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世界転生 -反逆の救世主-  作者: ただのあほ
第一章
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光と、願い【中編】

 会話が終わったことによる、小さな静寂を破るように椅子から飛び上がったアリンは、両腕を上げ伸ばして小さな唸り声を出す。

 合わせて目と口が平行線になる様は、よほど退屈だったのだろう。

 少ししか話していないのにな、とサルバはすぐに消えるようなちょっとのいじけと、アリンの一面にその人物像を思う。

 どこかに留まるということをしないような、そんな能動的な意思をかすかに感じながら。


「じゃ、行こっか」


 声に思わず、下げていた目蓋をもとに戻すと「眠いの?」と冗談まじりの声でアリンは声をかけた。

 それに首を横にふりながら立ち上がったサルバは、ふとおぼろげに前を見つめているリーシャが目に入る。


「リーシャ?」

 

「えっ!? あ……な、なに?」


 リーシャも何か考え事をしていたようで、状況がつかめずに石のように固まったあと、たどたどしい返事をした。

 それとは裏腹に、翡翠の瞳はなぜだか透き通ったように見えて、嬉しげだった。

 考えたくないことから抜け出せたから? それとも、サルバと同じく──いじけてた? いや、拗ねていた?


 まさか、と思いつつも否定はできない現実に「悪い」と一瞬目をそらしたあと、サルバは向き直る。


「リーシャはこれから、どうする?」


「え? 一緒に帰るんじゃ……ないの?」


「俺達はこれから、外に行ってくる。リーシャは──」


 再び翡翠と呼ぶにふさわしく瞳が濁る。

 それにはばかられて、言葉が詰まって、ばつが悪い。

 今になって思えば、リーシャは一人であの家にいたのだろうか。


「戻るんだったら、一緒に行こう」


 まさかと忘れかけたものが確信に近付いた時には、サルバは口を開いていた。

 その言葉に「えっ……」と目を見開いて声を漏らしたあと、「でも」とリーシャは続けた。


「私が行ったら、サルバが困るかもしれない……

 私は、ここにいなくちゃいけないから。そういうものなんだって……

 ……私は、大丈夫だから」


「……違う、そんなこと関係ない。

 リーシャがどうしたいかじゃないのか?

 しがらみなんか、寂しくなるくらいなら考えなくたっていい」


 自分が自分じゃない気がした。

 今のリーシャを見ているとなんだか胸が苦しくなってくる。

 連れていくべきではない、魔物から守りきれるのか、という考えが霞む。

 きっとそれがサルバにとって一番取るべき行動なのだろう。

 でも……本当にそうなのか?


 まだ年端も行かない少女を、ここにいなくちゃいけないと痛みを強いるのか?

 そんな不条理、あっていい筈がない。

 そんな痛み、耐えれる訳がない。彼女は泣いていたじゃないか。


「魔物が来ても、必ず俺が守る。

 だから……一緒に行かないか?」


「ほんとに……いいの?」


「ああ。行こう」


 うつむきつつも輝きを放つ翠の瞳。その下に緩む頬が、わずかに喜びをにじませていた。

 その姿に目を細めてほっとしているサルバを見て、アリンが「もっと大人しい人だと思ってた」とうれしそうに頬笑む。


「ごめん、勝手に決めちゃって」


「いいよ。それに……」


 ふとサルバをとらえていたアリンの目が、少し上を向いた。

 それに変な引っ掛かりを覚える。


「寝癖……とか?」


「ううん、普通だよ?」


 怪訝な顔をひらりとかわすようにそっぽを向き、アリンは「ついてきて」と言いながら教会の奥へ行こうとする。

 それを咎めようとした口が「そっちは外じゃない」と動きかけたのを、アリンの手が止めた。


「いいから、ついてきて」


 アリンに言われるがまま右脇にある回廊を歩き進んでゆくと、声を響かせる人々に遮られよく見えなかった祭壇が柱の間から覗かせた。

 きらびやかな金色の炎のような意匠が施されていて、こちらが歩くたびにちかちかと反射した光が金属を沿って移り変わってゆく。

 中心には鏡が立て掛けられており、聖術を信仰しているというよりも、まるで光そのものを崇めているような。


 やがてきらびやかな祭壇を尻目に、こじんまりとした一室に足を踏み入れる。

 右手には窓が日の光を透き通らせ、その反対にはさっきと打って変わり、石で造られた、祭壇というにはあまりにも簡素な段があった。

 だがその段には、ところどころに走っては消えたりを不安定に繰り返す青い線が駆け巡っている。

 それ以外は部屋を型どっている灰色の壁が埋め尽くすばかりだった。


 ふとアリンがそんな奇妙な祭壇を人差し指で小突くと、弾けるように消えて、辺りに青い光の粒たちが舞う。

 あの図書館で見たときと同じように。

 ふと粒の一つがサルバの頬をつうっと通ったかと思うと、振り替えればそれはなかった。

 やがて青い光は失い、一時の神秘は終わりを迎える。

 やがて日射しだけがこの"礼拝堂"を照らし始めると、石の祭壇に隠れていた地下へと続く階段があらわになる。


「石が……マナに変わった?」


「石になりかけたマナがもとに戻っただけ……らしいよ」


 引き起こしたアリンですら、それはわからないというような口ぶりだった。

 あの青い線は、マナと石の状態を行き来していたのだろうか、と考えていると「こっちだよ」と階段に片足を入れながらアリンが呼ぶ。

 かと思えば何かを思い出したようにうつむいて、呟くように言い始めた。


「リーシャちゃんは、目をつむってた方がいいと思う」


「え、でも……」


 また遠くを見つめるような哀しげな目に、リーシャはうつむいて返す。

 すると「大丈夫、私が背負ってくから」と、いつものと黒い真珠の瞳で微笑んだ。


 ああ、まただ。また、そんな目をする。

 それが失った哀しみであること、それを見せまいとしていることをサルバはもう知っている。

 必ずルーク街へ行く。そして記憶を取り戻す──サルバは決めたことを重ねて決意した。

 それが自分にできることだと、その哀しみを少しでも分かち合えると信じているから。


 そんな間にも時は残酷に刻んでおり、リーシャに背中を向けてしゃがむアリンを見て、階段の前で危なっかしいと思いつつもサルバは見守った。

 リーシャはその背中にしがみついて腕を回すと、ゆっくりと目を閉じはじめる。


 その様子は、やはりサルバには、何の変哲もない素直な少女に見えた。

 何かはあるはずだと脳裏に刻みながら、サルバは暗い階段の中に消えたアリンたちを追いかけた。


 一歩一歩進むたびにブーツが石を打ち付け、その音が奥へ進むたびに強く大きく反響する。

 階段が途切れたかと思うと、明りひとつない真っ暗闇は、そばにいてもアリンたちの姿を隠していく。

 足音と後ろからの僅かな光だけが頼りで、涼しくても何故か息苦しい空気が暗闇の底知れなさを強めていた。


 そのうち息苦しいのは空気のせいではなく、辺り一面に広がる物の影だと知る。

 ただ火を燃やす為にあるようなかまど、ひん曲がった針の板に、その上は女の顔を模した鉄の仮面。

 それくらいしか見えなかったが、どれもが人を傷付けることのできる、傷付ける為にあるようなものだとすぐに理解する。

 錆び付いた見てくれと、こびりつく赤が物語っていたから。

 その中でぽつんと、中心に置かれた椅子があった。

 

 それらにサルバは目蓋がぐっと重くなるのを覚えて、気がつけば眉をひそめていた。

 こんな丁寧に隠されているのだから、きっとろくなものではなかっただとか、そんなことを考えたわけではなくて。

 ただこの空間は異様だった。どこまでも深い暗闇に僅かばかりの光が差し込んで、それがあのきらびやかな祭壇のように見える。


 まるで光にすがらせるような……なんと言ったらいいのだろう。

 日の光がなければ到底居続けることなどできないここに、敢えてそれが置かれている──

 居続けることなどできないように造られたはずなのに。

 どこまでも悪趣味で、どこまでも人の悪意が垣間見える。


 この椅子に座った人達は、文字通りなぶり殺しにされたはずだ。

 いつか日の光が射す向こう側へ行けるというかすかな希望すら、踏みにじられて。

 あるいは"あの祭壇"に捧げる小さな祈りですら、踏みにじられて。


 それとも、自らが信じる光の前で裁きを下す、とでも考えたのだろうか?

 人を癒し、救う聖術という光の前で、命を……

 ……それは、最早狂気に等しい。何がそこまで駆り立てる?


 彼女の、アリンの手は確かに暖かかった。

 自分の腕を、治してくれた筈なのに……なぜ?

 何が、そこまでここを歪めさせた?

 

 アリンは振り向かず、ただ「人々が嘘で塗りかためてきたこと、そのものね」と力なき声で呟く。

 アリンの姿はサルバには見えないが、止まることのない足音が重く響いて、それだけが切なさを訴えていた。


 憎悪がへばりついたような部屋は終わりを迎え、また下へ続く階段が見えはじめる。

 そこから薄暗い光が通っているのか、ぼんやりと明るく、すぐにサルバの目にも留まった。

 光を求めるようにサルバたちは暗闇の出口へ足を運ぶ。


 段差が終わり、狭い壁が開ければ、ただ冷たいだけの空気とそれを洗うかのような水の音。

 壁に取って付けられたような炎がぱちぱちと音を立て、たとえ薄暗くても居心地がよかった。

 さっきまでいた所を、人の居るべき場所じゃないと思わせるくらいには。


 道はどこまでも続いているようで、アリンは足場にある水の流れに逆らうよう右へ向かう。

 二人ぶんの足音が響くなか、サルバは何かに耐えきれなくなったように言葉を紡いだ。


「あそこで……なにがあったのか、教えてくれないか」


 その問いに足音が止んで、「もう目を開けてもいいよ」とアリンはリーシャを下ろす。

 あやすような微笑みはサルバの方を向いたとたんに消えていって、唇を固く結んだ。


 「……私に言えるのは、それだけ人間と獣人の溝は深かったってことだけ」


 言いながらアリンは踵を返して、再び足音が響き渡る。


「何故なのかは……少し、昔話をしなくちゃいけない」


「……」


 サルバは沈黙を貫く。何も言うことはできなかった。

 その溝がどんなに重いものであるかなど、わかるはずもないから。

 足音が流れるだけの沈黙はやがて肯定となり、アリンは語り始めた。


「まだアンタレス大陸が謎に包まれていた頃、みんなの思う世界がまだ狭かった頃のお話。

 不治の病がありふれて、人間は救いを求めてた。

 求めることしかできなかったから。

 それを見かねた神様は、手を差し伸べた……」


「それが、聖術……?」


 まるで、おとぎ話のような語り草に軽くなった口が開く。

 そんなサルバを見て、「そんなに気負わなくても、大丈夫だよ」とアリンは微笑しながら優しく返した。

 その言葉にさっきのは自分に気を遣っていたのか、と感じたサルバは虚を突かれたような思いで「……ありがとう」と呟いた。


「それでサルバの言う通り、差し伸べられたのは聖術。

 それのお陰で、不治の病はきれいさっぱりなくなって、人間は平和に繁栄を享受できた。

 聖術でつくられた、聖教(強い結束)でね……

 やがて世界が広がりはじめて、人間たちは獣人と出会った。でも獣人は、聖術を使えなかった。それだけで……ううん、人間にとっては十分だったのかもしれない」


 ただ聖術が使えなかっただけ。でも、人間にとっては違う。死んで行くことしか出来なかった運命を変えた、まさに救ってくれる光。

 だが獣人はそれを知らない。小さな価値観の違いが、軋轢(あつれき)を産む。


「理由はなんでも良かった。

 聖術が使えない出来損ないでも、人の形をした獣でも、不治の病の原因でも……

 聖術にすがることでしか生きて行けなかった人間は、それを扱えない者を何よりも怖れた。

 怖れて……」


 その先が語られることはない。

 昔話よりも先に、サルバの目はそれを焼き付けていたから。


「そんな理由で……」


「人は時に向き合うことを忘れて、嘘で塗り固めてしまう。

 強くないから、そんなことができてしまうのかもしれない……」


 変化を拒んで、その為なら狂気に染まることすら厭わない。

 いや違う。弱いから、すがってしまう。

 その為なら、きっとなんだってしてしまえる。

 そうしないと、生きていけないから。

 それだけのことなのに、悲劇は起きる。


 ふと、「でも」とリーシャは呟く。


「悲しいことだけじゃ、ないと思います。

 今こうして人間と獣人がいて……手を取り合ってますから」


 アリンは「そうだね。これをきっかけに悲しみはなくなる……私は、そう信じてる」と振り向かずに告げた。

 そして立ち止まってリーシャを優しく抱きしめた。


「だって、こんなにも私とあなたはそばにいるから」


 心なしか、薄暗いここが明るくなったように思えた。

 そんななか、足音が一つ増えるのをサルバは聞いた。

 俺と同じ……人の足音?


「リーシャ、アリン。誰か来る」


 右の曲がり角へ差し掛かるなか告げる。

 二人の返事は、ただ忍び足になることだった。


 四人目の足音は大きくなって行き、やがて行き当たりばったりに、角からそれは躍り出た。

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