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世界転生 -反逆の救世主-  作者: ただのあほ
第一章
17/26

大きすぎた聖術の力【前編】

 心地の良いそよ風がふぶき、辺りは木に囲まれて、かさかさと葉っぱが音を立てている。コルト街の中でも少し外れの方と呼ぶべき、目立たない場所だった。

 雑草が隙間にところどころ生えかかった石畳の上に、白い十字架が綺麗に並んで見渡す限りを埋め尽くし、その中心には大きな灰色の石盤が眠るよう静かにあって、まだまだ照りつける日光が、立てられた墓標たちの裏側に影を落としていく。

 石盤の前で、剣を下げた茶髪の獣人──アーチェは、膝をついてしゃがみ、哀しそうに微笑みながら優しく語りかけていた。


「もうすぐ、ここを立つ予定だったんだけど、魔物が来ちゃうらしくって。それが終わったら、しばらく離ればなれになる」


 ここは、サルバとアリンが出会った教会の裏側にある、慰霊碑の前。無骨な石碑の前には、色とりどりの花束がいつも添えられている。優しい人が哀れんでくれているのだろう。

 コルト街にも遺族はいるという考えは浮かばなかった。魔物の戦いが始まると聞いたとたんにみんな西の方へ消えて、もうアーチェとデニーしかいない。

 一緒に行こうと誘っても、「せめてけじめをつけるまでは、顔向けできない」といつもデニーは断るし、その言葉を言った日は決まって外に出ないほどだからだ。

 アーチェは、いつも墓参りに来てくれるような人を一人しか知らなかった。


「……いつも花を添えに来てくれる子、いるだろ? アリンって言って、無理してやらなくてもいい、って言っても『私も背負いたい』って言って聞かないんだ。

 ここの人間達は俺たちを嫌わない変わり者ばかりだけど、彼女はもっと変わり者で、誰にでも優しい。だから、もし俺がいなくなっても……アリンがみんなを忘れないでくれる」


 できる限り思い残すことを潰していく語りかけは、まるでもうすぐ自分が死ぬと分かっているかのような口ぶりだった。返事が返ってこないと、誰も聞いていないと分かっているからこそ、弱音が吐けたのだろう。


 『ここでの惨劇を心に刻み、決して忘れては、繰り返してはならない。』という碑文と共に、人々の名前がぎっしりと慰霊碑には刻まれている。いずれも家名はなく、力のない庶民だった。

 15年前、人間たちによって皆殺しにされた獣人たちの名前。その中にはアーチェとデニーの両親、今も生きていれば同い年になっているはずの者もいる。

 当時のアーチェはまだ幼すぎて、父と母の名前も全てが終わり手遅れになった後に知った。代わりに顔と、どんなに愛されていたかは永遠に知ることのなく。


 だけどアーチェは、自分が生き残ったのは父と母や、慰霊碑に刻まれた人々が見つからぬように逃がしてくれたのだと信じている。もう言葉は交わせなくても"みんな"のことを大切に思っていた。

 だからこそ15年前、コルト街を焼き付くした人間達が許せない。そして何もできない無力な赤子だった自分をも許すことはできずに、呪った。

 こんな岩を建てたぐらいで、憎しみは消えない。嘆きと後悔の場所になるだけだとアーチェは思っていた。それは身勝手な背負い込みかもしれない。


 しかし、向き合わなければならない。自分がやらなければ、一体誰が肉親を、親戚を、弔うというのか。

 そしてせめて、彼らがどんな風に世界を呪いながら命を散らしたのかを知らなければ、アーチェはどうしても15年前にピリオドを打つことができないでいる。

 いまここで祈っているのも、いつまでも過去に囚われている弱さがそうさせたのかもしれない。けれど、今ここにはアーチェ一人で、15年の月日と魔物の襲来が、足を運ぶ人々を少なくさせていく。


 時が経てば、人は傷を癒す。それは本当によいことなのだろうか? いつしか傷があったことすら忘れて、過ちを繰り返すだけ。

 どうして? 人は嫌なことや悲しいことをいつまでも背負い続けられるほど、強くはないから。だからサルバも、アリンも、そしてアーチェも、哀しみを何とかしようと動き始めていく。

 けれど、哀しみから逃げた人々はどこまでも都合よく忘れてしまう。それが大多数で、きっと自分をどうにかすることで手一杯なのだ。


「心配しないで、必ず帰ってくるから。……父さん、母さん、叔父さん、……マリィ……」


 慰霊碑に手を当てて、声を震わせながらアーチェはつぶやく。悲しくて震えたのではなく、これは何もかもを奪い去った奴等と、それを良しとした全ての人間、傷跡を忘れてまた繰り返すことを黙認する人々への怒りだった。

 まだ、彼にとって15年前は過去ではない。聖術が使えなかったというだけで手を取り合うことを拒み、弱者を虐げ、殺した人間への怨みはまだ続いている。

 どうして、コルト騎士団のように寄り添うことができなかったのだろう。しかし、魔物の襲来というきっかけがなければ、コルト騎士団も存在しなかった。


 魔物がもっと早くに来ていれば、自分達は西へ逃げれてこんなにも失うことはなかった──願望にも似た考えがアーチェの頭をよぎっていく。

 そんなのダメだ、とすぐに振り払う。誰かが魔物を食い止め続けるため、代わりに命を落とすかもしれないのだから。だけれど、ここで死んだ者達が必要な犠牲だった、と肯定するわけにはいかない。

 15年前を過去だと言わせはしない。そして、何もかもを奪い去った惨劇を認めてなるものか。決心のついたアーチェは、立ち上がって(かかと)を返す。


 アーチェは白い十字架の中をゆっくりと歩きながら、ふと、サルバなら、15年前をどう感じるのだろうと思った。何故かは分からないけれど、彼の出す答えを聞けば何かが分かるような気がした。

 自分と同じように、何かを失っているような気がしただけだろう。きっと同情心だ、と引っ掛かりを覚えながらも無理矢理に納得しながら、彼はそもそも何処から来たのかと考えた。

 余計な詮索、でなくともサルバの嫌がるような事だとは分かっていたが、人間でありながらレギンにも勝てたほどの腕、しかし聖術は使えそうにないという不思議な点が、アーチェの複雑な同情と親切心を煽っていく。

 デニーの言った通り、彼も聖術が使えないだけで除け者にされてきたのだろうか? だとしたら、それは獣人と同じようなものじゃないか──アーチェは頬を固く絞め、目つきを鋭くする。


 ひとつの答えが出て、ようやく考えることをやめて立ち止まると、帰るはずだった集合住宅をとっくに過ぎていて、気がつけば十字路辺りにあるリネーラの家のところまで来てしまっていた。

 思いふけり過ぎたな、と反省しながら引き返そうとすると、アーチェは見たことのない黒いローブで包まれた三人の者達が、リネーラの家の前で何か喋っているのを目に留める。


「コルト街には、子どもは居ないようです」


「チッ、外れか……いいや、あの聖騎士団の追っ手が逃がしたという線も捨てきれない……外を探すぞ、付いてこい」


 そんな怪しい奴等の一人が感情の死んだ声で言い、一番偉いような男が苛立って返すのを聞いたアーチェは、気付いたら物影に隠れて様子を伺っていた。


「しかしここは広いですし、何処か別のところに隠れているということは、ないのでしょうか」


「我々がいくら"闇に怯える子ども"について聞きまわっても、コルト周辺に住む物好きどもは知らん、の一点張りだ。『なんかの噂か?』と興味を持つものまでいた。

 つまり何らかの形で情報が規制されていて、一部の者しか知らない可能性が高い。騎士団とは名ばかりの寄せ集めで、ここの者達は口が緩そうだからな。

 だとすれば、騎士団長のところが隠れるのに最適だと思ったのだが……」


 闇に怯える子ども──? 偉そうな黒ローブの男が言うように、リネーラは騎士団に何か隠していることは間違いないのだろう。アーチェも聞いたことがなかったからだ。

 だが、何か理由はあるはず。そんなことも分からずにずけずけと人の秘密を漁ろうとして、しかも怪しすぎて目立つ格好で子どもをよってたかって追いかけるような奴ら、少なくとも捕まえて憲兵に突き出した方が良いに決まっている。

 しかしここで戦えば三対一、勝算は薄い。部屋にいる訓練兵の者達を呼び出せれば勝ちの目はあるが、相手の実力が分からない。最悪全員でかかっても返り討ちに合うような底しれなさを感じた。


 敵のまっただ中にたった三人で乗り込み、こうして余裕をこいてべらべらと喋っているような輩だ。間抜けとも取れなくはないが、それだけ自信があるとも言える。

 戦力の見えない相手に、訓練兵のみんなを巻き込むような博打は、責任感の強いアーチェにはできなかった。だが、騎士団の敵をみすみす逃すわけにもいかない。

 リネーラさんの敵は、俺の敵だ──覚悟を決めて、集中しながら腰の直剣に手を伸ばすアーチェの腕を、白い鈑金の腕が後ろから掴んで、止めた。


「待ってほしい。ここは、俺に任せてはくれないか」


 アーチェはびくっ、と体が飛び上がりそうになるのを感じて、後ろから聞こえたささやきに振り向く。目にうつったのは白い鈑金に包まれている、金髪で青い瞳の男。レオン王子だった。

 思わず「王子……!?」と叫びかけるアーチェを、レオンは「静かに」と小声でなだめたあと、黒いローブの者達にばれない程度の、落ち着いた声で話し始めた。


「ここで誰かが死ぬのはまずい。あいつらを捕まえられないと、最悪騎士団のなかで裏切りもの探しが始まることにもなりかねないからだ」


「じゃあ、奴が堂々と喋ってるのって……」


「恐らくそれが狙い、こっちに気付いて誘っているんだろう。士気も落ちるし、もうすぐ魔物もやって来る。なんとしてでも、"闇に怯える子ども"とやらを殺したいらしい」


 冷静に分析していくレオンだが、最後に「誰がやったかは関係なく……」と付け加えて、落ち着いた声に一瞬だけ怒りの片鱗が見えた。

 今すぐにでも飛び出したいのは、きっとこの人も同じなんだとアーチェが思ったとたんに、掴まれていた腕が離されるが、もう剣に手はかけられなかった。

 レオンは「礼を言う」と再び落ち着いて言いながら、黒いローブの三人を睨み付けた。だが、リネーラの力になりたいというアーチェの思いは変わらず、「恐れながら」と断ったあと、続けた。


「自分も同行させてください。もし、待ち伏せがあったりしたら……」


「気持ちだけで十分だ。騎士団を思う気持ち、確かに受け取った。……リネーラは、いい騎士を持った。しかもここにいるってことは、まだ訓練兵だろう? 未来を担う者を危険に晒すわけにはいかない」


「……yes(イエス),your(ユア) highness(ハイネス)


「やめてくれ。腐っても聖騎士団長、いつかは共に戦うことになる仲間だ」


 気さくに笑いながら、レオンは言う。彼にとって王族だとか、種族とかはまるでこの会話には関係ない。


「その代わりといってはなんだが……コルト騎士団のこれからをよろしく頼む」


 まっすぐ見つめたレオンの瞳に、アーチェは「……はい」と気まずそうに目をそらして答えた。

 話している間に、黒ローブの三人の方も話がまとまったようで、ひときわ大きく言い放つ声が聞こえた。


「ともかく、向こうはなるべく騎士団の者達に悟られることなくやり過ごしたい、と考えているはずだ。私なら先のことを考えて、ここは外に逃がすという判断を取る。異論はないな?」


Yes(イエス),My(マイ) lord(ロード)


 懐疑を呈していた者と、黙っていたもう一人の黒ローブも姿勢を棒のように正して言うと、すぐに三人は跳躍し、コルト街の朱色の屋根に飛び移っていく。

 続いてレオンも「光よ……」と呟いたあと、リネーラの家の屋根に飛び移って、「この件は内密にしてくれ、じゃ」と余裕を見せたあと、すぐに後を追いかけていった。

 何もかもがアーチェを置いてきぼりにしていく。結局あの頃と何も変わっちゃいないな、とため息をつきながら、アーチェはレオンと黒ローブ達が消えた先を遠く見つめた。


 騎士団のこれからを頼む。自分には到底できないとアーチェは思った。

 15年前の憎しみが、まだ心を焦がしている。せめて、決着をつけるまでは騎士団を担ってはいけないと考えているから。

 確かにここは居心地がいい。しかしそれでも、サルバと同じように、飛び出してでもやるべきことがアーチェにもあった。


 それは自己満足で、誰も望んでいないなのかもしれない。

 人とは悲しくて、話し合えなければ、話し合っても心を通わせることができない。死んだ者とは、もう話せない。

 アーチェとデニー、それだけではない。コルト街で何もかもを失った者達は、今や世界に忘れ去られようとしているせいで、何かを訴えることすらできなかった。

 いや、覚えてくれていても、きっと憎しみが何もかもを塗りつぶすのだろう。これは呪いだった。死ななければ決して解けない、種族という器の呪縛に。

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