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世界転生 -反逆の救世主-  作者: ただのあほ
第一章
13/26

傷だらけのリファ【後編】

 どこか、暗い場所なことは覚えていた。仕事をするとき以外はいつも自由を奪われて、どこだか分からない場所へ突っ込まれる。

 ひんやりと冷たく固い床に足をへばりつけて、ぼうっと無為な時間を過ごしていると、そこがロードライトの中だってことを忘れちまいそうだった。

 すべてがどうでもよくなっていく。ふいに、そんな床を打ち付ける音が響き、それを聞いた耳が黒い髪をかいくぐって逆立つのを黒ずくめは感じた。


 次第に音は大きく響いて、やっと止まったかと思えば「おい、顔を上げろ」と堅苦しい男の声が聞こえてくる。

 黒ずくめは見上げると、そこにはみやびやかな顔をした騎士が、品定めをするような目でこちらを見据えていた。

 まともな光がなくてもこいつらは人間だと、すぐに見抜ける。同族(獣人)ならこんな人を見下すような、気持ちの悪い目つきはしない。

 じゃらじゃら、と自分に巻き付いて、縛る鎖が擦れ合う音を不愉快に思いながら、ただ沈黙を貫く。


「ルーク街、コルト街、アレイド街。そのうちのどれかに子供がいる。今回の標的はそれだ」


 いずれも今は魔物の軍勢から、エイン王国の東城壁を防衛するために作られた、人の営みを残す基地の名前。

 街とは名ばかりのそれは、4年間もの間、西大陸の平和を守り続けてきた選りすぐりの猛者たちが集まる場所。訓練兵でもそれは変わらず、優秀な成績を修めなければ志願すらできないのは有名な話。

 いつ終わるかも分からない、戦いにあけ暮れる日々を送ることになる。それでも行く者がいるのは、英雄になりたいという明日すら見えぬ若さゆえか、他人の為になりたいという犠牲か。


「……んなとこにガキなんか居んのかよ……」


 見つかってしまえば終わりのような場所。しかし自信がよほどあるのか、吐き捨てるような黒ずくめの言葉に「黙れ、懐疑など必要ない」と男は一蹴する。


「……特徴は?」


「今のところ謎であるし、必要ない。貴様はあんなところに、子どもがそういると思うのか?」


 残酷な戦場に子供などいてはいけない。騎士道に乗っ取った、綺麗なものしか見ないような物言いは正しかった。ただ、あんたらが言えたことか、と黒ずくめは目もとをぴくりと動かす。

 一瞬だけ、反骨をかいま見えさせる態度を見逃さなかった男は「あそこにはもう、孤児はいまい?」と破顔して付け加える。

 返せたのはただ、ギリ……という憎しみのこもった歯ぎしりだけ。わずかに、男の頬が緩んだ気がした。


「恐い顔をするな。今更子どもの一人、なんということはないだろう?」


 再び人を見下すような目をしながら、男はひざまずき、その腕が黒ずくめの胸に伸びていく。

 かちゃり、と金属の音がしたかと思えば、まとわりついていた鎖はさざ波が引くように地へ伏し、かん高い音がなる。

 誠意のつもりか、忠誠を試しているのか、伏兵がいるのか──いずれにせよ、この男は腕によほどの自信がある。体が自由になっていくのを覚えながら、黒ずくめは冷静に話を戻す。


「あんたら、本当に確認したんだろうな? なんでそこに居るって決め付けられ──」


「一応持っていけ。その子どもは、闇に怯えるらしいからな」


 (いぶか)る黒ずくめの言葉をさえぎりながら、顔には出さずとも、心底嫌そうに手でつまんだ短剣を差し出す。

 その鞘は触ってはじめて革で出来ているのだ、ということがわかるほど黒く染まっていて、毛嫌いしている男の態度から「どうせ魔物の血が染みたやつだろ」と黒ずくめは鼻から息を漏らしながらそれを確かめた。

 案の定、こくりとうなずく男の姿を見ると、苦虫を踏みつぶしたように眉をひそめながら「にしても」と切り出す。


「闇に怯える……? なるほど、そこで最前線にいるってあんたたちは考えたわけか。

 『四度花が風吹かせるとき、暗き闇が東より湧き出でて、生きとし生けるもの全てを呑み込む』……

 どんな奴かってのは知らないくせして、何をするかだけは知ってる。8年前の預言とおんなじだ。

 そうなりゃ全部辻褄が合う。あんたらが殺したいほど、子どもを必死こいて探してりゃ、普通説明する順序が逆──」


「謎解きごっこもそこまでにしておくのだな。知りすぎれば貴様を殺さなければならなくなる。

 生かされているのだということ、ゆめ忘れるな」


 完全に図星だった。堅苦しい声が小走りになって、焦っているのが分かった。男はゆっくりと目を閉じて「今のは、聞かなかったことにしておく」とすぐに冷静さを取り戻した声を出す。

 特徴すら知らない子どもがそこにいると断定できるのも、なぜ殺したがるのかもこれですべてはっきりした。

 預言で示されたものは、この世界において大きな意味をなす。それを殺すということは、大きく未来が変わってしまうのだろう。今も世界が闇に飲まれていないように。

 でも、黒ずくめは行かねばならなかった。

 

「一緒に来てもらおうか。どんなに悪知恵を働かそうが、貴様に選択の余地はない。

 まだ、家族を生かしたいと思うのならな」




 そうして舞台は過去の暗い地下から、光と風が舞うコルト高原の木の上へとうつる。

 獲物をしとめる前に見つかったのは、黒ずくめを由々しき事態だ、と悩ませもしたが、これはビンゴじゃないか、とすぐに思考を上向きにさせた。

 心で思ったことを言葉で返されたことに若干のとまどいを覚えつつ、闇に怯えるというのは、心が読めるという意味ではないかと考えたから。

 魔物の声でも聞こえてくるのかね、と哀れに思いながら、それを身体には決して起こさず短剣を引き抜く。


 闇に怯える子どもでなくとも、感づかれたのならどのみち殺す。これは無益な殺生ではない。いつだってそうしてきたからか、もはや黒ずくめに抵抗はなかった。

 心がなんと思おうが、体はいつしかとっても冷めてしまっていて、揺れ動くこともない。であれば──白髪の少女をめがけ、足をつけていた木の枝を目いっぱい踏みしめ、蹴る。

 そうして目の前まで接敵した黒ずくめは、リファの驚愕する顔を一度だけ見ながら、短剣をすくい上げるようにくり出す。


 音も立てずに短く白い円月が、リファの喉元に向かって振るわれた。が、それができたことと言えば、せいぜい彼女の頬に魔物の血をとび散らせる程度のもの。

 空をきり裂き突き進みながら、そのままかっ切るはずだった首の寸前で、短剣は最初から定められていたかのように止まる。

 リファの──いや、リファだったもの。その赤い瞳はぴくりともその迫りきった刃に向くことも、黒ずくめに向くこともなく、ただそれらを何もなかったかのように遠くを見つめていた。


 驚愕に歪んでいた顔はまるでまたたきの間に剥がれ落ちて、一切の色を見せない新たな顔が現れたかのよう。それほどまでにあり得ない光景。


「あんた……ッ……!?」


 どんなに腕の力を振り絞っても、刃は届かない。ただ短剣の柄を握りしめた指の隙間から、身も震え上がる冷気が入り込んでくるだけ。

 黒ずくめにはまるで時が凍りついてしまったのように感じ、その超常の力に動揺を隠せず、低くわずかにうわずった声を出すも、すぐに濁って縮こまる。自分は敵を見誤ったのだと悟って。

 その少女の振る舞いはまさに自分の力への絶対的自信と、目の前にいるものが敵とすら認識していないことを体言している。そうとしか言えないほど、この状況に動じることはなかったからだ。


 殺すなどと、もはやそんなことは頭から抜け落ちていく。とにかく、自分が生き残らなければ──こいつは明らかにおかしい、と本能が警鐘をならすのに身を任せ、少しでも離れようと必死に地面を蹴ろうとする。

 しかし、膝が曲がることはない。いつの間にか地面から巻き付いた蔦のような岩が、足の自由を奪っていた。砕くのは獣人にとって容易だったが、黒ずくめの気をそらして時間を稼ぐには充分すぎるもの。


 まるで他人を、手のひらで転がすかのような在りようは魔女。その焦点の定まらぬ赤い瞳が、ぐるりと目を回してこちらを見定めた。

 黒ずくめは自分の目の奥が一瞬にして凍り付いて、瞳孔が目いっぱいの力で縮こまるのをはっきりと意識する。

 その瞳に宿されたものが何一つないから。殺気も、自信も、いらだちも、哀れみですらも。少なくとも何かを見るような、人の目ではない。

 今までこうして会ったやつらのなかで、そんな目をした奴はひとりもいない。


 目が、いや体が心と切り離されているようだった。しかし明らかに黒ずくめを敵と捉えている他に考えようがない。

 意思を意思と感じさせない──明らかに、さっきまでの少女には何一つなかったものが全てあり、持ち合わせていたものを全て失った。

 一瞬にして、人の有り様が反転してしまった。


 たとえどんな状況であっても決して揺るがないそれは、殺す為だけに生まれた。

 黒ずくめはどこかで、同族意識のような何かで理解する。これは、殺すということ誰よりも近すぎている。殺意の塊のような存在でありながら、それを感じさせない。

 自分が持つ殺しの技量はこうしてあっさりと受け止められ、平静を保っていた心もそれ以上の平静でかき乱された。


 力でも心でも決して敵わない。体はそれに伝う汗を感じとるばかりで動かず、黒ずくめにできることといえば思考だけを張り巡らせることぐらい。

 だがそんな膠着(こうちゃく)して、少しでも物事を考えられるような刹那は終わりを告げる。喉元に差し迫っていた刃に風が吹き荒れ、それが黒ずくめの握った腕ごと持ってくように弾き返した。

 勢いで仰け反るも、後ろへ足をつけることもできずに岩の蔦に全体重をかけることとなる。重さに耐えきれなくなった岩は砕け、黒ずくめはそのまま草原に倒れていく。


「お前、ほんとにガキかよ──」


 すべて、計算ずくだったとでもいうのか。最後の言葉を言い切る前に、突然目の前からわき出た水が、目と口を塞いだ。

 視界が歪んで青白くなるのと同時に、必死に振りほどこうともはがれ落ちず、やがて頭が押さえつけられて動かなくなる。

 伸びた腕はへばりついた水をかきむしろうとも徒労に終わった。


 すぐに冷たい感触は、黒ずくめの顔面を包み込んでゆき、風がまたそれを包んで圧縮する。

 穴という穴から水が流れ込んでゆき、鼻から下がまるで溶けてゆくような感触。目は圧力に耐えきれず潰れそうな痛みが走り、死の恐怖を息が詰まり、喉が熱くなるなかで味わうことになった。

 やがて胸の苦しさに大きく口を開けて、ありったけの息をはいてしまう。泡となっていく息に、徐々に暗くなっていく視界を覆われながら、黒ずくめは糸の切れた人形のように、もがいていた体を地へ倒す。


「……ほどけて」


 凛とした声に黒ずくめを覆っていた水が、なびく草を濡らしながら地面へかくれていく。赤い瞳の少女は、ただ動かなくなった黒ずくめを少し見つめたあと、目を閉じる。


 ──もういいよ。起きて、リファ。


 懐かしいような声を聞き、ハッ、とリファは目を開ける。さっきまで見ていた草原が目の前に広がっていることに「すぐに終わったんだ……」と、安堵のため息と共につぶやいた。

 その矢先、黒ずくめが倒れているのをすぐに見つけるとリファはあわてて駆け寄り、その頬に水滴がしたたっているのを目に止める。

 何も確認することもなく、リファはすうっと息を深く吸って、黒ずくめに唇を重ねた。


 黒ずくめの胸がふくらんでいくと、すぐに気道が戻ってぷはっ、と息を吸い始めた。それに驚いてリファは思わず顔をあげ、触れた唇を手の甲でふきふきと、こする。


「ごめんなさい、痛い目にあわせて……」


 リファは、こんなことをしにコルトの地へ来たわけではないから。魔物の潜む地を目の前にして、こうして争いあうことが何よりも哀しかった。

 人と人が争い合う世界──15年前から何も変わってなどいないから。こんなものは、どこか間違えている。

 何が彼をそうさせたのか、確かめなければならない。


「見ての通り、今は魔物の騒ぎで忙しいんです。それが終わるまで……待っててください」


 ならすべきことは一つ。


「"風よ……導いてッ"!」


 命じられるがままに黒ずくめとリファを宙に浮かせると、それは山脈を乗り越えて、はるか空へと飛び立つ。

 向かうはエイン東城壁。……その間にも、西大陸を蝕む時は刻一刻と迫っていた。

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