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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

CMネタ

異世界行クイズ~死因は何~

作者: くろご

 何処までも続く白。空と地も、壁と天井も、上と下すらない世界で男と老人は出会った。

 果てのない世界、境界のない世界で茶をすする老人。倒れた男を意にも介さず、縁側で日に当たっているかのように呑気な老人は、倒れた男が身じろぎをしたことに気づく。


「目が覚めたか」

「ここは」

「天国とか、天界とか、黄泉とか。そういう風に君たちが呼ぶ場所だ」


 男にとって信じがたい事実を、さも世間話のように気軽に告げる。

 信じがたいというように首を振りながら口を開く。


「どういうことだよ」

「簡単なことだ。ここは天国で、私は神だ」


 男とてそれが理解できなかったわけではない。辺りを見渡して、異様な光景を見ればわかる。

 何もないと言うしかない世界の中央で、場違いにちゃぶ台を置いて茶をすする老人。呆けたとか、気が触れたとか、老人にそんな修飾語を付けられる風景ではない。


 大きく手を振り回しながら男は問い詰める。

「そうじゃない、なんで俺がそんなところにいるんだ」

「君が死んだからだ」


 男にとって重大で致命的な一言を、やはりどうでもいい天気の話とか、話題のニュースを話すように伝える。

 しかし、男もどうでもよかったのか、あるいは諦めたのか。うなだれるだけで喚かなくなった。


「まあ、そう落ち込むな。いい話もある」


 初めて湯呑を置いて、男の顔を見る。


「君がここで私と話をしている理由にもなるのだが、君は異世界に行く権利が与えられた。剣と魔法の世界でも、はるか遠い未来でも、君が好きに選んだ世界に生まれ変われる。記憶引継ぎ、チートなしで」


 男の顔に喜色が浮かぶ。四半分で終わってしまった人生がもう一度やり直せる。喜ばない理由がない。


 老人は人差し指を立てながら言葉を続ける。


「ただし、君には試練をクリアしてもらわなければならない」


 緊張が走る。真剣な顔で居住まいを正す。固唾を呑んで問いかける。


「試練、とは」

「そう難しいものじゃない。君の死因を当てるだけだ」


 顔に手を当て、意識を失う前の行動を思い出す。


「家で酒を飲んでいた」


 寒空の下、恋人の浮気を目撃。失意の中浴びるように酒を呑んでいた。恋人に浮気され、そのあとに死ぬ。本当にツイていない。

 アルコール中毒か? そんな考えがよぎるが、男は慎重にそのあとの行動も思い出す。


「風呂を沸かして入った」


 普段から熱い風呂に入る。しかし、その日は普段よりもずっと熱く。44度ぐらいにしていたはずだ。

 服を脱いで、浴槽に飛び込んだ。シャワーも浴びず倒れこむように。

 未練がましく恋人の名前を呼びながら、愛しい日々を思い出した。


 30分後、脱衣所でバスタオルを取り出してからの記憶がない。

 これしかないだろう。顔から手を放す。


 いつの間にか用意されたテーブルとスイッチ、三つの人形。クイズ番組を彷彿させる。

 スイッチを押すと、ポーンと間延びした音が鳴る。


「答えは」

「急性アルコール中毒」


 何処からともなくドラムロールが響く。

 指を組んで神に祈る。


 溜めに溜めて。


 祈られた老人は意地悪く笑う。


「残念」

「嘘だ」


 それ以外に理由がない。呆然と老人を見つめる。


「回答は後2回だ」


 言葉とともに人形が一つ煙のように消えた。こんな風に消えるのかと思うと、男の体は震えが止まらない。


 必死になって思い出す。

 浴槽から出た理由はインターホンが鳴ったからだった。

 Aaozmnで本を注文していたので飛び出たのだ。


 ベロベロに酔って足を滑らせたのだろうか。

 いや、アパートの二階から転落した可能性もある。


「脳震盪」


 再びドラムロール。

 この回答なら、どちらであっても正解になる。

 大丈夫だ。男は自分に言い聞かせながら成否を待つ。


「はずれ」


 老人はニタニタと嗤う。こんな底意地の悪い輩が神などと崇められているとは、世も末だ。

 人形が消えた。残された最後の人形すら嗤っているように見える。

 後がない男は必死に思い出す。酒の匂い、涙の味、歪んだ視界、響く水音、浸かった湯の温度。しかし、それ以上は思い出せなかった。


 何が原因なのかさっぱりわからない。わからないということは死ぬということだ。

 それだけは避けなければならない。


 思い出せない、死にたくない。


 雨に消えた街のざわめき、雨の匂い、濡れた服の感触。

 轢かれそうな恋人、突き飛ばした彼女の柔らかさと突っ込んできた車の硬さ。

 血の味、彼女の悲鳴、アスファルトの冷たさ、彼女の顔。


 もはや論理的な思考はできず、記憶すらねつ造し始めた。


 「車に引かれた、彼女を庇って」


 ドラムロール。老人の笑みは深くなる。

 彼女を守ったんだ。作り出した記憶で男は誇らしく笑う。


 当然、老人の答えは——。


「はずれ、残念」


 男の死が確定する。


 男はすぐさま都合のいい妄想を答える。


「彼女を庇って通り魔に刺された」

「それも違う」


 人形の足が消え始める。同じように男の足も。


「じゃあ、なんで」


 呆然とした男のつぶやきに老人は答える。


「ヒートショックによる脳卒中だ。君は脱衣所で死んだんだ」

「そんなマイナーな死に方……」


 男の返事に呆れた顔で返す。


「交通事故のほうがマイナーだ。事実、命を落とす事故は交通事故より入浴中の方が多い」


 胸まで消える。


「酒を呑まなければ、湯の温度が低ければ、浴室暖房機があれば。あるいは死ななかったかもしれない」


 男の顔が歪む。本当にツイてない。嘆いても声すら出なかった。



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