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世界転生 -反逆の救世主-  作者: ただのあほ
第一章
20/26

大きすぎた聖術の力【終編】

 ここはコルト街の外。森林広がるなかでも少し開けた場所で、逆に言えば光が通って目立ち、周りを草木に覆われているところ。黒ローブたちはここへレオンを誘い出し、茂みに隠れさせていた仲間たちと共に迎撃する算段だったのだが──


「チッ……追うしか選択肢はないはずだがな、あいつにとっては……」


 偉い黒ローブは、未だ青ざめた顔をしている獣人たちを尻目に悪態をつきながら、広場から一歩引き、広がっている近くの木枝目掛けて、木の幹を蹴って登る。

 そしてするりと着地すると、しゃがんで辺りを見回す。木の枝と葉で視界は不気味なまでに悪く、迷ってしまったら空を見上げて日の光の方へ進むしかないと思うほどに生い茂っている。

 改めて、偉い黒ローブはため息をつく。なぜ、こんな絶好の隠れ蓑の中で見つかってしまったのかと。そんな思考がよぎり、できてしまった一瞬の隙だった。


「ぐおォッ!?」


 一瞬、何かが閃光のように向かってきたと思い、避けようと足場を(にじ)った途端、まるで(はらわた)がちぎられ吹き飛んだかのような痛みが走る。

 突然の苦痛に思わず屈むと、視界に入ったのは、今まさにぴんと伸びきった白い鈑金の脚が偉い黒ローブの腹を蹴りつけている所だった。

 木の幹から足裏も離れ、そのまま鈑金が織り成す閃光に連れていかれながらも地へ落ちていく。


「げはっ!」


 背中を地面に強く打ち付けられた衝撃で大きく息を吐いてしまう。だが、それだけで終わるはずもなかった。

 そのままの勢いに任せ、偉い黒ローブは片足で踏んづけられたまま、まるでそりを扱うように地面を滑っていく。左右に土煙が舞うが、しかし平らではないでこぼこな獣道がときどきそりを跳ね上がらせては、再び背中を地面に叩きつけ続ける。

 その度に鈑金の脚が足場にしている腹も踏みにじられ、偉いような黒ローブの悲鳴にもなれない苦しむような声が上がる。最早その手足には力が入っておらず、なされるがままにぶらぶらと空を泳いでいた。


 彼には目まぐるしく過ぎていく草木たちと、それを覆い隠す土煙など目にも入らない。ただ目の前で自分を見下ろす、白い鈑金に身を包んだ男──誘い出そうとしていた聖騎士に釘つけとなっていた。

 聖騎士の青い瞳は冷ややかに偉そうな黒ローブを見ている。戦場においてはどこまでもありふれた、割りきっているという目。確かに人を殺せるという覚悟を秘めている。故に冷徹そのもの。

 こういう手合いは命乞いだとか、言葉程度では到底揺れ動くことはない。目的の為ならどんな犠牲をも(いと)わずにやり遂げる。


 それは偉い黒ローブにも同じこと。だからこそ分かった。"闇に怯える子供"を殺す為ならばどんなことだってやる覚悟がある。今優先すべきことはなんだ? 離れすぎた獣人がこちらに向かってくるはず。それまでの時間を稼がなければならない。

 一貫性は戦略においてもっとも重要視すべきこと。一人では聖騎士に敵わないと踏んでいたからこその待ち伏せだということを忘れてはならない。

 苦痛に負けじと偉い黒ローブは必死に頭を回す。そして地を滑っていく中でようやくある一本の木にぶつかり、完全に勢いが止まる。がさりと木が揺れ、木の葉が落ちてくることなどもはや彼にはどうでもいいこと。

 偉い黒ローブは視界が一瞬ぼやけるような感覚を覚えたあと、すぐに辺りに土煙が立ち込めてくることしか目にうつらなかった。


 まだ相手がこちらを踏みつけて、見下ろしているのは変わらない。自分は生かされている側だろう──ならば、と未だ粗い息を必死に整えながら、打ち付けられてじんじんと痛む肺を無理矢理膨らませ、偉い黒ローブは口を開いた。 


「な、何故っ……分かった……!?」


「やることさえ分かれば、適した場所などいくらでも絞り込める。伊達に四年、ここで戦ってはいない」


 返されたのは、冷静な言葉と眉ひとつ動かさない顔つき。しかし、一層踏んずける足の力を強くし、レオンは続けた。腹を抉られるような痛みと、背骨がぐりぐりと木の幹に押し付けられるのを感じながらも、なんとか黒ローブは屈しまいと口をつぐんだ。


「おしゃべりはここまでだ。貴公は誰の差し金か」


「最早、言っても……意味がない……。第三王位継承者、レオン・ロードライト……! 何をこそこそと……嗅ぎ回って、いたかは……知らんが、これはいい手土産になる……!」


「この状況でべらべらと……貴公に拒む権利があると思うな」


「それはこちらの台詞だな……なりそこない!」


 そりになった黒ローブは会話の隙をつくようにして、抜いていたナイフを鈑金のない首めがけて振り抜くが、その後には手元にあるはずのナイフは消え、代わりにレオンの左手に収まっている。

 一瞬の出来事だったが、レオンは迫りくる刃を人指し指でピン、とはじいただけ。ただそれだけでくるりとナイフが彼の指を離れて回り、奪われることとなった。

 獲物のなくなった黒ローブはなすすべもなく胸ぐらを捕まれ、引っ張られたかと思うと、後ろから奪われたナイフを首に突き立てられていた。


 そして偉い黒ローブの眼前にうつるのは、追ってきた10匹の駒ども。やはり予想通りこいつらは俺に逆らえないと、にやりと口元が緩んでいくのを押さえながら、時間稼ぎを続けた。


「くっ……貴様ら! この男を殺せ! 私が戻らなければ人質が死ぬぞ!」


 ゆっくりとナイフが自らの首もとへ近づいていくのを凝視しながら、声を震わせながらも怒鳴り散らす。


「これだけか? ……聖騎士団長の肩書きを随分舐めてくれたようだな」


「虚勢を張るな……! 戦いは戦略なんだよ! それがものを言う!」


「いいか!? 私についてさえいれば、貴様らは生きられるんだ! お前らの家族も──がはっ!」


 それ以上しゃべるなと、振り抜かれた鈑金の拳が偉い黒ローブの腹にめりめりと食い込んでいく。おえっ、と吸い込んでいた息を吐いたあとうずくまりレオンの腕ごと腹を抱えたのを最後に、するりと地面に崩れ落ちた。


「来い。家族を守りたいんだろう?」


 低い重苦しい声がするほうには、(さげす)まず、頬を緩めもせずにただ黒ローブたちを敵として向き合い、(タカ)のような目で見つめるレオンの姿があった。

 黒ローブたちは自分の大切なもののために、誰かの大切なものを壊すと決めた。そこにどんな事情や悲劇があろうと容赦はできない。レオンには他人のことを抱えられるだけの余裕はないからだ。

 そして今、レオンも自分の大切なもの──リネーラやリーシャ、アリンのために、黒ローブたちの大切なものを壊すと決めている。同じ穴の狢だが、たとえ彼らを(あざ)笑う為であっても同情などはできない。してしまったら、自分の生きる理由を否定することになってしまう。


 戦いとは本来そういうものだと、レオンはいつも痛感する。似た者同士のはずなのに殺し合う。生きるということは、いつだって何かを壊しているから。そうでないときは自分の心に従わず、他人に従っているだけだと。

 だが、心に刻んだことも思い出す。何一つ成せず、ただ他人の人生をなぞるように生きる。そんなものは、人として死んでいる。真に生きるためには、壊す覚悟が必要だ。他人も、祖国も、そして──自分自身でさえも。

 たとえどんな憎しみや恨み、責任がつきまとおうと、生きる意味──大事な人を守るためなら。


 鈑金の腕を握りしめると、立ち尽くしていたレオンは黒ローブたちに一瞬で肉薄し、その内の一人の頬を大きく振りかぶって殴り、吹き飛ばした。


「苦しいなら楽にしてやる。それが嫌なら、"死んでいろ!"」


 その後すぐに他の黒ローブたちを睨み、身構えたのだが──おかしい。反撃の気配もないどころか、苦しんでいるよう胸を押さえてはうつむき、まったくこちらを見ようともしない。

 足もおぼつかず、時おりよろめいてはなんとか立ち続けようと踏み止まっている。明らかに戦闘どころではないのに、どうして──?

 すぐにハッ、と思い当たる節を見つけて、レオンは苦しむ者たちに駆け寄り手を伸ばすが刹那、目の前が夜になったかのよう暗くなる。


 突如、黒いローブが膨れ上がりはち切れて、そこからレオンを包み込むほどの大きな手が飛び出してきたのだ。ぐちゃぐちゃに曲がってもなお鋭い爪。真っ黒な毛に覆われながらも、まるで骨がむき出しかのような指が、今にも取ってかかろうと延びきっていた。

 手の平には黒がたたえられたような大きな目が一つだけあり、ぎょろりとこちらを見つめるとすぐに握り潰さんと五本の指が襲いかかってくる。が、迷う間もなくレオンは足を止めず、握り拳を大きな目に向かって放つ。


 痛みを伴いながらも、聖術による肉体強化がなされた拳は瞳孔を易々と貫き、二の腕まで深く刺さる。そこから怪物のものであろう血が(ほとばし)った。

 そのとき、指達がくねっては暴れだし、巨大な手は地面にその身を打ち付けながらも回る。レオンも目玉に突き刺した右腕に引っ張られ、急に視界が明るくなったかと思えば目まぐるしく入り乱れる。


「ぐっ……"光よ"……!」


 振り回され続け、視野が徐々に狭まっていっては景色から色が抜け落ち、全身にびりびりと電流が走るのを感じる。それ以上に肩が全体重の負荷に耐えきれず悲鳴を上げていて、今にも外れそうな勢い。

 なんとか怪物に直接聖術の光を流し込もうと言葉を紡ぐも、暴れれば暴れるほど痛むのか激しさを増し、ついには突き刺していた右腕が目玉からすっぽぬけて、レオンは振り落とされてしまう。

 地面へうまく足をつけずに転がり滑るが、なんとか地面に手をついて、受け身をとる。未だくらくらする頭を押えながらもなんとか立ち上がり、レオンは周囲を見渡した。徐々に脳に血が再び通い、目が色彩の感覚を取り戻していくのを待ちながら。


 周りは案の定、次々に黒いローラが風船のように膨らんでは弾けて、そこから長い腕と爪を持つ獣が現れる。服が破れて布切れになったような藍色の毛をゆらめがせながらも、二足で立つ様は人だった頃の面影を残しているようだった。

 しかし話し合いは通じそうもなく、狼のような尖った頭がそろってレオンの方を向きながら牙をむき出しにして威嚇している。


「やはり黒硝子(くろがらす)か……」


 日の光に相応しくない怪物たちを睨みながら、レオンはポツリと呟いた。人をこうまで変えてしまう原因。魔物の血が入った小粒のような小さな瓶。取り込めばたちまち人としての全てをなくして、生きる者をただ殺すだけの獣と成り果てる。

 目玉を貫いた右腕には黒い血がしたたってはどろりと地面に流れ落ちていて、この怪物たちはまごうことなき魔物であることを裏付けていた。

 だがレオンは見慣れてしまったのか、哀しいほどに表情が変わることはない。そしてこの光景に感想を述べるより、ただ目の前の敵を殺すために口を動かした。


「"光よ、我が道理に従え"!」


 地へ右手をかざすと滴っていた黒い血は赤く染まり、(てのひら)からめきめきと白く尖った骨が白い光に洗われながらも延びていく。やがて剣の形を成していき、柄までが出来上がると掌から取れた。

 聖術による人体形成によって出来た骨の剣。その柄を手に取ると、最早なにも分からぬ獣畜生に堕ちた者どもに向かっていく。同時に骨の刃が聖術の光に流され、魔物を浄化せんと輝いていく。


「オォォォッ!」


 ひしめく魔物たちの唸り声を、まるでかき消すかのようレオンは叫び──それに呼応するよう、骨の剣は剣身を捻らせながらもそこから刃を新たに作り上げていく。

 骨の刃から曲がった一本の鋭い白骨が目にも止まらぬ早さで飛び出してきたかと思えば、すぐさま捻れてゆき、そこから新たな骨が()を突き破って出てくる。

 まるで歯車が回り続けるかのよう延々と、瞬く間に繰り返され、生まれた(いびつ)な骨たちが一つの巨大な剣に束ねられていき、聖術の光はひとときの間だけ消える。


 その姿は、人が振るえうる限界の境目にあるかのような大曲剣。どこまでも白いはずの刃は、歪んでいるせいでところどころに影を落としていて、それは……まるで人間の頭蓋のようにも見え、レオンにでさえ、人の骨を繋ぎ合わせたかのような剣にしか見えなかった。

 偶然、なのだろうか。人を救うはずの聖術の力で作り上げたはずなのに、人が死ぬことも、僅かに残ったものでさえ踏み(にじ)るかのようであり、しかし同時に、それを忘れずに引きずっていく覚悟の表れでもあるよう。

 聖術でも、救えないものはいくらでも転がっていると、訴えかけるようだった。今まさに、獣と化した目の前の者のように。


 骨の大曲剣を両手でぐっと握りしめると、レオンは地を蹴り、魔物どもの懐に飛び込んだ。激しい叫び声と共に魔物の長い腕が鞭のようにしなっては襲いかかる。その鋭き爪を紙一重で避け続けるも、火花と共に白い鎧が削られていく。


「散れッ!」


 そして、レオンは黒い獣どもに吐き捨てるかのよう、しかし心のこもった声を上げる。骨の大曲剣は再び聖術の光を灯らせ──刹那、その大きすぎる刃を以て、レオンは大地を踏みにじり魔物どもを薙ぎ払う。

 いとも容易く魔物どもの肉は切られ、骨は砕かれる。大曲剣の刃が通った後は黒い血飛沫を上げる肉塊が宙を舞った。それらに聖術の光が灯ったかと思うと、遺灰となり、そよ風にさらされては消えていく。

 醜悪な獣が血みどろの光景に変わり、今度は灰が舞う安らかな姿へと果てる。やがて最後の獣がその身を断たれると、レオンの周りにはいつもの孤独しか残らなかった。


「俺も、きっとすぐに行く……」


 レオンはポツリと呟きながら、未だ灰がぼやかしている草木を、焦点の合わぬ目でぼんやりと見つめる。そして、浴びた血が漂わせる鉄の匂いをわずかに感じていた。

 しかし、感じた鋭い痛みにレオンは目を見開き、ぼやけていた視界は急にくっきりとうつる。


──くっ……流石に、堪える……!


 大曲剣として束ねられていた骨たちが次々に地へ落ち、からんからん、と音を立ててばらばらになっていく。そして、レオンは崩れ落ちるよう膝をついた。

 聖術で力は高められたとはいえ、体を無理矢理作り替えている痛みは消せない。黒ローブたちを見つけて追いかけていたときから、ずっと感じている苦痛。彼の身と心は限界を迎えようとしていたのだ。

 傷を癒し、命を紡ぐはずの聖術が痛みを伴わせてしまうとレオンが認識してしまえば、かかっている聖術は自己破綻を起こして消滅してしまう。聖術で補っていた質量の分だけ体は金色の粒を伴って気化し、もとに戻りかけようとしていた。

 その時を待ち構えていたかのよう、がさっ、と草を踏みつける音が鳴った。

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