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世界転生 -反逆の救世主-  作者: ただのあほ
第一章
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光と、願い【後編】一

 こつこつ、と石を踏む音はやがて響かなくなり、炭鉱のような下水道が終わりを告げようとしていた。そして、日の光が漏れだす出口が見えてくる。松明でところどころ明るかったとはいえ薄暗い道を歩き続けていたせいで、サルバは目をしばたたかせて強い日差しに慣れるしかなかった。


 目の前を歩いているアリンが振り向いて、「サルバ、リーシャちゃん、もうすぐだよ」と期待を煽る。どんな景色が待っているのかサルバは少し気にしたが、同時にリーシャのわくわくした表情を見ては、喜ぶ様子を見てみたいと思った。

 ずっと、どこか無理をする顔をしていたように見えたから。リーシャもまた何か理由があってコルト街にいるはず。でなければこんな少女が危険な所にはいない。親近感のようなものが、サルバに彼女を連れ出すことを決めさせたのかもしれない。

 きっと一緒に遊んでくれるような友達はいない。戦場の空気に似合わず無邪気にはしゃげばガキだと煙たがられ……常に自らの存在を潜めて孤独に生きなければならかった。他人とは少し違うというだけで。


 恐らくはそうなのだろうと、サルバは直感していた。戦闘はこなせていても、彼もまた戦場の空気から外れた者だからだろう。ただ、サルバだから分かるという訳でもなく、戦場に身を置くものでも彼女と接する人はいる。

 少なくともアリンはリーシャのことを気にかけているし、連れ出すことを構わないと言ってくれた。リネーラは恐らく唯一の肉親で、子供のようにリーシャを愛している。

 彼女らのように、そしてルーク街で助けられた時のように、自分も誰かに手を差し伸べたいとサルバは思った。それは人を見下ろすような一方的な施しかもしれない。


 だが、きっとリーシャは一人では生きていけない。恐らく、サルバもまだその証明は出来ていない。一人で生きられるようになるまでは、手を差し伸べてもばちは当たらないはず。そう、歩き出せるまで支えると思えばいい。

 だから自分も前へ進まなければ、とサルバはただ光がさす前を見据える。そうして、アーチを描く出口を抜けて、文字通りサルバたちは光に包まれた。


 踏み出した先は影など探す方が難しいほどの、見晴らしのいい高原。木は数えるほどしかなく、葉は気持ちのいい風と共に吹きすさぶ。一面に生い茂る草はがさがさと音を立ててなびき、その光景はまるで波を描いているようだった。

 後ろを振り返れば断崖絶壁のような山が天高く延びている。コルト街にいたとき、東に見えていた山脈を登ってきたんだな、とサルバは改めて実感できた。


 奥には小さくなったが、なお大きい灰色の壁に囲まれたコルト街が一望でき、中心には朱色の尖った屋根が立ち並んでいる。外側には農作物の栽培所と思わしき地帯が囲んでいて、今は夏場なのか、金色に染まった麦の畑から黄緑色に染まった野菜までがあった。

 もっと右奥にも、同じような灰色の壁に囲まれた場所がある。恐らくはそこが北にある"街"のひとつ、ルーク街。サルバの記憶が始まった場所であり、失った記憶を手繰り寄せる鍵にもなる場所。今は恐らく、誰もいないのだろう……

 辺りを森に囲まれた二つの"街"。コルト街も、"サルバ"という存在が始まった所であり、これから住まうことにもなる。彼にとって、どちらも大きな因果をもたらすことになるだろう。


 くせ毛だらけのくるくるとした黒い髪は風に当てられて、サルバの顔を覆ってしまう。手で髪を押さえながらも、彼はしっかりと自分の新しい居場所を見つめた。最初に目にした光景──炎に呑まれたときの記憶を眼裏(まなうら)で甦らせながら。

 それは謎に包まれた自分と向き合う、覚悟であった。


 ちらりとリーシャの方を見ると、彼女の翡翠の瞳はこの光景に釘付けになっていて「これが、外の景色……」と声を漏らしながら、自分が外に来たことを素直に受け入れているようだった。

 サルバは思わず頬が緩んでしまったのを感じると、リーシャにかける言葉はいつの間にかしまいこんでいて、しばらくそっとしておこうと思った。


 そして深く深呼吸した後、アリンの方を見た。彼女はこの景色よりも二人の反応の方が目新しいのか、そっと見守るようにサルバとリーシャを見つめながら、微笑んでいる。


「アリン……ひとつ、聞いてもいいだろうか」


「どうしたの?」


「ここが君の目的地なのか?」


 アリンは、不思議な顔ひとつせず「ううん」と首を振る。辺りを見渡してもただ草原が広がっているのみで、来た道を除けば行き止まりのようにしか思えない。戸惑いつつも、サルバは続けた。


「じゃあ……ここから、どうやって行く?」


「気にしなくていいよ。私に捕まってれば、大丈夫だから」


 言いながら、胸に拳を置いて自信ありげに頬笑むアリン。暗に、全部任せておけという言い回しと謎の張り切りに、サルバは不穏を覚え「え……?」と言う他なかった。絶対に何かがあるが、逆らうことができないのだろうと思いながら。

 思えば彼女は案内役。この世界の常識を知らないサルバに対して、一通りを握っているのだから仕方のないこと。


 腹をくくらなければ、ダメか……とサルバが決心している最中、冷気にも似た風と共に、後ろから人の気配があると勘づいて振り返ろうとすると──途端、目の前が一度真っ暗になり、直後自分が見ていた草原の景色に似た、ある場面がうつる。


 声を出す暇もなく体の自由は奪われ……いや、体そのものがなくなっていくかのよう。代わりに倦怠感(けんたいかん)ばかりが刷り込まれていく。突然の出来事に、サルバはただ流されまいと必死に感覚のない目をこじあけた。


 前にも一度、こんな光景を、体験をしたことがあるはずだ。そしてこれは、さっきまで居た場所とは違うどこか──理由のない確信と共に、まるで初めからなにもかも決められたかのように場面は動き出す。

 眩しい日差し、緩やかな風に運ばれる花びらの香り。かさかさと揺れ動く葉の音。立ちつくし、蒼穹(そうきゅう)を見上げる自分。そしてふと舞い降りた突風に振り向くと──


 突如としてビジョンは消え、サルバは現実に引き戻される。「今のは……」と目を疑い、抱えるように視界をてのひらで覆い尽くす。あれは自分の記憶──?

 せっかく、自らの目的に手が引っ掛かったのにと歯がゆさを覚えながらも、サルバはさっき人の気配がしたのを思い出し、後ろを見ると、そこには何かを察したかのような、心配しつつも「大丈夫ですか……?」と手を伸ばし声をかけるリファの姿があった。


「リファ……さん?」


「はい。こんにちは、サルバさん。リーシャちゃん、アリンさんも」


 ぼんやりとリファを見つめてその名を呼ぶサルバだったが、直後、彼女の声に我へと返りぎょっとした。いつの間に跡をつけられていたのか、検討もつかない。

 確か、朝の訓練の際、訓練兵は待機するように言われていたはず。彼女の目的は明らかだった。それを承知でサルバとアリンはここへ来たのだから。だが、連れ戻しに来たというには、いささか緊張感が足りないような気もした。

 しかしわからない。どんな罰則が与えられるのか息を飲んでいると、アリンは(私にまかせて)と小声で言いながら、さながら兵隊のよう一歩前に出る。サルバはただうつむくふりをして(うなず)いた。


「入隊式以来、ご無沙汰してます。えー……ロードライト名誉宮廷魔術師、フェンリー殿」


「……久しぶりにそれ、言われた気がします。でも、気軽にリファとお呼びください」


 ぎこちない敬礼をし、必死に思い出しながら言うアリンの言葉に、目をぱちくりとさせて本当に驚いたのも束の間、リファは柔らかな笑みをこぼしながら返した。サルバと図書館で出会った時のように。


 子供のような背丈だからとやけに舐められるのも嫌……ではないが、理想でもない。どんなに取り付くろっても彼女の外見からは偏見が生まれるし、その偏見をリファは少なからず感じてしまう。

 他人の取り繕った外と、ありのままの内側の違いに悩まされているからだ。大人っぽく振る舞いたいという変身願望は、そうなることで人の二面性に少しでも苦しむことがなくなると考えているからなのだろう。

 そして妙にかしこまられるのも彼女は遠慮する。感情というものに対して敏感という宿命からか、恐れているはずの"本当の心"を無意識に求めている。無意識ゆえに心は読まず、ただ違ってはいないか確かめるために。


 彼女の願いは、現実的で、"心を読む力"は一生自らに付いて回ると断じているが故に、少し矛盾していた。図書館で引きこもりがちになるのも無理はない。


 当然と言えば当然だが、そんな人目を避けてきたような人間をサルバとアリンが緊張のなかじーっと見詰めている。彼女は困ったように「ええっと」と言葉を漏らしながら目をそらしはするも、こほん、と咳払いしたあとゆっくり話し始めた。


「私がここに来たのは──」


 恐らくは咎めるような言葉を(さえぎ)って、リーシャが庇うよう、リファとの間に突然割って入り、必死の形相で訴えた。


「あ、あのっ! アリンさんもサルバも、悪くない……!」


 彼女の指は小刻みに震え、怯えているのがわかる。「リーシャ……!」と目が乾くほどまぶたを見開き、サルバが代わりになろうと更に割ってはいろうとするが、それを止めるよう、リファは凛とした声で問いかける。


「リーシャちゃんは、自分の意思で来たんですよね?」


 想像と違う返答に戸惑いながらリーシャは「は、はいっ」とはっきりと答えた。聞くなり、さっきとは打って変わって腑抜けながらも続ける。


「なら、構わないんです。……もっと、早くにこうするべきだった。許しを乞うのは、私達のほうなんですから」


 うつむいて魔女帽が顔を隠しながらもはっきり、自らに罪があるとリファは言った。それにリーシャは首を振ると「私のせいじゃないなら、誰のせいでもない……と思います」と自信のかけらもないように弱々しく返す。

 雰囲気がだんだんと暗くなっていくのに耐えかねたアリンは「あー……」とわざとらしく皆の目線を集め、子供たちを励ますように両手を広げては提案した。


「ほら、今はこうして外に出られているんです。それでもリファさんが気負うなら、リーシャちゃんにもっと外の景色を見させてあげればいいじゃないですか」


 「ね? サルバ」と不安そうな上目使いでアリンは同意を求めてくる。考えるまでもなくサルバは「ああ」と自分のピンチも忘れて口元を緩ませた。

 リファはアリンに向かって「そうですね……」と顔を上げ、哀しく笑うと胸に手を当てて誓うよう、リーシャに直って言った。


「約束します。今度は今日よりも、もっとすごい景色を一緒に見ましょう。外がもっと知りたいなら、一緒に話しながら」


 彼女にとっては新しい友人がまた一人増えたも同じ。リーシャは「はいっ!」と顔を輝かせては、無邪気に笑った。リファもつられて頬が緩んでしまう。

 すっきりとした空気が辺りを満たしていくが、これで円満という訳にもいかないはず。


「……あの、リファさ──」


 言い出すのを止めるよう、サルバの目の前に人差し指をかざして「構いません」とリファは心のままに話す。そして、サルバの琥珀色の瞳がぎょっとしながらも、視線を差し出された指に合わせているのを見て、リファは少し顔を傾けながら続けた。


「別に怒ってませんってば。そりゃあ……少しは私のことを信用して、声をかけてくれてもいいんじゃないのかな、とは思いましたよ?」


「それは……」


「迷惑をかけたくなかったから、ですか? 自分のことぐらい自分でしなきゃって」


 図星を付かれ、サルバの開いた口が塞がらないのを見て、リファはふふっ、と声を漏らしながら笑ったあと「リーシャちゃんの事は、放っておけないのに?」と付け加えた。


「やっぱり、怒ってるのでは……」


「すみません、意地悪が過ぎました。……ともかく、私に隠し事は通用しませんし、これからはしっかりと伝えてください。それが貴方の為になります」


「ごめんなさい……」


 謝罪を聞くと、リファは「はい」と優しく微笑んだ。


「抱え込み過ぎる人は、誰かがしっかり支えないと。ね? アリンさん」


「えっ!? あ、や、その……」


「……? アリンは、十分俺の支えになってくれています」


「そ、そう……? なら、良かった……うん……」


 言うことに対して、なんだか申し訳なさそうにアリンは下へと目線を向ける。話題を変えようと、「そうだ」と言いながらサルバは、ちょうどよく言いそびれていたことを思い出し、声に出した。


「ありがとう、アリン」


「えっ……?」


「腕を治してくれたお礼、まだ言ってなかった気がして」


「そ、そっか。どういたしまして……って、そうじゃなくて……その」


 なんだか、変なことをしただろうか……いやしたのだろう、とサルバは頬に汗を伝うのを感じながら、どうするべきなのかを必死に、からっきし経験のない脳みそを絞って考えた。

 恥ずかしそうに銀の髪を人さし指でこねくり回しながら、アリンは言葉を詰まらせている。声を上ずらせながら顔を真っ赤にしている彼女の様子に、リファは背中を押すよう──しかしからかいになるのを分かって言った。


「むしろ、アリンさんのほうがでしたか」


「もう、ねじり切っちゃいますよ!?」


 恥ずかしさの神経が焼ききれた瞬間に放たれる言葉は、存外やけくそで……だからこそ怖いものである。アリンの普段の様子からはあまり想像できないさまは、サルバとリファにそう思わせた。

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