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世界転生 -反逆の救世主-  作者: ただのあほ
第一章
10/26

光と、願い【前編】

 まるで雪で造られたかのような、年季の入ったことを感じさせない教会。

 その上部に立てつけられた窓は、未だ東から差し込む光で白く輝いていて、きっとその先も照らされているのだろうと思わせるような。


「ここからは、静かにしなきゃだめ」


 声に振り向けば、リーシャがこちらを向いていて、口の前に指を立てていた。

 こくりと了承の合図をとれば、再び歩き始めていく。

 それに合わせてサルバも付いていくと、やがて教会と外を隔てる扉に立ち止まった。

 深い茶に、黒い紋様が張り巡らされた扉を、小さな少女の手が開けようと押し当てられる。


「俺がやるよ、リーシャ」


「っ……大丈夫……!」


 ぴくりとも動かぬこと数秒、やっと僅かに後ろへ押し出せたのだが。

 扉は急に勢いよく開く。

 それに思わず前のめりに、転ぶように倒れるところで、ぽすんと純白のスカートに、リーシャの顔が埋もれる。

 思わずその救いの手にしがみついて、何とか体勢を整え見上げると。


「こんにちは、リーシャちゃん」


 リーシャにとっては、見知った顔。

 黒い宝石のような瞳は冷たさを感じさせず、輝きを放っている。

 それに沿う眉はうっすらで、またその眉に沿う髪は均一に並んでいた。

 唇は薄く存在をあまり感じさせず、それらを包む輪郭はどこか大人げ。

 その全ての要素は、怒る姿が想像できないとサルバの目に告げていた。


 うなじの後ろで束ねられた一つの長い、銀の三つ編みがリーシャの頬をくすぐっている。

 それが少し揺れ動いたかと思えば、うっすら微笑んでいた。

 白の衣に身を包んだ、銀の髪の人はリーシャに目を向けたまま、続ける。


「珍しいね、ここに来るなんて。何かあったの?」


 言いつつ、僅かに目を見開いて驚いたような顔を見せる。


「はい。腕をケガした人がいて、治してほしいんです」


 リーシャがサルバの方を向くと、つられるように首を動かす。

 くすぐっていた三つ編みが上がってゆき、彼女の元へ戻る。


 目と目があう瞬間を見計らって「初めまして」と言ったら、ゆっくりと笑って返してくれた。


「初めまして。さ、入りましょ。立ち話もなんだしね」


 サルバを尻目に、教会の中へ消えて行く。

 大人だなと思えばふるまいにどこか違和感が湧き、自分と同いどしというには顔からの違和感がそれを邪魔した。

 不思議と少なくとも年上だな、という結論に落ち着くような女性。

 違和感の正体が親しみやすさだということを、サルバは恐らく知らない。




 開かれた扉の先を進めば、真っ先に耳にするのは言葉の羅列。

 光よ、という言葉から始まるそれは聖術の詠唱であり──

 声で満たされた空間は祈る場所である教会というより、それに共同生活と労働を合わせた修道院という言葉が似合っている。


 しかし降りしきる声を覗けば、歴史ある教会だという固定観念を拭いきれない、いくつかの特徴がある空間。

 入り口から祭壇までの道には、直角な形で中央に通路が交差しているまで、いくつもの長椅子がしきりに祈るため置かれている。

 その両端を見れば、柱で隔てられた教会全体を囲むような回廊があり、そこからある程度内部を見渡せるようになっていたのだが。


 サルバはただ想像していたものと少し違う雰囲気に戸惑いつつも、聖術を信仰しているのだから当たり前か、と特に根拠のない理屈が疑問をどこかに追いやった。

 それとほぼ同時か、開かれた扉が金切り声のような音を立ててたあと、ここがまるで劇場になったかのように閉まる音が鳴り響く。

 サルバはぎょっと目を見開いて肩を竦めたあと振り向くが、他の者たちは微動だにしなかったらしく、一瞬ですら声は鳴り止むことがない。


 そんな中、ふと先を行っていた銀の髪の女性が、近くの長椅子を中途半端に詰めて座った。

 するとサルバを見て、 椅子の座面をとんとんと手でつつく。

 相も変わらず微動だにしない真珠の瞳と、緩んだ頬はやはり仕草とはちぐはぐなものを感じながら、おとなしく座った。

 椅子の木と剣の鞘が当たって、音がなる。


「私はアリン・エルトネストっていうの。貴方は?」


「俺は、サルバっていいます」


 聞いたとたん、アリンと名乗った銀の髪の女性は顔を怪訝にしかめる。

 自分の名前がそんなに変だっただろうか、と考えていると「記憶喪失で、今は仮の名前を使ってるんです」といつの間にか座っていたリーシャが、真っ直ぐとアリンを見つめていた。


 それを聞くなり、合点がいったという顔に申し訳なさが混じった表情を浮かべ、木偶のぼうのように動かぬサルバの両の腕をとった。

 感覚はない。だから肌の感触も体温も伝わることがないが、どこか気恥ずかしく思え、それを隠すためサルバは顔を動かすまいとしていた。

 そんなものも、会話の前では溶けてゆく。


「ごめんなさい、あんまりにも珍しい名前だったから。

 サン・サルバドルから取ったんでしょう?」


「はい、リネーラさんはそう言ってました。

 ……サン・サルバドルって、なんなんですか? 聖なる救世主って意味だとは聞いてますけど、なんだか……別のなにかみたいで」


 不意に出た、しかし何故今まで出てこなかったのか。

 昔の自分にしか興味はないのだろう。今の自分、名前の出自への疑問など出てくるはずもない。

 だが、何か思い出せるかもしれないという意思から来る知識欲が、初めてサルバを突き動かした。


「おとぎ話に出てくる島、かな。光の勇者と、闇の勇者が力を合わせて世界を救うお話なんだけど、勇者たちは死んでしまう。

 その勇者の魂はサン・サルバドルに還り、世界が再び危機に陥った時に甦って、また世界を救ってくれると言われているわ」


「現に甦ったけどね」と付け加えるアリンの顔は、どこか誇らしげだった。

 それは、ずっと信じてきたおとぎ話が本当だったと伝説に憧れるような、そんな少年の目のような。

 はじめて、仕草と顔がちぐはぐでなくなった気がした。

「それって伝説にあやかってるだけなんじゃないだろうか」という疑念を飲み込ませるくらいには。


「現に、蘇った?」


「そう、"光の勇者"様は本当にいたの! ちょうどサルバみたいに髪が黒くって、とっても強いの。

 今もこうしてみんなが暮らせてるのも勇者様のおかげだから、ひとたび街を歩けばどんちゃん騒ぎだよ!」


「まるで理想の勇者、ですね」


「ね。だから嬉しいんだ、私。子どもの頃にたくさん聞いたおとぎ話が、こうして現実になるのって」


 ふと腕に暖かな肌の感触が流れ込む。心地よいなと思っていたら、それは当然握られていたアリンの手で。

 それに気がつくと、驚きで指がぴくりと動いた。

 詠唱は? いつの間に? という疑問が浮かびはするが、サルバに答えなどでるはずもなかった。


「はい、おしまい。訓練のやりすぎだよね、誰と仕合ったの?」


「あー、えっと……レギンさんと」


 腕の感触に引っ張られて歯切れの悪い回答を「……本当に?」とアリンは再び訝る目をした。

 それはちらりとサルバの耳に注がれたあと、いつの間に腕から離れていたのか、彼女の人差し指がそれに押し込まれた。

 貝殻のように折り畳まれる自らの耳に、一瞬指がまた力を込める。


 押し込まれた理由は、なんとなくサルバには察しがついた。

 あの訓練場には獣人しかいなかったし、レギンの一撃は記憶がすっぽぬけていても常識はずれであることを隠せない。

 もっと遡れば、そこへ案内され終えた時にサルバは軽く息をついていたにも関わらず、案内役の年端も行かぬ少女はその先を行っていたのだ。

 獣人と人間では、身体能力が違う。


 だか問題はそこじゃあないだろう。

 ミステリアスとも言える過激なスキンシップは、サルバの頬を火照らせたあと「アリンさん……?」と困惑と懐疑を含んで言わしめる。

 それに特に何も感じなかったのか、アリンの顔は揺れ動かない。


「アリンでいいよ。それで、本当なの?」


 目を細めて笑ったのも束の間、アリンは話を戻すように疑問を投げ掛ける。

 前に少しかがんで、上目にサルバを見つめながら。

 迷いなくこくりと頷けば「頼みたいことがあるの」と切り出された。


「魔物との戦いに備えて、回復薬ポーションの在庫を増やしてほしいって言われててね。

 その素材の薬草を取りに外へ行きたいんだけど、私じゃ魔物に万が一出くわした時に対処できない。

 だから、サルバについてきてほしいの」


 外、という言葉を聞いたとたん、サルバは瞳の奥に力が入ったのを感じた。

 瞳孔が開き、目の焦点がブレて世界がぼやける。

 行くしかないだろう、と決心したとき再びぼやけた世界は確かな形を保ち始めた。


「なんで……俺?」


「他の訓練兵にはフラれちゃったし、本隊の人達は大忙しみたいで誰もいないの。

 それに副長と打ち合った人なんて、実力はお墨付きみたいなものだし……

 おねがい! リネーラさんを助けると思って!」


 言いながら、目をつむってサルバに向かって手のひらを合わせる。

 何の問題もなかった。ただレギンの言葉を思い出す。

 戦う敵を知るということを、忘れてはならない──


「ついてくよ。俺も行くところが──」


 告げ終える前にアリンは、ぱあっと表情を明るくする。

 そして「ありがとう!」と、救いが舞い降りたと言わんばかりに、サルバの手をぎゅうっと握りながら声高に叫んだ。


「ちょっ、アリン!? 静かにしないと……!」

「どうして?」


 よっぽど感謝の気持ちを訴えたかったのだろうが、その叫びは教会にいる人々の注目を集めることになる。

 祭壇辺りに一列で並んでいた人々はくるりとこちらを向き、若い顔ばかりが映った。

 声は一斉に止み、静けさが一層アリンの叫びを際立たせ、それに気がつくや「あっ」と声を漏らして、握った手を離す。


「ご、ごめんなさい!」


 綺麗なお辞儀と共に、またも声高にそれは叫ばれた。

 それをなかったことのように再び直り、様々な声が入り交じった言葉は紡がれ始める。

 だが、密やかに「青春ね」と呟くものたちもいて。


 アリンはそれにうつむきながら顔を赤らめ、唇をモゴモゴと動かす。

 耳まで真っ赤になっていて、外に張り出て飛び出している耳介の形が際立つ。

 少ししたあと疑問が舞い降りてきて、恥ずかしさが吹き飛んだように顔はもとに戻り、サルバに向き直った。


「でも……行きたいところって?」


 サルバはその疑問に怯えていた。だから疑問に導いた、自分の口の軽さを心底恨む。

 素直に答えれば、ルーク街の出来事を思い出させてしまう。

 大勢の人が一瞬にして消えたことを。

 それは誰かの心には、爪痕をきっと残していて──


 だが沈黙を貫けば、それこそ不安にさせてしまう。

 もうすぐ魔物がやってくる、という噂のなかで「言いたくないならいい」と言える人間がどこにいる?


「言えないところ?」


 考えこんでいるうちに沈黙は進んでいた。

 きょとんと、だがしっかりとこちらを見つめる目。

 違う、理屈じゃない。そんなものは、この人と向き合うことから逃げているだけだ。

 そう思い立ち、恨んだ口を緩ませて話す。


「……ルーク街。そこに行けば、何かわかるかもしれないから」


 問い手にしか聞こえないよう、呟かれる。

 それを聞くと、どこか遠くを見つめるような目をした。

 黒い真珠からただの石のように光は消え、さっきまでの親しみやすさもそれと同じく。

 ただ、その目は前を向いていて。

 それはひどく哀しそうにも見えて、思わずサルバは口を開いていた。


「ごめん、思い出させたくは……なかった」


 きっと、ルーク街で大切なものがあったのだ。

 それを失った。サルバも記憶を失ったと知ったときは、恐怖にひしゃげていたから。

 その気持ちを分からない人間でありたくはなかった。

 アリンはただ「ううん、いいの」と呟く。


「そっか……ルーク街の生き残りって、あなたのことだったんだ」


「うん……俺は、どうしても取り戻さなくちゃいけない」


「サルバは、優しいね」


「どうして……そう思う?」


「だって何にもわからないのに、人を想いやれるから」


「何もわからないから、人の繋がり方がわからなくて……必死なだけだよ」


「それでも、わからないからって逃げたりしないのが優しいんだよ。

 自分の記憶から、それを取り戻すことから、ルーク街の出来事から。

 そして、今も。きっとサルバは、それを嘘で塗り固めることなんてしないわ」


 うつむいて自信なさげにサルバは「そうかな」と言えば、アリンは「そうだよ」と背中を押すよう微笑んでくれた。

 その頃には、親しみやすさをふるまいに宿して、さっきまでのアリンに戻っていた。

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