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世界転生 -反逆の救世主-  作者: ただのあほ
序章
1/26

再誕、祝福の炎と流れ星

 "アンタレス大陸"。人々はいつか戦いが終わると信じながら、西でつかの間の安栄を享受する。

 東からは魔物が押し寄せ、人間と獣人は対抗すべく"コルト騎士団"を結成し、しのぎを削って戦っていた。"コルト"と呼ばれる、大陸の中心地で。

 その魔物と戦う最前線から、物語がはじまる。




 ひどい耳鳴りがして、青年は重いまぶたをゆっくりと開ける。かすんだ視界に入ったのは真っ黒な空と、それを囲むように踊る赤い炎。

 もうろうとする意識のなかで、炎がごうごうと音を立てながら迫り来る。息をするたびに入り込む火の粉が肺をちりちりと焼く。

 体の感覚はもはやなく、地面に倒れていることすら青年にはわからない。唯一言うことを聞いた目を横に向けると、今にも炎にくずれ落ちそうな街並みがうつった。


 地獄だった。わかったのは、自分はもうすぐ死ぬということだけ。ならばいっそ青年は目を開けぬ方が良かった──こんな世界と、向き合わぬ方が良かったのだろう。

 不思議とあきらめがついて、目の力を抜く。死を受け入れようとしたそのとき、一筋の光がさした。


「居たぞ、生き残りだ──」


「──こっちだ──」


 かろうじて聞こえた声は、青年に再び目を開かせる。炎に照らされてできた人影が街並みを黒くさえぎって、こっちに来るのがわかった。


──助けに……来てくれたのか……?


 助かる未来がちらついた瞬間、焼ける肺も構わず必死に息を吸い込む。ただれた腕を伸ばそうと力を込める。

 どうか、見つけてくれ。まだ自分は死ねない、死にたくない──確かな思いを胸に刻みつけながら、青年の意識はとだえた。




 きらりと暗い空を引き裂く、蒼い一閃がうつった。

 直後、耳がひしめくような音が頭を突き抜けたかと思えば、ひどい耳鳴りが青年を襲う。

 これは、きっと不思議な夢だろう──隕石が降ってくるなんて、と青年は夢の中で再び目をつむった。




「容態は?」


「もう大丈夫。"聖術"もしっかり効いたし、魔人の線は無いと思う」


「そうか……」


 ぼんやりと話し声が青年には聞こえた。低くて、すぐに男とわかるような声は安心したように応えると、重苦しい声で続けた。


「聖騎士に、こんな若いのいたか?」


「いいえ。それにこの子の持ってた剣は、先から柄まで真っ黒。間違っても彼らは持たない」


「……そうか。ルーク街の真相を知ってるのは、所属もわからんただ一人の人間……目覚めなければ、永遠に闇のなか……」


「大丈夫。きっと目覚めて、全部教えてくれるわ」


 心地の良い暖かさが全身を駆けめぐって、やわらかな布の感触が包んでいるのを感じ、ここはもうあの地獄ではないのかと身を委ねる。

 やがて声もはっきりと伝わり始めて、思い詰めた男の声と、おしとやかで明るい女性の声だな、と他人事のように青年は思った。

 徐々にはっきりとしていく意識。それは、あるひとつの疑問を浮かび上がらせる。


──ここは……?どこだ!?


 青年は衝動的に起き上がる。目を開けて見渡せば、ろうそくの明かりが暖かみのある木の部屋を照らしていて、すぐ左には窓ガラス。青年の真下には、部屋の四隅に置かれたベッドがあった。


「起きたか!?」


 言いながら、真っ先に青年のほうを向いたのは青く鋭い瞳の男性。はねた黒い髪にまぎれるように、獣のような尖った耳が垂れている。

 鉄の小具足をつけた格好に、胸を鋼鉄板(プレート)で覆っており、太もも辺りを見れば、腰につけたロングソード。後ろには黒く毛並みのよさそうな尻尾がちらつく。

 動物の特徴を持ち合わせた剣士。その眼差しには確かな覚悟を宿している。


「名はなんて言うんだ? ルーク街で何が──」


「そういうのは自分が名乗ってから言うものよ? あ、私はリネーラ・エドゥアルド。よろしくね」


 獣の男に割って入るようにして、にっこりと青年の前で名乗ったのは、深いエメラルドの瞳の女性。肩まで伸びた金色の髪がさらさらとゆれ動いている。

 折り畳まれたえり首に細い袖口の、華奢な体を白で包んでいる服。膝下まで伸びたスカートには革のブーツが添えられている。

 笑顔は髪に負けないくらいまぶしく、親しみやすそうな明るい人だった。


「……俺はレギン・エドゥアルドだ。君は?」

「俺は……俺の、名前、は……」


 レギンと名乗った剣士は、青年に名を問う。

 だが、青年は答えに行き詰まる。あるはずの答えがないからだ。


「……俺は、誰だ……?」

「んな馬鹿な……! 本当に、わからないのか!?」

「……」


 声を荒らげるレギンに、青年は沈黙する。

 自分は誰だ? 何をしていた? ここはどこだ? 二人が当たり前に持っているものを、何一つ持ち合わせていない。

 頭を抱えながら、青年は思考をそれへの恐怖で埋め尽くす。


「……ルーク街って所は知ってるか?」


「いえ……」


「君が酷い火傷を負ったことは?」


 火傷という言葉を聞いて、青年はあの燃え盛る街を思い出す。すぐに腕や胸元を確かめたが、特にこれと言って火傷の後はなく、白くまっさら皮膚が目に入るだけ。包帯なども巻かれてはいなかった。

 青年は炎のなかで必死にもがいていたはずなのに、まるでなかったことのように体は言うことをきく。


「はい……ありがとうございます。助けていただいて」


「……礼ならリネーラに言ってくれ。彼女が治してくれたんだ」


 精一杯の感謝に、レギンは切なさげに答える。


「ありがとうございます、リネーラさん」

「どういたしまして。……名前、無いと不便ね」

「そうだな…コボンとかはどうだ?」

「はは……」


 レギンの笑えない冗談に、青年は愛想笑いを浮かべる。

 自分の名前。そんなことまで考える二人に、暖かみを感じる。


「いいのよ、こいつの冗談はほっといて……サルバはどう?サン・サルバドルの、サルバ」

「いいんじゃないか、君はどうだ?」

「──サルバ……」


 青年はその名を唱える。


「どういう意味なんですか?」

「聖なる救世主って意味の言葉からとったものよ? 絶対に格好いいわ」


 自信ありげにリネーラは答える。断ったら、申し訳ないほどに。青年はそれに思わず、頬が緩んでしまう。


「──ありがとうございます。今日から自分は、サルバです」

「気に入ったみたいね。良かったわ」


 微笑むリネーラ。だが次の瞬間、子どもの悲痛な叫び声が下から聞こえてくる。それにレギンはみるみる血相を変えて「バカな……!」と眉をひそめ、リネーラは険しい表情をした。


「悲鳴……?」

「私、ちょっとリーシャのとこ行ってくる!」


 リネーラはドアに駆け寄り──


「ああ──」


 すぐに冷静さを取り戻して、剣に手をかけながらレギンが答える。

 その続きを掻き消すように、かん高い破砕音が鳴る。ガラスが舞い、一瞬の間だけ風が吹き荒れた。


「っ──」


 サルバは反射的に、顔を両腕で庇う。

 風が収まり腕を下げれば、さっきまでいなかったモノが目に映る。


 どこまでも黒い毛並み。長い寸胴。剣のように鋭い尻尾。尖った顔。赤い眼。

 ひしめくうなり声。むき出しの鎌のような牙。それらを支える四つの足。

 本能が警鐘を告げている。だが、目を奪われることをやめられない。

 やがて──


「魔物!」


 レギンの声と、勢いよく引き抜かれた剣の音によって、ハッと我に帰る。

 直後、魔物と呼ばれたそれはサルバに頭を向けて──気づけば頭上にいた。


「ガアッ!」


 重く響く声と共に、開かれた口が襲いかかる。

 サルバは飛び出すようにその下を掻い潜り、ベッドに立て掛けられた剣を捉える。黒い鞘。黒い柄。体を返して、剣に手を伸ばし掴む。即座に体を返して、地に足をつけ、飛び込んだ勢いを殺す。

 魔物はベッドの上に降り立ったあと、ぐるりと振り向いてサルバを睨み付けた。


「サルバッ……!」


 魔物を目でとらえながら今にもサルバの前に出ようとするレギンを、リネーラの左腕がさえぎって制止する。

 険しい顔をして「もう十分だろう……!?」と言うレギンに、首を横に降りながら「記憶の手がかりになるかもしれない」と、表情を殺した声でリネーラは答えた。


──体が、勝手に動く──


 サルバは剣を抜く。光る黒い刀身。何をするべきかは、まるで身体が覚えているかのように感じる。

 なくなった自分を感じられる手掛かり。かちり、と何かがはまるような胸の感覚。けれど、今は体に染み付いた衝動に身を任せると決めた。


──狙うは攻撃の瞬間、開かれた口。そこを突き刺す──!


 つかんでいた鞘をすとんと落とし、狙いを定めるため両の手で握った剣を魔物へ向ける。

 再び魔物は地を蹴り、前足と頭を真っ先にせり出して、噛みつかんと飛びかかってくる。

 鼓動が強く響くのを感じながら、サルバは歯をむき出しにして強く噛み、魔物の開かれた口からうっすら見えた赤い舌に突きを繰り出す。


「ガッ……!」


 ほとばしる黒い血がサルバに降り注ぎ、確かな剣の手応えと共に一瞬だけ聞こえた、苦痛に歪んだ声は魔物の断末魔となる。

 あんぐりと開いていた口は突き刺さった黒い剣をくわえ込むように閉じてゆき、足は吊るされたように脱力し、赤い瞳はまぶたにうっすらと消えていく。

 動かなくなっていく魔物に、今だ鳴り響く胸を撫で下ろして安堵のため息をつくが、今度は魔物の重みが黒い剣にかかって腕が引っ張られる。

 気が緩んでいて剣を手放せずに、「わっ」と声を上げながらサルバは体勢を崩し、出来ていた黒い血だまりの床に頭を突っ伏した。


 いたた、とサルバは倒れた体を起こして見上げると、リネーラが言葉を紡ぎながら、手を自分へ向けているのにぎょっとした。


「"光よ、楔を断ち切れ"!」


 凛とした声が紡がれたとき、彼女の右手には青い記号たちが浮かび上がり、手のひらで輪を作る。やがて記号達は収束し、弾けて光となる。

 温かく心地の良い光は黒い血を赤く染め上げて行き、魔物の黒かった毛並みを白くしていく。心なしか、魔物は安らかな表情を浮かべていた。

 サルバは神秘的な光景に目を奪われていると、リネーラの両手が頬に添えられて現実に引き戻される。


「大丈夫? ケガとかしてない?」


「は、はい、俺は何も……」


 サルバにとって魔物と呼ばれたものは、それほど危険な存在でもないように思えて、若干大げさな気もして返事がたどたどしくなる。

 

「魔物がまだ居ないか、周辺の捜索に行ってくる!」


 そう言いレギンはひょい、と魔物を片手で担ぎながら、部屋を駆け足で出ていく。

 それを見送るリネーラ。だが、畳み掛けるようにすすり泣くような少女の声が聞こえる。


「ごめんなさい、私も行かなきゃいけないから……えーっと……とにかく、待ってて!」


 木製の桶を床に置き、リネーラも駆け足で部屋を後にする。


──ガラス……? あっ!


 サルバは咄嗟に足元を見る。運が良かったのか、ガラスが刺さったりはしていない。

 ──ふと、一番大きいガラスの破片を拾い上げる。

 ──ガラスに映る、顔を見た。


──これが、俺……これが、サルバ……


 真っ白な皮膚がむき出しの耳が見え隠れするほど、短く黒い髪。琥珀色の瞳。表情の固い男が、サルバを見つめていた。


 心に残ったのは、自分は誰だったのだ、という記憶を求める意志だけ。当たり前のことを何一つ持ち合わせていない、自分が歪んでいくような恐怖から逃れるためのもの。

 何もかもを忘れて、"サルバ"という新たな人間として生きていくこともできるだろう。命を救ってくれた優しい人々に囲まれて暮らせば、記憶がないことを忘れさせてくれるのだろう。

 けれど、この意志すら捨ててしまったら、サルバには本当に何も残らない。


 これから、どうすればよいのか。どんな未来に行けばいいのかわからなかった。

 とにかく、今は二人に恩を返したいと思ったら、少しだけ怖さがなくなった気がした。そして自分に許されるのは、やはり記憶を求めることだけなのだと決めた。

 なら、俺は知らなくてはならない。なぜ街が焼かれなければならなかったのか。自分は、その街にとってのなんだったのかを。俺は、誰だったのかを。




 時はルーク街が燃え、サルバが目覚める二日前までさかのぼる。魔物と戦う最前線とは西へ遠く離れた、"ロードライト王国"と呼ばれる人間の国。

 その白亜の王城の一室で、物語はもうひとつ動き始めていた。




「失礼致します、預言者殿」


 ドアを開けたのは、鈑金鎧(プレートアーマー)を身につけた男。

 白く、所々に金色に輝く意匠が施されている甲冑。腰には、天使の翼のような鍔が特徴的な剣。

 まさに相当に位の高い、聖騎士を彷彿とさせる見てくれだった。


「お待ちしていました。さ、入って」


 預言者と呼ばれた声の主は、茶色い木の色がむき出しの椅子に座っており、ちょうど老年期に入ったぐらいの女性。服装は平民を思わせる、一見ただのおばあちゃん。

 だがまだ一度も開かぬ目と背後の窓より立ちこめる光、そしてここが王城であるという事実。それらが、ただ者ではないという印象を植え付ける。


「恐縮です」


「では、始めましょうか」


 聖騎士は跪く。それに応じるかのように、預言者は言葉を紡ぎ始める。


「奇跡の奔流を、ここに。」


 窓が一斉に外へ開く。一瞬にして、青い光たちと風が吹き荒れる。眠るように閉じていた目はゆっくりと開いて──さっきまで話していた預言者は消え、別の人間になったかのような威圧感が一室を覆った。


「"久しぶりね、光の勇者"」


「……」


「"手短に話す。闇を感じることのできる子を、ここへ連れてきて欲しい。それは、今も闇に怯えている。"」


「……必ず」


 "光の勇者"と呼ばれた聖騎士は動じず、顔を見せずにただ答えた。預言者の形をとった誰かは、何かを察したのか優しく語りかける。


「"揺らいではだめ。誰かが引き受けなければ、もっと多くのものを失うことになる"」


「……そんなことは、わかってる」


「"なら、気を付けて。『闇』は人の願いを見つめるように、『光』はあなたの正義を見つめるわ──"」

この作品を手に取っていただき、ありがとうございます。

引き続きお楽しみいただけると幸いです。

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