。

 おおよその検討はつく。だからこそ、サルバが辿る記憶は決して明るいものではないだろう。地獄から生まれ落ちたようなものなのだから。リファが止めるぐらいでぶれるのなら、彼は過去という自分に耐えきれず塞ぎこんでしまうかもしれない。

 過保護。身勝手な言い方をすれば、万が一などあり得てはいけないのだ、ルーク街の真相──消えた同胞たちへの道しるべとなる存在には。


 リファの憂慮(ゆうりょ)に反し、サルバは眉ひとつ動かさずに「はい」と答える。決意は変わらない。むしろ強くなったかのように、彼は声を響かせた。


「俺は、確かめなくちゃならない」


 リファはやっぱりこうなる、と目蓋を閉じたのち気持ちを切り替えたのか、見開いては「わかりました」と目尻を上げて自信に満ちた笑みを浮かべる。それは、必ず記憶を取り戻させて見せるという意思の表れでもあった。


「アリンの薬草集めは、どうする?」


「私は、暗いことは先の方がいいな」


「……そうか。すまない」


「決まりだね。じゃ、先に行こ」


 アリンは切なそうに目をそらしながら言うと、すぐに「荷物が多くなると面倒だし」とにっこり笑いながら付け加えた。


「リーシャは平気か? 崩れ去った街を見ても」


「大丈夫だよ。……私、サルバのこと知れたらうれしいから」


 単純に興味を寄せられて、サルバは子供の言葉を真に受け恥ずかしくなってくるもなんとか抑えては「そうか?」と、とぼけた。


「では、私についてきてください」


 三人は、迷うことなく遠くにうつるルーク街へと一直線に足を運ぶ。当然、その前には崖がある。少なくとも落ちればひとたまりもないほどの。


「えっ、ちょっ、リファさん? アリンも、リーシャもどこへ!?」


「どこへって……ルーク街に行くのでしょう? ……ああ! サルバさんは魔術、はじめてでしたね!」


 具体的に何をするのか要領を得ない。この人、魔術のこととなるとやたらきゃぴきゃぴするきらいはあったが、ここまでがらっと雰囲気が変わると言葉に困るのを通り越して、逆に魔術に興味が湧いてくる。


「これを期に、魔術の魅力に目覚めてくれるといいのですが……論より証拠です! 行きましょうサルバさん!」


 言いながらリファは、わくわくを押さえきれないようなそぶりで高原を歩いていく。リーシャも同じく。彼女も恐らく、初めてなのだろう。

 だが、サルバはどこか明るすぎる、と二人に引っ掛かりを覚えたあと「強いな……」と思わず呟いた。みんなにとっては直視したくないはずの出来事の跡を、これから見るというのに。


 ふとアリンは、サルバが立ちつくしているのに気が付く。

 思いながら、どこか遠くを見つめるような瞳をしている。彼は迷っているのだと感じたアリンは、暗いことになるのを承知で、しかしはっきりさせなければいけないと、サルバに聞いた。


「どうしてサルバは、記憶を取り戻そう、って思ったの?」


「……誰かが理不尽に()って、苦しんで……救われないのは嫌だったから」


「その誰かにも、きっとサルバは入ってる。そうだよね?」


「……わからない。多分俺は、生きる意味が欲しくて……誰かの為にってうやむやにしているんだと思う。ルーク街での出来事がわかれば、きっとみんなのためになるって……

 だとしたら、この気持ちは……偽物だ」


 自らを(あざけ)るような物言いに、アリンは一瞬きょとんとしたあと、優しく語りかける。


「それの、どこがいけないの?」


「え……」


「人を助けて、自分も助けられるなら、それは素敵なことだと思う。それに生きる意味って、要するに夢だとか……やりたいこと?

 理想を思い描けばいい。例えば姉さんを見付けて、一緒に暮らして、人並みに恋をして……だとか。そんなに悩まなくてもいいと思うな、私」


 もの悲しく微笑みながら言うアリンの顔をみたとき、サルバは心に刺さっていたトゲが抜けて、すっと楽になっていくのを覚えた。未知の感覚を不思議に思いながらも「考えすぎだろうか」とサルバはうつむく。


「急ぎ過ぎ。今考えても、仕方がないよ」


 論すよう、アリンは返す。直後、「置いていっちゃいますよー!?」というリファの元気そうな声が耳をつんざく。アリンとサルバは少しの間固まったあと、互いに失念していた、と書いてあるような顔を合わせた。

 アリンは少し安心して微笑むと、急にサルバの前に飛び出しては彼の腕を掴んだ。


「急ごう、サルバ!」


 言いながら、アリンは走り出してサルバの腕を引っ張っていく。ざっざっと草原を踏みしめる音がしきりに響き、サルバはただ、真っ白な修道服が波を立てて、銀の三つ編みが踊り──そんな外見ではなくて、目の前で楽しそうに走り出している彼女の姿に、ただ眼を奪われていた。


 先に行っていたリファ達に追い付けば、草原の終わりである崖が目と鼻の先にある。論より証拠とは言っていたが、とサルバは考えていると、ふと青い光の粒──マナがサルバ達を覆ってちかちかと輝く。


「──では行きます。"風よ、我らをのせてただ流れよ。草花へそうしたように、我らを支えよ"!」


 リファが唱え終わると、何の力も入れていないのに地についていたはずの足が徐々に浮き、草原から離れていく。未知の力に体を委ねる恐怖に少し背筋が寒くなるのを覚えながらも、サルバは全身の力を抜いた。


 そして背中を押されるような感覚と共に、放り出されるかのごとく一直線にルーク街へ風に乗った体は進む。小さい灰色の壁に吸い込まれるようだった。

 文字通りサルバ達は空を飛んでいる。ただ、驚きを隠せないような出来事ではないようで、アリンもリーシャも「綺麗だね」とは言うものの、それほどはしゃぐ様子もない。


 ただサルバは魔術の力というものをひしひしと感じながらも、ある疑問を抱いていた。

 夏のような景色なのに、同じように空を飛んでいるはずの鳥も、鳴く虫すらも居なかったのは、なぜかサルバにとっては引っ掛かった。この世界は知らないことばかりなのに、おかしいと思ってしまう。

 頭ごなしに否定するのはよくない、と理不尽な気持ちを抑えて、サルバはもう二度と味わえないというような景色を、ただ見た。


──これが、リファさんの見ている景色……


 下の木々が、空の雲が生き物かのように流れていく。風はサルバを支えているにも関わらず、触れても触れた気がしない。

 だが、この不思議な一瞬に浮かれてばかりな訳にもいかない。どんな夢のような出来事でもいつか終わりを告げるように、ルーク街を覆う灰色の壁は刻一刻と迫っているのだから。

 やがてサルバたちを支えていた風は弱まっていき、地面へと引き寄せられていく。プツンと糸が切れたように急降下しないかはらはらしながらも、緑に包まれた地面を見張った。


 流れていた景色も緩やかに停滞を迎え、地面に落ちる木の葉っぱなどが細かく見えてくる。ようやくサルバ達の足が届くかの距離になったとき、風はやさしく輪をつくって体を支える。そして、役割を終えたかのようにほどけた。


「ここがルーク街……」


 サルバは見上げると、ほんの小さかったルーク街が、今はこんなにも大きく見える。立ちふさがる灰色の壁。ルーク街の入口からは未だ焼け焦げたような匂いが漂う。


 瞬間、草原に居たときには心地よかった、風に吹かれた葉がかさかさと立てる音は、緊張を掻き立てながらも見渡す限りを不気味で満たす。まるで引き返せと言いながらも、覚悟を試す番人のように。


 サルバは唇を固くむすぶ。そして、自らの記憶の始まり、地獄の跡へ足を踏み入れた。


 ◆


 一本の、もう葉が付かない木の近くで、全身を黒い鎧で包んだ誰かが立っている。その兜は、眉庇(まびさし)から頬当(ほおあて)までがまるでひん曲がった鉄格子のようで、しかし奥は不思議と真っ暗で光を通すことはない。

 尖った肩当て、(わし)のように突き出た胸鎧、義手義足のように繊細な小具足。どこを見てもまんべんなく黒い鈑金があり、重ねられている。

 恐らく刃が通る隙もない。そんな完璧な鎧でも一つ不自然なところがあり、鈑金同士を重ねて繋ぎ合わせるはずの(リベット)が打たれているようなところは、どこにもなかった。


 ここはコルト山脈を越えた、東大陸の入り口に等しい場所。激しい戦いの跡が全てを物語っていて、灰は積もりに積もり、辺りはまるで炎が全てを焦がし燃え尽きたあとのようだった。

 一面に広がった灰の色の砂漠。灰は後ろからふぶく風に乗ってただただ物悲しく舞い上がっては、煙になって地に落ちていく。目にうつるはそればかり。どこまでも同じ。

 戦火の火蓋が切られる4年前には森が広がっていたというのに、哀しいほどに面影はなかった。一本の枯れ木と、起伏のある灰の波のみが影を落としている他に、白を汚すものはない。


 変わることのない景色のなかで、黒鎧はぽつりと、どこまでも低く暗い言葉を落とした。


「まもなく、なのだな」


 見据えた東から、迫り来る"闇"──魔物たちの気配を感じ取って、黒鎧は「世界に弾かれた者たち、か……」と黒い兜の隙間から声を漏らしては、傍観するように語る。


「人の願いも、怒りも全て(むさぼ)り、生を滅す因果へと変える……」


「命紡ぐものあれば、逆もまた(しか)り……(たが)えるものは、必ず現れる」


「ならばもとより世界は、悲劇なのだろう」


「そして今に繰り返す……幾度も、果て無き戦いを。全てを無に還すまで……」


 枯れ果てた木の近くには、灰をかぶったひとつの剣があった。元はきらめく輝きを放っていたのだろう、刃は欠けることなく形を立派に保ちつつも、その剣身は永い間風に当てられ錆び付いていた。

 だが、広げられた翼のような(つば)は未だ衰えていない。ちかちかと太陽の光を黒鎧にはねつけるさまは、自分はまだ戦えると言っているようだった。最早全てを共にするはずだった持ち主すら、いないというのに。

 黒鎧は、剣の前に(ひざまず)く。がしゃり、と黒い鈑金が響かせる鋭い音を、咎める者はどこにもいない。そして、黒鎧が剣を見ることはなかった。


「詫びよう。遠い日の契りは、最早叶わない。あの方を目覚めさせることは……私が許さぬ」


 腰当ての下に巻かれたぼろぼろの、藍色だか黒色だかよくわからない色褪せた布は地面にそっと降り立ち、まるで黒鎧の影のよう。

 重く響く声が剣に語りかければかけるほどその影は色濃く、そして大きくなっていく。


「それでもお前は……遺恨などないと言うのだろうな」


 黒鎧はその重い身を立ち上がらせる。付けていた膝を上げると、こびりついた灰がさらさらと落ち、または(かたまり)が風で地を転がって消えた。


 ふと、東のほうを向く。灰色の東城壁、コルト山脈よりも向こう側を。


「……サルバ、あるいは──」


 突然、激しい風が黒鎧の身を包む。灰が吹雪き、辺りは白で染め上げられる。

 黒い鈑金は灰を受け入れ、白と黒はひとつになる。それは──


「無知とは罪であり……また、甘露なる夢。だがもし、それを嘘だと言うのなら」


「遂げるがいい。貴方のはじめた、貴方だけの物語を」


 紛れもなく、混沌に満ちた世界そのものだった。

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